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グラス・ヘキサゴンの虜  作者: 陶ヨウスケ
4/21

瀬尾一樹編 第二回投票

「俺はここから出たい」

 それがえりなの話を踏まえた、今の一樹の偽らざる答えだった。


 数分後、微動だにしなかったクレアが口を開く。


『投票が終了しました。それでは発表します』


「・・・・・・」

 一樹はつばを飲む。

 これで全員が出るを選べば、この奇妙な部屋での生活は終了だ。どんな観点から見ても短かすぎる滞在だろうが、そういうシステムなのだから仕方ない。


『小泉えりなさんが出ないを選択したため、引き続けグラス・ヘキサゴンで相談をしていただきます』


「小泉は残ることを選んだのか……」

 一樹はえりなの選択をありのままに受け入れた。

 けれど、同級生の中にはえりなの選択に腹を立てている者もいた。


 それが1番顕著だったのがタイガだ。


 彼は頭を抱え、オーバーアクションでえりなに向かって何か言っている。

 ただ残念ながら、いくら大声で喚いてもこの施設でトランシーバー以外に声を伝える術はないが。

 

 さてこれから何を相談すれば良いんだろうと、一樹が他人事のように考えていると、クレアが更に話を続ける。


『なお、これからは投票の前に質問タイムを設けます。次回投票までの間、知りたいことがあればクレアボタンを押して質問をして下さい。確実に正しいと立証出来る答えのみ、投票直前に必ず答えます。ただし答える質問は1つだけです。そして不正防止のため、回答だけは全員に報告します。なお、質問に答えられなかった場合、その質問分は次回の質問に加算されます。具体的には第2回投票で答えられない質問をした人は、第3回投票の際に2つ質問が出来るようになります。それでは皆さん有意義な時間を――』


 例によってクレアの姿が一瞬で消える。

 同級生達は今の質問に対して、深く考えているようだった。

 その間、一樹はえりなに連絡を入れる。


【もしもし?】

 えりなはすぐに通話に出た。


「えっと、もし良ければなんで出ないを選んだのか聞きたいんだけど……」

 クレアは相談しろと言った。

 ならばこれはプライバシーの侵害には当たらないはずだ。

 聞いた理由の大部分が、一樹の興味本位によるものだったとしても。


 えりなは一樹の質問にすぐには答えなかった。

 ガラス越しの姿は悩んでいるようにも見えたので、「別に話したくないなら」と康大が言いかけた瞬間、


【私いじめられていたの】


 想像もしていなかった答えが返ってくる。

 何より因果関係が理解不能だ。


「え、あ、え?」

 一樹は間抜けに聞き返した。

 そんな一樹の様子を見て、隣の部屋の寛人が怪訝そうな顔をする。

 一方、その理由をちゃんと理解していたえりなは、冷静に話を続けた。


【この参加者の中に、高校時代、ずっと私をいじめていた人がいるの。その人が反省しない限り、私はみんなを信用出来ない。ここってお互いを信用しないと、出ちゃいけないんでしょ?】

「まあそうらしいけど……。それで、そいつは誰なんだ?」

【……本人が言うまで言うつもりは無いわ。"同調圧力"になりそうだから】

 そして通話はえりなから一方的に切られる。

 その直後、また別の人間からトランシーバーに通信が入る。

 相手は寛人だった。

 一樹はすぐに応対する。


【なんか小泉と話してたみたいだけど、知り合いなのか?】

「いや、今日初めて話した……つもりだったけど、昔何回か話してたみたい。ただその記憶がないんだよな。ていうかお前の方が同じクラスだし女子なんだから親しいだろ」

【いやあ……】

 寛人は後頭部をかきながらばつの悪そうな顔をした。


「どうした?」

【ぶっちゃけ、俺も小泉のことは良く知らねえんだ。小泉がああいう感じになったのって、だいたい3年になったばかりの頃でさ、うちって校則緩いけど、アイツぐらいぶっ飛んだ髪型ならまあ目立つよな】

「まあ見た目だけなら俺もかすかに記憶はあった」

【なんかアレで自分から目立たないようにしてた感じなんだよな。まあでも良く見てみたらおっぱいも大きいし結構可愛かったから、俺も声かけたらめっちゃ警戒されて。それですぐに学校にも来なくなってさ。ひょっとしてアイツが出ないを選んだのって、俺のせい?】

「それは……」

 一樹は少し悩んでから、結局先ほどのえりなの話をした。

 えりなはいじめをしていた人間自体は隠していたが、いじめの事実自体は隠していたわけではない。少なくとも今までほとんど親交がなかった一樹にでさえ、口外を約束せずに話した。

 それに理由も話さず全員のと違う意見を押し通すことが、一樹にはフェアとは思えなかった。


「高校時代にいじめられた奴がこの中にいて、そいつが反省するまで出る気は無いらしい」

【ああ、そういうことか。そうなると俺は無関係だな。声かけたの1回だけだし。そして犯人も大方予想が……】

 そう言いながら寛人が、横目で誰かを見る。

 その視線の先には、先ほどまで春香と話していた美里がいた。


【とりあえず、ここにいる中でそういうことしそうな奴っていったら、まず納屋だな。まあお前からすると、あんまり聞きたい話じゃないと思うけど】

「どうしてだよ?」

【いや、だってお前納屋のこと気になってただろ?】

「・・・・・・」

 こういう気配り、というべきか、人間関係の機微に関して寛人はかなり鋭い。自分を好きかどうかは会った瞬間に分かったし、誰が誰を好きかも少し観察していればだいたい当てることが出来た。

 一樹も疎い方ではないが、それはあくまで面と向かって話した相手に限る。

 寛人のように空気を読んで人間関係を察することまではできない。


 今回も寛人の指摘自体は間違いではない。

 事実リハビリ中もずっと気になっていた。

 ただ、寛人が想像しているであろうその理由は大分外れていた。


「俺が納屋を気にしてたのは事実だ。でもお前が考えているような意味で、気にしいてたわけじゃないぞ」

【そうなのか? 好き嫌いの問題じゃなくて?】

「好き嫌いで言ったらむしろ嫌いな方だ」

【マジかよ!? ホントお前は普通と違うからちょっと読みにくいんだよなあ】

「いやいや、俺なんて超フツーだろ」

【なんだろ、逆に大人が想像する普通の高校生過ぎて、同世代から見れば異常? みたいな】

「なんだよそれ……」

 意味が分からない。

 もっと文句でも言ってやろうとかと口を開きかけたとき、寛人の表情が変わった。

 今まで軽かった態度が、急に深刻になる。


「どうした?」

【アゴ……室伏のことなんだけど、あいつと小泉おかしくないか?】

「おかしいって……」

 言われて美里から、えりなとタイガの方に視線を向ける。

 すると、2人がガラス越しにトランシーバーで言い合っているのが見えた。


 ――いや、その表現は適切ではない。


 えりなは淡々と話しているが、タイガだけ身振り手振りを交え、激高していたのだ。

 よほど腹に据えかねているのか、何度もガラス壁を叩いたり蹴ったりしている。

 その振動は一樹のいる部屋にまで伝わったが、ガラス自体はヒビ1つ入らなかった。

 

 やがて2人の通信は切られ、タイガがその場に頽れる。

 そしてすぐにタイガは別の誰かにトランシーバーで連絡を入れる。

 てっきり寛人あたりにするのかと思っていたが、現在寛人は自分と話している。

 他にはタイガが連絡を取りそうな人間はいない。


 それでも会話が成立しているような様子から、タイガは例の質問をしているのではないかと一樹は考えた。

 どうやら質問に関してはいつでも自由にできるらしい。

 よくよく考えてみれば、特に開始時間も定められてはいなかった。


 言いたいことを言ったのか、しばらくしてタイガはトランシーバーを置いた。

 そのあとは顔を抑えてうずくまり、微動だにしない。

 ああなると、巨漢もチビも関係ない。

 等しく小動物のようだ。


「室伏かなり参ってるな」

【ああ。でもこっちもやばそうな雰囲気だぞ】

「こっち?」

 一樹は隣の部屋の寛人が指をさしている方向を見る。

 そこにはトランシーバーで誰かと通信をしている美里の姿があった。

 反射的に春香の方を見るが、春香は現在誰とも話していない。

 その代わり、1人トランシーバーを使っている人間がいた。


「納屋と小泉か……」


 ……いじめの首謀者(と思われる人間)といじめられっ子の会話は、見ていて緊張感がある。

 もし直接手が届く環境であったなら、取っ組み合いの喧嘩が始まったかもしれない。


 尤もガラス越しに終始怯えた表情をしているえりなでは、微笑すらたたえている美里の相手になどならないだろうが。

 果たしてこの2人の仲が、この短期間で修復されるだろうか。


(ないだろうな、確実に)


 一樹には明日中に地球が滅亡するのと同じぐらい、あり得ない未来であった。


【どうした?】

 黙ってじっと2人の様子を見ていたせいか、今度は逆に寛人から話を振られる。


「いや、あの2人いったい何を話してんのかなと思って。あんまり穏やかな話じゃなさそうだけど」

【あー血の雨が降りそうだよな】

「怖いこと言うなよ!」

【まあここじゃ物理的に不可能だから、その心配もないけどな。ところでタイガが誰かに話してるみたいだけど、相手は誰だろうな?】

「それは、例の質問してるんじゃないのか。さっきクレアが言ってた、聞いたらできるかぎり教えてくれるってやつ」

【ああ……】

 どうやら寛人はきれいさっぱり忘れてしまったらしい。

 相手が女の子のなら、名前を始めだいたいのパーソナル情報を一瞬で覚えられるというのに。

 逆に女の子がからまなければそれなりだ。

 つまり、クレアは寛人にとって女性のうちには入らないらしい。

 一樹は一緒に受験勉強をした時の大変さを思い出しながら、苦笑する。


【まあせっかくだし俺も何か聞いてみるわ。それにしてもマジでアゴと小泉の間に何があったんだ? 実はああ見えて、人をきれさせることが得意なのか小泉?】

「なわけないだろ。それにしても室伏とずいぶん親しいみたいだな」

【ああ。あいつ見た目まんま外人だけど日本語しか話せないし、陽気でさ。合コンした時知り合ったんだけど、スポーツ推薦(スポスイ)組にしては気が合って】

「なるほど」

 寛人がスポーツ推薦組とも仲が良いことは一樹も知っていた。

 お互い陽気で、思考回路が単純だから馬が合うのだろう。

 それを考えると、完全文系の自分と体育会系の寛人が長い間親友でいられるのは不思議だった。


【とりあえずタイガの方に聞いてみるわ。小泉とはまだ普通に話できる感じじゃないしな。それじゃまたな】

「ああ」

 寛人からの通話は切られた。

 本人が言った通り、すぐにトランシーバーで寛人はタイガに連絡を取っているようだった。

 少し手持ちぶさたになった一樹は、美里の方を見た。

 この機会にあの時話せなかったことの続きをとも考えたが、残念ながら未だえりなと話しているようだった。


 一樹が見た限り、美里が珍しく感情的になっているように見えた。

 それにえりながかなり怯えている。

 気の弱い人間にとっては、直接的に手が出せない状況でも怖いものは怖いのだろう。

 少なくともいじめていた側といじめられていた側が、対等に話せるわけがない。

 一樹も確証までには至らなかったが、美里の性格上、犯人は美里の可能性が高いと思っていた。

 納屋美里とはそういう人間である。


「……とりあえず知りたいことを考えるか」

 唯一残っている春香に連絡を入れても、話題もないのにまともな話ができるようには思えない。

 別に嫌い合っているわけではないが、春香とは住む世界が違いすぎる。高校時代は休み時間も机にかじりついて勉強している姿しか見たことがなく、勉強以外の何に興味を持っているのか一切わからない。

 そして一樹はこんなところで真面目に物理や国語の話をする気もない。

 また交友関係は美里に限られ、共通の友人の話もできず、まさに同じクラスの他人だった。


「とはいえ、俺の知りたい事ってどうせ出たら分かる程度のことだから、特に無いんだけど。でもそうだなあ、強いて言えば……」

 一樹はクレアのボタンを押す。


『ご質問ですね、どうぞ仰って下さい』


 中央に本人の姿はなかったが、同じ声の返事があった。

 何か電話の自動アナウンスを聞いているような気分だ。

 実際その通りなのかもしれないが。


「えっと、とりあえずなんでここまでするのかなって。そんなに外の世界は大変なんですか?」


『・・・・・・』


 すぐに反応は無かった。

 とはいえあくまですぐであり、数秒後にはクレアの良く通る声が返ってくる。


『最初の、「何故ここまでするのか?」 というご質問は受け入れました。しかし後半の「外の世界はどうなっているのか?」は質問数オーバーのため受理できません。ご了承下さい』

「あ、はい」

 一樹としては、そこまで答えてもらえるとは期待していなかった。ただ質問した理由を言っただけだ。

 律儀な機械だなあと、無駄に感心する。


『なお回答は事前の説明通り、投票直前に参加者全員、一斉に行います。ただし質問内容までは公表しません。それでは良き時間をお過ごし下さい』


 その言葉を最後に通信は途切れる。


「しかし次の投票と言っても……」

 時計がないのでいったい後どれぐらいで始まるのか分からず、そもそも具体的に何分後かすら聞いていない。

 何か意図的に時間感覚を混乱させられている気がした。


 それから他の同級生達も、おのおの質問を始める。

 一樹の目から見てそれが分かったのは、誰もが視線が合っていないからだ。

 この施設は全面ガラス張りで、仕切られた部屋に籠もらなければ嫌でも相手がどういう状況か分かる。そのため、トランシーバーで話しても自然と視線も合ってしまう。たとええりなのような気が弱そうなタイプでも、最低限身体は美里の方を向いていた。


 また不意にチャイムが鳴る。

 それが何を意味するかは明らかだった。

 

『それでは投票の時間です』


 数分後、クレアが中央の部屋に姿を現し、彼女の声が部屋に響く。

 見れば、トランシーバーで通話している同級生はもういなかった。

 ひょっとしたら時間が決まっていたのは最初だけで、以後全員質問を終えたら投票を開始するのかもしれない。

 他人事のように投票開始時間について考えている一樹をよそに、クレアは変わらぬペースで作業を続ける。


『今回の投票から、投票前に先ほど皆さんがした質問について回答します。それを投票の参考にして下さい。回答の順番は質問された順番で発表されます。それでは回答します。室伏タイガさん、現実的に考えてかなり難しいと言わざるをえないでしょう。瀬尾一樹さん、その質問にはお答え出来ません。納屋美里さん、およそ1億円です。橋本寛人さん、殺されてはいません。中野春香さん、望めば再入学も可能です。以上です』


「・・・・・・」

 一樹のみならず全員が黙り込む。

 春香の質問内容だけは、その答えから一樹にも想像がついた。おそらく高校に関することだろう。

 ただそれ以外の人間の質問は全く想像がつかなかった。

 特に、美里の1億と寛人の死亡したという話は、いったどんな質問の結果出た答えなのか気になった。


 一樹は横目で美里と寛人を見る。

 2人とも真剣な表情でその回答を考察しているようだった。

 そしてえりなとの会話で絶望の淵にあったタイガは、


「・・・・・・」


 妙な笑顔を浮かべ、絶望を通り越して自暴自棄になっているように見えた。

 1時間ほど前までは陽気なハーフのスポーツ馬鹿といった風であったが、今はその場に尻餅をつき、焦点の定まっていない目で天井を見ている。

 このガラスの部屋も、天井までは透明ではない。


 とはいえ何か見えるものあろうが無かろうが、あの目では何も映りはしないだろう。

 人間がここまで短時間の間に変わるのを、一樹は初めて――


「いや、これで2回目かな」


 ――久しぶりに見た。


『それでは皆さんトランシーバーでの口頭投票お願いします』


 そして何も考えられないようなタイガを残して投票は始まる。

 一樹は前回同様出ると言った。

 ここに残るより、できる限り早く外の世界が見たかった。


 それに加えてここに長い間いると、何か悪い事が起こるように思えてならなかった。


『投票を受け付けました。それでは結果をご報告します』


 そして第2回投票の結果発表は始まった――。

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