瀬尾一樹編 第四回投票
『小泉えりなさんと中野春香さんが出ないを選択したため、引き続けグラス・ヘキサゴンで相談をしていただきます』
「やっぱり中野さんか……」
一樹はため息を吐いた。
悪い方向に予想が当たってしまった。
タイガの方は「出る」を選んだのだから、ある程度は立ち直れたのだろう。そこから先はこの施設を出たタイガの努力次第だ。
しかし春香に関しては、何が問題で「出ない」を選んだのか具体的な理由が全く理解できず、ただ危うい精神状態にあることしか分からない。
こういうときこそ親友の出番だろうに。
もちろん一樹にとっての親友ではなく、春香にとっての親友である美里のことだ。
高校時代から、美里と春香は仲が良かった……良いように見えた。
外面の良い美里には大勢友達がいたが、気むずかしい春香とまともに話しているのは美里ぐらいだ。
実際、ここに来てから春香は何度も美里に通信を入れ、今度は美里が春香に通信を入れている。
一樹はその間に寛人に通信を入れ、先ほど春香に何を聞かれたのか聞いてみた。あれが無関係とはどうしても思えない。
「なあヒロ、さっき中野さんはお前に何を聞いてきたんだ?」
【ああ、それか。なんかわけ分かんないことまくし立てられたんだよな】
「わけわかんないこと?」
【ああ、なんか俺が人殺しじゃないかって】
「本当に訳分からないな」
一樹と寛人との付き合いは長く、寛人がそんなことをする人間でないとよく知っている。
嫉妬に駆られた男や捨てられた女の子に刺される姿は容易に想像できても、人を刺す姿は想像すら難しかった。そもそも恋愛関係でも縺れそうになったら、深煎りする前に自分から身を退くタイプだ。
代わりはいくらでもいるのだから。
「お前中野さんの恨みを買うようなことしたか?」
【男だったら逆恨みはありえる。けど女の子に恨みを買うことした記憶は無い。ていうか前も言ったけど、中野と話したこと1回しかねえよ】
「だよなあ」
寛人の意見に一樹は全面的に賛同した。
そもそも春香が寛人を殺人鬼と疑っているなら、この場所に来た時点でそれに見合った態度を取るはずだ。
ここに来た当初の春香は、怯えてはいたが、少なくともその恐怖は寛人に向いてはいなかった。おそらく慣れない環境が原因だろう。
「それで、結局お前は何て言ったんだ?」
【もちろん否定したさ。そんなことあるわけないだろって。でも、いつまでも納得しないし、あんまり鬱陶しかったんで、最終的にこっちから通信切ってその後も無視し続けた。本当に何だったんだよアレ?】
「話聞いた限り、本当にマジでなんなんだろうな……と、納屋と中野さんの会話が終わったみたいだぞ。……まああの様子だと、通信は失敗したみたいだけど」
一樹は視界にトランシーバーを置き、大きく息を吐いている美里の姿を認める。
「中野さんの方はそもそも通信が通じるような状態じゃないし、お前の方から納屋に中野さんの様子を聞いてみたらどうだ? 親身とはかけ離れた態度だったけど、話自体はさっき聞いてたし」
【あー、それな】
寛人はなんともばつの悪そうな顔をする。
そんな姿でさえ様になる親友に一瞬殺意を覚えたが、一樹は「死ね」と実際に言っただけで話を促した。
【いきなりひでえな! でもまあ、お前にならそう言われてもしようがなくはあるんだが……】
「それは俺が年齢=彼女いない歴だからか?」
【ちげえよ! いや、実は俺以前……というか、お前が納屋に告白した数日前に、納屋から告白されてフってんだよ】
「だからそれは俺が告白で呼んだんじゃ……って、そんな青春エピソードがあったのかよ!?」
【あったんだよ。まあアレが告白じゃないんだったら言うけど、どうも納屋って裏表がありそうなタイプに見えんだよな。ただの性格ブスだったら遊びで付き合っても良かったんだけど、アイツと付き合うと遊びじゃ済まない気がして】
「それは正解だな」
一樹は寛人の推測を全面的に肯定した。
一樹の知っている美里なら、何を利用しても不思議ではない。
【でもアレが告白じゃなかったんなら、学校に残るんじゃなかったぜ。いや、お前がいかにも納屋に告白してるようなシーンが、校庭から見えてさ。部活帰りのアゴ待たせて、つい見に行こうとしたんだよ。アゴにも取り返しの付かないことしちまったし……】
「お前そんな理由で放課後残ってたのか」
【ああ、一応親友の行く末が気になってな】
「余計なお世話すぎる……」
一樹は深い溜息を吐いた。
【でも本当になんなんだろうなアイツ。告白されてる最中もずっと足元見られてる感じだったぜ。なんというか、こう、色々見抜かれているというか……】
「まあ、納屋だったら本当にそうかもしれないけどな。ひょっとしたらお前んちの事情も知ってるかもしれないぜ」
【マジか。でも確かに納屋だったら知っていてもおかしくない雰囲気はあるんだよな。というわけでお前の方から話してくれ。面と向かって話すことすら放棄した負け犬の俺には無理だ】
「あ、おい!」
通信は一方的に寛人から切られる。
一樹は二度目のため息を吐き、探るように美里を見た。
春香との通信が失敗したことに腹が立っているのか、機嫌が良さそうには見えない。
あの無表情はそういう顔だ。
一樹は高校時代の観察で、だいたいあの鉄仮面に隠された内心が分かるようになっていた。
一樹とてフったと美里が思い込んでいる手前、あの時の続き以外の話はあまりしたくはない。
あまりどころか、かなりしたくない。
話がこじれるのが目に見えている。
けれどほぼ赤の他人である春香が、一樹に不安を打ち明けるとも到底思えない。
まだ美里経由で話を聞いた方が、客観的に見て可能性が高いだろう。
「嫌なものは嫌だけど……」
一樹はがっくりと肩を落としながら、それでも美里に通信を入れる。
心の片隅では、出来れば出ないで欲しいと思いながら。
しかし、幸か不幸か、すぐに美里は出た。
【久しぶりね、瀬尾君。あの時の続きでもする?】
10年ぶりに聞いた美里の声は、あの時よりも大分低くなっていた。
それでも耳障りなどではなく、むしろ妖艶さを増してより危険なものになっている。
一樹は骨が折れるそうだな、と身構えた。
「先に言っておくけど、アレは告白のために呼んだんじゃ無いからな」
【そういうことにしといてあげるわ】
「……じゃあもう今はそれでいい。その話は後にして、さっき中野さんといったい何を話したんだ?」
【春香と?】
美里が小首をかしげる。
歳の割に――と言っても10年眠っていたので中身は女子高生だが――可愛らしい仕草だ。
ただ寛人同様、一樹にはどうにもそれが芝居がかって見えた。
たいていの人間には素直な一樹も、美里だけはどうしても穿った目で見てしまう。
【……何か訳の分からないことを言ってたわね。橋本君が人殺しじゃないかって】
「それは俺も寛人から聞いた。その理由については言ってなかったか?」
【理由……】
美里は言葉を切り、少し考え始めた。
それから、表面上は自信なさげに答える。
【はっきりとは言ってなかったけど、多分あの質問が良くなかったんじゃないかしら?】
「質問?」
【ええ。2回目の投票前の質問で、橋本君誰かが殺されたかどうか聞いたじゃない。身内の安否を確認するにしても、普通生きてるかどうかよね。それでいっぱいいっぱいだった春香が悪い方向に勘違いしたんじゃないかしら。加えて瀬尾君の背中の傷も妄想を掻き立てるのに一役買ったと思うわ。ちなみに私はその傷について聞く気はないわよ。どうでもいいし】
「なるほど……」
言われてみれば、春香の様子がおかしくなったのはあの質問からだ。
用事は済んだ。
今はあの話の続きができる余裕もない。
一樹は通話を切ろうとしたが、美里がそれを許さなかった。
【ねえ、ところで死んだかどうかを聞いたのって、あの大江宗一郎じゃない?】
「・・・・・・」
一樹はイエスともノートも言わなかった。
けれどそれで美里には充分だった。
一樹の表情は筒抜けだったのだから。
【ありがとう。その反応だけで充分だわ。自信はあったけど、確信はなかったの。橋本君と仲の良い瀬尾君がそう言うなら、あの噂は本当みたいね】
(ヒロすまん)
一樹は心の中で謝った。
相手は筋金入りの仮面をかぶった優等生。やはりただの男子高校生である一樹が、口で勝てる相手ではなかった。
【それじゃまた楽しいお話しましょ】
「出来ればもう話したくない」
一樹は美里がそれ以上何か言う前に、自分から通話を切る。
こんな女と話したがっていた当時のクラスメイト達の気がしれない。
とりあえずこれまでの経緯を説明しようと寛人の様子を見ると、誰かと話しているようであった。
現在通話している人間を見れば、それがタイガであることは一目瞭然だ。
雰囲気を見た限り、もう問題は解決したらしい。
もちろん本当の問題はこの施設を出てからだが、心の整理はついたのだろう。
そんなこと思っていると、春香から連絡が入る。
予想外の展開に驚く一樹であったが、とりあえず通話に出た。
「もしもし?」
【もしもし、久しぶりと言うべきかしら……】
「ああ、うん……」
同じ「久しぶり」でも美里と違い、かなり控えめだ。
自信のなさが声に現れている。
高校時代は金切り声で文句を言っている印象が強かったが。
どうも、追い詰められることにかなり弱いタイプらしい。
この分なら美里よりは話しやすいだろうなと思いながら、一樹は黙って話を聞いた。
【そ、その、瀬尾君は橋本君とな、仲が良かったわよね……】
「ああ」
【それで、その……】
次第に声が小さくなり、ついに背中を見せて黙り込む。
確か春香は皆勤賞だったはずだが、それにしてはえりなより対人能力に問題があるように見えた。
一向に続きが言えない春香の代わりに、仕方なく一樹から話を振る。
「ヒロとは幼なじみだけど、アイツのことでなんか聞きたいことがあるんだろ?」
【え、ああ、うん、その、背中の傷のことだけど……】
「うん」
【橋本君との関係は……】
「0だね」
痴情のもつれから来る殺人事件に、小学校低学年の男子がどう関わっているというのか。
いくら女ったらしの寛人でも、友人の母親は守備範囲外だ。
何より一樹の母親は、息子の目から見てもかなりの不細工である。
一樹の答えに、春香はほっと胸をなで下ろしたようだった。
背中越しでもその仕草で明らかだ。
「なんかアイツのこと犯罪者と疑ってたみたいだけど」
【う、うん。その、橋本君はあまり良い噂を聞かなかったから、それぐらいはしてるんじゃないかなって……。瀬尾君の傷も橋本君につけられたと思って】
「あー……」
良い噂を聞かないという点に関しては、一樹も幼なじみの弁護は出来なかった。
ある一時期――正確には中学に入って間もない頃、父親との確執が表面化し、寛人はかなり荒れていた。
酒、たばこ、喧嘩に明け暮れ、見知らぬ女の子にもちょっかいをかけるなど、不良として想像できることはだいたいやった。悪い友達も沢山いた。
そこから県内有数の進学校である孝明台によく入学出来たと思う。
一樹はその立ち直りに手を貸してはやったが、実際に立ち直ったのは寛人自身だ。
ただ、女癖の悪さは変わらず、また過去にしてきたこと自体がなくなるわけでもないので、悪い噂は今でもついて回った。
自業自得、と言えばそれまでだ。
しかし、寛人が非難されたときには親友として必ず言っておきたい言葉があった。
「確かにアイツは以前に悪いことをしてきた。でも今は、色眼鏡抜きで目の前にいるアイツを見てくれないかな。それでも悪人に見えるって言うなら、俺からはもう何も言わないよ」
【・・・・・・】
春香は振り返り、無言で寛人を見る。
寛人はタイガと楽しそうに笑っていた。
その顔は10年前と変わらない少年の頃のままだった。
【……実はさっき、橋本君に意を決して聞いたの。なんでさっきあんな物騒な質問をしたのかって。そうしたら橋本君が、自分には殺したいほどの相手がいて、どうしても聞かなければならなかったって。それで私橋本君が怖くなって……】
「ああ、その話か」
おそらく寛人はそこまで深刻には話していなかったはずだ。
せいぜい「ムカつくやつがいたから、そいつが死んでたら嬉しい」程度の答えだったのだろう。
寛人が心を許していない春香に、そこまで真剣な話をするわけがない。
だが皮肉にも春香の思い込みの強さが、より真実に迫った誤解をしてしまった。
こうなったらある程度の事情説明は必要だろう、一樹はそう思った。
【瀬尾君は知ってるんだ】
「まあ。そうだな、詳しくは話せないけど――」
この話は寛人にとって、一樹の両親の事件と同じぐらいタブーな内容だ。
誤解を解くためとはいえ、慎重に話す必要があった。
「アイツはオヤジさんと色々確執がある、とだけ言っておく」
【確執……橋本君とは考え方も生き方も違うけど、その点に関してだけは私と似てるのかもしれないわね】
「・・・・・・」
一樹は春香の呟きについて詳しくは聞かなかった。
同じクラスだったとはいえ、春香とはそれほど親しかったわけではない。今日こうして話した時間が、今までの高校生活で話した時間のトータルよりも多いぐらいだ。
そんな自分が根掘り葉掘り聞くのは失礼なように思えた。
けれど今まで話す相手がいなかったせいか、春香は進んで自ら話す。
【私の父は建築会社……といえば聞こえは良いけど、いわゆる土建屋の社長なの。中卒のたたき上げで、社会人になってからは、学歴のことで散々馬鹿にされてきたと言っていたわ。だから私は小さい頃から、父にとにかく勉強するように言われてきたの。それ以外のことは一切許されていなかったわ】
「それはまあ……大変だったな……」
物心ついた頃から勉強だけしてきた春香と、スポーツだけしてきたタイガ。この似たような2人の気持ちは、一樹には分からない。
この点に関しては、一樹にも何も言えなかった。
【でも苦ではなかった。勉強は好きだったし、良い点を取ると褒めてくれたし自信にもなった。でもそれは子供の間だけ。成長するにしたがって父の野卑な部分が目について、距離を取るようになっていったわ。父もそんな私に愛想をつかして、最近じゃ一切会話はなくなった。それでも勉強さえできれば、1人でも生きていけると思ってた。だから怖いの。10年間眠ってもう何のとりえもなくなり、父にも愛想をつかされた私が、これからどうやって生きていけばいいのかって。橋本君の件は、その焦りの言い訳かもしれないわね……】
「そういうことか……」
一樹はようやく納得できた。
寛人が殺人鬼という話は、いくら何でも無茶がある。
内向的で、何を考えているかどうか分からない、そんな人間なら殺人鬼と誤解されてもおかしくはないだろう。
だが寛人真逆だ。不良の噂はあるが、軽薄で社交的、一般的な殺人鬼像とかけ離れている。
春香だってそれぐらいは理解していたのだろう。
しかし、出たくない理由のだしに使っているというのであれば、一樹にも春香の気持ちが理解出来た。
なにより、それなら説得のしようもある。
「だったらなおさらここから出ないといけないんじゃないのか? 勉強も遅れるだろうし」
【10年もブランクがあったら、もう取り返しなんて付かないわ。他にも兄弟がいるし、どうせ父も私の事なんてもう忘れてるだろうし……】
「じゃあ聞けば良い」
一樹は言った。
「クレアは答えがわかる質問ならなんでも答えてくれるだろ? だったら10年間眠っていた間、お前の親父さんが何をしていたか聞けば良い。それでお前が恐れているように、本当に見捨てられてたんなら、俺からはもう何も言わないさ」
【……怖いわ、聞くのが】
「じゃあ俺が聞く。肉親の情って言うのは本人が思っている以上に強いもんなんだぜ」
かつて母親に殺されかけた人間とは思えない言葉だった。
それゆえに、途方も無く重い言葉だった。
しかし春香は未だその事実を知らない。
通り一辺倒の正論としか、この時は未だ受け入れることが出来なかった。
【お節介……というか、そこまでしてここから出たいの?】
「ああ出たい。けどまあ、お節介って言うのも昔からよく言われてる」
【でしょうね。でも質問は私がするわ。瀬尾君は2回できるみたいだけど、こういうのは自分でしなければ意味がないと思うから】
「そっか……。まあがんばれよ」
【ええ、私なりにね】
春香からの通話はその言葉を最後に切られる。
「ま、俺のお節介もここまでにするか」
結局春香は自分で言って自分で解決したようなものだ。もし美里が親身になって話を聞いていたら、すぐに解決していただろう。
つまりこれは、美里との関係がうわべだけだった証明でもあった。
「アイツらしいなあ」
一樹は苦笑する。
ここまでくると笑うしかない。
噂をすれば何とやら。
当の本人からトランシーバーに連絡が入った。
一樹は一呼吸してからそれに出る。
出来れば無視したいが、これはタイガに言った「避けられない嫌なこと」だ。逃げ道がないなら立ち向かうしかない。
「もしもし」
【何か春香と随分親密に話してたみたいね】
「いろいろとな。本来これは親友の納屋の役目なんだけど」
【親友、ね】
美里は苦笑する。
いや、鼻で笑ったと言うべきか。
親友という言葉を馬鹿にしているのは明らかだった。
【まあそんなことはどうでもいいわ。それより瀬尾君は質問を2つ持ってるわよね。今回もまた回答不可能な質問をするぐらいなら、1つ私にくれないかしら?】
「断る」
一樹は即答した。
別に質問を考えていたわけではないが、美里にタダでやるのは惜しい。
せめてこちらが少しでも有利になる条件を引き出したかった。
【あら、振られた腹いせ? それとも春香に情が移ったのかしら?】
「だからアレは告白したわけじゃないし、中野を好きになったわけじゃない。俺がお前に甘い顔すると思ったら大間違いだぞ」
【それは残念。だったら取引しましょう。私は瀬尾君に自分の分の質問と、瀬尾君にもらえる分の質問の内容を教えるわ。それで手を打たない?】
「……分かった」
ここが落としどころかな、と一樹は思った。
何が知りたいかは、何を欲しているかということと同様である。
駆け引きでは勝てる気は一切しないのだから、これから本題を話すに当たって、そういった武器は大きな意味を持つだろう。
なにより美里の性格上、拒み続ければどんな事をされるか分かったものではない。
【それじゃあ早速言うわ。私が知りたいのはこの10年間の保証と賠償を誰がしていたか、そしてここにいる人間達の身内で誰が死んだか、よ。まさか聞くだけ聞いて、約束を破るなんてことはしないわよね?】
「しないよ。じゃあ俺が2つ目の質問をする」
【ありがとう。契約成立ね】
用無しとばかりに、一方的に美里から通信を切られる。
本人の様子を見ると、すでに一樹の存在を無視し、何か考えているようだった。
そんな美里を見ながら、自分用の質問について一樹は考える。
質問したいことは、たいていこの施設を出たらすぐに分かることだ。
時間がたてばいい考えも浮かぶかもしれないが、黙っているとまた同級生たちに恨まれる。こんなことなら「パス」が使えればいいのにと思いながら、適当に頭に浮かんだ質問を言うことにした。
一樹はクレアのボタンを押す。
「まず、ここにいる人間達の身内で誰が死んだか知りたい」
『「ここにいる人間達の身内で誰が死んだか」という質問受理しました』
「あと、実家の本屋がどうなったか知りたい」
『「実家の本屋がどうなったのか知りたい」という質問受理しました』
一樹は通信を切り、椅子に座った。
不意に自分を見る美里の視線がどうにも気になったが、気にしたところでどうしようもないので見なかったことにしておく。
やがて中央の部屋にクレアが現れた。
前回の自分のように、質問をし忘れていた間抜けはいなかったようだ。
『それでは投票前に、皆さんから頂いた質問の回答を言います。室伏タイガさん、タイガさん自身の医療費は全額援助され、生活費は弟さん達が働いて稼いでいます。中野春香さん、毎日ほぼ欠かさずお見舞いに来ています。小泉えりなさん、はい。橋本寛人さん、遺産自体がほぼ残っていませんでした。納屋美里さん、国と大江宗一郎さんと中野栄吉さんを中心にした、財団がしています。瀬尾一樹さん、最初の質問に対する回答は、瀬尾一樹さんの御祖父母だけが亡くなられました、で、2つ目の質問に対する答えは閉店しました、です』
「・・・・・・」
質問の内容は聞かなくともだいたい想像できた。
回答も同様だ。
祖父母は高齢で色々と心労があったし、その祖父母が死ねば跡取りのいない店がつぶれるのは当たり前である。
ショックは受けなかったが、葬式に立ち会えなかったことは悲しかった。
ここから出たら線香の一本でもあげて墓参りをしよう。
一樹はそう心に決める。
「しかし……」
祖父母の件とは別に、何かが一樹の胸に引っかかった。
それは今のところ何なのかわからない。
けれども、絶対に無視してはいけないことだという確信はあった。
『それでは皆さんトランシーバーでの口頭投票お願いします』
一樹は今度は少し考えてから「出る」を選択した。
胸の突かえは気になったが、そこには目を瞑った。
そもそもどうせまだ出られないだろうし。
おそらくいじめの首謀者であった美里を改させなければ、えりなが「出る」を選ぶことはないだろう。
そして現状、一樹も含めた誰もその件に関してアプローチはしていない。
弱弱しいえりなの姿を見たぐらいで、美里が心を改めるなど到底考えられない。
そんな人間なら――。
『投票を受け付けました。それでは結果をご報告します』
一樹がそんなことを考えているうちに、第4回投票の結果発表は始まった――。