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お別れの前日


「よくやった。だが、かなりお粗末だな。」


「あう……。」


「見てみろ、一撃で殺さないから滅多刺しにして、無駄な手数が増えているし、損傷も酷い。魔石もボロボロだ。素材を無価値にしてしまうのは感心しない。」


「ごめんなさい。」


「まあ、最初だから仕方ないさ。まだゴブリンは転がっている、俺が倒した方のやつで魔石の取り方を教えてやるよ。」


「はい!」


少女に魔石の取り出し方を教えてやる。

ゴブリンの死体を二匹並べて、片方を俺が見本としてやってみせ、それに続いて少女がもう片方をさばく。


少女は取り乱すこともなく、熱心に取り組んている。

冷静にやらせてみれば、かなり吸収が早い。やはり、頭がいいのだろう。色々と仕込めばモノになりそうな少女だ。


「よし、こんなもんだろう。」


俺はクリアランスファインを唱えて、自分と少女の汚れを落とす。それから少女の引っ掻かれたところをヒールの魔法で治療する。


「ありがとうございます!」


「ゆくゆくは反撃を受けないようにしなくてはな。」


「はい、頑張ります!」


色々と吹っ切れたのだろう。

気持ちの良い返事を返してくる。これならば今後は大丈夫そうだ。


移動を再開する。

次第に木々の隙間から漏れてくる太陽の光が強くなる。鬱蒼としていた森が、その、印象を変え始めていた。


おそらく、森の終わりが近い。

期待が高まり、足場も随分と平坦になって歩みが早まる。少女も懸命に続く。


「抜けたぞ!」


視界が一気に開けて、空が露わになる。

背丈の低い草原が広がり、遠くに街道が見え、その奥には水平線が鎮座する。これまで鬱屈していたフィールドだっただけに開放感が凄い。


「凄いです……広い湖。」


「ああ、海は初めてか。あれは湖じゃないぞ。海だ。」


「うみ……?」


「そうだ、湖なんかよりも広大で底知れない深さを持っている。それに、水は海水と言って塩水だ。」


「塩水!? それは、美味しいのですか?」


「うーん、塩辛いと言うのが正解だな。機会があれば飲んでみるといい。美味いものではないぞ。」


「はい!」


未知への好奇心で、キラキラした瞳を見せる。

こう言うのを年相応と言うのだろうか。海を知らないと言うのは、とんだ世間知らずだが、知らないことはこれから学んでいけば良い。


「街へ向かうぞ。遠くに見えるだろう。そこそこ大きそうな街だから、教会もあるかもしれん。」


「教会……」


少女が暗転して、不安そうな表情を見せる。

今度は未知への不安が生まれたのか。ころころと忙しい奴だ。


「ああ、教会があれば、おまえをそこに預ける。」


「……はい。」


「安心しろ、俺なんかといるよりも、ずっと良いところだろうよ。」


そう、俺なんかといるよりも、ずっと良いところのはずだ。俺は少女に様々な事を強要し、従わなければ捨てていこうとしている。確かに助けてやっている立場ではあるが、一般的に見れば非難されるやり方だろう。


俺は俺のやり方を変えるつもりはない。

もともと俺にしてみれば、助ける必要のない相手だ。どこで死のうと俺には一切関係がなく、弊害もない。だから、助けてもらえるだけでありがたいと思ってもらわねば話にならない。


教会は貧しくはあるが、俺の考えに付き従うよりは良い場所と聞く。ならばお互いの為にも、ここで別れた方が得策だ。少女はより良い環境を手にし、俺は足手まといと別れることができる。


それは非常に合理的であり、俺の望むところ。そのはずである。


街には1時間ほどで着いた。

名をバルマムッサという。僻地にしてはそこそこ大きな街で、100棟以上の建物が立ち並んでいるようだ。ここは海に面しており、港町として発展したようである。


お目当ての教会も存在した。

街の外れにひっそりと立っている立派な建物。普通は街の中心部にあるものだが、こうして少し離れたところにあるのも趣がある。


「教会は明日にするか。おまえも今日は疲れただろう。ゆっくり休むと良い。」


「ありがとうございます。」


少し安心したような表情を見せる。

俺はそんな少女を見て頭を撫でる。すると今度は嬉しそうな顔を見せた。何だかんだとここまで一緒にやってきたのだ。俺の言う事をちゃんと聞いて、無事に街までやってこれた。思う所が無いわけではないが、少女の頑張りは素直に認めている。


明日で別れるのかと思うと、少しだけ優しくしてやっても良いかと思える。

もっとも、これからも連れ歩けと言われれば、無理と即答してしまうけれど。何にせよ少しだけ情が移ったのだろうか。俺にしては珍しい事だ。


「よし、おまえにご褒美をやろう。ついてこい。」


「え、ご褒美!?」


少女がきょとんとする。

まあ、いきなり言われたらそんな反応が普通か。ここまで随分ときつく当たってきたのだから、ご褒美などという単語が俺の口から出たら驚くだろうな。


「お前はなんだかんだと、頑張ったからな。餞別に服でも買ってやる。その恰好じゃあ、お前も嫌だろ?」


少女の姿は、俺の長袖と盗賊のマントのみ。下着すらつけていない。

仮にも女なのだ。こんなみすぼらしい格好に、本人だって思うところがあるだろう。だから、教会に連れて行く前に、多少は見られるような格好にしてやろう。呪いの傷はどうにもならないが、服だけでもな。


「……でも」


「俺が良いと言っているんだ。それともなんだ、いらないのか?」


「いえ、ありがとうございます!」


良い笑顔で笑う。

俺は少女を連れて、服屋を探す。そこそこ広い街なので、歩くと簡単に見つかった。グラン呉服店という老舗っぽい大きな看板が印象的だ。木製の看板に流れるような筆文字で描かれている。趣のある看板の下で売られている服は、雑多だ。商品棚に乱雑に並べられている。首都で見るような綺麗に畳まれて整頓された服屋とは違う。まあ、俺の服を選ぶわけじゃないんだ。少女にはこれくらいの店でも十分だろう。


「らっしゃーせ。」


店の前で見ていると、店番が話しかけてくる。

中年で小太りのおっさんだ。髪は幾らか薄くなっており、ハムを巻く糸のように食い込むエプロンが印象的な男。闇夜で後ろから見たらオークだな、間違って切ってしまいそうになる。


「こいつの服を選んで欲しい。上から下まで一通り頼む。」


店番はいくらか訝しんだ瞳を見せる。

少女を見て静かに黙って思案する。やはり傷が気になるのだろうか。少女の第一印象は傷だ。顔を見れば両頬に赤黒い傷の跡が見える。両手にも両足にも無数の傷がある。見た者は当然ながら、着衣の中にもたくさんの傷があると思う事だろう。実際その通りで、胴体の方がむしろ傷の数が多い。しかも、普通の傷じゃないのは明白。どう見たって訳ありの少女に違いない。


「おい。何か文句でもあるのか?」


俺は返事を返さない店番に苛立って声をかける。少女を観察するような視線も気に食わなかった。


「あ、いや、すまねえ。少々お待ちを。では、お嬢さんこちらへ。」


店番は少女の手を引いて、子供服が並んでいるところへと連れて行く。その姿は中年男が少女を誘拐するような怪しい場面のようにも見える。


店番が少女の服を見繕う間に、俺もなんとなく店内を見て回る。

乱雑におかれている服だが、思ったよりも質の良いものが多い。海辺にあるという事もあって、色々と良い品が手に入るのかもしれない。値段も安い。


だが、よく見ると縫製の甘い部分があったり、やぶれがあったりする。

たぶん、三流品を安く仕入れているのだろう。それでもこの金額なら悪くはない。素材も良いし、悪い部分以外は縫製も良い。充分にお得な品だ。


「できましたぜ。」


10分少々で店番の男が声をかけてきた。俺は手に取っていた品を戻して振り返る。


「なっ……!?」


そこには煽情的な少女の姿があった。

丈の短い服にスカート。上に着ているのは船乗りが使うというセーラー服だったか。半袖で丈も少女のおへそくらいまでしかない。サイズが合っているのかと問いたくなる。しかも、スカートだって丈が短い。下に履かせた水色の縞模様のパンツが見え隠れしているじゃないか。足にはパンツと同じ模様のハイソックスが履かされていて、太ももを露出している。靴は青のハイヒールだった。肌丸出し、傷丸出し……。


この店番、頭がおかしいんじゃないか。

良い年した中年の小太り野郎が何を考えているんだ。これがこいつの趣味だというのなら、軽蔑はするがまあいいだろう。それを俺に売りつけようとか、商売人としてありえないだろう。


「どうですかね……?」

「ふざけるな!!」


俺の怒声が響く。

店番も少女も身を震わせる。


「お、お気に召しませんで……?」


「はあ!? お前は俺を舐めているのか。こんな服を俺が気に入るわけがないだろうが。おまえには俺がそんな変態に見えるのか。お前の趣味を俺に押し付けるんじゃない!」


ムカつき過ぎて思わず剣の柄に手が伸びる。


「ご、ご容赦を! 今すぐやりなおしますので、どうかあーー!」


店番も俺の動きを察知して、必死に謝ってくる。

本当に殺そうとは思っていないが、俺はこういう舐めた行為が大嫌いだ。俺は俺を馬鹿にするやつを絶対に許さない。


「次は無いぞ。普通のきちんとした服を持ってこい。」


「はいいーっ!!」


店番は少女の手をひっつかんで店の奥へと走っていった。


腕を組み、足を忙しなく地面に叩きつけて待つ。

次にまたふざけた格好をさせていたら、一発殴って店をでるとしよう。茶番には付き合いきれん。俺は店番が消えていった店の奥への入り口を睨みつけるようにして待った。


また、10分ほどかけて店番が出てくる。

俺の睨みと目があうと怯えたような表情を見せる。イライラしながら待つ10分は相当に長く感じた。店番は急いだからか、それとも恐怖心からか額に汗がにじんでいる。店番に続いて、少女が姿を現す。


「ほお……。」


「これで、どうですかね……?」


これは、良い!

ネイビーを基調とした清楚な感じの長袖に長ズボンだ。インナーが首元まで伸びており、綺麗に少女の傷を隠している。センターに走る白いラインがアクセントになっている。余計な飾りは無いが、上質さが伝わってくる。外套は黒い上質なマント。おそらくカリミア素材を使っているのだろう。軽くしなやかで優しい光沢がある。靴は動きやすさを重視したレザーハイブーツ、上質な革を使っているようで、丁寧に使えば長く使えるものだろう。


「あ、あの……どうですか?」


少女がまじまじと見つめる俺に声をかける。

いささか不安そうな声だ。さっき怒鳴ってしまってから、不安にさせたか。服にばかり目が行ってしまっていたが、少女を見ると少し潤んだ瞳で俺を見上げていた。


「着心地はどうだ?」


「とてもいいです……こんなの初めてです。」


「そうかそうか。俺も気に入っている。」


俺の一言で、少女の表情にパッと花が咲く。店番の男もほっと胸を撫でおろした。

まったく最初からこれを出してくれば良いものを。やればできるのに、自分の趣味を押し付けようとするから、要らないトラブルを招くのだ。


「いくらだ?」


「えっと……勉強させていただきまして、金貨7枚でどうですかね?」


遠慮がちに聞いてくる。値段が高いと気にしているのだろうか。

確かに金貨7枚と言えば大金だ。普通に暮らせば半年くらいは持つくらいの金額。高いと言えば高いが、この服を見る限り妥当ともいえる。むしろ若干安いくらいだ。


「よし、貰おうか。」


「ありがとうごーー」

「ダメです!」


少女が声を上げた。ダメですって、なんだ、どうしたんだ?


「ん、何がダメなんだ?」


「あの、えっと、ごめんなさい……金貨7枚なんてそんな大金……ダメです。」


驚いた。

少女には金銭感覚と言うものが備わっていたのか。てっきり金という存在すらしらない自給自足の世界に暮らしていると思っていた。だが、金の価値が分かるという事は良い。この服の価値を理解し、大切に扱うだろう。


「そうだな、お前にとっては大金かもしれん。だが、俺にとってはそこまでの大金ではない。」


「わたしは、お役に立ててません……道中だって、ずっと足を引っ張ってばかりで、何度も何度も見捨てられそうになって……、そんなわたしが、こんな高価な服をもらうなんて、ダメです。」


「まあ、そういうがな。おまえが道中着ていた俺の服は、金貨80枚ほどの品だぞ。分かっているのか?」


「ふええぇえーっ!?」


俺は少女の頭を撫でる。

服も気に入ったが、少女の態度も気に入った。言ってみれば確かにその通りだ。少女はこの服に値する働きはしていない。だが、それをちゃんと理解しているという事が、俺の気分を良くさせる。


「まあ、頑張ってついて来たご褒美だと思え。俺は今、機嫌が良いからな。」


「……はい。」


あまり納得はしていないようだが、少女は服を受け取った。

服屋には金貨8枚を支払った。1枚はチップみたいなものだ。久しぶりの街なので、だいぶ財布のひもが緩んでいるが、まあ問題はない。金はまだまだあるし、ナイトメアの角もある。それに無くなったら稼げばいいだけの事だ。


「あの……ご主人様。」


店を出ると、少女に話しかけられた。

ご主人様……って俺の事か? いきなりどうしたというのか。


「俺はお前のご主人様ではない。そもそも、お前は奴隷ではないだろうに。どこでそんな言葉を覚えてきたんだ。」


「さっきのお店の人が……良いご主人様を持ってるなって。ご主人様のお名前はご主人様ではないのですか?」


ん、俺の名前がご主人様だと思っているのか。金の事は知っていたのに、やっぱり世間知らずなのだな。


「ご主人様ってのは名前じゃない。そいつの主って事だ。持ち主ともいうのか。俺はおまえを自分のものにした覚えはない。」


「そうなのですか……。」


「ああ、俺の名前はアキトだ。」


ここにきて、店番が最初に出してきた服の意味が分かった。

あの野郎は、少女が俺の奴隷だと思ったのだ。だから、性奴隷としての恰好をさせて少女を俺の前によこしたのだろう。あれはふざけていたわけでも、店番の趣味だったわけでもないのだな。


そう言えば、俺は少女の名前を知らない。

俺は名乗ったが、少女は名乗っていない。名前を聞くならば、まずは自分から名乗るべきである。俺は結構この手の事にうるさいのだが、何だか流れで名乗ってしまった。とりあえず、俺も少女に名乗らせるべきだな。


「アキト様。」


名前を呼ばれる。

凛とした鈴のように高く綺麗な声が俺を呼ぶ。少女の声だ。ここ最近、名前を呼ばれた事など無くて、驚いて少女を見やる。


「ありがとうございます!」


柔らかな笑顔で、少女がお礼を言った。

金色の瞳が夕日のぬくもりを帯びて優しく光る。俺の知ら無い世界がそこに広がっていた。目は相手を威圧するもの、相手の粗を探すもの、鋭く尖らせて、警戒させていなければ、この世界では生きて行けない。それが俺の知る世界だった。こんな柔らかで温かな瞳を俺は知らない。


「あ、ああ……名前。」


「え……?」


「俺はお前の名前を聞いていないぞ!」


「あっ……ごめんなさい。わたしはリオです。リオレット・スタンフィールです……。」


不覚にも魅入ってしまったが、ハッと我に返って名前を聞く。半分は照れ隠しだった。

少女の名前はリオ。明日、教会までの付き合いだが、今更ながらにお互いの名前を知ったのである。どうせ知ったところで、どうせすぐに忘れる事になる名前なのだろうけれど。


服屋の次は、宿屋だ。

この街の宿屋は街の入り口にあったのを覚えている。俺たちは踵を返してもと来た道へ、宿屋への道を歩く。リオは新しい靴のある着心地に慣れていないのを楽しそうにステップを踏んだ。それにつられて上質なカリミアのマントがふわりと揺れる。後ろ姿はどこぞの良家のお嬢様って感じだな。いや、お嬢様はあんなズボンは履いていないか。


宿には10分ちょっとでついた。

広いとは言っても、所詮は田舎街。端から端まで歩いても30分程度しかかからない。宿屋は3階建て、この街にあっては比較的に大きな建物だ。だいたいが平屋で、2階建ての建物はまばら。3階建てともなると数える程度だ。


3階建ての重みをどっしりと支える太い木製の柱。

その歴史を感じさせる巨大な老木が表から4本見える。その合間にはいくつもの窓があって、中が賑わっているのが見える。中々悪くなさそうな宿だ。


扉を開けて中に入る。

手前には食事用のフロア席が広がっており、奥に店の人間が座るカウンターが見えた。その横には階段があり、『宿泊者専用フロア』と書かれている。なるほど、ここは食事だけをする事もできるようだ。俺はとりあえず、泊まるための受付をする為に奥のカウンターへと足を運ぶ。


カウンターに座っていたのは中年の女性だ。

目の前に立つ俺とリオをまじまじと眺めている。いらっしゃいませの声も無い。やせっぽちで幸薄そうなしかめっ面を浮かべ、俺たちに訝しんだ目線を向ける。一気に俺の気分が悪くなる。いったいなんだというのだ。


「おい、泊まるぞ。いくらだ。」


「ふん、うちは一人部屋は空いてないよ。二人部屋からだ。」


俺たちは二人だ。この女の言う事がよく分からない。

一人一部屋で泊まると思っているのだろうか。俺とリオはこれまで一緒のマントにくるまって寝ていたのだ、今更男と女だからと言って部屋を分けてもらう必要は無い。そもそも俺がこんな少女に欲情するとでも思っているのだろうか。どちらかと言えば、俺は保護者の立ち位置だ。この女の的外れな発言にはイライラさせられる。


「それがどうした。いくらだと聞いている。」


「一人銀貨25枚。二人だから50枚だ。夜朝の2食付き、まからないよ。」


いちいち勘に触る言い方をしてくる女だ。

よくこんな感じで客商売ができるなと逆に驚かされる。俺も不機嫌なのを隠しもせずにお代をカウンターに叩きつけた。女はびくりともせずに金を数えて懐にしまった。驚いたのはリオだけだった。


さっそく夕食を食べたが、イライラしていて味は分からなかった。

リオはおどおどしながら、俺の顔色を窺って申し訳なさそうに食事を口に運ぶ。リオに落ち度はないので、少し申し訳ないと思うが、この苛立ちはどうしようもない。そもそも宿の金は俺が出しているのだ、文句を言われる筋合いはない。


いかんな、相当ムカついている。

リオにご褒美だと思って、色々してやっているのにこれでは意味がない。文句の一つでも言ってやろうかとも思ったが、タイミングを逃してしまって今更な感じがある。また悪態をついてきたら、その時には思いっきり問い詰めてやろう。


「はー、なんかどっと疲れたな。」


俺は寝室に入るなり、バタッとベッドの上に倒れこんだ。

イライラしていると良い事がない。今日はもうさっさと寝てしまおうか。明日は教会に行って、色々と装備品を買い足して、情報も仕入れて別の街へ移動するとしようか。くるりと仰向けになると、視界の端にリオが立ち尽くしているのが見えた。


「どうした、そっちのベッドを使うと良い。今日は手足を伸ばして寝ても大丈夫だぞ。」


「あの……」


「なんだ? 明日は教会へ行くんだから、しっかり寝ておけよ。第一印象は大事だ。」


「……アキト様、そっちで寝てもいい……ですか。」


最期の言葉はかすれて聞き取れないほど小さかった。

俺のベッドで寝たいという事か。俺はそんなにこいつに懐かれるような事はしてないがな。まあ、こちらで寝たいというのならば、それも良いか。先ほどはイライラしていて、つまらない想いをさせただろうから、ちょっとした罪滅ぼしだな。


「良いぞ。」


「わぁっ、ありがとうございます!」


断られると思っていたのだろう。

驚きの声を上げて、こちらのベッドに勢いよく飛び込んできた。


「おい、騒がしくするなら追い出すぞ!」


「ふぇえぇ、ごめんなさぃ……。」


リオがぎゅっと俺に抱き着いて、顔をぴったりと俺の胸にうずめる。

こんなに力を込めていては、俺もリオも眠れないだろうに。話してくれる気配は無いし、リオは何も言わない。


「リオ、苦しい。寝られん。」


「ごめ……なさ……い。でも、さい……ご、だから。」


声が震えていた。

また泣いている。そんなに教会が嫌なのか。とは言っても、他の選択肢が俺には思い浮かばない。子供が生きて行くには、相当に厳しい世界だ。俺は何とか生きてこれたけれど、運が悪ければ何度だって死んでいた。そんな場面がいくつもあった。俺の今は、たくさんの幸運の上に成り立っている。周りの俺と似たような奴は、たいてい死んでいる。リオをそんな世界に放り込んだら、すぐに死んでしまうだろう。俺と違って弱々しい女の子だしな。


俺はされるがままだ。

何か言おうかとも思ったが言葉が見つからない。教会に届けてもらえるだけありがたいと思え、そんないつもの言葉も今はなりを潜めている。代わりにいつものように頭を撫でた。柔らかな銀髪が俺の指を拒む事は無い。するすると心地よい手触り。この手触りは俺の気持ちを落ち着かせてくれる。イライラした気持ちが、解ける髪と同じくしてすーっとほどけていく。


最期だからな、仕方ない。

俺はそう思って、リオの頭を撫でながら、眠るまでの間好きな様にさせてやった。


お読みいただきありがとうございました。

良ければ、ブクマ、評価、感想などよろしくお願いします。


どうぞ引き続きよろしくお願いいたします!

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