ジェラルド 後編
最近、エリザと訓練もしていない。誘っても用事があると言われてかわされてしまう。ただ、用事があると言われるのは訓練だけでそれ以外のことで誘うと彼女は一緒にいてくれた。
昼食は一緒に食べているし、休みの日は断られることはあるけれどそれも三回に一回くらいだった。
エリザに問い正したいけれど聞けなかった。エリザが浮気をしているなんて俺には思えなかった。
そう信じたい。
そしておれ自身の訓練も限界に達していた。先生に見てもらったりしていたが伸び悩んでいたのだ。
もうすぐ今年の闘技大会がやってくる。ライバル達も力をつけている頃だろうし、エリザに勝てないまま終わるのは嫌だった。
俺は父に伝が無いか聞いてみた。すると現役最強と言われている騎士のユーディッド様が知り合いだったらしく稽古をつけてくれると約束してくれたらしい。
やった、これなら俺でも勝てるようになるかもしれない。
俺はユーディッド様の指導の下必死に学んだ。ユーディッド様は筋はいいと言ってくださったので、もしかしたらエリザに追いつけるかもしれないという希望が芽生えた。
ユーディッド様に稽古をつけて貰いはじめてからエリザと会える時間はさらに減っていった。ただ、おれ自身もそのことに気づかないくらい追い詰められていた。
今年も三位以内に入らないと婚約は解消されてしまう。
今日も訓練場でユーディッド様の日課をこなしていると俺に誰か近づいてきた。
「ちょっと、いいですか。先輩」
誰かと思えばランスロットだ。エリザかと思って少し期待した分をかえせこの野郎。
「なんだ?」
「今年の闘技大会で俺が先輩に勝ったら婚約解消してもらえませんか?」
「あぁ?」
なに言ってんだこの野郎。言っていることが失礼極まりないって理解できないのか?
「なんでお前にそんなこと言われなきゃいけないんだ?」
「エリザ先輩は天才です。彼女の婚約者は彼女の実力に着いてこれる人間がなるべきです」
「それがお前だってのか?」
ふざけやがって。彼女の婚約者になるなら彼女を愛しているかどうかが大事だろうに。
「これはグラルド様に許可は貰っています」
またかあの爺! いい加減にしやがれってんだ。
「好きにしろ。俺はお前には負けないからな、関係ない」
「その言葉、覚えておいてくださいね」
そう言い捨ててあいつは去っていった。分かってねぇな、あいつ。
俺がエリザ以外に負ける段階であの爺は婚約解消って言い出すんだから最初からお前には負けられないんだよ。
今年も闘技大会の日がやってきた。
正直もっと訓練はしたかったが出来ることはやった。後は全力を出すだけだ。
予選は簡単に勝ち抜くことが出来た。本選も一回戦は大したことがない相手だったから体力の消耗もない。
よし、行ける! 俺は確実に強くなっている。
エリザにだって喰らい着いていけるはずだ。
だから俺はきっと運がなかったんだろうな。
一年と二年のときは決勝でエリザとぶつかった。だから今年も決勝でぶつかると勝手に思っていた。
――二回戦の相手はエリザだった。
エリザと向き合う。四角で区切られた試合場はいつもより広く感じた。
エリザは俺を真っ直ぐ見つめてくる。俺だって負けてはいられない、気合は十分だ。あれだけ訓練してきたんだ、勝てる可能性だってある。ここで諦めるわけにはいかないんだ。
「二回戦、始め!」
審判の声と共にエリザが駆け出す。早いけれどユーディッド様の方が速い。これなら防げ……え?
俺がエリザの剣を防げたはほとんど偶然だった。予想よりも早い一撃が俺に襲い掛かってくる。なんとかギリギリで防げたけれど反撃することなんて不可能だった。
エリザは俺の予想を遥かに超えて強くなっていた。身体能力こそ変わらないけれど剣の技の冴えは以前とは比べ物にならなかった。
怒涛の連撃に俺の持っていた剣が弾かれて致命的な隙をさらした。
しまった! 終わる!
エリザはここまで強くなっていたなんて正直思っていなかった。それでも彼女が全力で向かってきて負けるのならしょうがないとも思えた。
婚約解消とうるさい爺がいるが抗ってやるつもりではいたから。
――なのにいつまでもその一撃はこなかった。
致命的な俺の隙を無視してエリザは距離を取った。
どういうことだ? エリザ、君は一体何をしているんだ?
エリザはこちらに向かってくるが明らかに精彩を欠いていた。先ほどの鋭さはどこにも無い。
そう、まるでユーディッド様が俺に稽古をつけるときみたいに手加減をしているような……
手加減
まさかエリザは手加減をしているのか?
俺が弱いから?
そう気づいたら剣が重くなった。体から力が抜けていく。
「……す」
「ん?」
審判に聞こえなかったみたいだな。今度はちゃんと声に残った力を込めて言わないと。
「棄権します」
「……え?」
エリザが立ち止まり呆然としているけれど気にならなかった。
「え……あ、はい。勝者、エリザ・ブレーディア」
審判の声もどうでも良かった。
ただ俺はこの場から逃げ出したかった。
負けるのは怖かった。婚約も解消なんかしたくない。
ただ、それ以上にエリザに手加減されたことが耐えられなかった。
俺は弱すぎたのかなぁ。
それから二日後、ブレーディア家から婚約解消の手紙が届いた。
卒業まであと三ヶ月くらいしかない。
俺はあれから剣が持てなくなった。剣を持つと重く感じ体に力が入らなくなるのだ。
それにあれからエリザとは会っていない。友人から聞いた噂では闘技大会の二位と三位との縁談も来ているらしいが俺にはどうしようもない。
爺相手なら戦えた。
でもエリザに手加減された事実が俺の心を叩きのめした。
こんな弱い俺がどんな顔をしてエリザに会いに行けばいいのか分からなくなっていた。
食欲は無いけれど昼飯でも買いに行こうと中庭を通り過ぎたとき、そこに彼女はいた……ランスロットに抱きしめられて。
不思議と腹は立たなかった。
ただ、どこか納得してしまった。
あいつは確かに天才でエリザにお似合いだって。
俺は天才にはなれなくて着いていけなかっただけなんだって。
ストンと何かが落ち着いた気がした。抱き合う二人を見ても心はざわつくとことはなかった。
俺はそのままきびすを返してこの場を去った。
もう心は決まっていた。
――俺は騎士訓練校を辞めて魔術学校に入ることにした。
俺が魔術学校に入りなおしてから三年の月日が流れた。
幸いなことに魔術学校は成果さえ出せば飛び級が出来たのですんなりと最終学年から始めることができた。
というよりも、家で教わっていた知識や今までやっていた訓練の方が難しかったらしくこここで学べることは簡単だった。
才能もあったらしい。一度見た魔術は完璧にマスター出来たし魔力量も他の皆とは桁が違っていた。
教師から最初から魔術を学んでいれば一年で卒業していたと言われたくらいだ。
結局俺は騎士訓練校の卒業予定だった日から半年遅れで魔術学校を卒業できた。
それからは魔術師として魔獣討伐の任や結界の修理などの仕事に着いた。近接戦闘もこなせることからどんどん実戦を任されていった俺は段々と頭角を現し、今では討伐部隊の隊長も任せてもらえるようになっていた。
あれからエリザとは連絡も取っていない。街で何度かランスロットと一緒にいるのを見かけたくらいだ。楽しそうにしていたからきっと上手くいっているのだろう。何度かそんな光景を見るたびに彼女への僅かに残っていた未練の残骸のようなものは消えてなくなっていった。
家族は心配してくれたが気を使ったのか何も言ってこなかった。ブレーディア家からも何も言ってこなかった。一応親同士は付き合いがあるようだけれど俺には関係が無かった。
剣も握れなくなって久しい。今では槍を使うようになっているので近接戦闘に問題はないから構わないけれど。
エリザにもしまた会えたら伝えたい。俺は俺の道を見つけたと。そして紹介したいものだ、俺にも大事な人が出来ましたと。
そんなある日、魔獣の大規模発生が確認された。規模が大きいということで騎士団と連携しての魔獣討伐の任務が下った。しかも今回は聖女が行くと言い出したから驚いたものだ。
聖女の護衛の件も話さないといけないので早めに部下を連れて集合場所に行ってみるとそこにはエリザがいた。
髪を短く切って三年前よりも綺麗になった彼女が。横にはあのランスロットもいるから二人の仲は順調なのだろう。
ここで会うとは思っていなかったから驚いた。とはいえ挨拶はしないいけない。
「今回はよろしくお願いします」
「あ、え、はい。よろしくお願いします」
エリザは驚いたように返事をする。どうしたのだろうか?
「どうかされましたか?」
「……ジェラルドだよね?」
「ああ、そうだよ。仕事なんだから話し方くらい丁寧になるさ」
「そっか、そうだよね」
エリザは何かを納得するように頷いている。
「それで今回の聖女の護衛の件だが……」
入念に確認をしたので大丈夫だろう。打ち合わせを済ませて戻ろうとしたのだが、エリザが俺を呼び止めた。
「ちょっと待って」
「ん? なんだ?」
「あとで二人で話したいことがあるの……時間作ってもらえない?」
何を言い出すかと思えばそんなことを言ってくるとは。しかし、これは良くない。恋人の前で言っていいことじゃない。恋人以外の男と二人っきりで会おうなんておかしいに決まっている。
事実、横でランスロットが複雑な表情をしているじゃないか。
「ブレーディア嬢、それは良くない。恋人の前で他の男を誘うなんてルール違反だ。聞かなかったことにするからちゃんと話したほうがいい」
「ち、ちが」
エリザが何か言いかけたとき俺の背中に誰かが抱きついてきた。
「いつまで打ち合わせしてるんですか? もう待ちくたびれましたよ?」
「聖女様は待ても出来ないのかよ」
俺の背中に張り付いてきたのは聖女だった。彼女の名前はレティシア。
俺が魔術学校を卒業した後、一時期弱い人間は失ってもしょうがないという思想に染まりかけていたときに出会った。
そこで彼女に思い切り蹴り飛ばされて説教されたのだ。
――弱いから失うのが悪い世界なんて間違ってる! もしそんな世界なら私が壊してやるから、そんな泣きそうな顔で言わないで!
そんなことを言われた俺はその時は何も言えなかったけれどレティシアは俺に付き合って話を色々聞いてくれた。
時間を見つけて一緒に出かけて任務も一緒にこなしたりした。
気がつけば側に彼女がいた。
次第にそんな彼女に惹かれていた俺はつい先日プロポーズをしてOKをもらえたのだ。
「ほら、行こう」
レティシアが催促するから行くとするか。
「それではブレーディア嬢、ランスロット殿。二人の未来に祝福あれ」
「……はい、魔術師フォーゲン様」
エリザがそう言って俺の大好きだった笑顔で応えてくれた。
さぁ、俺の大事な女性を守るためにも魔獣どもを蹴散らすとするか!
エリザ視点って見たかったりしますか?