瀬尾一樹編 第六回投票
『全員が出ないを選択したため、引き続けグラス・ヘキサゴンで相談をしていただきます』
「やっぱり……というべきか」
一樹はこの結果をある程度は予想していた。
同級生が犯罪者と聞かされ、そのまま何事もなかったかのような出ることなど出来ない。
未だ視線は美里に集まったままだ。
このまま美里が何の弁解もせずにここから出ることは不可能だろう。
しかし、この環境では高校時代のようにいっぺんに説得するのは難しい。
果たして美里はどうするつもりか。
投票終了と同時に、一樹を除く全員がすさまじい勢いで美里に通信を入れる。
しかし美里自身は元凶であるえりなに通信を入れ、結局誰とも繋がらない。
一樹はどうせ連絡ができないならと、当事者2人の様子を観察することにした。
美里の様子は相変わらずだ。
感情が全く見受けられない表情をしている。
そんな顔で、ガラス越しのえりなに対して怒っているわけではなく、あくまで諭すような態度をとっている。まだ彼女は完全に仮面を失ってはいないようだ。
一方のえりなは悲惨だ。
誰にも聞かれないのをいいことに言葉で責められているのか顔を蒼白にし、美里に対して何度も謝っていた。
しかし、美里にはそれを許している素振りが一切見られない。
それどころか、えりなに対して指をさし、行動で感情を表し始める。
いったいえりなは何を言ったのか。
冷静に考えれば、明らかにあの構図は異常だ。
あの態度で、なんで美里をそこまで苛立たせることができたのか。
少なくとも、涙ぐんで蹲っているえりなに、そこまで神経を逆撫でることが言えるようには思えなかった。
同級生たちはえりなと美里の印象を、額面通り――見た目通りに受け取り、次第に美里を見る目が、非難に満ちたものになっていく。
そんな同級生を美里はなぜか驚いたように見ていた。
彼女なら、自分がどう思われているかわからないはずもないのに。
唯一一樹だけが、一連の異常さに気づき、2人の関係を素直に受け取りはしなかった。
やがて2人の会話は終わった。
いずれにしろ、この会話で関係が修復されるどころか、亀裂が決定的になったことは明らかだ。
「正直あの2人のことは気になるけど……」
一樹には負けず劣らず、寛人のことも気になった。
寛人の質問内容が父……と思われていた、大江宗一郎に関する質問であったことは明らかだ。
そしてクレアの回答で、実の父親でないことが確定した。
後は本人に任せるつもりだったが、あそこまで煽った人間として、ここまで事態が進展したらその結末を見届けなければならない。
寛人本人は美里の件ですっかり忘れているようだったが。
一樹はうんざりしながら美里と連絡を取ることにあきらめた寛人に通信を入れる。
今現在、えりなとの会話を終わらせた美里は珍しくタイガと話していた。
寛人は一樹の通信に少し驚いた様子を見せたが、すぐに出る。
【どうした?】
「いや、お前さっき大江さんのこと聞いただろ。いちおう感想でも聞こうかと」
【ああ、そういえば……】
案の定、一樹に聞かれるまで忘れていたようだ。
出生の秘密に関する大問題だというのに。
【ぶっちゃけ、お前と話している間に覚悟は出来てたからな。答えを聞いても、ああやっぱり、程度の感慨しか湧かなかった】
「そっか」
【まあ事実を知ったからって、当人はもう死んでるんだからどうしようもないけどな。とりあえずここから出たら、母さんに詳しく聞いてみるわ。今までは自分から避けてたから、聞けば話してくれると思う】
「それがいいだろう」
一樹は寛人に頷いた。
【まあ、俺の問題はこれでいいんだよ。それより納屋だ。アイツ犯罪を犯したって話だけど、マジかよ!?】
「あー……」
一樹は曖昧に濁すだけで何も答えなかった。
何故なら彼は知っていた。
それが事実で、その被害者が自分と大きく関わっていることを。
そして、一樹が美里に話したかったことも、それと大きく関係していた。
ただそれは今寛人に言うべき話とは思えなかった。
【どうした?】
「いや、俺もさすがにアレには驚いて」
【だよなあ。なんか小泉にやたらきつく当たってるし、アイツに親でも殺したのか?】
「さすがにそれはないだろ。死んだのはうちの祖父ちゃんと祖母ちゃんだけだし」
実際の罪もそこまで重くはない。
だからこそ罪の意識が薄く、悪質とも言えた。
【ああ、なんか気になってしようがないわ。やっぱり俺繋がるまであいつに連絡してみる。それじゃあな】
「ああ」
寛人は通信を切ると同時に、美里のボタンを押しまくる。
春香も先ほどから同じようにしているので、まるでライブチケットの争奪戦をしているようだった。
一樹も美里の件は気になったが、2人の争いに加わる気はない。
だからといって美里と通信してから呆然としているタイガと、無駄話をする気もない。
一樹には美里と寛人以外に、もう1つどうしても気になる人間がいた。
少しだけ心構えをしてから、この騒動のきっかけを作ったその人間のボタンを押す。
【……もしもし】
少し怯えた声でえりなが通信に出る。
美里とのやり取りは数分前に終わっていたのに、ずいぶんと尾を引いている気がした。
執拗なほどに――。
「聞きたいことがあるんだ」
【……さっきの答えの件だよね】
「正確には違う」
【違う?】
ガラスの向こうのえりなが首をかしげる。
先ほどはかなりの精神的なダメージを受けたように見えたが、今はその面影が全くない。声にしても、打ちひしがれている感じはしない。
やはりどう考えてもおかしかった、
ただ、あえてその点については指摘せず、一樹は用意していた質問をそのまま言う。
放っておいた方が、色々と脚が出るような気がした。
「俺が気になったのは小泉さんがした質問の方だ。どういう質問をすれば、あそこまでダイレクトな回答が返ってくるんだ?」
まずはこの点をはっきりさせたい。
えりなの回答は、今までとはいくらなんでも異質すぎた。
たとえば美里の犯罪を疑っていたとしても、それを聞いたら答えは「はい」か「いいえ」になる。それだけではこの場にいる同級生には、どういう質問か分からない。
だがそれが普通だ。むしろそうでなければ問題がある。
この回答だけというシステムは、そもそも質問内容を隠すことに意図がある。それでこそ、参加者の秘密も守られるのだ。
けれども、えりなの回答はそのシステムを根本から覆すようなものだった。
回答が単体だけで成立している上に、どんな質問をしたのか想像がつかないのだ。
皆解答の衝撃でその点に気付かなかったようだが、一樹の目は誤魔化されなかった。
えりなは即答しなかった。
ガラスの向こうのえりなは、考えていると言うより呆然としている。
微動だにしていない。
まるでマネキンになったかのようだ。
【そう、秘密を聞いたの!】
不意にえりなが大きな声で言った。
えりなの姿があまりに変わらなかったので、一樹は心構えが出来ておらず、思わず転びそうになる。
【あ、ごめんなさい!】
ガラスの向こうのえりなが、慌てたような姿を見せた。
さすがにここまで一樹が取り乱すことは予想外だったようだ。
一樹は「大丈夫だ」と言いながら、身体を起こした。
「それで、秘密って?」
【ほら、もう言わなくても分かると思うけど、私は納屋さんにいじめられてたじゃない。だから、せめて対等の立場に立てるよう、弱みでも握ろうと思って……】
「弱み、か」
えりなの答えは、あまり納得のいくものではなかった。
たとえそう質問したとしても、果たしてあそこまで具体的に回答するものだろうか。
そもそも、以前の春香に関する質問のように、そういった内面的なものは、本来システム上回答出来ないはずである。プライバシーの問題もある。
えりなの答えは苦し紛れの出まかせにしか思えなかった。
【それよりごめんね。瀬尾君納屋さんのこと好きだったのに、私が糾弾しちゃって】
一樹にこれ以上質問をさせないようにするためか、唐突に話題を変える。
その態度はいくら何でもあからさますぎた。
(とはいえここで問い詰めると、意固地になって否定しそうな気がする。ここはあえて会話の流れに乗るか……)
そのうち致命的なミスを犯すかもしれない。
そう思いながら、一樹はえりなの話に答えた。
「だからそれは告白とかじゃ……」
そう言いながら、一樹はすぐにある違和感に気付く。
今回はそれをそのまま口に出した。
「そもそもなんで俺が納屋のこと気にしてたの知ってるんだ? 確かヒロの話だと、あんまり学校に来てなかったはずじゃ……」
えりなが学校に来なくなったのは3年になってからかなり早く、一学期の終業式前にはすでにそれらしき姿を見た記憶がない。そして、その頃は一樹は実家の本屋の状況を知らず、あまり美里のことを気にかけてはいなかった。性格の悪そうな美少女だなと、その程度の感想しかない。
一樹が美里を気にするようになったのは最近で、クラスも違う上に不登校のえりなが当時の一樹を知っているはずがない
えりなはばつの悪そうな顔をした。
ただ、さきほどのような不自然さはなく、ただちゃんと答えはあるがそれがどうにも話しにくいといった感じだ。
やがて、本当に申し訳なさそうにおずおずと切り出す。
【実は、その、見ていたの、瀬尾君が納屋さんに告白しようとしているのを。その日、ちょうど職員室に用があって、その帰りに教室に入っていく納屋さんが見えたから、気になってちょっと教室を覗いてたの】
「どこかで聞いたような話だな……」
つい最近、親友から聞いたばかりの滞在理由だ。
これでここにいる4人が、あの呼び出しの影響を受けたことになる。
下手をすると、春香も関係があるかもしれない。
その元凶である一樹は、知るのが怖かった。
「ていうか、それで事故に巻き込まれたのか。不可抗力とはいえ本当に何と言ったらいいか……」
【そこは気にしないでいいわ、あくまで自己責任だし! でも本当に良かった。あれが告白じゃなくて……】
「俺が納屋の味方になると思った?」
【それもあるけど、瀬尾君まで傷つけてしまったんじゃないかって】
「そこまで繊細でもないけどな」
一樹は照れながら頭をかく。
そしてすぐに表情を改めた。
「それで小泉さん。納屋との件がどこまでいったら小泉さんはここを「出る」選択をするつもり?」
今度は一樹の方から急に話題を変える。
今までの反応からえりなの場合、逆に本題には触れず遠回しに揺さぶっていった方がいい気がした。
えりなは即答せずに、しばらく考えた。
難しい問題だろう。心の折り合いなど、算数のように割り切れるものではない。当然クレアのようにすぐに解答を出すことも不可能だ。
だからこそ聞いてみる価値はあった。
考えることに集中して、またぼろを出すかもしれないから。
今のところ違和感の具体的な理由については、一樹も全く思い当たらない。
指摘するのはそれが漠然とでも分かってからだ。
【とにかく納屋さんにいじめを認めて謝って欲しい】
「うん」
【その後どうするかは……正直よく分からない。納屋さん次第だと思う】
「そっか」
【ごめん、ちょっと1人で考えたいの。通信切るね】
「あ――」
通信はえりなによって急に切られた。
結局、えりなの不審な態度に関して、何もわからないままだった。
一樹は再びえりなに通信しようとし、そしてやめた。
えりなには確かに不審な点が多い。
それは事実だ。
だがただ揺さぶりをかけただけでは、その理由まで話すことはなさそうだ。
問い詰めるにしても、あまりに情報が少なすぎる。なによりこのグラス・ヘキサゴンという環境が情報収集にはかなりマイナスに働いている。
この場にいる一人づつえりなのことを聞いていてはらちが明かないし、一番知っていそうな美里は聞いたところでまともに答えそうにない。むしろ聞いたことで足をすくわれそうな気さえした。
だったらここはあえてその点には目をつぶり、とにかくいじめの件だけ解決すべきではないか。
いい加減、自分もおせっかいがすぎるだろう。
一樹はそう考えを改めるようになった。
一樹がそんなことを思っていると、当のいじめっ子から通信が入る。
少し前まで寛人と話していたようだが、それも終わったらしい。
何を話したのかは想像がつかないが、美里の様子を見ると彼女にとっては得るものがなかったようだ。
一樹は少し考えてから、美里の通信に出る。
ある程度心構えがないと、また言いくるめられそうな気がした。
「もしもし」
【ちょっと困ったことになったわ】
「・・・・・・」
美里は伏し目がちに、うなだれるながらそう言った。
態度は芝居がかっていたが、声の感じが今までと変わっていたことは、一樹には隠せない。
美里は明らかに動揺していた。
3年になった時以外にも美里と同じクラスになったことはあったが、ここまで動揺した声を聞くのは初めてだ。
(これはチャンスかもしれない)
一樹は思った。
先延ばしにしたあの話も、今なら美里の心に届くかもしれない。
「単刀直入に話そう」
美里が少し驚いたような顔をする。
それでもまだ美里の仮面がずれている程度、ときおり剥がれているにすぎない。
できることなら仮面そのものを完全に粉々にしたかった。
そうでなければ、美里の心に届くことはないだろうから。
そこまでの覚悟で挑んでいる一樹の反応に、美里は茶化すように、
【そんなにつっけんどんに言わないでよ、ふられたことまだ怒ってるの?】
と言った。
一樹はため息を吐いた。
美里がまだ体裁を取り繕うとしているのは明らかだ。
追い込みが足らないのだろうか。
あまりの失望にヤクザのように考えてしまう。
【……その態度ちょっと傷くんだけど。せっかくあの時の告白の件、やり直してもいいと思ったのに】
「だからアレは告白のために呼んだんじゃ無い。そっちが勝手に勘違いしてるだけだ」
【へえ、そういう態度とるんだ……。もしかしてこっちの足元見てる?】
「……さっきから全然単刀直入に話せてないな」
一樹はさらに溜息を吐いた
美里と視線は合っているように見えるが、見えるだけだ。
何もかもがかみ合わない。
「さっきの契約云々といい、お前は損得関係の話しかできないのか?」
【ふふ、人生なんてそんなものでしょ。それよりこれ以上無駄話を続けるのが嫌なら、どう、私達協力しない?】
「・・・・・・」
いきなり協力要請を申し込まれる。
おそらく今までの状況から、自分が中心的な存在になりつつあるように、美里には見えたのだろう。
おそらく美里は、自分を中心にして全員で同盟を組み、徒党を組んでえりなを敵にしようと、そう持ちかけているのだ。
恋愛関係には疎くとも、人間関係の機微には聡い一樹は、それをすぐに察した。
当然恋愛感情も無く、好感すらない美里の申し出を受け入れる理由はない。むしろなんて現金な奴だと軽蔑さえする。
ただ単純に断るのではあまりに芸がないように感じられた。
「断る……と言いたいところだが条件がある」
【・・・・・・】
美里が更に値踏みするように一樹を見る。
どうせ、自分が下心満載の条件でも出すと思っているんだろうなと、一樹は三度目のため息を吐いた。
美里と話していると呆れるだけでなく、疲れることばかりだ。
「また10年前みたいに誤解されたら迷惑だから、先に言っとくけど、エッチなことでもここを出てから頼むようなことでもないぞ」
【それじゃあなに?】
「その前に言っておきたいことがある。例の小泉さんの回答だが、俺はアレが事実だって事を10年前から知っている」
一樹は唐突に、いよいよ本題に入った。
美里が心構えを完全に変えさせるためにいろいろ言うのは、本人が言うとおりの時間の無駄だ。
ならば出たとこ勝負で行くしかない。
【な――で、出まかせよ! 適当なこと言って私を動揺させるつもりでしょ!?】
「あの時の教科書まだ使ってるのか?」
【――!!!】
美里は絶句した。
今までも何回か驚いてはいたが、今の顔はその中でも最上級だ。
この美女は心の底から驚くとこんな顔をするんだなあと、一樹は他人事のように感心した。
「ちなみにお前が告白と勘違いしているあの時の呼び出し理由も、このあたりの話をするためだった」
【は? いきなり何を言ってるの……】
「もう完全に時効だろうけど、監視カメラのデータはちゃんと残ってたぞ」
【・・・・・・】
美里は何も答えなかった。
おそらく物的証拠まではないと思っていたのだろう。
一樹の目には、美里の頰に一筋の汗が流れるのがしっかりと見えた。
この分ならもう話してもいいだろう。
一樹は一回呼吸をし、美里の目をじっと見つめながら言った。
「俺の条件はただ1つ。小泉さんが言った自分の罪を、お前自身の口から全員に言うこと、それだけだ」
【・・・・・・】
美里は答えなかった。
そんな美里に更に続ける。
「たとえ時効になっていたとしても、罪自体が消えるわけじゃない。お前のしたことで誇張じゃなくて、死ぬほど迷惑をこうむった人もいるんだから。何よりこのまま黙っていても、お前自身がつらいだけだぜ。いつ暴露されるかわからない秘密を抱え続けるのは」
【アンタいったい……】
「俺が今言えるのはそれだけだ。お前に本当に反省の気持ちがなければ、これ以上話すことはない」
一樹はそう言って、一方的に通信を切る。
今の段階で言えることは全て言った。
未だ言ってないことはかなりあったが、それにはまず美里自身が自分の罪を認識する必要がある。
一樹はそう思っていた。
美里が再びトランシーバーのボタンを押しているのが見えた。
自分のトランシーバーの美里のボタンが光っているのだから、どのボタンを押しているかは考えるまでもない。
しかし一樹は出なかった。
出たところで何も変わっていない今の美里相手では、有意義な話が出来るなど到底思えない。
無視を続けていると、やがて美里はボタンを押すのを止めた。
一樹はほっとする。
さすがに当てつけのように無視し続けるのは、相手が美里でも心が痛む。
それから美里はボタンを再び押し始めた。
今まで誰とも話していなかったえりながそれに出る。
美里は今まで見たことがない表情で、えりなに何かまくし立てていた。
いよいよ、あの鉄面皮もヒビだらけになったということか。
後は心の中身まで外に出せるかという問題だろう。
そう思っていると、春香から通信が入った。
おそらく今の美里のことについて聞きたいのだろうなと推測しながら、一樹は通信に出た。
【その、さっきから美里が小泉さんを怒鳴りつけてるみたいだけど、いったいさっきまで美里と何を話してたの?】
「まあ本人にとって聞かれたくない話とだけ言っておく」
一樹は美里に言った通り、自分の口から言うまで黙っているつもりでいた。他人から秘密をばらされたら、さらに頑なになり、もはや説得は不可能になるだろう。
【いったいこれからどうなるんだろう、私達……】
「結局は収まるところに収まると思うぞ。人間なんて、なんだかんだ言ってそういうふうに出来てる」
【そうかな……そうかも……】
春香が納得したかどうかは分からない。
ただ、その言葉を最後に2人の会話は終わった。
春香との会話を終えた後、一樹は質問について考えた。
先ほどの回答で、納屋家のだいたいの経済状況は分かった。
分かったのはそれだけであったが、一樹にとっては大きな情報だ。
今回も美里に関する質問以外は考えられないが、気になっていることは先ほど聞いた。もっと知りたい情緒的なことは、クレアには答えられないだろう。
それに――。
また自分が投票時間を遅らせて非難を浴びるだろうなと思いながら考えていると、寛人から通信が入ってきた。
今まで寛人はタイガと話していたが、それが済んだらしい。
2人とも美里と通信していたので、おそらくそのことについて話していたのだろう。
【ていうか納屋はいったい何なんだろうな?】
いきなり寛人は言った。
いくら何でも前置きを省きすぎだろうと、一樹は呆れる。
「ちょっと落ち着け」
【ああ、悪い。なんかタイガにはAIが嘘をついてるみたいなこと言ってはぐらかしてたし、どうせ時効なのに絶対に過去の犯罪について言おうとしないし。10年も寝てて高校は卒業したも同然なんかだら、今更イメージもないだろ?】
「まあそうだな。俺もそう思う」
【だよなあ。ていうかもしかしてアイツの犯した罪と大江宗一郎が死んだのと関係があるのか!?】
「あるわけないだろ、10年間眠ってたんだから。まあお前が納屋を疑う気持ちも分かるし俺も信頼はしてない。けど、さすがにそれは考えが飛躍しすぎだ」
【だよなあ……】
表情を見た限り納得はしていないようだが、寛人は一応そう答えた。
【でも気になってしようがないわ。とりあえず次の質問でアイツが具体的にどんな犯罪を犯したか聞くつもりだ。なんかタイガの奴、自分が口止めで殺されるんじゃないかって、めっちゃビビりだしたし】
「体育会系にありがちなアホさだな、ていうかどうせお前が煽ったんだろ」
【はははは、まあその通りなんだけどな!】
寛人はわざとらしく笑い、一樹もつられて苦笑する。
2人ともただの馬鹿話をしているようであったが、一樹の方はしっかりと今の話を吟味していた。
時効の話をしてもまだ言わなかったということは、論理的に考えて時効がない犯罪ということになる。
だが、一樹の知っている犯罪はそこまで罪が重いものではなく、美里もそれが罪だと思っている風であった。
もし重罪を犯していれば、あそこで素直に罪を認め、微罪で上書きしたはずだ。
それを踏まえると、これは心情的な問題故の黙秘だろう。
情緒的な問題の場合、自分の中で区切りがつかなければ絶対に言わないはずだ。
しかしあそこまで言ってみたものの、美里が言いそうな可能性は0に近い。
それにもかかわらず、ここまで同級生達に興味を持たれたのだから、もはや隠し続けることは不可能だろう。先ほどの投票結果から、皆事実を言わなければ「出る」を選ぶはずだ。
そもそも美里の態度にも問題がありすぎるのだ。
高校時代の美里だったなら、もっと上手くいなせた気がする。焦る状況であることは分かるが、一樹の想像以上に取り乱している気がした。
(まさか意図的に追い詰められてるとか……)
【どうした、いきなりマジな顔で考え始めて?】
知らぬ間に思考に没頭していたらしく、寛人に不審に思われる。
一樹は頭を振って、いったん美里の件を思考の片隅に追いやった。
「ちょっと納屋のこと考えててな」
【そりゃ好きでなくとも考えるよな。ところでお前は何を聞くつもりだ?】
「そうだな……」
――それに美里は現状、一樹の想像を超えて加速度的に追い詰められすぎている。
これ以上一樹が核心に迫った質問をすれば、美里が完全に心を閉ざしてしまうかもしれない。
今まで隙を生むためある程度の追い込みは必要だと思っていたが、さすがこの状況ではそうも言っていられない。
そしてその元凶が、今現在部屋の隅で怯えているえりなにあることは明らかだ。
いじめられっ子が恨みを晴らした、と単純な問題でもない。
えりなもえりなで問題がありすぎる。
以前はいじめられっ子の責任まで考えなかったが、これからはターゲットを変えた方がいいのかもしれない。
「少しつついてみるかな」
一樹はそう思いながらトランシーバーのクレアのボタンを押す。
「この施設と小泉は実は関係してるんじゃないか?」
『「この施設と小泉えりなは実は関係してるのではないか?」という質問を受け付けました』
クレアからの応答があった直後、一樹はえりなの様子を見る。
えりなは依然怯え続けたままだ。
今となっては彼女の姿は不自然以外の何物でもなかった。
普通ここまで優位に立てたのなら、そこまで美里に怯える必要はない。今までのうっ憤を晴らせたと勝ち誇ってもいいぐらいだ。
一樹には今までの疑問点とこの大仰すぎる施設が、何か関係しているように思えてならなかった。
やがてクレアが中心に姿を現し、解答を始める。
その内容はほとんどが、美里の罪を暴くものだろう。
そして更に追い詰められた美里は、暴走してしまうかもしれない。
――そう思っていた一樹だが、その想像は数秒後に打ち砕かれることになった。
『それでは投票前に、皆さんから頂いた質問の回答を言います。納屋美里さん、その通りです。室伏タイガさん、そのようなことはしません。橋本寛人さん、窃盗罪です。中野春香さん、窃盗罪です。小泉えりなさん、納屋美里さんは遠回しにここにいる人間の身内を殺しました。瀬尾一樹さん、その質問にはお答え出来ません』
「なんだって!?」
えりなの回答に、さすがに一樹も冷静ではいられなかった。
身内を遠回しに殺した?
少なくとも10年前は誰も死んでいなかったはず。
眠ったままの美里にどうやって殺人が出来るのか。
「いや、それも大事だけど――」
一樹は沸騰しそうになった頭を一端落ち着かせる。
えりなの答えもおかしいが、自分の質問に対する答えもおかしい。
あの質問はイエスかノーで答えられるものだ。
そしてクレアはこの施設のAIなのだから、それを把握していないわけがない。
「つまりそういうことかな……」
回答出来ないという答えが、逆にえりなの関与を一樹に確信させた。
それを踏まえると、この回答も先ほどの直接的すぎる回答も理解出来る。
「次が正念場かも」
一樹は我知らずつばを飲んだ。
『それでは皆さんトランシーバーでの口頭投票お願いします』
一樹はほぼ反射的に「出ない」と答える。
おそらく他の同級生達も同じだろう。
変える理由がない。
『投票を受け付けました。それでは結果をご報告します』
投票結果はもう分かっている。
一樹はじっと美里、そしてえりなの様子を見ていた……。