ある日のカフェで
これで君は笑っていては本当に終わりです。
私が中隊を任されるようになって半年くらい経ったある日、オープンしたばかりのカフェに行ってみることにした。
今日は休みだし時間があるからちょうど良かった。
そのカフェはオープンテラスがある可愛らしい造りをしていて女性にも人気がありそうだ。オープンテラスのテーブルは猫足が可愛いからあのテーブルでお茶を飲んだらいいかも。
店に入ってみると給仕の女性が近づいてきた。
「いらっしゃいませ。お一人でよろしいでしょうか?」
他に一緒に来る人もいないので残念ながら一人です。
オープンテラスがいいと希望したら今は空いているからと案内してもらえた。そのまま席について渡されたメニューを見てみると……うん、結構するね……お値段。
まぁ、割と裕福な人が来る通りに出来たお店だしこんなものだよね。むしろケーキセットの値段をみると他のお店よりも少しだけ安い。
これにしようかな。もしそこそこでも雰囲気だけで楽しめそうだし。
店員さんにお茶とケーキのセットを頼むとかしこまりましたと落ち着いた声で返事をしてくれた。やっぱりここは店員の教育がしっかりしている。もしかした貴族の家で働いたことがある人を使っているのかも。
のんびりと待ちながら最近の自分のことを振り返ってみる。なにせこの半年は忙しくてそれどころでもなかったから。昇進したのはいいんだけれど、その分やることが増えたのだから喜んでいいのやら悪いのやら。
気が付けばもう二十歳になっているし、そろそろ行き遅れと言われ始める頃になっていた。大体の女性は二十歳までに結婚することが多く、遅くても二十歳くらいなので私もそろそろ焦る必要があるのだと理解しているのだけれど……。
「恋なんかする気にもなれないし……見合いはパス」
見合いはあの男が持ってくるというイメージがあるせいかどうしても乗り気になれない。両親も婚約解消の負い目があるせいか特に何も言ってこない。兄さまがいるから跡継ぎの心配もないし、私も騎士の仕事があるから生活に困ることもないんだよね。
最近任されるようになった中隊は四人一組の小隊を五つ管理する立場だからお給料も結構いいんだよね。仕事も王都での事件や事故の対応がメインだから遠征とかも無いし。
「出会いはあるはずなんだけど……その気になれないのが問題かぁ~」
昔は周りがランスロットと私をカップル扱いすることもあったけれど、丁寧に否定してきたことや、仕事以外では一緒にいないようにしてきたから最近はそういう扱いをされることもなくなってきた。
ランスロットのことが嫌いなわけじゃないけれど、異性として見ることは出来そうになかった。私が犯した過ちが原因で失った恋を引きずっているのもあるけれど、その一因になってしまった彼を見ると胸の中で何かがざわつくのだからしょうがない。
まだジェラルドのことを忘れられないでいる自分の浅ましさを呆れながらも、想い自体は確実に変化していた。
「ジェラルドにちゃんと謝れてないんだよね……」
恋心はもう無いけれど前のような友人に戻りたい。とはいえそのチャンスもないわけで、どうしたらいいのかもう手詰まりなのだけれども。
「お待たせしました、ケーキセットです」
答えの出ない悩みに頭を抱えているとケーキとお茶がやってきた。最近流行り始めた東方から来た茶葉を使っているらしく、紅茶とは違って緑色をしている。ケーキもその茶葉を粉末状にして練りこんでいるらしくお茶と同じ香りがした。
「いただきます」
まずはケーキを一口……少しの苦みが逆に甘さを際立たせるそんな味だった。お茶も飲んでみるとケーキにあった苦みとは違う、甘みのような苦みが舌に広がっていく。
「美味しい!」
これは好きかも。甘いのは好きだけれども、甘すぎるのは苦手だからこれくらいがちょうどいい。それにしても東方から輸入している茶葉なのに他のお店より安く出せるのが素直に凄いと思う。どんな理由があるのかな?
「ご馳走さまでした。美味しかったです」
お代を払って感想を伝えると嬉しそうに笑ってくれた。ああやって喜んで貰えると言ったこちらも嬉しくなる。
そのままお店を出ようとした時、黒いローブを来た男性とぶつかりそうになった。
「ご、ごめんなさい」
これでも騎士なのであわてて避けようとしたんだけれど、相手もかなりの速さで反応してぶつからないようにしてくれた。見た目からして魔術師なのに凄いこの人……え?
凄いのも納得……だってジェラルドだったのだから。
予想もしていなかった再会にパニックになった私は慌ててその場を立ち去ろうとしたのだけれど、ジェラルドに腕を掴まれてしまった。
「すまない、少し話があるんだ。時間を貰えないか?」
久しぶりに見たジェラルドの真剣な眼差しに私はつい頷いてしまっていた。
ジェラルドはあのお店のケーキを買いに来たらしく、待つのはほんの少しの時間で済んだ。そのまま近くの公園へと足を運ぶ。
「え~っと、今ジェラルドは何をしているの?」
「今は聖女の護衛と黒杖魔術師団の団長を兼任している」
え? 黒杖魔術師団って言えば国の最も強い魔術師達が所属する凄い部隊だよね? しかも確かそこの団長って最近史上初の単独ドラゴン討伐を成し遂げたって話題に……えぇぇぇ!!
「もしかして……ドラゴンとか倒した?」
「ああ、他に人がいなくてな。ドラゴンに追われた他の魔物の相手に多くの部隊が出ることになって仕方なくドラゴンの相手をしたよ。強かったけれどエリザの方が手強かったな」
そう言って楽しそうに笑うのはいいけれど、ドラゴンと比べるのはあんまりだと思う。それに強かったで済むならもっとドラゴン殺しは大勢いるからね? そこのところ分かっているのかな?
「エリザは元気だった?」
「……うん、何とかね」
会話が続かない。話したいことはたくさんあったはずなのに言葉が出てこない。気が付けば私は聖女のことを聞いていた。
「聖女様とは上手くいっている?」
「……今度結婚するよ」
聞くんじゃなかった。
もちろん呼ばれるような間柄じゃ無くなっているのは理解していたし、両親も向こうの家との付き合いは続いているとはいえ、ジェラルドのことは会話に出さなくなったから聞くに聞けなかったから知りようが無かったというのもあるけれど……幼馴染としてお祝いしたいよ。
「そっか、おめでとうジェラルド!」
祝福の気持ちは心から、笑顔も心から。ただ少しだけ寂しさがあるだけ。
「なぁ、エリザ」
そんな私の心を見透かすような瞳でジェラルドが見てくる。やめてよぉ、そんな瞳で見られたら私の中にあるほんの少しの寂しさまで見られそうだから。
「すまなかった」
きっと私の寂しさを見透かした言葉が来ると思っていた私は予想もしなかった謝罪に驚いてしまった。
「以前、エリザの話も聞かずに勝手にランスロットと恋仲だと判断して突っぱねてしまった。本当は違っていたと言うことも聞かずに勝手に自分がこれ以上傷つくのが嫌だからと耳を塞いだ俺が卑怯だった。それにちゃんと君に確認することも言葉を交わすこともなく、勝手に剣のみに執着して視野が狭くなっていた」
「ジェラルド……」
「俺はもっと君と話すべきだったんだ。それを怠って責任をエリザに押し付けるような真似をしてしまった。本当に申し訳なかった……すまなかった。許してくれとは言わないがそれでもエリザのせいにしたままではいられなかったから」
私は胸がいっぱいになっていた。心のどこかにあったジェラルドだって悪かったそんな気持ちを見透かされていたような気さえした。
でも、それだけじゃなかった。ちゃんとジェラルドは私のことを考えて謝ってくれた。それは上辺じゃなくて心からの謝罪だって分かったから。
―――だから
「ううん、ジェラルドだけじゃないよ。私もジェラルドともっと話をするべきだったし、自分の行動がどう見られるかもっと自覚すべきだった……迂闊だったの。あなたがランスロットとのことを勘違いしたのは当然だと思う。当時の私は欲張りだったの、あなたもランスロットもどっちも欲しがったんだから。私ね、同じ世界で剣を使えるランスロットに理解者としての立ち位置を求めていたんだと思う。でもそれは恋愛感情じゃなかった」
この際だ、ちゃんと全部ぶちまけてしまおう。
「だからそれをはっきりとジェラルドに話すべきだったし、剣だけが私達の繋がりじゃないって話し合うべきだった。そんな関係を築き上げるべきだったの。だからお互い様なんだよ、きっと」
「……お互い様か」
「そう、お互い様。だから……仲直りしよう? 恋人はダメだったけれど友達ならなれるから」
私は手を差し出す。
私の目の前にはあの時の幼い少年がぽかんとした顔をしているようなそんな気がした。
「ジェラルドは私のお友達になるんだからいつも笑顔で笑っていて」
いつかの言葉を返してあげる。だから昔みたいに友達から初めて親友まで行きましょう?
「ああ、そうだな。エリザはそのほうが嬉しいもんな。俺は笑っているよ」
私達は間違えたけれど、関係は変わってしまったけれどやり直すことは出来る。それが前と同じ関係でなくても側にいることは出来る。
「結婚式には呼んでくれる?」
「ああ、もちろんだとも。レティシアにも会ってやってくれ、一番の友人として」
もちろんその時は精一杯綺麗になって行ってあげる。大事な友人の結婚式だもの、手は抜かないよ?
―――だから私達は笑っていよう。
気が向けばエリザの恋物語を書きたいな~。時系列的にはこの話の後と言うことで。




