レティシア 前編
エリザとは違う意味でダメな娘が生まれてしまった気が……
私があの子に出会ったのはまだ幼い時だった。
私は貧乏子爵の娘、レティシア・アードレンとして生まれた。我が家は祖父の代で借金を背負いその返済でいつも貧しかった。
生活に余裕が無く家はあちこち隙間風が吹いており明日の食事すら気にしなければならない程だった。
アードレンという名もただ貴族であるというだけで何の意味も無い家名。名前でご飯が買える訳でもないし服のほつれが直るわけでもないことを私の両親は理解していた。
貧乏故にこれ以上家族を増やすと生きていけなくなるから兄弟もいなかった。
だから私を貴族としてではなく一人の生きていける人間として教育してくれたことは心から感謝していた。
ただ、そんな貧しい貴族として生まれた私を気に食わないもしくは見下していいと判断した貴族の糞ガキどもが私をいじめだしたのは自然な流れだったと思う。
何か人と違ったりすると勝手に異物として見られ、貧しければ貴族失格と言われる。私に何の責任も無いのに言葉で心を殴りつけ石で体を傷つける。
救いなんて無く早く大人になって働いてこんな糞しかいない場所から逃げ出したかった。信じていいのは両親だけで周りは敵か案山子が立っているだけ。そんな風に思わなければ心が耐えられなかった。
「おまえらなにやってんだ!」
家の手伝いで買い物に出ていた私は今日も石を投げられて貧乏が感染ると言われていた。こいつらは満足するまで止めないからいつもと同じようにこいつらが飽きるのを待っていた。
そんな糞どもを誰かが怒鳴りつけた。誰だろう? 大人でも貴族の子供であるこいつらを怒れる人なんて普通はいない。それこそ貴族しか怒れないだろうし貴族は私みたいな貧乏貴族を救うことなんてしない。
「寄ってたかって女の子を囲んで石を投げるなんて最低だろ!」
男の子が怒りの形相で糞ガキ共を睨みつけている。黒髪に黒い瞳が力強く見えた。
「うるせぇよ! こいつは貧乏なんだからこうして石の的くらいしか役に立たないんだよ!」
私をいじめていた糞ガキどものリーダーがそんなことを言った瞬間、顔のすぐそばに拳が突きつけられた。
「知るかよそんなもん! 女の子は守るもんだって父さんが言ってたんだ! それが男だって。これ以上やってみろ? 俺が相手になってやる」
拳を突きつけた男の子がそう言うと糞ガキどもはクモの子を散らすように逃げていく。あんなに偉そうにしていたのに情けない声をあげて逃げていく。
あ、まずい。ちょっとスカッとしてしまったせいで笑いそうになる。
「大丈夫か?」
男の子は心配そうに聞いてくるけれど笑いそうになっているだけだから気にしないで。だってここで笑ったら変な子になっちゃうから。
なんとか頷いた私を見て怯えて声が出ないと勘違いしてくれたからそれに甘えておこうかな。
「何度も助けてはやれないけれど、また見かけたらなんとかしてやるからな」
男の子はそう言って私を家まで送ってくれた。私がいじめられていたことを知っていた両親は男の子にお礼を言っていた。
男の子は気にしないで下さいって言うとそのまま駆け足で去っていってしまう。
しまった名前を聞き忘れていた。もしまた会えるなら会いたい。
あの男の子は私に教えてくれた。
たとえ一時の助けでも。
なんの解決にならなくても。
誰も助けてくれないときに助けてくれる人がいた。
そのことだけで私は助けてもらえる価値があるのだと教えてくれのだ。
多分このときに私はあの子に恋をしたのだと思う。
あれから両親は買い物に行かなくていいと言ってくれたがそういうわけにもいかない。家は貧乏で人を雇う余裕なんか無いし、誰かが行かないと安くで食料を手に入れることは出来ないのだ。
最近はお腹が空くから少ないご飯でもなるべく安く多く食べられるようにしたい。
とはいえ今日の日課を済ませてから買い物に行こうかな。
神殿に入り神様にお祈りをしながらまたあの男の子に会えるようにお願いする。
もちろんみんなの願い事を叶えていたらキリが無いので私の願いは叶わないと思う。神様だって暇じゃないし、そこまで甘えていい筈もない。
「少しよろしいかな、お嬢さん」
神様にお祈りをしていた私に誰かが声をかけてきた。立派な法衣を着た白いひげのお爺さんだ。
「ええと、なんでしょうか?」
こんな立派な法衣を着ているなら偉い人だよね、多分。失礼がないように気をつけながら私は返事を返した。
「ずいぶん熱心に祈っているから何か事情でもおありかなと思ってね」
「大したことではないのですが……」
私はいじめられていたときに助けられた男の子に会えたらいいなと思っていることを。
そしてその願いは叶わなくても構わないと思っていることを話した。
「叶わなくても構わないと思う理由は聞いてもいいのかな?」
「神様は忙しいから私の願い事は聞いてくれるだけでいいんです。それよりも救いが必要な人に救いをが私の思いです」
だって私はあのときあの子に救ってもらったから。これから先辛いことがあっても私は誰かに救ってもらえる価値があると教えてくれたから。
私にはそれで十分だった。
もちろん、会えるなら会いたい。
会っていっぱいお話しがしたい。
でもそれは神様じゃなくて私が見つけたかった。
「そうですか。見つかるといいですね」
おじいさんはそう言うと綺麗な礼をしてから去っていった。
ん? あれなんか落ちてる。
おじいさんが落としたものかな? 綺麗な宝石の着いたネックレスみたいだ。
「こんなに綺麗なんだしきっと大事なものだよね。届けなくちゃ」
私は急いでおじいさんの後を追った。ちょうど馬車に乗ろうとしていたところだったから間に合ったらしい。
「すみません! 落し物です」
出発してしまわないように大きな声で呼び止める。手に持っていたネックレスを掲げてみせながら大きく手を振った。
ネックレスに着いている宝石も光り輝きながらここに忘れてるぞおーいと自己主張している。
……ん? この宝石光ってたっけ? なんか眩しいんだけど自己主張強すぎませんか?
ま、いっか。
「おお、すまない。うっかり落としていたようだ。届けてくれてありがとう」
ネックレスをおじいさんに手渡すと宝石が自己主張をやめた。どうやら無事に帰れて安心したのかな?
おじいさんはしばらく宝石をじっと眺めた後、私を優しい顔で見つめてきた。
「お嬢さん、お名前は?」
「レティシア・アードレンと申します」
名前だけの貧乏貴族だから知らないと思うけれど。
「レティシアさん、このお礼は後日させてください」
おじいさんは私の返事も聞かずに馬車に乗っていく。
えーお礼が欲しくてした訳じゃないんだけれど。
私はなんとも言えないモヤモヤを抱えながら買い物に向かった。いつものように値切り倒し気持ちよく買い物を終えた頃にはすっかり忘れていたけれど。
それから三日後のことだった。私の家にやけに上等な馬車がやってきたのは。
中からあのおじいさんが現れて私を聖女と呼んだのだ。
なんでもあのネックレスは聖女の資格を持つ者しか光らせることが出来ないらしく、私の光は歴代の中でも屈指の強さだったらしい。
まさか自己主張していたのがネックレスじゃなくて私だったなんて大分恥ずかしいぞ。
気がつけば私はそのまま馬車で運ばれて神殿で聖女として暮らすことが決まっていた。もちろん抗議したけれど聖女をやれば実家を援助してくれるというから大人しく引き下がっておくことにする。
両親のことは愛しているし、ちょっと早い就職だと考えれば何も問題は無いはず……多分。
聖女として暮らし始めてから何年か経った。私も十二歳になり聖女としての活動にも慣れた。
というより慣らされたが正しい気がする。正しく力を使えるようにする訓練を必死こいて頑張らされ、重い病や怪我を負った人を癒して経験を積まされた。
まぁ、おかげで一年前の大火災のときに多くの人を救うことが出来たのだから感謝してはいます。
ちなみにこの訓練を監督しているのはあのおじいさんで何と大神官様だったからビックリ。神殿の二番目に偉い人だって言うから追加でビックリ。トップは大神官長なんだって。分かりやすい名前だよね。
ちなみに聖女は一人立ちすればトップと変わらない扱いになるらしい。
それにしても意外だったのはこういう癒しの力を使う相手は金持ちや貴族ばかりだと思っていたのに実際は違っていた。
身分関係無く重い病や怪我の人が優先して運ばれてくる。疑問に思った私は私を連れてきた大神官のおじいさんに聞いてみた。
「それは単純な話しです。神の前には身分など無意味です。救いが必要な者にこそ救いを。これが神殿の意思です。もっとも優先順位というのはありますがそれは病状次第ですね」
「貴族とかの横槍とかないんですか?」
「させませんよ。彼らも神殿を敵に回すほど愚かではないし、愚かなら愚かなりに対処法はあるのです」
怖っ!……って言いたいけれど言っている意味は分かるしその考えには賛成かな。
救いは必要とする人の下へ。
誰だって救われる権利は持っているのだから。
もっともその機会が得られるかは行い次第だと思うけれど。
少なくとも私は誰にも救ってもらえない人を救いたい。あのとき私が救ってもらえたように。