表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グラス・ヘキサゴンの虜  作者: 陶ヨウスケ
7/21

瀬尾一樹編 第五回投票

『小泉えりなさんと納屋美里さんと橋本寛人さんが出ないを選択したため、引き続けグラス・ヘキサゴンで相談をしていただきます』


「・・・・・・」

 出られないことは予想していた。

 えりなと一切話さず、えりな自身も美里と話していないのだから、えりなの意志が変わらないのは当然だ。

 ただ、そこに美里と寛人が加わったのは予想外だった。

 とりわけ寛人は、ここに残る理由がさっぱり分からない。

 一樹は早速本人に聞いて見ることにした。


「ヒロ、どうして「出ない」を選んだんだ?」

【……おかしいだろ】

「おかしい?」

【ああ。だってあのクソオヤジはもう死んでるんだぜ。それなのに、なんで身内に死人がいないことになってるんだ?】

「あ――」

 一樹もそれを聞いてようやく、胸のつかえの正体に気づいた。

 寛人の父――大江宗一郎は参議院議員を10期以上務めた地元の名士で、このあたりで知らないものはいない権力者だ。寛人はその愛人の息子……だという話を本人から聞いた。

 寛人の母親は大江家の元お手伝いさんであり、宗一郎は彼女に手を出し、寛人の妊娠が発覚。その後、幾ばくかの手切れ金と共に大江家を追放され、今に至る――という話だった。


 この事実を知った時、寛人はどうしようもなく荒れた。大江家に火をつけるとまで言い出した。

 おそらく根本的には潔癖な性格なのだろう。

 実際一樹にはそれまで寛人と猥談や色恋話をした記憶が無かった。 


 それを一樹が宥め(すか)し、なんとか中学卒業までには折り合いがつけられるようにした。この点に関しては、一樹も自分の功績が大きいと自負している。

 残念ながら、その時身についた悪い遊び……というか女癖の悪さは、抜けないままでいたが。本人も、「血だな」と半ば諦めていた。

 ただこの話に関して、一樹は当時からいくつか気になる点があったのだが、今は寛人の話を聞くことにした。


【それがどうしても気になって、俺はまだ出るわけにはいかないと思ったんだ。お前なら分かるだろ?】

「まあ俺もある意味当事者みたいなもんだったしな。何度でも言わせてもらうが、お前俺がいなかったら今頃少年院にいたぞ」

【ハイハイその件については感謝しております。ところでお前、中野の方は良いとして納屋ともまた色々話してたみたいだけど、いったい何話してたんだ? フったアイツの方が実は未練あったとか?】

「ちげーよ」

 一樹は美里から持ちかけられた取引の件を包み隠さず話した。

 たとえ美里から他言無用を言われていても、寛人に黙っているつもりはなかった。


【……なるほど、そんなことが】

「ちなみにお前のオヤジさんのこと、99%知られてたぞ。まあ残りの1%も俺が口を滑らせた感じだけど……。相手が納屋だからしようがないよな!」

【お前なあ……。けどまあだいたい分かってたさ。でなきゃアイツが俺に告白なんてするはずないしな】

「お前のことだから告白されて当然! ぐらいの態度だと思ってた」

【まさか】

 寛人は鼻で笑う。


【アイツ、六高の関屋だってフったんだぜ】

「え、誰それ?」

【知らねえのかよ、あの高校生現役アイドルの関屋だぞ】

「あー言われてみるとそんな奴がいた気が】

 そんな名前のアイドルをテレビで見たような気がしないでもない。

 一樹は本屋の育ちらしく本中心の生活で、あまりテレビを観ないため、流行にはとことん疎かった。


【とにかくそんぐらいネームバリューがあって超イケメンをフるぐらいだ、俺なんかに告白するなんて、絶対裏があると思うだろ?】

「思う」

 100%、何の反対意見もなく肯定する。

 その反応に寛人は少し頬を引きつらせた。


【ま、まあとにかくそういうわけで、納屋は信用出来ないしオヤジの件は気になる。挙句の果てに、こうなったら慰謝料代わりにいくらかふんだくってやろうと思って遺産を聞いてみたら、そもそもないと言いやがる。いったいこれはどういうことなんだよ!?】

「……その件なんだが」

 一樹は以前から気になっていたことを、この機会に言ってみることにした。

 以前なら話した瞬間、寛人は強引に話を終わらせただろう。


 ()()()()()()()()()()()()


 虫の居所が悪いときだったら、殴り倒されていたかもしれない。

 だが今の寛人はずっと信じていた固定観念が揺らいでいる。さらに、一樹の疑問を肯定する材料も、現時点でかなりあった。


 友人としていい加減この現実に向き合わせなければならない。

 あの時からもう5年どころか、その3倍の時間が流れたのだから。


「なあヒロ、実は俺以前からお前に言いたかったことがあるんだ」

【生活態度についてなら、もう無駄だぞ】

「違う。オヤジさんのことだ」

【・・・・・・】

 一樹は寛人の目を真っ正面から見る。

 その普段は滅多に見ない真剣な表情に、寛人もつばを飲み、態度を改めた。


「お前はオヤジさんを悪し様に言ってるけど、俺にはそこまでひどい人には思えない」

【……どういうことだ】

 寛人の声のトーンが一段下がる。

 だが、話を聞いてくれるようになっただけ、今までに比べれば遙かにマシだった。


「うちの本屋って、売れなさそうなマニアックな本を多く扱ってて、そういう所謂稀覯(きこう)本目当てのお客さんがお得意様なんだ。その内の1人がお前のオヤジさん、大江宗一郎だった」

【そうだったのか……】

 寛人は黙っていたことに関しては、一樹を責めたりはしなかった。

 言えない状況であることは本人も理解していたのだろう。

 一樹は話を続ける。


「店に来る大江さんは紳士だった。変に居丈高になったりせず、無茶な注文もしなかった。もちろんお前がどうせ外面を取り繕ってるだけだろ、って言いたいのは分かる」

【・・・・・・】

 寛人は無言だった。

 おそらく図星なのだろう。

 人の憎悪や偏見はそうそう簡単に取り払えるものではない。

 一樹は()()()()()からそれをこの場にいる誰よりも理解していた。


「ただ、実際にうちは大江さんにかなり世話になってるんだ。具体的にはうちが立ち居かなくなったとき、銀行に融資の口利きをしてくれたのが大江さんなんだよ」

【マジかよ!?】

「ああ。それに俺自身何回か会ってるけど、悪人って感じはしなかった。うちは客商売で俺もよく店番してたから、人を見る目には自信があるんだぜ。万引きしそうな奴とかは、だいたいすぐに見抜ける」

【でもあのクソオヤジが信じられねえ】

「そもそもお前の大江さんの印象って、実際見たものなのか? それともおばさんからの伝聞か?」

【実際に会ったんだよ】

 寛人は吐き捨てるように言った。

 その顔にも嫌悪感がありありと浮かんでいる。


「大江さんかがお前に実の子供だと?」

【ああ、中坊の時、俺が家に帰ったら、お袋に金渡してやがったんだよ。で、俺を見るなり、お前のような子供など作るのではなかったと、蔑むよう目で見ながら俺に言ったんだ。で、思わず俺もかっとなって、お袋に渡した金を叩き返して、ついでにあのジジイの顔をぶん殴った】

「豪快すぎるな」

 一樹は苦笑した。

 一見ひねくれたところがある寛人であるが、その行動は直情的だ。

 一方、素直な一樹ではあるが、行動に関しては思慮深く慎重だ。

 そのため、長年思っていたことを今まで言わなかった。

 しかし、長い間考えていた分、様々な考察も生まれていた。


「ただ、もしお前のことを言葉通りに思っていたら、果たしてそんなことを言ったかな? 息子と認めたら、金をたかる人間が増えることになるんだからさ」

【知らねえよそんなこと。とにかくムカついたんだよ俺は】

「……それが狙いだったのかも」

【は?】

 寛人は首をかしげた。

 どうやら寛人は全くそのあたりの理由を考慮していなかったようだ。


 一樹は今度は心の中で苦笑した。

 素直と馬鹿は違う。

 一樹は言われたことはたいてい素直に受け入れるが、受け入れた後もそれが本当に正しいかどうかしっかり審査した。その上で間違いだったと思えば、自分の過ちを認めることもやぶさかではない。

 一方の寛人は受け入れの審査は厳しいが、一度受け入れたらその真偽については一切疑わなかった。ありていに言えば思い込みが激しいのだ。

 思考回路に関しては、一樹の方がはるかに複雑で精密だった。


 そして寛人自身、自分より一樹の方が遙かに利口だと思っていた。


【……どういう意味だよ】

「今までの情報から推測すると、お前が自分の息子だと意識させるために言ってたとしか俺には思えない。逆に言えば、そう思わせなければならない理由があった。ここまで言えばお前もだいたい推測出来るだろ?」

【・・・・・・】

 寛人は何も答えなかった。

 分からないから黙っていたのではない。

 それを口に出すと、今までの自分の間違いが白日の下にされされ、アイデンティティーが崩壊することを恐れていたのだ。

 一樹にはそう思えた。


 そこまで思わせれば充分だ。

 一樹から答えは言うべきではない。

 ただ、これまで自分が判断材料に使った情報は伝えておくべきだと思った。

 それが親友に対する真摯な態度だと。


「お前の身内に死人はいなかった。しかし、大江さんは既に亡くなっている。そして残すべき遺産もなくすほどの私財を使って、大江さんはここにいる皆の保障をしてくれた。俺の目から見た大江さんは、お前が言ったような悪人には見えない――」

 そこまで言ったとき、一方的に寛人から通信を切られる。

 本人も一樹にそっぽを向いていた。

 これ以上話すのも野暮だと思い、一樹は自分から寛人に連絡を入れることはなかった。


 ただ、これで寛人に関する問題はほぼ解決するだろうと思っていた。

 一樹の予定では、高校卒業までに両者の誤解を解いておくつもりだったが、結局それから10年以上もかかってしまった。

 しかも宗一郎は、何の話も出来ずに死んでしまった。

 たとえ本人が誤解を解かないままでいることをを望んでいたとしても、やはり悲しかった。


 そんなことを思っていると、先ほどまで美里と連絡を取っていた春香からの通信が入った。


「・・・・・・」

 美里の方はえりなに、本日2回目の通信を入れていた。

 この2人が建設的な話をしているようには思えない。

 美里は相変わらずの無表情だし、えりなの方は終始涙目だ。

 いったい何を話しているのか気になったが、とりあえず一樹は春香の通信に出た。


【もしもし瀬尾君?】

「んー、どうした?」

【その、さっきのことを報告しておこうかと思って……】

「さっきのこと……ああ」

 おそらく父親とのわだかまりについてだろう。

 別の家族の親子関係にも関わっていたため、一樹は一瞬ど忘れしていた。

 まさかこの短時間で、これほど他の家の家族事情に踏み込むことになるとは、この施設に入るまで想像もしていなかった。


【さっきの質問の回答を聞いて分かる通り、父は眠っている私のために援助してくれたし、見舞いにも来てくれたみたいなの。それもほぼ毎日。私、その……】

 春香の声が次第に掠れ、顔も背けた。

 おそらく感極まって泣いているのだろう。


 一樹は春香が落ち着くまで待った。

 こんな時に余計な声をかけるほど、デリカシーのない人間ではない。

 尤も、寛人の場合はこれをチャンスと考えくどき始めたかもしれないが。


 そからしばらくし、落ち着いたところで春香が振り返る。

 その目は少し充血し、明らかな涙の痕も見て取れた。

 一樹は当然それに触れず黙っていた。


【その、父にここまで心配されていたなんて、想像もしなかった。仲が悪い上に、もう勉強も出来ず、将来の見込みがない娘になんて一切興味をなくしてたと思ってたから】

「普通の親はそんな風には思わないさ。いくら凄腕社長だとしても親は親だ」

【・・・・・・】

 自分が言う普通の親という言葉の重さを春香は知らないだろう。

 ただ一樹はそれで良いと思った。

 お互いの不幸の優劣をつける気などさらさらない。

 何より一樹の中では、ほぼ折り合いが付いた問題でもあったのだから。


「もし現時点で将来のことが不安でしようがなかったら、室伏と相談するといい」

【室伏君と?】

 春香は少し胡散臭げにタイガを見る。

 今まで話すどころか接点さえなかった事は明らかだ。見た目も小柄な春香と対照的で、あらゆる意味で遠い関係だった。

 ただ、この2人の生き方が似通っていることを一樹は確信している。

 そしてこれからの生き方も。


「アイツは今までずっとスポーツばかりして、その道で生きていくって決めてた。それがほぼ不可能になって、それでも、前向きに生きていこうとしてる。今まで勉強1本で生きてきた中野と似てると思わないか?」

【似てる……のかな……】

 春香はあまりぴんときていない様子だった。

 おそらく今まで1回も話したことがないため、外見での判断しかできないのだろう。

 確かに見た目だけで判断したら、タイガは怖い以外の感想は抱けないタイプだ。それどころか得意分野もおそらく興味対象も違うので、共通の話題さえない。

 それでも話し合えば、きっとお互いのためになると一樹は信じて疑わなかった。


 先ほど初めて話した自分がそうだったのだから。


「まあ似てる似てないは俺の考えだけど、これからどうするか相談するには一番ふさわしい相手だと思うぞ。怖いなら俺が口利きしてもいいけど」

【ううん、ありがとう。でもこれは自分の問題だから、私から話してみる。あと、その、これは今までの話とは関係ないんだけど】

 不意に春香が話題を変える。

 一樹としてはこれ以上聞く必要も無かったが、それでも何も言わなかった。

 言いたいことは言い尽くした方が、精神衛生上良い。


「なんだ?」

【ちょっと美里のことで気になることがあるの】

「納屋のことで?」

 一樹は自然に身構える。

 美里の話となれば、自分から頼んでも聞かなければならない。


【実はさっきの話、美里にも言おうとしてたんだけど、なにか、こう通信に出た瞬間すごく不機嫌そうな感じがして、結局何も言えなかったの】

「不機嫌?」

 一樹は首をひねる。

 少なくとも、遠目には春香が美里の機嫌を損ねるようなことをしたようには見えなかった。

 それに一樹が見た限り、春香は自分と比較にならないほど、相手の感情に気を使うタイプだ。

 無神経な自分が神経を逆なでたならまだしも、春香はその点をここにいる誰よりも留意しているだろう。


「思い当たることは?」

【ううん、何も。ただ、ここにいて気づいた……というか気づかされたことがあるの】

「気づかされたこと?」

【うん。美里とは高校時代からの付き合いで、ずっと世話になってたんだけど、その、なんていうか……】

「・・・・・・」

 内容は気になったが、話を急かして結論を誘導させるわけないはいかない。

 一樹の想像する美里像と、実際に付き合いのあった春香の美里像は大分違うのかもしれないのだから。


【……その、ここに来てから何回か話したけど、何か違うというか……】

「違う? 具体的には」

【10年前と応対自体は変わってはいないと思うの。いちおう話は聞いてくれてるし。ただ、その、あんまり親身になってる感じがしなくて。それで、今改めて思い返してみると、当時から何か言っても通り一辺倒のことしか答えてくれなかったし、その、明確に線を引かれていたことに気づいたというか……】

「・・・・・・」

 多分それは勘違いではなく事実だろう。

 それは高校時代の一樹がずっと感じていたことでもあった。

 八方美人で人当たりはいいが、その実彼女は誰に対しても心を開いていない。

 世界に自分一人しかいないようにふるまっている


 一樹にとってそんな美里の態度は不快以外の何物でもなかった。

 自分が今まで生きてこられたのは、多くの人の支えがあってのことだと誰よりも理解していたから。

 だからこそ、どんなに美里が魅力的な美少女であっても、今まで恋愛感情を抱けたことは一度もなかった。

 ()()()()()を知った今はなおさらだ。


 ――そんなことを思いながら一樹は黙っていた。

 あまり自分の意見を押し付けるのは好きではない。

 なにより、まだ不安定なところのある春香のこと、他人の意見を自分の意見として受け入れてしまうかもしれない。

 一樹は彼女の中で自然発生した最終的な判断が知りたかった。


【それで正直、今は春香には深刻な相談をしづらくて。今なら瀬尾君の方が色々と話せるから……】

「そりゃ光栄だけど、俺にとっても結局は他人事だぞ。最終的には全部自分で決めなくちゃならないぜ」

【そうだね。ところで瀬尾君はここから出た後どうするか決めてるの? ずっと出たがってるみたいだし、もう指針とかは立ってるの?】

「まさか」

 一樹は苦笑した。


「現状未だ分からないことだらけだ。だから外に出て早く知りたい。外に出れば楽しいことだけじゃなく、過酷な現実とも向き合う羽目になるだろう。でもまずは楽しいことだけ見て、そこからこれからの生き方を捜そうと思ってる」

【随分ポジティブなんだね】

「よく言われるし、そうあるように努めてる」

【……だから強いんだね】

 春香は納得したように言った。

 一樹にはよく分からない反応だ。

 ただの享楽主義者と言われても否定出来ない生き方なのだから。

 尤も、人に非難されたところで変える気は毛頭無いが。


【多分美里は瀬尾君とは真逆の人間なんだと思う。色々相談に乗ってくれてありがとう。これからもお願いすることがあるかもしれないけど、その時はよろしくね】

「常識的な範囲なら、いつでも」

 その言葉を最後に、どちらともなく通信は切られた。

 自分とは真逆の人間――。

 それが高校時代最も近くで美里を見てきた同級生の結論らしい。

 一樹はその言葉を深く考え――


「おっと、人気者は辛いな」


 ――ようとしたが、通信が切れたと同時に、先ほど話したばかりの寛人から通信が入る。

 一樹は気持ちを切り替え、それにすぐに出ようとしたが、わずかに指を止め、まだ通話している美里とえりなの方を見た。


 相変わらず美里がえりなを痛めつけているような構図だ。

 えりなは怯えたまま、美里は悠然……を通り越した傲慢な態度で話している。

 この2人の関係を修復、ではなく改善させるは骨が折れそうだ。

 そう思いながら一樹は寛人の通信に出た。


【あれから色々考えた】

「ああ」

【まずあのジジイが本当に俺の親かどうか、それを確認しないと始まらない。全てはそこからだと思うけど、それでいいか?】

「お前の問題だ。お前が納得出来るなら俺からは何も言わない」

【そっか】

 素っ気ない態度だった。

 ただ目に映る寛人は明らかに照れているようだった。


【その、今まで色々話を聞いてくれてサンキューな】

「借りはここを出たときに期待しておく」

【ふっ……】

 苦笑した寛人は、乱暴に通信を切る。

 一樹も寛人を倣って同じように苦笑した。


 寛人の100分の1も決まらなかったが。


「さて、と。そろそろ本腰を入れないとな……」

 ある程度状況が落ち着いたことで、一樹は質問について考える。

 質問は美里に関することにしようと決めた。


 これからは本格的に美里の件に取りかからなくてはならない。

 そうでなければ、美里とえりなの関係を修復するのは不可能で、えりなも「出る」を選ばないだろう。

 しかし、同級生たちの問題に巻き込まれ、そこまで真剣に取り組む余裕はなかった。

 その件に関してある程度目途がついたこれからは、集中して2人の件に臨もう。

 ()()()に関してはここを出てからすればいい。

 そう思った。 


 ただその一方で、2人の関係を改善させるためには、あの話は避けて通れないような気もした。

 いじめにおいて被害者は基本的に問題がない。

 問題があるのは常に加害者だ。

 ゆえに、一樹は美里だけを説得すればよく、逆に言えば美里をどうにかできなければこの問題の解決はあり得ない。

 その美里を改心……するようには到底思えないので、表面上だけでも反省させるよう説得するのに、どうしてもあの話が必要な気がした。


 そしてより説得の確率を上げるために、もっとく詳しい美里の情報が知りたい。

 友人としての意見は春香から聞けた。

 こんどは家族に関して知りたかった。


「よし!」


 一樹は意を決し、クレアのボタンを推した。


「納屋美里の現在の家族はどんな感じ……いや違うな」


 一樹は一度言いかけた質問を途中で止めた。

 幸いにもクレアから質問を受理したという返事はなかった。


「こんな漠然とした質問をしても、また答えなんか返ってこないだろうな」

 春香の時がそうだったのだから、今回もクレアは答えられないだろう。

 だとしたら、はっきりと答えられる、ツッコんだ質問をしなければならない。

 それは他人のプライバシーを踏みにじるという、一樹としては絶対にしたくない行為だ。


 だが一樹は覚悟を決めた。

 一樹が知る限り、美里だけはそれを受け入れなければならない理由があるのだから。


「納屋里見のここ10年の世帯年収を知りたい」

『「納屋里見さんの10年間の世帯年収について知りたい」という質問を受理しました』

「ふう……」

 一樹は大きく息を吐く。

 質問内容はすぐに思いついた。

 ただ家族構成を聞いたところで意味はない。

 その点、この質問なら回答次第で色々な考察ができる。

 ただ、たったそれだけを聞くのに、ひどく疲れた。

 自分にとって、こそこそと人の詮索することはよっぽどのストレスらしい。

 保険会社にでも就職したら、日常茶飯事的に聞かなければならないようなことなのにと、自分自身の潔癖さに呆れる。


「我ながら子供だなあ。結局27になっても高校生のままか」

 一樹は苦笑した。


『それでは投票前に、皆さんから頂いた質問の回答を言います。橋本寛人さん、違います。中野春香さん、問題ありません。室伏タイガさん、自らの意志で働いています。納屋美里さん、6時間9秒。瀬尾一樹さん、約1億2000万円です。小泉えりなさん、納屋美里さんは過去に犯罪を犯しています』


「!?」

 えりなに対する解答にその場にいた全員が絶句する。

 一樹もこんな直接的な解答があるとは、予想だにしなかった。


 全員の視線が、一斉に美里に集まる。


 美里はこの場所に来て初めて、明らかな驚愕の表情を見せた。

 しかし、それさえも一樹には何故か白々しく見えた。

 まるでそう言われることを予想していたかのような。

 うがちすぎだとわかっていても、一樹は美里に対する見方を変えることができない。


 春香が弾かれたようにトランシーバーで美里に連絡を入れようとする。

 だが、クレアが事前に言っていたように現在はシステム上繋がらない。

 それを忘れて押し続けるあたり、当人の美里より、春香の方がはるかに焦っていた。


 一樹は視線を美里からえりなに移す。

 えりなは美里の方は見ずに、部屋の隅で膝を抱え震えいていた。

 27,8歳の女性がするには幼い姿だが、自分達の中身は未だ高校生だ。聞いたえりな本人もこの答えはショッキングだったのだろう。


「……ショックではあるはずだけど」

 やはり聞いた本人が、ここまでの反応を見せるだろうか。

 少なくとも実際に話したえりなはもっと堂々としており、ただおびえるだけの少女ではなかった。

 いくらなんでも目に見える光景と、今までのえりなの情報が乖離しすぎている気がする。

 ――そんなことを一樹が考えている間にも、クレアの進行は進んだ。


『それでは皆さんトランシーバーでの口頭投票お願いします』


 体感時間ではほぼ一瞬で投票時間になった。

 一樹は今回は少し考えてから、初めて「出ない」と言った。


 自分の発言に全く意味がないことは分かっている。

 えりなは「出ない」を選択するのだから。

 これはあくまで意志表示だ。

 このまま美里の問題を無視しないという。

 そしてえりなに対する疑問も払拭しようという決意表明だ。


『投票を受け付けました。それでは結果をご報告します』


 一樹や、そして参加者全員の複雑な思いを乗せ、第5回投票の結果発表は始まった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ