聖騎士との戦い
俺はこの愚か者どもに身の程と言うものを教えてやる事にした……。
「勘違いしてんじゃねーよ、デブ野郎。俺がどうしてここに来たのかすら分かってないな、おまえ。」
「あ?」
「あ? 頭のわるい声あげてんじゃねえ。俺は俺に舐めた真似してくれた奴を殺しに来たんだよ。人のものを盗んでただで済むと思ってんのか? そんなめでてー頭のお前に、冥途の土産として常識ってやつを教えてやる。」
「ハッハッハ! フーアッハッハッハ! おめでたいのはお前の頭だ。俺を殺そうとはな。良いだろう、やってみよ。そして無力に打ちひしがれて死ね。」
「お前がな。」
「やれっ!」
ドンオルダの合図で傭兵が一斉にとびかかる。
統率のとれていない動きで、傭兵は横一列で走ってくる。まさに烏合の衆。俺は迎撃すると見せかけて、踵を返して逃げるそぶりを見せる。
「なっ、おい、逃がすなよ! 必ず殺せ。」
ドンオルダが怒声を張り上げて、傭兵どもが殺気立つ。
俺は階段を数歩上ると反転、飛び込んできた傭兵を横なぎに首をはねる。全力で追いかける事だけを考えていた傭兵は、いきなり放たれた一撃を避ける事も出来ずにまともに浴びる結果となった。
「うがああ……」
鮮血が舞い、剣の先からほとばしった血液が壁を彩る。
剣を切り返してもう一閃、二人目の首が飛んだ。
二人の死体は階段から落ちるようにして倒れ、3人目を巻き添えにして床に落ちた。後ろに続く傭兵はいきなりの事に飛びのく。
俺は死体の上に飛び乗り、既にこと切れた二人を貫いて3人目の心臓を剣で抉る。床に絶命した3人分の血だまりが、広がっていく。
「なっ、なんだと……俺の傭兵がこうも簡単に!?」
俺は死体の上から飛び降りると、残る二人に迫る。
俺を追いかけて聖騎士たちと距離をとってくれたおかげで、邪魔が入る事は無い。腰を抜かした傭兵なんぞ、雑魚に等しい。剣を構えて迫る俺に対して、でたらめに剣を振り回すだけの男たち。
「うわあああああ、くるなあああっー!!」
「死ね。」
五月蠅いので、口に剣を突っ込んで一刺しにしてやった。
もう一人は剣を振り回してくるので、腕ごと首を両断してやる。ドンオルダの私兵5名は、1分とかからず絶命した。
全員が唖然として、言葉を失っていた。
ドンオルダも、神父も、聖騎士も、この結果を想像してはいなかったのだろう。
「バカな……馬鹿な!! おまえ、何者だ。」
「おまえを殺す者だよ。おまえにとっちゃ死神ってところだ。」
「くっ、くそ、くるな! この娘を殺すぞ。それ以上近寄れば殺す!」
ドンオルダはリオの首に短剣を突き付けて、俺に叫ぶ。
雑魚の親分は、やはり雑魚なのだろう。笑ってしまう程に三流悪役そのままの姿だ。
「ハハッ、なんだそりゃ。」
「うるさい、本当に殺すぞ!」
先端が突き刺さり、リオの首筋を血が伝う。
リオは一瞬だけ痛そうな顔をしたが、もはやこの程度の痛みでは声をあげる事はないらしい。変な話、サクリフィスに侵されたリオは痛みに強い耐性を持っているのだろう。
「アキト様、どうかわたしを殺してください……お願いします。」
「はっ、はあ? 何を言っておるのだ、この娘は!」
ドンオルダが自分の耳を疑って驚いている。
助けてではなく、殺せか。助けてと言うかと思ったが、リオのやつは死にたいのだろうか。
「……わたしはアキト様の荷物にはなりたくありません。それに、生きていたとしても、私は、こんな事をする教会に預けられてしまうのでしょう……それなら、いっそアキト様の手で、わたしを殺してください。」
「なっ、なあっ!?」
そうか、なるほどな。
リオなりに考えての発言。俺は足手まといが嫌いだと言ったのを、ちゃんと覚えていた。そして、リオは教会に預けられるのを嫌がっている。ならばこれ以上、俺を煩わせず、自分も教会に預けられないで済むただ一つの方法。
「くっくっく……はっはっはっはーっ! 面白い提案だな、リオ。だが、断る!」
「あ、うっ……ど、どうしてですか?」
リオが涙目で聞いてくる。
殺せと言われて殺してやるほど、俺は素直ではない。それに、この位置から俺がリオを殺せるのならば、俺がドンオルダを殺せることになる。残念ながら俺とドンオルダの間には聖騎士が立っているのだ。どちらも簡単には殺せそうにない。
「なんで俺がお前を殺してやらねばならんのだ? いつも言っているだろう、俺の手を煩わせるなと。ちょうど、お前の首には短剣が添えられているじゃないか。甘えた事言ってないで、死にたいなら勝手に死ねばいいだろう。」
「おまっ、おまえ、この娘が本当に死んでも良いのか! 薄情な!」
「ふはは、お前に薄情と言われると、笑いが止まらんな。残念ながらリオが死んで困るのは、俺じゃなくてお前だよ。」
ドンオルダとの問答の間に、リオの瞳に覚悟が宿っていくのが分かった。
リオは目をつむり、少しの反動をつけて、突き付けられた短剣に首を滑らせようと前に倒れこむ。
グイッ!
「ぐえっ……」
「お、おわわあっ!!」
聖騎士が首ひもを引っ張ったせいで、リオは首から後ろにのけぞって呻いた。
ドンオルダは、まさか本当に自害しようとするとは思っていなかったらしく、慌てて短剣を遠ざけようとして、短剣を落として尻もちをついた。どこまでも情けない奴だ。人の覚悟を甘く見るから、そんな風になって、間もなく俺に殺されることになる。
「いけません、いけませんよ、ドンオルダ様。まだお代を頂いておりませんのに、勝手に娘を殺されてはたまりません。これも一応、商売でございますからな。」
「あ、ああ……す、すまん。」
ドンオルダは動揺しているのか、神父の言い分に素直に謝った。
動揺もあるだろうが、傭兵が皆殺しにされたことで精神的に追い詰められているのだろう。神父はすっかり冷静な様子だった。最初にドンオルダの私兵が倒された時は、いくらか驚いているように見えたが、今そこにいる神父は不気味な落ち着きを見せている。
「いやはや、中々の手練れでございますな。正直驚きました。この分だと、上の聖騎士メリダはやられてしまったのかもしれませんね。」
聖騎士どもの顔に緊張が走る。
まだ殺してはいないけどな。だが、犯人が確定した以上、帰り際には必ず殺してやるつもりだ。そうでなくても、教会相手にやらかしているのだから、目撃者は全員殺さなくてはならない。教会に目を付けられては、さすがの俺も長く生きて行くことはできないだろう。
「まったく、報告する私の身にもなっていただきたい。司祭様のお説教が目に見えるようです。また随分と上納金を弾まなければ、お許しいただけないでしょう。まったく……憂鬱な事です。」
「教会が、こんなクソ野郎どもの集まりだったとはな。」
「神聖な教会で汚い言葉は厳禁でございます。あなたには、たっぷりと贖罪をしていただきましょう。」
「悪いが、俺は不信心者でね。神様も神様に続く金魚の糞も大嫌いなんだよ。」
神父はニコリと不敵に笑う。
「神罰執行。神敵を掃討なさい。」
神父が俺を指したと同時に聖騎士が動く。
動いた聖騎士は3人、動かない1人は神父とドンオルダの側で待機している。念のための護衛という事か。
応戦するが、早い、そして鋭い。
3人の聖騎士は、3方向から入れ替わりに斬撃を放ってくる。上段と下段の同時攻撃、避けようとすれば、合間を縫って一人が突きを入れてくる。受けて、避けてと防戦一方になる。どうやっても手数が足りない。背後に回られる事だけは防ごうとすると、じりじりと後ろに追いやられていく。
聖騎士は3人がかりで倒せない事に苛立ったのか、攻撃の手を更に激しくする。
俺が防御にしか手が回らないのを良い事に、ほぼ防御に無頓着で攻めてくる。隙を見せても、俺には攻める暇がない。と思っているのだろう。
タイミングを見てバックステップ。
聖騎士二人の攻撃が空を舞う。それと同時に、麻痺毒のナイフを投擲する。二人の空振りの脇を抜けて、聖騎士が追撃を試みるがそれを剣で受け流す。これまで、できる限り後ろに下がらずに捌いてきたおかげで、聖騎士たちは突然後ろに下がった俺に対して大きな隙をみせたのだ。
「ぎゃああああっ……あ、がっ、ぐ、げ……。」
投擲したナイフは、聖騎士の眼球を捉えていた。
痛みに崩れ落ちるが、即座に麻痺毒が浸透し、小刻みに震えるだけで沈黙する。その様子に他の二人の聖騎士の動きが刹那に止まる。
今だ!
俺は力強く踏み込み、左から横なぎに騎士の首を跳ね飛ばす。あわよくば一太刀で二人を仕留めようと思ったが、一人目を跳ね飛ばして些かスピードの落ちた横なぎは聖騎士に防がれる。
だが、甘い。
3人がかりで攻めきれなかったのに、今更一人になった聖騎士如きに俺が苦戦するはずがない。
「ぐえっ……!?」
剣の無い右方向から、ハイキックで首をへし折る。
メキッと確かな感触が足に伝わり、聖騎士の膝が折れる。俺はその蹴った反動で、剣を振りぬいた。聖騎士の身体と首が、それぞれ反対方向に飛んで、地面を真っ赤に染める。
「はっ、一丁あがりだ。」
聖騎士の首は壁にぶつかり、コロコロと勢いよく神父の方へと転がっていく。
それをピタッと残りの聖騎士が足で止めた。仲間の首を足蹴にするとか、聖職者失格だと思うがな、そもそも冒険者でもそんな非道な真似はしないだろう。
「何と……。」
「ガノッサ殿、聖騎士は強いのではなかったのか!! これはまずい、まずいぞ! このままでは、俺たちはあのガキに本当に殺されてしまうのではないか。」
神父もドンオルダも随分と良い顔になってきた。
そうやって焦ってもらわないと、楽しくないじゃないか。俺は俺を舐めた奴を許さない。誰に喧嘩を売ったのか、ようやく分かってきたってところか。
「アキト様……」
リオは両手ではだけた胸を隠しながら、金色の瞳を輝かせていた。
これが先刻、死のうとした奴の目とはとても思えない。リオはすっかり形勢が逆転したと思って、意気揚々としているようだ。そう言えば、このドンオルダは俺がリオに買い与えた服を引き裂きやがった。金貨8枚もする高価な服をだ。許しがたい……拷問してからぶっ殺してやる。
「神父ガノッサ、ドンオルダ様、どうかご安心ください。」
仲間の首を足蹴にしていた聖騎士が、首から目を離して顔をあげる。
感情の読めない表情。無表情というわけではないが、作り物っぽい笑いを浮かべている。不気味なやつだ。仲間の首には興味を無くしたようで、そのまま蹴飛ばして牢屋の隅に転がした。
そう言えば、こいつは俺の最初の不意打ちを止めた聖騎士だ。
気配を殺して突撃したつもりだったが、殺気が漏れ出ていたのだろうか。あのタイミングでの一撃を止めるとなると、かなり強いのかもしれない。
「聖騎士ギルダラよ、勝算はあるのですか?」
「もちろんですよ、神父ガノッサ。ボクが神殿騎士の神騎百衛である事をお忘れですか。末席ではありますが、悪しき者に後れを取る事はありません。」
「おおっ、そうでしたね。ギルダラ、あなたは選ばれし者だと聞いております。よろしく頼みますよ。」
「御意にございます。……ドンオルダ様、お手を拝借。獣の首紐をお持ちください。」
「お、おう……。ガノッサ殿も人が悪い。まさか神騎を連れておるとはな。出し惜しみも過ぎると、心臓に悪いわ。」
ドンオルダはリオの首紐を受け取ると、ほっと胸を撫でおろしている。
ぐいっと強引に引っ張られて、リオがまた苦しそうな声をあげた。ギルダラと呼ばれた聖騎士が剣を抜くと、真っ黒な刀身が姿を現した。教会の人間が持つにはしては、随分と禍々しい武器を持っていやがる。
神騎、それは神の騎士である。
神殿騎士の一般兵とは一線を画す称号。1から100までのオリジナルナンバーが与えられ、その強さは一騎当千とも聞く。武力、知力、信仰の全てにおいて優れた者が神託によって選び抜かれるというもの。
目の前のギルダラが神騎というのなら、神というものは腐っている。
子供の売買に関与し、仲間の首を足蹴にする様な奴を選ぶ神とは、随分とひどい神様だ。こんな調子ならば、おそらく実力の程も評判には及ばないだろう。
ギルダラは目の前で脱力した構えを見せる。
すらりと伸びた手足が柳のようにぶらりと垂れ下がって揺れる。細身というより、いくらか痩せこけた感じの長身男。前のめりになって、両手を垂れ下げた姿は聖騎士というよりは暗殺者のような構えだ。剣は先端が地面に落ちて、腕の揺れに合わせてカッカッと床を削って不快な音を立てる。
ふざけた構えだが、不思議と隙が無い。
だらしのない構えとは対照的に瞳だけは鋭く、黒光りする剣と同じ鈍い輝きを放つ。対峙しただけで分かる、こいつはかなりの人間を殺している。血の味を覚え、好み、身体に染み付かせている。
カッカッカッカッ!
俺が攻めあぐねていると、床を削る音のリズムが激しく早くなる。
対峙するギルダラの瞳から殺意が膨張していくのが分かった。
カッ!!
合図。
一際大きい音を皮切りに、ギルダラが跳ねた。
まっすぐ切りかかってくる。
右に下げた剣に左手を添えて、下段から切り上げる一撃。ひねりの無い単純な攻撃だが、人の領域を超えたスピードでそれが行われた。
ガキイイィーン!!
「ぐはっ!!」
咄嗟に剣の腹で受けたが、勢いを殺せず壁に叩きつけられる。
何という強力な一撃。受けに回っておいて正解だった。というよりも、突き殺してやろう思ったが、斬撃が早すぎて受けざるを得なかったと言うべきか。
くそ、手がしびれるし、打ち付けた背中が痛い……。
神騎、こいつはちょっとヤバいかもしれないな。本当に他の聖騎士とは一線を画すレベルだ。
「凄いですねー、いや、凄いです。ボクの一撃を受けるなんて、しかも生きているなんて! しかも、その剣も素晴らしいです。あの衝撃で折れないなんて、よほどの名剣なのでしょう!」
ギルダラがぴょんぴょんと撥ねて喜ぶ。
脱力した状態で飛ぶから気持ち悪い。笑顔も不気味で気持ち悪い。そもそも大人が真顔で子供みたいな喜び方をするのが相当気持ち悪い。当のギルダラは、そんな事お構いなしに濁った眼を光らせた。
「まあ、でも、残念ですが、ボクの敵には成りえませんね。」
ギルダラの顔から笑顔が消える。
まるで玩具に飽きた子供のように、興味を失ったような顔だ。遊んだ後に仕方なく片づけをさせられる子供のような。ギルダラが再び前傾姿勢で例の構えを見せると、カッカッカッと耳障りな音がこだまする。
やばいな、あと一人がとんでもない……。
ここが本当の正念場だ。
お読みいただきありがとうございました。
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どうぞ引き続きよろしくお願いいたします!
誤字脱字報告ありがとうございました。
ご指摘いただいた箇所、修正させていただきました。