紅蓮の業火
気づけば、教会からの一本道を抜けて、既に街中。
待ちの中央にある広間に来ていた。広間の真ん中には街のシンボル的な時計塔が立ち。その周囲をぐるりと店が立ち並ぶ。小さな街にしては、中々の活気があって人の往来も多い。こうして活気があるのは良い事だ。物の流通が増えて、良いものが安く手に入るようになる。それに品数の幅も広がると言うもの。
ひとまず、買い出しを優先することにした。
旅をする上での日持ちする食べ物、非常用の薬品の補充など。リオを預けてから、本来やろうと思っていた事だ。
「リオ、俺は必要なモノの買い出しに行く。だから、お前はここで待っていろ。」
「……ついて行ったらダメですか?」
「邪魔になる。俺をこれ以上イラつかせるな。」
「……ごめんなさい。」
俺はしょぼくれるリオを時計塔の下で待たせて、店を探す。
食料品の店は多い。原材料から完成品まで様々。用があるのは旅に持参する乾物の店だ。いくつもの店がある中、手近なところにとりあえず入ってみる。
2階建ての店は、上も下も軒下に色んな食材がつるされていた。
野菜や果物、干し肉と種類も多様。処理の具合も悪くなさそうだ。
「うぃーす、何がご入用だい?」
若い女の店番が、陽気に声をかけてくる。
長い髪の毛を横で結び、声の調子に見合った笑顔が咲いている。好感の持てる店だ。宿屋のクソばばあにも見習わせたい。
「そこの干し肉と、果物と野菜を一切れずつ。」
「かー、しょっぱいねぇ。まあいいさ。銅貨で30枚だよ。うちは少数でも気持ちよく販売ってやってるからね。まいどー!」
第一声で思いっきり嫌味をぶっ放している事に気が付いているのだろうかと突っ込みたくなる。何が少数でも気持ちよく販売だ。俺は受け取った商品をその場で口にする。いずれもまずまずの品質、悪くない。
「追加だ。今のやつを2盛りづつもらおう。」
「おっと、お兄さん。やり手だね。今のは試食ってか!? 言ってくれれば無料で試食させてあげたのにさ。まっ、試食して買わないってのは許さないんだけどね。えーっと、そういうわけで試食分差っ引いて、ついでにお兄さんの慎み深い有料の試食姿勢に敬意を表して、銀貨で20枚ってことで!」
「ああ、それでいい、貰おう。」
慎み深い有料の試食姿勢ってなんだよ。
この女はよく分からない表現を使うが、確かにこれだけあって銀貨20枚なら悪くない。ざっと5日分くらいの食糧だ。道中に狩りを挟んで食事をする事を考えれば、10日くらいは持つだろう。
次は薬屋。
俺は薬屋の匂いが苦手だ。独特の雑多なものが混じったにおいがする。ハッキリ言って悪臭。そしてだいたいの薬屋は調合で出る悪臭をごまかすために芳香剤の薬をまいている。端的に言えばどぎつい匂いの上にどぎつい匂いの上塗りだ。俺はこのむせかえるようなにおいがダメだ。ぱぱっ手早く品物を選んで薬屋を後にする。
その後は、雑貨屋に立ち寄る。
武器やら、防具やら、お役立ち道具やらが雑多に並ぶ店。こういう店には面白い掘り出し物があったりする。俺が使っている麻痺毒のナイフも雑貨屋で見つけたのである。
この店は魔法書が豊富だった。
生活魔法、初級魔法から中級魔法くらいまでの取り揃えがある。魔法書はいずれも高価な代物、生活魔法の本でさえ1冊で金貨10枚ほどになる。生活魔法でありながら、とても庶民が買えるようなものではない。
そもそも生活魔法は口伝によるものが多い。人々が日常の中で、受け継いでいくものなのだ。親から子へ、子から孫へと。だからこそ、生活魔法と呼ばれている。その分、伝達の途中で様々な変化があって、元は同じ生活魔法でも多少の違いがあったりする。そうした生活魔法を書物にまとめてあるのならば、これは面白い一冊かもしれない。
中を検めたいが、がっちりと封をされていてひらけそうにない。高級な魔導書を立ち読みされたらかなわんという店側の考えは分かるが、高級なものを中身も分からず買う方の身にもなって欲しいものである。
面白い本を見つけた。
解呪の技法という本だ。呪いを解く魔法は珍しい。そのような術があるのは広く知られているが、それは教会の専売特許である。よって、門外不出の技法であり、世間がその術を知る事は無い。金貨1200枚、かなりの高額だが、本当にその技法が記されているならその価値はある。リオの呪いも解けるかもしれないな。
本をまじまじと見ていると、端っこに『著バルマムッサ司教ガノッサ』と書かれているのを見つけた。この街のあの教会が発行している本かよ。朝の出来事を思い出させられてイラっとする。
「兄ちゃん、興味があるのか? 冷やかしだろうが、そいつはやめときな。」
店主らしき男が俺に声をかけてくる。
「言われなくても、買うつもりはない。」
「はっはっは、金貨1200枚だからな、誰が買うって話だよな。まあ、中身もそんな大したもんじゃない。解呪ってのは教会の神秘なんだ。そんな技術を売り払っちまうなんて、とんでもない重罪に値する。しかも著者まではっきり書かれているから逃れようがない。」
「確かにな。自分が著者じゃないと言い張っても、中身が本物なら追及は逃れられんだろうな。」
「そういう事。中身は呪いに関する一般的な事しか書かれてないよ。最終的には教会に頼りましょうってオチさ。詐欺みたいな本だ。本物は教会の奥にしかないだろうよ。」
「何だってそんなふざけた本を置いているんだ? しかもネタ晴らしまでして。」
「置いてるんじゃなくて、置かされてるんだよ。ここの教会は腐ってやがるからな。知らない奴が詐欺にあわないように注意してるのさ。売れたところで大半は教会の懐行き。逆に、こんなものを売ってしまったら、俺の店が潰れちまう。」
「なるほどな。店主も苦労しているな。」
「なあに、こうしてネタ晴らしするのが、俺のストレス発散なのよ。」
「そりゃ、面白い。」
しばし談笑した。面白い男だ。
やはりここの教会は腐っているらしい。俺は生活魔法の本を金貨8枚にオマケしてもらって購入した。リオに読ませておけば、カラザールまでの道中も役に立つことだろう。それに俺と離れてからも、知識は役に立つはずだ。俺にとっても、リオにとっても良い結果になる。我ながら素晴らしい考えだな!
外に出ると雨が降っていた。
そのせいで、人通りもすっかり冷え込んで、今や広場は伽藍の堂。しまったなリオを待たせたままだ。雨が降る事を考えていなかった。時計塔の下には軒があるので、ずぶ濡れという事は無いだろうが、そんな所で小一時間も待たされては寒かろう。俺は走って時計塔の下へと急いだ。
「……いない?」
リオがいない。軒下には誰もいなかった。
「おーい、リオーー!?」
声をあげて周囲を見回すがいない。数組の通行人が驚いてこちらを見る程度だ。俺の声はざーっと降り注ぐ雨に流されて消えていった。
どこか雨を凌げる場所へ移動したのだろうか。
俺はここで待てと言ったのだ。リオがここで待っていないのは腹立たしい。とはいえ、雑貨屋で話し込んでしまって随分と待たせてしまった。しかもこの雨だ。待つ場所を変えたとしてもとやかくは言うまい。問題はどこへ行ったかだ。
俺は時計塔の軒下から離れて、リオを探す。
ぐるりと時計塔を取り囲む店を一軒一軒覗いて回る。中には客足が遠のいたことで店じまいするところもある。店の扉を閉める店員がリオを探し回る俺を訝しんでみている。雨にうたれながら、何かを探す男は怪しいだろうな。
雨脚は強まる一方だ。
既に雨は衣服を貫き、身体にまで到達して、俺の体温を奪う。ぐるりと広場を一周する頃にはずぶ濡れだ。せっかく買った保存食は水にぬれて、用を成さなくなっていた。金貨8枚で買った魔法書も丁寧に包んでもらってはいるが、幾らかの浸水がありそうな状況。
段々、腹が立ってきた。
なんで、俺がずぶ濡れでリオを探さなければいけないのか。長い事待たせたから悪いのか。リオが俺を待つのは当然のことだ。俺がリオの面倒をみてやっているのだから、その程度の事は当たり前だろう。
これだけ探してもいないのはおかしい。
そう言えば、あいつは教会に行くのを嫌がっていたな。
まさか逃げた……!?
教会に預けられるのが嫌で、逃げ出したのか! そう思った瞬間、濡れた寒さを吹き飛ばす程の熱量が、心の底から湧き起こる。
嫌なら嫌と言えばいいだろうが!
俺にしてみれば、教会に預けるのも、ここで別れるのも、なんら違いは無いのだ。それがなんだ。あいつはまさか、俺に黙って勝手に出て行きやがったのか。
しれっとした顔で安全な街までついてきて、ここまでくればハイさよならってか。
それを俺は、馬鹿みたいに雨の中、必死に探し回って……何という茶番か。ふざけやがって……ふざけやがって! 俺は本を地面に叩きつけて、踏みつけた。
次に見つけたら、即座に切り殺してやる。
いや、そんな生ぬるいもので許すものか、あいつの嫌いなサクリフィスで切り刻みながら犯してやる。そして、最後はクソみたいな教会に売り付けてやる。俺を裏切ったクソ野郎にお似合いの末路をくれてやる!
沸騰する頭で、宿屋へ戻る。
するとカウンターには例のクソばばあがいた。ばばあは俺を一瞥する。
「はあ……クソ野郎が返ってきたよ。」
開口一番にそう言った。
頭の中に雷が走った。ピカッと轟いて業火と化す。
「クソばばあ、こっちはイラついているんだ! 舐めた口きいてると老い先短い寿命が、ここで尽きることになるぞ!」
クソばばあは怯むどころか青筋たてて、怒りの形相をこちらに向けてくる。
周囲の昼食を楽しんでいる客がぎょっとした顔で俺とクソばばあのやり取りを見る。もはや全員が食事の手を止めていた。
「クソ野郎にクソ野郎って言って何が悪い。子供を傷ものにして売り払うような奴には、うちの敷居をまたいでほしくないね。さっさと出て行きな。」
「はあ? 腐った教会抱えた街の宿屋がいきがってんじゃねーよ。そもそも、誰がガキを売り払ったっていうんだ、クソばばあ!」
「あんただよ、あんた! あたしゃ見たよ。あんたが昨日連れてた女の子を、教会の人間が連れて行くのをね! 泣きじゃくって可哀想に。アキトってあんたの名前だろ、何回も泣きながら呼んでたよ。よくそんな薄情な真似ができるもんだ。そんな汚い金で、うちの宿屋には絶対にとめてやるもんか!」
「な……何を言ってる?」
沸騰した血が、あっという間に沸点を下回り、冷水を浴びせられたように濡れた体の冷たさが全身を覆う。……このくそばばあ、今なんて言った?
「白々しい……さっき、広場から教会へ連れていかれる女の子を見たと言ったんだ。いったい、いくらで売ったんだい!? 薄情なクソ野郎は人の命をいくらで売るのか、言ってみなよ!」
「あ……う……。」
頭が真っ白になった。
俺は馬鹿だ。何が馬鹿かも分からないくらい馬鹿だ。何がどうなっているんだ。リオが教会の奴らに連れていかれた。広場から教会へ……? それはつまり誘拐? 一人で待っていたリオを連れ去ったのか。俺がいなくなった隙をついて?
「どうした、何か言ってみなよ!」
「くそがあああああーーーーーーーっ!!!」
俺は踵を返して飛び出した。
舐めやがって舐めやがって舐めやがって舐めやがってーーーー! 殺してやる、あいつらみんな皆殺しだ。
地獄すらも燃やし尽くすような怒涛の殺意を持って、俺は教会への道を一直線に駆けていく。
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