死闘の果てに
当たった……当たったはずだ?
何が起きている、爆発しないのは何故だ、当たっていない? いや当たっ―――
ドガッ!!
「ぐはあっ……」
ギルダラが、氷塊と化した剣で俺を吹き飛ばす。
鉄製の檻に叩きつけられて、檻がぐにゃりとへこみ、俺の身体が地面にずるりとなだれ落ちる。
「ごほっごほっ……。」
「アキト様――!!」
黙って様子を見ていたリオが悲痛な声をあげる。
息ができない……。くっ、骨も何本かいってるな。……口の奥から血が溢れて、地面を染める。
「今のは……魔法でしょうか? 貴方の考えというのは魔法だったのですね。さすがに危なかったですよ。」
頭上で声がする。
立たなければダメだ。こんな隙を見せていては、殺されてしまう……。だが、身体が動かない。苦しい……。
「ふむ、この氷塊……厚く硬いですね。魔術師としても一流クラスとは。まあ後でゆっくり溶かせば問題ないでしょう。しかし、先ほどの一撃は確かバーストバレットでしたか……神騎の中に、その術を使うものがいたことを記憶しております。その若さで体得しているとは、つくづく貴方には驚かされる。」
ギルダラはすぐにトドメを刺さない。
もはや勝敗は決しており、俺は無力なのを理解している。実際、起き上がる力すらない。全身から力が抜けだしている様な感覚。
「はぁ……はぁ……、なぜ効かない……。」
勝ったのは俺のはずだ。確かに攻撃は当たった。俺は間違いなくバーストバレットをギルダラの身体に叩き込んだ。手ごたえはあったのに、どうして俺が地に伏していて、ギルダラが立っているのか理解ができない。
「そうですね、貴方の疑問はごもっとも。ですが、逆に疑問には思われなかったのですかね。神騎であるボクが、どうして魔法攻撃を行わないのかと。通常、神騎ともなれば、魔法にも精通しているものです。」
どういう事だ……。
魔法攻撃を使うのが神騎の普通なのか。俺はそんな常識を知らない。だが、ギルダラの発言を考えてみるに、普通は魔法攻撃を使えるはずの神騎が使わないとするなら、それは何故だ。
――使えない?
使わないのではなく、使えない。使えないのは、魔法を覚えていない、もしくは魔力がない。聖騎士が覚えていないなんてことは考えられない。だとするなら、魔力がないという事になる。俺の魔法攻撃が無効化された事を絡めて考えると―――――あっ。
聞いたことがある、魔力を持たず、魔力による干渉を受けない病の話。
それは――――
「ボクはね、破魔病なんですよ。」
破魔病。
それは魔法に見放された病。先天的な病であり、生まれた時から魔力を持たず、生涯を通して一切の魔法を使う事ができない。そればかりか、強化魔法や回復魔法の恩恵すら受ける事ができない。魔力を拒絶するからだ。それ故に、状態異常魔法、精神支配魔法や内部破壊魔法にも絶対的な耐性を持つ。
「ボクが神騎に選ばれた理由でもあります。同じくらいの強さの者は他の聖騎士にもいますが、破魔病持ちとなるといないのです。破魔病は苦労もしますが、特殊な環境下においては無類の強さを誇りますからね。」
ギルダラが上機嫌に種明かしをする。
こんなバカな事があるものか……、勝ったのは俺のはずなのだ。事実、ギルダラが常人の身であれば、身体は跡形も無く消し飛んでいたのは明白。俺の確実な一撃はギルダラの隙をしっかりとついていた。完璧だったんだ。
「悔しそうですね。運が悪かったとか、本当なら勝利していたとか、思っているのでしょうか? 違いますよ。貴方が不信心者であるがゆえに、神に見放されたのです。敬虔なる神の信徒である私に貴方が勝てるわけがないじゃないですか。」
ちくしょう……何が神か。そんなものどこにもいやしない!
「聖騎士ギルダラよ、お話しは結構。そろそろ、彼を楽にしてさしあげなさい。」
「これは失礼、興が乗り過ぎました。神父ガノッサ。御心のままに。」
「あ……アキト様、うそっ……うそ、うそっ!!」
ギルダラは氷漬けの右手はそのままに、左手だけで俺の首を持ち上げる。
とんでもない力だ。無謀な戦いを挑んでしまった。こんな化け物みたいなやつに勝てるはずが無かったんだ。
「あっ、がっ……あっ……」
左手に力が込められて首が締まる。
このまま絞め殺すのか、俺はこのまま絞め殺されるのか。ギルダラの顔が目の前で恍惚の表情を浮かべる。獲物を仕留めるときの獣の目。死が……死が迫ってる。
怖い……怖い! いやだ、死にたくない!
ジタバタと手足をばたつかせてもがくが、首がどんどんと締まる。段々と意識が……いやだ、いやだ……や……だ。
「素敵な涙です。来世では改心して、神に仕える事です……。ふふふっ……。」
「ああああああああああああああああッ―――――!!」
トンッと音がして、拘束が緩む。
半目を開けるとリオがギルダラに体当たりをしていた。
泣きながら必死にぶつかって、力いっぱい小さな拳でギルダラを殴りつける。
一心不乱に殴りつけるが、逆にギルダラの装身具によって拳は血に濡れていく。
効果がない。そんな事は分かり切っている。だが、リオはやめない。俺を離せと泣きわめいて、ギルダラを殴り続けている。
「ドンオルダ様。大事な娘を離してはいけません。びっくりしてしまったではありませんか。」
「あ、ああ、すまん。」
「離せ……アキト様を離せええええええ―――」
「ええ、すぐに離しますとも。少しお待ちくださいね。」
くそっ、くそっ、何か、何かないのか!?
少しだけ覚醒した意識で、窮地を脱する手段を探す。
胸元の麻痺毒ナイフ……ダメだ、目の前でナイフを出せば気づかれる。
魔法は……ダメだ、こいつには通用しない。
何か、何か、何か――――!?
――そうか、あれがあった。
「うあああああああああ―――――っ!」
腰に括り付けたサクリフィスを抜き放つ。
ギルダラが気づく。
だが、右手は氷漬け、左手は俺の首。超至近距離からの一撃。避けられっこない。
シュッ!
超人的な反応によってギルダラがサクリフィスを回避する。サクリフィスは空を舞った。
……マジかよ。
「ぎゃああああああああああああああ――――」
突如、ギルダラが頬を押さえて崩れおちる。
見れば頬には赤黒い傷の刻印がジュウウウゥッと焼きゴテでもあてたかのように浮かび上がる。泡立って沸騰する皮膚。
……かすっていたのか。
破魔病であっても、サクリフィスの呪いからは逃れられないらしい。
「はああああああああ――!」
もう今しかない、これ以上は無い、やらなければ俺がやられる。
自由になった体に、最後の気力を振り絞って、ギルダラをサクリフィスで刺す。
一心不乱に、とにかく身体が動く間は刺し続ける。
ザシュッザシュッザシュッ!
「んぐううううおあああああ――――!!」
凄まじい断末魔をあげるギルダラ。
全身が黒く豹変し、皮膚が泡立ち、体中の血液が溶ける様に地面に広がっていく。この世のどんな拷問にも勝る苦痛を体現するかのように、のたうち転げまわる。ギルダラの身体を急速に呪いが支配し、生命を刈り取っていく。
そして、ギルダラは跡形も無く溶けて、地面の染みとなった……。
「ギ、ギルダラ――――!」
神父が叫ぶが、その声にこたえるものはいない。
もはや、その染みがギルダラであったという事さえ分からない。呪いがギルダラの全てを飲み込んでしまった。魂を、声を、身体を、装備さえも。
「アキト……さま……?」
リオは何が起こったのか分からずに、唖然として立ち尽くしていた。
俺はその場に倒れそうになるが、リオの肩に手を置いて何とか姿勢を保つ。まだ倒れるわけにはいかない。後始末が残っている。
「ふん、一人で逃げてくるとは……やればできるじゃないか。」
「アキト様……。」
リオの頭を撫でてやる。
安心したような顔を見せるリオ。こんな状況だというのに、こちらまで不思議と落ち着てくる。大敵であるギルダラを倒した事もあるのだろう。
「こんなバカな事があるものか……、神騎ですよ。世界に100人しかいない選ばれし精鋭。神の眷属である神騎が、やられるはずがありません!」
取り乱す神父。
バカな事があるものか……か。俺もさっき、ギルダラに奥の手を防がれた時はそう思ったよ。今度はおまえがそれを味わってるわけか、いい気分だな。
「ア……アキトと言ったか、おまえ。どうだ、俺を見逃さんか!? 今なら金貨2000枚出すぞ。もちろん、ここでの事は誰にも言わん。なっ、悪くない話であろう?」
「なっ、ドンオルダ様、何を仰っておられるのか!?」
「だまれ、ガノッサ! おまえの不手際がこの事態を招いておるのだぞ。おまえは責任を取って、一人で死ぬのだ!」
「何ですと……あの娘を所望されたのは、貴方ではないか! ならば、貴方こそが裁かれるべきでしょう!」
……なんと的外れな会話を。これこそまさに茶番劇だ。
「くっくっく……はっはっは……あーーっはっはっは!」
「アキト……殿?」
「う……むぅ?」
俺の高笑いに、二人が会話をやめて俺を見る。
自分たちの命の天秤が揺れている事を自覚し、不安そうな顔を見せている。結構な事だ。もともと俺は、こいつらに思い知らせてやるために来たんだ。その結果は上々、この上ないくらいだな。
「おまえら、みんな死ぬんだよ。喧嘩しないで仲良く死ね。」
俺は自分の剣を拾いなおし、魔法で氷を溶かして刀身を露にした。もはや人質たるリオも、俺の手のうちにいる。遠慮する必要は一切ない。間抜けな悪人どもだな。
「くっ、ガノッサ殿。奴は手負いだ、神騎にも辛うじて勝てただけのはず。見ろ、今や立っているのがやっとという体たらくだ。ここは力を合わせて奴を殺すのだ。」
「……そうですな。この件が片付けば、お代は弾んでいただきますぞ。」
一瞬で仲良くなった神父とドンオルダに反吐が出る。
だが、戦うと言いつつ俺が前に出ると、じりじりと下がっていく。神父が一歩下がれば、ドンオルダが二歩下がる。そうしたら神父が三歩下がる。絶対に自分が先陣は切らない心づもりってか。もはや滑稽ですらある。
だが、このまま逃げられては面倒だ。
正直、今の俺では全力で逃げる二人に追いつける自信がない。
シュッ!
麻痺毒のナイフを神父に投擲する。サクッと肩口に当たって神父が倒れた。一瞬で痙攣して身動きが取れなくなる。ささっと距離を縮めて、そのまま神父の心臓を貫いてやる。痙攣がピタリととまり、動かなくなった。神父が死んだ。
「ひっ、ひいいぃっ――」
ドンオルダが戦意喪失。その場で腰を抜かして尻もちをついた。そのまま俺に土下座をしてみせる。買収しようとして、殺そうとして、次は命乞いか。こいつプライドが無さ過ぎて面白いな。
「わ、悪かったっ! なんでもする、なんでもするから、命だけは助けてく―――――」
ザシュッ。
ドンオルダも死んだ。
本当はもっと苦しめてから、殺してやりたかったが……。さすがに俺の方が限界だ。眩暈がして足元がふらつく。
「アキト様!」
リオが走って寄り添ってくる。
小さな身体で倒れそうになる俺を支えてきた。こいつも色々あって疲れただろうに健気なやつだ。俺はこいつの命綱だから、俺に死なれては困るのだろうな。
回復魔法を唱える。
殆どの魔力をギルダラにぶち込んでしまったので、なけなしの魔力だ。それでも応急処置くらいはできる。とりあえず、折れた骨だけでも何とかしておかないと、動く事すらままならない。体の痛みが治まっていくのに比例して、魔力消費による疲労が身体にのしかかる。それから、リオの首紐と手枷を剣で外してやった。
「リオ、急いで街を出るぞ。」
「え、でも……アキト様の怪我が……。」
リオは俺の怪我を心配するが、一刻も早くこの場から立ち去らなくては命が危ない。
怪我は治せばよいが、命は無くなったら治せはしない。教会でこれだけ暴れた以上、バレれば俺は教会からつるし上げられるのは間違いない。神騎一人でこれだけ化け物じみた強さを持っていたんだ、目を付けられたらどんな化け物が嗾けられるか分かったものじゃない。
「誰かに見られる前に、ここを去らなければ殺されるぞ。俺も、おまえもだ。」
殺されるという言葉で、リオは頷いた。
とりあえず、リオのはだけた洋服はマントで覆い隠して、急ごしらえ。このまま外に出ると怪しまれてしまうだろうからな。服に関しては後で何とかしよう。
「んんぅーーーっ、んーーー!」
地下室の階段を上がると、縛られて、猿轡をかまされた聖騎士が声をあげる。そう言えば、こいつもいたんだったな。あやうく忘れて立ち去るところだった。
ザシュッ!
とりあえず殺しておく。
あと、教会にいるのは馬車を守っている御者か。あれは油断しきっているうえに、武人でもないから問題はないだろう。だが、馬の手綱を握っているので、逃げられると面倒だ。
教会を裏口から出て、表の様子を陰からうかがう。
御者の男は、あろう事か。先ほど読んでいた本を頭にかぶせて眠りこけていた。もはや、警戒も何も必要ないだろう。
一目散に走っていって、御者の喉笛を切り裂く。
ヒューヒューっと声にならない声をあげて、すぐに動かなくなった。
俺は馬車のつなぎを外して、馬と馬車を分離する。
貴族の馬車は目立ちすぎる上に、スピードが出ない。逃げるのならば、馬だけの方が都合が良い。しかも、この馬は相当に立派な名馬だ、さぞかし早いだろう。
「リオ、馬には乗れるか?」
リオが首を振る。
分かってはいたが、予想通りの答えだ。リオの生活環境で、一人で乗馬をする事は無かったのだろう。馬は2頭いる、できれば一人一頭でと思ったが、仕方がない。
リオを抱えて、二人で一頭に乗る。
馬は暴れることも無く、すんなりと俺たちを背中に乗せ、俺の合図で颯爽と走り出した。
向かう先は街とは反対の方向。教会の奥、深く広がる森の中だ。
馬は期待通りの俊足で、あっという間に街や教会が遠く小さくなっていく。森の中に入り、どこか身を隠せる場所で傷を癒そう。傷が癒えたら、もっと遠くへ逃げるのだ。
俺は薄れゆく意識の中で、命綱を握りしめる様に手綱を握って走った。
お読みいただきありがとうございました。
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