少女と魔物
目が醒めると腕の中に少女がいた。
昨日ほどでは無いが、やはり他人と一緒に寝ると言うのは違和感があるな。
外はすっかり明るくなっている。
昨日ほど遅くは無いが、あまり早いとは言えない。慣れない環境で旅をしているせいで疲れが出ているのだろうか。いつものように早朝に目が覚めない。
「あ……おはようございます。」
「ん、ああ、おはよう。」
少女は起きていたようで、俺に気づいて腕の中でこちらを向いて挨拶をしてくる。とっさにおはようと返してしまったが、言い慣れない『おはよう』の言葉がぎこちない。変な感じだな。
「目が覚めていたのか。」
「はい。」
「起きていても良かったのに。」
「わたしも目覚めたばかりで……それに、起きたら起こしてしまいます。」
「そうか。」
「……はい。」
気を使わせてしまったようだ。
そう言えば、口数も少し増えてきたような気がする。魔法を教えてから態度が少し変わったかな。
「さて、まずは朝食をとるか。」
俺がガサゴソと鞄を漁ると少女が横でじーっと見てくる。別に見るなとは言っていないが、やりづらい。
「なんだ?」
「いえ、あの、朝食……干し肉と果物ですか?」
まさか文句でも言うつもりか。食料を分け与えてもらっている分際で。もともとは、おまえの家のものかもしれないが、既に俺が所有しているのだ。分け与えてもらっているだけありがたいと思ってもらわねば。俺はいくらか苛立って返事を返す。
「そうだ、何か文句があるのか。」
「いえ、ち、違います。」
少女は立ち上がって、走っていくと近くに自生する葉っぱを摘み取った。何をするつもりなのだろうか。丸い手のひらくらいの葉っぱだ。少女は新芽の部分だけを選んで摘み取っていた。
「お待たせしました。えっと、干し肉と果物を貸してください。」
「あ、ああ。」
言われるがままに食料を渡す。
少女の予想外の行動に好奇心が湧いてくる。この材料で何か作ろうとでも言うのだろうか。
少女は葉っぱの筋を取り去り、干し肉と果物をちぎる。それを柔らかい葉っぱに包んで見せた。この葉っぱはなんと言ったかな、確か……ヴァーなんとか。
「ヴァーミルの葉で巻いてみました。食べやすくて栄養もあるので、疲労回復に良いって……お母さんが言っていました。」
「ほう。」
何というか、葉っぱが包装のようだ。
くるりとしっかり巻かれていて、一見すると食べ物には見えない。
とりあえず、かじりついてみる。
肉厚なヴァーミルの葉から水々しい食感が広がり、中から干し肉と果物が現れる。細かく千切られた干し肉と果物は、単体で食べるよりも柔らかく口当たりが優しい。ヴァーミルの水気も手伝っているのだろう。
味の方はと言うと、千切って巻いただけとは思えないほどに奥行きが広がっている。乾物に取れたての野菜が加わるだけでこうも変わるものなのか。
「……あの、どうでしょうか?」
少女が心配そうに聞いてくる。
しかも、俺が食べるのを待っていたのか、自分の分には口をつけていない。
「美味いな。驚いた。」
「良かった……。」
少女が胸をなでおろす。
少女の頭を撫でてやると嬉しそうに目を細めた。美味いものは良いな。気持ちが穏やかになる。朝から思わぬサプライズで上機嫌だ。少女も俺から感想を聞いたところで、食事を口にした。
手早くパパッと食事をすませると、旅路につく。
昨日の感じからして、今日も距離を稼げるだろう。俺が歩き、少女が後ろをついて歩く。最初の頃は歩けるかを見る為に前を歩かせたが、今は俺が前の安全を確認して、少女には後ろを歩かせている。
森の中、危険なものは多々ある。
それは魔物であったり、険しい道であったり様々だ。幸いにもまだどちらにも遭遇はしていないが、危険というものは突然降って湧いたようにやってくる。
「止まれ。」
「え……?」
俺の突然の制止に少女が戸惑いの声を上げた。
噂をすれば何とやらでないが、魔物の気配がする。三匹……いや四、違うな五匹か。
俺が気配を探っていると、少女も緊張の面持ちを見せる。猫耳を尖らせ、尻尾がピンと立っている。
「分かるか?」
「なにかいます……。」
「俺の後ろにいろよ。」
「はい。」
剣を抜いて臨戦態勢。
少女は俺の近くに来て、服の裾を掴んだ。後ろにいろとは言ったが掴めとは言っていない。これでは戦いにくい。俺は少女の手を払いのける。
「ご、ごめんなさ……。」
「良いから静かにしていろ。」
謝ろうとする少女の口を押さえつけて辞めさせる。少女がコクコクと首を縦に振ったので、手を離してやる。
この一瞬の隙をついて木々の影から魔物が飛び出す。魔物の正体はフォレストウルフ、群れで狩りを行う狡猾な狼だ。
俺の首筋目掛けて一直線。
上手く隙をついたつもりだろうが、誘い出しただけの事。横薙ぎの一撃で逆に喉笛を掻っ切る。血飛沫が勢いよく飛び散り、その場に崩れ落ちた。
「まずは一匹!」
他のフォレストウルフも、一匹目に続いて攻撃を仕掛けてくる。小賢しい事に前後左右からの波状攻撃。完璧なタイミングだ。普通の剣士であれば全てを同時に対処する事は出来ないだろう。普通の戦士なら。
俺は剣を天に掲げて略式詠唱を展開する。
「紫電一閃! ……サンダーボルト!」
刹那、刀身から強烈な光が放たれ、飛びかかってきた魔物が弾け飛んで肉片となった。
辺りに肉の焼け焦げた臭いが立ち込める。あまり良い臭いではないな。しかも一匹目を倒した時に、返り血を浴びてしまい獣臭い。
「あぁ……あ……あああ……。」
少女がカタカタと震えていた。
俺と同じように返り血を浴びて、その場にうずくまり声にならない声をあげる。
「お、おい、大丈夫か?」
俺が腰を落として、少女を覗き見ると真っ青な顔をしている。少女は俺の顔が視界に入ると抱きついてきた。抱きつくと言うよりはしがみつくと言うのに近いだろうか。溺れた人間が、助けに来た人にしがみつく様に。
「うっ……ううぅ……」
そして、少女はそのまま泣き出した。
自然と手が少女の頭を撫でる。朝の余韻が残っているかのようだ。不思議と煩わしさは無い。
しがみついてくる少女を抱き上げる。
ここはあまり落ち着く場所とは言えない。とりあえず少女を抱えたまま移動することにした。
少女の身体は軽い。
俺の半分の重さも無いだろう。それにとても細い。最初に見たときはもう少し肉が付いていたような気がしたが、過酷な環境下でやつれたか。
そう言えば、俺も親のところを出てからの数日で酷くやつれたっけ。水に映る自分の顔が、とてと荒んで見えたのをよく覚えている。あんまり良い思い出ではない。少女もいずれ今を振り返って似たようなことを思うのだろう。
久しぶりに自分のペースで歩く。
少女を抱えているとは言え、随分と早い。少女もよく頑張って歩くものだと思ったが、俺も俺でよく我慢して合わせていたと改めて驚いた。見える景色が素早く移り変わっていく。
軽くひらけた場所に躍り出て、寝っ転がる。
少女は俺の首に手を回したままだ。今は寝そべる俺の上に抱きつくような感じでいる。
「少しは落ち着いたか?」
俺の胸に押し付けられた顔がこくりと頷く。
「そうか、少し休憩したら、また歩くぞ。次は自分で歩けよ。」
少女はまた頷いた。
甘えは許さないとか言っておいて、俺は結構甘いのかもしれない。別に嫌な気持ちでは無いし、突き放すような気持ちにもならなかった。
少女の頭を撫でながら、空を仰ぐ。
太陽の位置から、ちょうど昼ぐらいか。旅をしていると忙しくて1日2食になるが、こうしてのんびりすると空腹感が迫ってくるな。
少女の長い髪を指に絡めて遊ぶ。
するすると柔らかな髪が指の隙間を滑って心地よい。旅のせいでいくらか埃っぽいけれど、俺の髪よりも断然手触りが良い。だが、ところどころで指に引っかかりがある。魔物の返り血がそのままだった。後で浄化魔法をかけてやるか。
「そろそろ行くぞ。」
俺は少女の頭から手を離してそう言うと、少女もゆっくりと身体を起こした。俯いたまま、暗い顔をしている。
「ごめんなさい……。」
「何について謝っている?」
「えっと、あの、その……。」
言葉を詰まらせる少女。
その反応が面白い。俺は慌てふためく少女の頭を撫でる。すると更に困ったような顔を見せる。
「ふぇぇ……。」
「気にするな。それより、結構汚れたな。」
「ごめんなさい……。」
「いや、責めているわけじゃ無い。俺も結構汚れてしまっているからな。綺麗にするから動くなよ。」
「え……はい。」
俺は両手を軽く前に出して、浄化魔法の詠唱を始める。浄化魔法とは、身体や衣類の汚れをまとめて綺麗に洗い流す魔法。とても便利な生活魔法だ。しかし、一般的に簡単とされている生活魔法の中で、浄化魔法は超高等魔法に位置する。
「我らは汝の子。我ら俗世の世にありて汚れを纏いし者。汝アクアの慈愛と威光を持ってその不浄なる汚れを清め給え……クリアランスファイン!」
俺の両手から、温かな水が溢れて俺と少女を包み込む。魔法の効力によって、水が身体と衣類の汚れのみを溶かして落としていく。
すっかり汚れが消え去ると、水が霧となって霧散していく。そして春の息吹のようにふんわりと肌に優しい風が巻き起こる。濡れた髪と服が一瞬にして乾き、風が温もりだけを残して消える。
「……凄い。凄いです!」
気持ち良さそうに身を委ねていた少女が驚きの声をあげる。そうだろうとも、使い手の少ない高等魔法だ。
しかも、高レベルの魔法使いは、生活魔法よりも、高度な攻撃魔法や防御魔法などに傾倒する。よって、素養はあっても習得している者はかなり少ない。俺は旅が好きで、優先度が高かったので覚えた。
キラキラと瞳を輝かせる少女を再び撫でる。
髪の毛がさらりと解けていく、まるで絹のようだ。長い銀色の髪は俺の指を拒む事なく、するすると指の隙間を流れていく。先ほどまでも柔らかだったが、もはやその比ではない。
「綺麗な髪だ。」
「……え、えっと。」
少女が変な声をあげる。
だが、抵抗する事はなく、目を細めてされるがままだ。こいつは撫でられるのが好きなのかもしれない。猫族の特性だろうか。耳と尻尾以外は人間そのものだが、その性質は人間のものとは少し違うのかもしれない。俺もこうして撫でるのは嫌いではないから、悪くはないな。
しかし、気分は悪くないが、一応釘を刺しておかねば。戦闘の度に、あんな風になられては正直言ってお荷物以外の何者でもない。
「今後は魔物ごときで狼狽えるなよ。これからも魔物は出てくるのだ。毎度この調子であればーーーー」
「大丈夫です! だから……。」
捨てないで、少女はその部分を口にはしなかった。俺の裾を掴んで、懇願するような瞳で見上げる。俺は頷いて、少女の頭から手を離した。
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