グラス・ヘキサゴンの開放
最終話です
賞用に書いた話なので続きはないです
「よう」
公園のベンチでぼおっとしていた一樹に、寛人が昔と変わらぬ顔で話しかけてきた。
寛人とここで会う約束はしていない。
たまたま2人が同じ場所に来ただけだ。
それでも寛人は昔の気軽さで、当然のように隣に腰掛ける。
そして自分のためだけに用意した缶コーヒーを飲みながら、言った。
「あれから6年、都合16年ってところか」
「そうだな」
寛人のつぶやきとも取れる言葉に、一樹は頷いた。
「大変だったよな、出た当時は。【奇跡の5人】ってほんとなんだよ。今考えるとバカみたいなフレーズだよな」
「俺は当時からアホかと思ってた」
「ま、でもそのおかげで大先生は大儲けできたわけだし」
「やめろよその言い方」
一樹は苦笑した。
一樹たちがグラス・ヘキサゴンから出てすぐ、クレアの回答通り、一樹たちに世間は一斉に注目した。
連日マスコミが5人のもとに訪れ、とりわけ美女の美里などまるで芸能人のような扱いだった。
そんな中、ある出版社にこの話の書籍化をしないかと言われ、それを一樹だけが受け入れた。
――と言っても、一樹達にしてみれば10年間は昏睡状態、その後の1ヶ月は情報から隔絶されリハビリしかしていないので、グラス・ヘキサゴンでの出来事を除けば「つらかった」としか言えない。
けれども本屋で培った文才と、持ち前の無責任さで、かなり早く適当に一冊をでっちあげ、それがまた爆発的にヒットした。
尤もそのヒットは一過性で、今では平積みされているのは古本屋だけだ。
それ以来一樹も日々の生活に追われ執筆はしておらず、寛人に大先生と言われても嫌みにしか聞こえない。
「お前こそどうなんだよ、政治家の秘書は」
「ぶっちゃけいろいろ言いたいけど、立場上何も言えない。察しろ」
寛人はそううそぶく。
あれから寛人は、すぐに母親に事実の確認をしに行った。
そしてクレアの話が本当だと知ると、その足で復学の手続きに孝明台高校に向かった。
言うまでもなく10年も眠っていたのだから、5人のうち誰一人卒業はできていない。
そして5人ともそれぞれの理由から大学には入っておきたかった。
言うまでもなく大学に入るには高校卒業認定が必要で、そのためにもう一度高校三年を体験しなければならなかった。
しかし、今回は状況が状況だけに、特例措置として卒業試験にさえ合格すれば、卒業認定を受けられることになった。
その話を寛人から聞いた4人は、全員が改めて勉強を再開し、一人を除いて何とか年内に卒業することができた。
それからさらに全員別々の大学に行き、寛人の場合は卒業と同時に政治の門を叩いたのである。
彼が秘書になったのは大江宗一郎の元秘書で、寛人の事情もよく知っていた。
もしそうでなければ大学を出たばかりの自分など雇ってなどくれなかっただろうと、寛人はその時言っていた。
「ま、血がつながっていないとはいえ、対外的には俺はまだ大江宗一郎の隠し子なんだよ。いずれそれを売りに立候補もするつもりさ」
「……死んだ大江さんの遺志を継ぐのか」
「さあな。正直あの爺さんが具体的に何をしたかったのかは、先生でもわからないらしい。今んところはそれを知ることからかな、と」
「そりゃ壮大な話だ、ま、がんばれよ」
「おお。ところでお前に、なんで爺さんが俺のこと息子だと意識させたかって話したっけ?」
「いや聞いてない。さすがにそこまで聞くのは無神経かと思ったから」
「あーそうだったかー……」
寛人は頭に手を当て少し考える。
考えたのは本当に少しだ。
「まあお前も当事者みたいなもんだから、いい機会だし話しとくわ。俺もいつ何があるかもわからないしな」
「政治家が言うと冗談とは思えないな」
「見習いだからセーフ。で、あの後お袋に聞いたわけよ、その理由を。そしたらお袋はまず本当の父親について話したのさ。俺の親父は当時爺さんの家にいた書生見習いみたいな奴で、若くてアホだったお袋はそいつにベタ惚れ、結婚を前提に付き合ってたものの、俺ができたとわかったとたん――」
寛人は片手をぱっと広げる。
言いたいことは一樹にもよくわかった。
「で、恋人に逃げられ途方に暮れてたところ、それを知った爺がお袋を愛人、子供を自分の隠し子として扱うと言い出したらしい。お袋によると、身寄りがなくここを捨てられたら、あとは子供とのたれ死ぬだけだった自分を、合法的に援助できるようにするためと、書生の管理者としての責任を取るために、そうしたんじゃないかって話だ。ま、本人は理由を言わずに死んじまったから、今となっては藪の中……」
「いいんじゃないのかそれで、美談だし。政治家にはもってこいのエピソードだろ?」
「どうだろ、あんま人に言いふらしたい話でもないしな。ところで、中野が今どうなったか知ってるか? 俺は大学入ってから音沙汰なかったけど、お前違うだろ」
「中野は弁護士の勉強中」
そう言いながら一樹は立ち上がり歩き出す。
向かったのは自動販売機だ。
これから話が長くなりそうなので、のどを潤すつもりだった。
「あいつ、今まで世話になった親父さんに恩返しがしたいって、会社の顧問弁護士になるつもりらしい。あいつの会社、法務が結構いい加減らしいから」
「へえ、そりゃ孝行娘で。でも10年のブランクがあって司法試験合格するのって、大変だろ。正直、現役……というべきかどうかわからないけど、大学に一発で合格しただけでもすごいと思うぞ。俺たち3人は当然のように留年したしな」
「まあ、中野とは頭の出来が違うから。とはいえ、あいつも在学中は何度も落ちてたらしいし」
一樹が買ったのはコーラだった。
炭酸飲料は話をする際に飲むのには向かないが、好きなのだからしようがない。
「そっから司法浪人で毎日勉強中って……あ、メッセージ着た。なんか受かったって」
「マジかよ!? ――ってあっち!」
寛人は思わず立ち上がり、その拍子に飲んでいた缶コーヒーを盛大にこぼす。
「だからお前もコーラにしとけばよかったものを……」
「この年になるとそういうものより、コーヒーの方がおいしいの」
「ところで孝行娘と言えば、孝行息子の方はどうしてる?」
「孝行息子……ああタイガのことか」
グラス・ヘキサゴンでの出来事を通して、一樹はタイガとも親しくなったが、頻繁に連絡しあうほど親密にはならなかった。
根本的に文系人間なので、体育会系の人間とは合わなかったのかもしれない。
「あいつは体育大学入って教員免許取った後、教師になったよ。さすがにもうプロは無理だけど、今度は指導者として一流を目指すんだってさ」
「一流、か。確か、事故の補償金で自分も含めた家族全員の学費は払えるようになったんだっけ?」
「ああ、不幸中の幸いというべきか塞翁が馬というか、あれで奴も金にこだわる必要がなくなって、改めて自分の進路と向き合えるようになったらしい。で、あいつの弟っていうのが実はあいつ以上にサッカーの才能あるみたいで、今は暇を見て日本代表にさせるべくビシバシ鍛えてるってよ」
「弟君達ももうバイトする必要なくなったしな。でも、あいつもああ見えて真面目に生きてるんだなあ。驚いたぜ。なんかヒモにでもなるのかと思ってた」
「なんだその悪意のある言い方は」
「いやだって、さっき中野からもらったメールに写真も添付されてたんだけど、なぜか意味深なポーズで室伏も映ってるし」
「マジか――あっち!!!」
寛人は残っていたコーヒーを結局すべてこぼした。
そんな美男子の無様な姿に、一樹は遠慮なく大笑いする。
「てめえ……。まあでも、そんな感じはしてたんだよな。あとでおめでとうってタイガにも言っとくよ」
「心ならずもキューピットになれて俺としても誇らしい。相談しろとは言ったけど、まさか恋愛相談までしてたとはね」
「ただ俺的には納屋ほどの驚きはなかったいけどな」
「あー……」
腹違いの兄として、一樹は複雑な顔をする。
いまだに美里の話になると、どういう顔をしていいのかわからない。
「あいつ、試験だけでいいのにわざわざ高校3年からやり直したからな」
「けじめらしい。もう一度祖父ちゃんと祖母ちゃんが望んだ正しい学生生活を送るための」
「でも同級生はビビっただろ。10歳も上のお姉さまが、自分たちと同じように授業受けてるんだから」
「まあな。孝明台で教師になったダチの話によると、高校時代の美里を知っているし、美里に自分も知られてるから、プレッシャー半端なかったらしい。あと、男子高校生の性癖をかなり歪めてしまったとのこと」
「どういう意味?」
「熟女コスプレ的な」
「あの年でセーラー服は確かにインパクト抜群だわ……」
寛人は引きつった笑みを浮かべた。
この様子だと、どんなに中身が変わっても美里と寛人がくっつくことはなかっただろうなと、確信した。
「で、その後普通に卒業して結婚と」
「いきなり義理の弟が挨拶に来るとビビるぞ」
「お兄ちゃん的にはどんな印象だった?」
「実の父親にも育ての父親にもかほども似てなかったから、まあ大丈夫かなと」
「だったらちゃんとフォローしてやれよ。幸せな家庭に憧れすぎて、変に暴走したやばいし」
「フォローどころか強制的に同居だよ。アイツ納谷家と絶縁して、うちに夫婦そろって転がり込んできやがった。事故の補償金だけで家買えるのに。病院出てからはずっと一人暮らししてたのに。俺がいつでも助けを呼べって言ったのを、都合のいいように解釈しやがって……」
「それだけ頼られてるんだよお兄ちゃん。結婚式に呼ばれなかった俺やタイガと違って」
「そもそもやってないから大丈夫。義弟も結構複雑そうな家の出だし、子供が大きくなって人脈が増えたらするつもりらしい。ちなみにこの公園に来たのは私めがあそこで野放図に暴れている姪っ子の奴隷だからです」
そう言って一樹はブランコをすごい勢いで漕いでいる3、4歳の少女を指さす。
そのみつあみの少女は、周囲の男の子たちが若干引くのも気に留めず、楽しそうに遊具で遊んでいた。
「すでに子持ちだったのかよ。あと、母親とはだいぶタイプが違うな」
「完全に打算ではなく本能で生きてる。まあ美里にはそれが何よりもうれしいらしいけど。あいつにとっては娘が幸せに生きることが、今までの自分に対する復讐なんだろうな」
「ふーん。ところでお前自身はどうなんだ? なんか小泉とあれからいろいろあったんじゃないか」
「色々……まあ本当に色々あったな」
一樹はため息を吐く。
その様子は、人情の機微に鋭い寛人が見ても、どういう意味を持つのかいまいちよくわからなかった。
一樹は思い出を反芻しているのか、それとも話を頭でまとめようとしているのか、しばらく黙っていた。
寛人はそれに付き合った。
待つのは慣れている。
そうでなければ一周どころか、十周遅れの政治家は務まらない。
「……噂をすれば」
一樹が話す前に、一樹のスマートフォンに着信が入った。
その口ぶりから、寛人にも相手は明らかだった。
「どうしたえりな?」
「えりな……」
「・・・・・・」
いやらしい目で自分を見る寛人を一樹は軽くどつく。
それからまた話に集中する。
一樹は「うんうん」言っているだけで、その内容は寛人にはわからない。
ただその表情から、あまり愉快な内容でないことは明らかだった。
最後に一樹は「わかった、じゃあ今日中にそっちに向かう」と言って電話を切る。
「デートのお誘い……にしては殺伐としてるな」
「仕事だアホ。……しかも俺たちにとって忘れなれないアレのな」
「まさかグラス・ヘキサゴンの実験まだ続けてたのか!? あれだけ反省したのに!?」
寛人はすぐに一樹の不快な表情の理由を察した。
一樹は指を唇に当て、黙って落ちつくよう促す。
グラス・ヘキサゴンの存在は、あまり人に知られていい話題ではない。
寛人が落ち着くのを見て、一樹は声を一段を落とし話始める。
「結局アイツは止められなかったよ。10年それが生きる目的だったし、結果的には誰一人不幸にならなかったしな。なによりあの実験結果がスポサー様に大うけで、追加資金まで出たらしい。それで勘違いしちゃったんだろうなあ。社会正義云々言い始めたし」
「それ納屋……はそういえば旧姓だったな、まあいっか、とにかく納屋が嫌がるだろ?」
「知ってたら、な。さすがに俺も黙ってるよ、板挟みは嫌だし。それに、あの時の報告でも個人的な秘密までは報告してない。結局、本質的には6人の中で、あいつだけは10年前から目覚めることができなかったのさ。だったらまあ、誰かが責任とらなきゃだろ。特に就職の斡旋もしてもらって、色々あったイケメンとかが」
「最後は否定するが、そういうことなら俺からはもう何も言わない。まあがんばれよ」
「ああ。いずれアイツも解放させてやるさ。この虜からな」
一樹はそう言って立ち上がり、姪っ子のもとに向かう。
どうやら滑り台の使用権で、男の子たちと争っているらしい。
姪っ子自身は心配していなかったが、相手の男の子にけがをさせたら色々面倒だ。
彼らのように本音だけで生きている年ごろの子供には、グラス・ヘキサゴンは必要ないだろうなと、一樹は思う。
しかしやがて厚さの差こそあれ、仮面ができる日が必ず来る。
それは社会で生活するうえで、欠かせないスキルでもあるのだから。
だが、その仮面が仮面か自分の素顔かが分からなくなった時、ひょっとしたらあの透明の檻に入ることになるかもしれない。
一樹はその前に、自らその仮面を取って大事な誰かと向き合ってくれることを願ってやまなかった……。
--了--
伏線に関して言わないと誰も気づいてくれなさそうなのでここで言います
ガラス越しという表現が使われていたのは本当の姿が見えていたえりなと美里の間だけ
えりなと美里は意図的に同じ反応したり対照的な反応したりさせました
あと色々あったような気がしますが、書いた本人が忘れました
ここまで読んでくださった方はありがとうございます




