グラルド
私は男爵家の長男として生まれた。
ブレーディア男爵家はそれなりに古い家柄で今まで数多くの騎士を輩出してきた名門だが所詮その程度だ。
貴族といってもそれは下位貴族でしかなく、上位貴族には顔色をうかがい媚びへつらうしかない。
それがどうしても嫌だった私は一つの賭けに出た。当時隣国と戦争中であり、騎士になることは実力さえあれば簡単だった。
幸いなことに剣の才はあった私はすぐに前線へと送られたのだ。もちろん私を嫌う上位貴族の嫌がらせでもあったが構わなかった。
ここで功を挙げのし上がっていく。それが私に出来るたった一つの賭けだった。
私は運が良かった。功を焦った隣国の王族を捕らえることに成功し、それを救出に来た敵の将軍をも倒すことが出来た。おかげで昇進しさらに活躍の場が広がっていく。
こうして数多の戦果と共に私は英雄となった。
気が付けば私は将軍の地位まで上り詰めていた。その縁で上位貴族である伯爵家の令嬢を娶ることも出来た。他にも爵位が上がる話もあったが、これには辞退させてもらった。
これで爵位まで上がれば上位貴族の反感を買ってしまうのを恐れたからだ。顔色をうかがい媚びへつらう必要がなくなった以上、余計な敵は作りたくはない。
若いころと違い、大人になってからはある程度の妥協は覚えたものだ。
妻はさすがは伯爵家の生まれで夫を立て支えることが出来る素晴らしい女性だった。
この国では実力さえあれば女性も騎士になれるのだが、妻はそういうことは苦手だったらしく、普通の令嬢として育ったらしい。
あれから大分経ち、生まれた子が大人になり孫が生まれた。家督も息子に譲り、私はこれで将軍として残りの人生を国に捧げることが出来るだろう。
息子は私が仕事で家にいなかったせいかどうにも反抗的でいかん。妻をあまり構えていないことが不満らしいが、それは仕方がないというものだ。
将軍というものは決して暇ではないのだから。
それにしても息子は私の剣の才を受け継がなかったのか、優秀程度止まりだった。続いて生まれた息子の長男も同じようなものだったから少し落胆してしまった。
長男が剣が使えるならば活躍できる場所など用意してやれるのだ。近衛に紹介もできるし、安全な場所で経験と功績を積ませてやることも出来る。いまだに隣国はちょっかいをかけてくるからそのような機会には事欠かない。
もっとも隣国相手には穏健派の臆病者共が弱腰な対応を主張をしているが、いざ隣国が攻め込んでくればそうも言っておられまい。その時は私ら強硬派の時代が来るだろう。
そんな中、可愛い孫娘が他の貴族の子供たちにいじめられるという事件が起きた。
ふざけた話だ! 下位貴族だからと言って甘く見ないでもらいたい。いじめてきた子供の親たちは中立派のようだ。
ちょうどいい、この機会に取り込んでくれる。可愛いエリザにした仕打ちはしっかりと払ってもらおうか。
しかし、気に食わないのはそいつらを蹴散らすことも出来ない孫娘のそばにいた小僧のことだ。王の信頼も厚いフォーゲン家の跡取りとは言え、魔術師の家系だ。
剣の一つも振れればそんな子供に後れを取ることもなかったのだ。所詮、魔術師は騎士の後ろで支援や攻撃することしかできない臆病者達だと言うことか。
しかし、忌々しいことに息子達は小僧の両親と親友だったらしく、小僧と孫娘エリザとの婚約を決めておった。
いかに私が将軍とは言え、家督を譲ったので流石に息子の決定に異を唱えることは出来ても覆すことは出来なかった。
ならばせめて剣を学んでもらうとしよう。才があればそのまま婚約を続けても構わんだろう。なんとかその条件だけは息子達に呑ませたことで今は良しとしよう。
「父上はどうして反対するのですか?」
私のすることにいちいち反発する息子のことだ。今回口を出したことで既に不満でいっぱいだろう。
「どうせならエリザを守れるくらい強いほうが良かろう」
「しかし!」
うるさい奴だ。少し黙らせるとしよう。
「お前が今の妻と結婚出来たのは誰のおかげだと思っている?」
息子が惚れた今の嫁は伯爵家の令嬢だったのだが、私が英雄として将軍を続けているから嫁に来ることが出来たのだ。
息子へ嫁に出すことを渋る伯爵を説き伏せ納得させたことは忘れておるまい。もっとも中立派だった伯爵を取り込むために都合が良かったのはあるがな。
こういう背景もあって息子は私には強くは出ることが出来ないのだ。なにせ息子の妻の実家は私の手の内だからな。
「おじい様、美味しいです」
エリザに用意しておいた焼き菓子を与えると嬉しそうに笑いおる。太陽のような明るい笑顔はとても可愛らしい。
「良い、良い。好きなだけ食べなさい」
あまり菓子ばかり食わせるなと息子の嫁がうるさいが私がやるくらいなら問題あるまい。控えろというのなら私以外が控えれば良いのだ。
私はこの可愛い孫娘を何としても幸せにしたくなった。小僧が相応しいか厳しくみてやろう。
もしエリザにふさわしくないのなら何としてでも排除してやる。
訓練が始まり小僧を鍛え始めてみたのだが、小僧の才は秀才止まりだった。
そんなある日エリザが珍しくおねだりをしてきたのだが、剣の訓練がしたいと言い出したのだ。可愛い孫娘に危険なことはさせたくはないが、女性騎士も少なくはない国だ。試しにやらせてみる価値はあるだろう。
そんなことを考えていた私はそれが間違いだと気づいた。
エリザが! エリザが凄まじい剣の才を秘めておったのだ!
あれだけの才があれば近衛など簡単になれるだろう。戦さえあれば上り詰めることも不可能じゃない!
下位貴族である限り何か力を持たなければ上位貴族の顔色を窺う必要は出てくる。私はそれが嫌で戦場で功を挙げた。エリザも功を挙げればそんな必要が無くなるのだ。
私は何としても小僧との婚約を解消したくなった。エリザが上り詰めれば私のように上位貴族との縁談も可能になる。
まず、小僧に見込みのありそうな子をぶつけてみるとしよう。もし負ければそのまま婚約解消に持ち込んでやる。小僧にだけ婚約解消の件を話しておくとするか。口止めも忘れずにしておくことにする。
卑怯かもしれんが貴族とはこういうモノだ。
エリザにはプライドが高い小僧のことだ自分からは言うまい。故に特に問題はなかろう。仮に周りに話したとしたら、その時は強硬派から圧力をかけて婚約解消まで持ち込んでやればよい。強硬派の中には上位貴族でもブレ―ディア家と更なる結びつきを欲する家はあるのだから。
しかし、なるべくならそのような手段は取りたくはないものだ。もしそうなれば可愛い孫娘を泣かせてしまうことになるやもしれん。
泣かせたくはないがその時はちゃんと説明してやろうかの。ちゃんとエリザの幸せのためだと言えば理解するだろう。
まぁ、小僧は結局負けることはなく婚約はそのまま続行になったのだが。
時は経ちエリザと小僧が騎士訓練校に入る年になった。エリザは腕をめきめきと上げ将来が楽しみでならない。小僧の方はしぶとくもエリザの腕に追いつこうとするせいで実力をつけてきおった。
こうなると無理に解消させることも難しい。
今度は小僧に闘技大会で三年連続で上位三位以内に入賞するよう言いつけておくか。そこまで成すことが出来れば認めてやらんこともない。小僧が強硬派に属することが条件だがな。
ただの魔術師なら必要ないが騎士の腕を持つ魔術師ならば強硬派にとっても有益な人材となるだろう。
どちらに転んでも損はなさそうだ。私はゆっくり見物させてもらうとするか。
二年目まで二位を保ち続けた小僧だが三年目に二回戦でエリザとぶつかった結果敗北しおったわい。しかもエリザに手加減されるという軟弱ぶり。
エリザは私が想像するよりも強くなっていて大変喜ばせてくれる。
やはり結果を残せない小僧は不要だな。
ただ婚約解消しようとすれば息子がうるさいからな。強硬派の友人に頼んでしばらく王都から引き離してもらうとするか。
あとはフォーゲン家の方だが、あの家は中立派だと思っておったが、最近分かったことだが実は穏健派だったのだ。ふん、臆病な魔術師にお似合いの派閥だな。
穏健派なら取り繕う必要もあるまい。
息子夫婦をうまく引き離したあと婚約解消を進めておく。これでようやくエリザに相応しい男を選ぶことが出来る。
エリザの近くにおるランスロットとか言う平民が見込みはあるようだ。平民なのは気に食わんがそこは適当な貴族の養子にすれば問題はない。
まだ決定ではないが候補に入れおく価値はあるだろう。
婚約解消は小僧からにしておくか。エリザからでは傷がつくからな。
さて、忙しくなるな。
無事婚約を解消出来てから二年。エリザは無事に騎士団に入り順調に出世を重ねている。卒業祝いに送った名工の剣も役に立っているようでとても満足と言えるだろう。
最近隣国が怪しい動きをしているので来年あたり戦があるかもしれん。ならばこちらから焚き付けてやってもいいかもしれん。戦になればエリザが功を挙げる機会に恵まれるのだからな。
縁談の方だが、エリザに何度か縁談を持ちこんだがどれも決まることは無かった。やはりいつもそばにいるランスロットが良いのか?
ランスロットも順調に出世をしているのだから戦を利用させてやるとするか。
「もう少し飲もうじゃないかランスロット君。いや君は素晴らしい騎士だ」
私はとても気分が良かった。エリザとランスロット君が昇進し小隊長から中隊長になるというのだから。
この頃には私はランスロット君を気に入っていたので食事に呼ぶことにしたのだ。
工作もうまくいきそろそろ戦の火種が上がろうとしているので実にタイミングがいい。
結局エリザは誰とも婚約をしなかった。ならばぜひランスロットに頑張ってエリザの助けになってもらうとするか。
実に気持ちよく飲んでいたのでいろいろ話した気はするが構うまい。ここには身内しかいないのだから。
何があったというのだろうか?
なぜ私は床に倒れてエリザを見上げている?
なぜ、エリザはあんなに冷たい目で私を見下ろしている?
ある日、エリザがお願いがあると言ってきた。
「お願いがあります。今度私と戦ってもらえませんか? 私がどれだけ強くなったのか見てもらいたいのです」
そういえば腕を直接見たことは無かったな。ふむ、もう私では敵わないかもしれないが、可愛い孫娘の成長が見れるのは嬉しいものだ。
「胸を借りるつもりでかかってくるといい」
せめてこれくらいの見栄は張らせてもらおうか。
「はい、よろしくお願いします」
圧倒的だった。打ちのめされ転がされ無様に床に倒れこんだ。
苛烈な、あまりにも苛烈な攻撃だった。
「どうしたんですか? ジェラルドはこの攻撃では打ち据えられることはありませんでしたよ」
「エ……リザ?」
何があった? 我が孫娘よ。なぜ小僧が出てくる?
「何も知らないままならおじい様と呼べた。でもあなたは私から最愛の人を奪った!」
何故! 何故そのことを知っているのだ! 誰が教えた!?
「ち、ちが、グフッ!」
説明しようとするが腹を踏みつけられ息が詰まる。
エリザは私に決別の言葉を告げると私に背を向けて出ていった。
私は孫娘を失ったのだ。
痛む腹を押さえながら部屋に戻るとすると息子が道をふさいだ。
「退かぬか、今はお前に構う気はない」
「いいえ、あなたの部屋はここではありません」
何を言うのだこいつは?
「ずっと我慢してきました。妻の実家が強硬派に取り込まれてから何とか解放しようと手を尽くしてきました」
「何を言っているのだ!」
何をした? こいつは何をしていた?
「思えばエリザにはつらい目に合わせてしまった。ジェラルド君もフォーゲン家の彼らにも申し訳ないことをしてしまった。全ては私が父上、あなたをもっと早く止められなかったのが原因だ。」
「ふん、伯爵家が強硬派を抜けたからなんだと言うのだ。そこをどけ!」
しかし、息子は動こうとしない。腹が痛むのにこいつは邪魔だ!
「今、王家主体で強硬派の貴族が捕縛されています。容疑は国家反逆罪ですよ。隣国との戦を起こそうとした罪で」
「な!」
「隣国とも連携して膿を出すように動いています。だからこそ何とかして妻の実家を開放したかったのです」
なんということだ。まさかそんなことをしでかしていたとは。
隣国の主戦派を焚き付けてここまでこぎつけて来たと言うのに!
「何をしたか分かっているのか!」
「それはあなただ! 戦を起こそうとするなどと正気だとは思えない!」
「戦があればエリザは功を挙げて出世できるのだぞ! それを阻むのが親か!」
なんと馬鹿な真似をしたのだこの愚息は!
「もういいです。これ以上は無意味だ。あなたはこれからは領地にある古い別荘で暮らしてもらいます。」
「誰がそんなことを、な、なにをする! は、離せ!」
兵がやってきて私を拘束する。
やめんか! 私は英雄だ! 誰に手を出していると思っているのだ!
「連れていってくれ」
私は英雄なのだ、離せ……
領地の古い別荘に連れてこられてどのくらい経ったのだろうか?
日付を示すものも用意されておらず、自由に外出も出来ん。
息子の長男には絶縁状を送られた。
妻は私の方を見ることもなく別れを告げられた。
「あなたにはもう疲れました……お元気で」
ここで暮らし始めてから昔のことばかり思い出す。
可愛らしく甘えてくるエリザ……私を慕ってくる仲間たち。
憎たらしい小僧。
決して折れない忌々しい小僧。力強い瞳で私に抗い続けてくるのだ! そうだ、お前のその瞳が気に食わんのだ! 決して顔色を窺うこともなく媚びも売らないその瞳が!
やめんか、その瞳で見るな!
私は決して上位者に屈したわけではない!
自分は違うという瞳で見てくるな!
私は……私は……
最近体が重く感じる。
戦は起きることもなく平和なままだ。
これではエリザは功を挙げられまい。
一体誰がエリザに小僧のことを教えたのだ?
私はなぜこんな目にあっている。
誰か……誰か……教えてくれ
ああ、寒い
だ……れ……か
二日目爺