レティシア 後編
ところでジェラルドは女運が悪すぎませんか?
あれからジェラルド様は魔術学校に入りなおしたのだが、その活躍は目覚ましかった。
入学試験を記録に残る高得点で突破し、最終学年から始める権利をもぎ取ったのだ。私は流石にそこまでは予想していなかったので本当に驚いた。
結局、在学期間は九ヶ月という驚異の速さで卒業してしまったのだからやっぱりジェラルド様は凄い人だ。
しかし解せないのは、私がこんなにもすごいジェラルド様のことを話そうとすると最近侍女達がそそくさといなくなるのだ。仕方なく護衛たちに話して聞かせるのだけれど何故あんな微妙な顔をするのだろう……なんで?
魔術師として就職をしたジェラルド様はメキメキと頭角を現していった。
接近されても問題なく槍を振るって倒してしまうので魔術師の典型的な弱点である近づかれると弱いはジェラルド様には通用しなかった。そのせいか危険な任務ばかり割り振られるのはどうかと思う。
だから私は聖女としての権力を振るわせてもらうことにします。まずは私の顔を覚えてもらわないとね。
「護衛の任を受けてくださってありがとうございます」
「いえ、聖女様の護衛が出来るのは光栄です」
いやぁぁぁl! 私の前にジェラルド様がいる! 遠くから見てカッコいいと思っていたけれど、近くで見ると格別でもう胸がドキドキします。
いつもの護衛はそろそろ身を固めろという実家の圧力に負けてお見合い中なので今日はいないのです。
間違っても私が護衛の結婚の心配をしていたとか、良い条件の貴族のお嬢さんを探してきたとか決してないので彼には安心してそのまま結婚してほしいものです。
その結果護衛に空きが出てしまったので私がかねてより打診をしていたジェラルド様に依頼がいったということです。
ジェラルド様にこれ以上危険すぎる任務ばかり押し付けられるのも腹が立ちますし、少しばかり休んでもいいと思うのです。
もちろん、貴重な戦力をずっと私に縛り付けておくことはダメだと理解していますので、ときどきだけですけれど。
「あなたの評判は聞いています。とても誠実で優秀な方だと。私は安心して今日を過ごせそうです」
「お任せください」
さて、今日のお仕事が楽しみです。
ジェラルド様に護衛の依頼をするようになって一年くらい経った頃、私は神殿が運営する孤児院の視察に来ていた。
国が運営する孤児院とは違って神殿が運営する孤児院は将来の神官養成の側面がある。何らかの事情で子供を育てられない人や、国の運営する孤児院に入れなかった子供などを受け入れるいわば最後の砦だ。
だからこそ、神殿の孤児院は定期的にしっかりと視察に行き健全な運営をしているか厳しい目で見はっておく必要があるのだ。
特に今回みたいに地方の目の届きにくい場所なんかは要注意だったりする。どこにでもいたりするのだ、自分の欲しか優先できないダメな人間は。
「これで最後ですね。」
最後の帳簿を確認し終えた私は少し凝った肩を回してほぐす。
運営費を着服しているという平民からの訴えを受けて調査に行くとこになったのだけれども、運悪くそこの神官がそれなりに立場のある神官の息子だったために、調査官だけではいろいろと不都合があるということでそれなりの神官が行くことになった。
もともと問題のある神官だったのだが父親に庇われて地方に左遷されたのだがまさか孤児院の院長におさまっていたなんて。
ちょうどジェラルド様のスケジュールが空きそうだったのでこれ幸いと私が立候補して行くことになったのだ。
もっとも簡単に許可は出なかったけれど滅多にわがままを言わない私のわがままということでなんとか許可をもぎ取ることができて良かった良かった。
これでしばらくの間ジェラルド様を独占できると思うと乙女の胸は躍るのです。
とはいえ喜んでばかりもいられなくて、調べてみたら運営費の着服はかなりな額になっており、最悪なことに子供たちへの虐待まで発覚したのだから怒りが収まらない。
「あの横領神官は親子もろもとしっかり裁きにかけてやります。子供に手を挙げるなんて許されません」
父親が庇うからこんな事態になったのだから責任はしっかりと取ってもらうことにします。
「そうだな、子供たちもつらかっただろう」
ジェラルド様は何度か依頼をしたおかげか少しずつ打ち解けてくださって、最近は砕けた話し方をしてくれるようになりました。
「弱いものを守るのが神殿であり私たちの役目なのになにを考えているのやら」
「そいつがまともな神官でなかっただけだろう。まぁ、弱い者は失うばかりなのは仕方がないのかもしれないがな」
ん? 今ジェラルド様は何を言いましたか?
「……どういう意味ですか?」
「弱ければ失う側になる。この世界の事実の話だ。間違いではないだろう?」
そう言って皮肉気に笑うジェラルド様ですが今の言葉は聞き逃せません。
私は少しジェラルド様から離れます。
「ん? どうかしたか?」
足に力を、心に怒りを、悲しみを込めて!
喰らえ! 聖女の飛び蹴り!
「グフッ」
私の蹴りは予想もしていなかったようでジェラルド様のお腹に綺麗に刺さりました。
「な、……なぜ?」
「いいですか?」
私は怒りと悲しみがごちゃ混ぜになったままジェラルド様を見つめる。
「確かに現実は強い人が得をするように出来ています。弱い人は奪われたり失うことのほうが多いです」
「だったら……」
「たとえそうだとしても、弱いから失う方が悪いなんて世界は間違ってる! そんなのは失っていい理由になんかなりはしないのいだから。もし世界がそんなものなら私が壊してやる!」
だってあなたが私を救ってくれたんです。
あなたはあのとき、誰も助けてくれないときに一人だけ救ってくれた私の英雄なんです。
救われる価値すらないと突き付けられてていた気持ちになっていた私にそんなことは無いと教えてくれたあなたが。
あの時の幼い私を否定しないでください。
そして――
「そんな泣きそうな顔で言わないでください」
悲しくても泣けなくなった迷子みたいな顔で言うジェラルド様を私はそのままにしておけませんでした。
何も言わないでただ震えているジェラルド様を抱きしめてその背中をさすります。
大丈夫です、いつかあなたの心のキズもいつか癒して見せます。
だって私は聖女ですから。
それから私達は徐々に距離を縮めていきました。
つい先日なんてジェラルド様がデートに誘ってくれたのです。キャー! 嬉しくて思い出すだけでドキドキします。
今日もお昼は一緒に食べようと誘ってくれたので私はいっちょやる気を出して腸詰を挟んだパンなんて作ってみました。
……ええ、分かっています。こんなものは料理なんて言えないということも。
こんなものでも喜んでくれるでしょうか?
「美味しいなこれ」
「良かったです。ジェラルド様のお口に合わなかったらどうしようかと心配していたので」
お昼は王都を見下ろせる公園でランチです。護衛がいたり市民の皆さんの視線が飛んできますが気にしません。
ジェラルド様は美味しそうに食べてくれるので一安心です。
「あの、さ」
「はい、何でしょうか?」
「そのジェラルド様ってのは止めないか? 俺を呼ぶならジェラルドでいい。むしろそっちは聖女様なんだからさ」
おおう、まさかの呼び捨て許可です。これは嬉しい展開です。もう乗るしかありませんね。
「分かりました。なら私のこともレティシアと呼んでくださいねジェラルド」
「いっ!? それはまずいだろう?」
「いいえ、私が良いと言っているんだから問題ありませんよ。文句があるなら私が受けて立ちます!」
拳を握りしめ力いっぱいに宣言します。
まさか本当に文句を言ってくるような人がいればその時は誠意を持ってお話しさせてもらいます。ただ、私は調べ物が得意ですから何が出てくるか保証しませんけれど。
ジェラルドに名前呼びを約束させてからもっと仲が進展した気がします。
「それで今日はどうしたんですか?」
ジェラルドと会うようになってから二年弱経ったある日、私はジェラルドに呼ばれて早朝に神殿の祈りの場へとやって来ました。
「ここは神様に祈りを捧げる場所なんだよな? 確か」
「はい、そうですよ。ここで皆さん祈りを捧げます。神様は忙しいから願い事を叶えてはくれませんが見守ってくれてはいるんです。ここはそんな神様が見ている場所なんです」
「だよな……レティシア」
「は、はい!」
急に真剣な顔になって見つめてこられたらドキドキするじゃないですか。そんなカッコいい顔を朝から見せるなんて私を殺す気でしょうかこの人は。
「神様の前でちゃんと約束したいんだ……俺と結婚を前提として付き合ってもらえないだろうか?」
……クポッ?
なんかハトが豆粒をぶつけられたような声が心の中でしました。
結婚を前提にお付き合い?
「……どうだろうか?」
ようやく理解した私の頭はすごい勢いで私を赤くしていきます。
そ、そんな悲しそうな顔しないでくださいよ、もちろん受けるに決まっているじゃないですか!
「は、はい……その、私でよければ……お願いします」
嬉しくていっぱいいっぱいな私ですがジェラルドが嬉しそうにしているのを見ると自然と笑顔になれた気がします。
私がプロポーズしてもらって少し経った後、魔獣の大規模発生が確認されました。斥候の報告によると規模が大きいということで騎士団と連携して魔術師達もの魔獣討伐の任務が下ったそうです。
神殿からも治療のために神官たちが派遣されますが規模の大きさを考えると少々不安ですね。
私は大神官のおじいさんに相談することにしました。
「でしたらレティシア様も行かれればよろしいでしょう」
「いいのですか? 護衛だの警備だのいつもうるさいのに?」
「規模が規模ですから、聖女様が来ているともなれば士気を下げずにすむでしょう」
なるほど、そういう考えもあるんですね。
「それに婚約者のカッコいいところは間近で見たくはありませんか?」
くぅ、何という殺し文句を言うおじいさんでしょう。それは何とも嬉しい提案です。
もっとも魔獣討伐なので気を引き締めなければいけませんけどね。
そういうわけで私も参加することになったのです。この時間は確かジェラルドは私の護衛の件を騎士団と打ち合わせをしている頃だと思います。
聖女様ーと声をかけてくれる騎士や魔術師の皆さんに手を振りながらジェラルドを探します。
いました、女性騎士と打ち合わせ中ですね。おや、あれはエリザさんではないでしょうか?
我ながら嫉妬深いとは思いますがあの二人が話しているのはなんかイラっとします。
私はジェラルドの背中に抱きつきました。
「いつまで打ち合わせしてるんですか? もう待ちくたびれましたよ?」
「聖女様は待ても出来ないのかよ」
困ったように、でも優しい顔で私を見てくれます。
「ほら、行こう」
だから私は我ながらあざといと理解してはいますがジェラルドを引っ張ります。
「それではブレーディア嬢、ランスロット殿。二人の未来に祝福あれ」
「……はい、魔術師フォーゲン様」
エリザさんがジェラルドの祝福に笑顔で応えました。でもあれは精一杯のやせ我慢だって分かっています。
私はエリザさんに何も言う気はありません。
もう彼女は十分にダメージを受けているのですからこれ以上は不要です。
それに私はそんなことよりもジェラルドを幸せにするという人生を賭けた大勝負が待っているのですから、そんな暇はありません。
だからジェラルド、あなたは私を笑わせていてください。
あなたも笑っていられるようにしますから。
私なしじゃ生きていけないくらい幸せにしてあげますね。
あなたが死ぬまでずっと。
その時は私も逝きますから一人にはさせませんよ?
エリザより質が悪い気がします。
一応、一旦ここで完結にしておきます。