戦いの幕開け
全速力で教会に走る。
到着まで半刻もかからなかった。
教会の外には、先程教会を出るときにすれ違った男の馬車が見えた。中々作りの良さそうな馬車で貴族か豪商でなければ、所有できないほどの品だ。
繋がれている馬は二頭。どちらも艶やかな毛並みに、申し分のない体格をしている。馬車も馬も売り払えば値千金ってところだ。
その馬車には、主人の姿はなく、御者が書物を読みながら待機しているのが見える。何もない平原ではあるが、あの無警戒な様子ならば、俺が見つかることはないだろう。
するりと御者の脇をすり抜けて、教会の陰に隠れる。気配を消して、窓から礼拝堂の様子を伺う。贅沢にも窓の多い教会は、礼拝堂の様子が外から丸見えだ。
中にいたのは、聖騎士が一人、退屈そうに椅子に座っている。他の人間はいなかった。気配を探ってみるも、礼拝堂内にいる気配はない。
だが、表にはあの馬車がある。
教会にとって重要な来客のはずだ。この近くにいるのは間違いない。
裏口からこっそりと侵入する。
繋がっていたのは小さな部屋。おそらく教会に出入りする業者などが使う場所だろう。雑多な荷物で溢れて、乱雑に置かれている。おおよそ聖職者の施設とは思えない。
俺は周囲に他の人間の気配が無い事を確認する。
そして、気配を殺したまま、一気に駆け抜け、聖騎士の背後から首に手刀を叩き込む。いきなりの攻撃、そして急所への一撃で、聖騎士は昏倒した。まだ殺してはいない。さすがに証拠もないままに教会という巨大勢力の虎の尾を踏むのは躊躇われる。
とりあえず手足をしっかりと縛り上げ、口には猿轡をして無力化。
気絶した聖騎士を引きずって礼拝堂の椅子の下に括り付けておいた。これで外から見ても簡単にはバレない。俺は聖騎士を放置して、教会を探索する。
それはすぐに見つかった。地下室への階段。
礼拝堂の裏手にあり、入ってきた小部屋にあったもう一つの扉の先。そこには更に鍵のかかる重厚な扉があった。扉の鍵は開いている。入ってきた時は分からなかったが、地下室の入り口に立ってみると、中から人の気配を感じる事ができた。
一人、二人っていうレベルじゃないな。
10人以上はいそうな感じだ。中からは話し声が反響して耳に届く。俺は細心の注意を払って地下室の階段を下りていく。いつでも戦えるように剣を抜き放ち、気配を殺し、足音を殺して暗い地下へ。
「おう、こんなにも早く手に入れてくるとは、ガノッサ殿もやるものだ。」
ハッキリと声が聞こえる。
野太い男の声。やけに上機嫌な感じで話している。
「ドンオルダ様のご要望とあらば、当然の事でございますよ。先の船便で奴隷どもを売り払って品薄になっておりました故、ドンオルダ様には申し訳ないと思っていたところでございます。」
柔らかな男の声が、野太い声の男に返事をする。
聞き覚えがある声、教会の神父の声だ。階段の陰に身体を隠しつつ、俺は奥の様子を伺う。
そこにリオがいた。
神父と貴族の様な男に囲まれている。他には貴族の護衛らしき5人の男と、聖騎士が4人。宿屋のクソばばあの言ったことは、本当だった。半信半疑だったが、まさか本当に教会がリオを攫うとは、どこまでも腐ってやがる。
この場所は牢屋。
教会の地下にこんなものがあるなんて、誰が想像できるだろうか。今のところ、誰かが捕らえられている様子はなかった。だが、使われている形跡が生々しく残っている。
リオは牢屋から出されて、品定め中なのか立たされていた。
逃げられないように両手を縛られ、首輪をされており、首輪からは縄が伸びて聖騎士がそれを握っている。ここまでされては何かの隙に自力で逃げ出すことなど出来ようはずもない。そもそも、聖騎士4人を掻い潜って逃げるなど、子供にできる事じゃない。
聖騎士というのは教会の剣。
教会が保有する神殿騎士団は、大国の軍隊に匹敵する騎士団であり、その軍事力を背景に教会は世界への強い影響を持っている。聖騎士はたとえ末端であったとしても、しっかりとした教育が施されており、普通の冒険者が10人でかかっても倒せない程に強いと聞く。戦った事は無いが、警戒すべき相手なのは間違いない。
「ふーむ、ここまで美しい娘は中々おらん。しかも、この不思議な傷が堪らんな。クククッ……。」
「ドンオルダ様はお目が高いですな。私も長い間、この仕事に従事しておりますが、ここまで美しい娘は稀でございます。これもドンオルダ様の日頃の行いの良さに神様が使わされた奇跡でございましょう。」
神父と貴族の嫌な高笑いが響く。
何が日頃の行いの良さか、人を攫って売りさばく事が善行の訳があるかよ。
「んあ……、この娘、何かつぶやいておるぞ?」
リオは、俯いて手前で繋がれた手を合わせて、何かを呟いていた。
何かに祈るような姿だ。亡き両親の事でも思っているのだろうか。貴族の男が腰をかがめて言葉を聞き取ろうとする。
「あーアキトさま? 何だ、それは。」
「ふむ、おそらく今朝、ドンオルダ様がすれ違われた粗忽者の事でございましょう。」
「ほうほう、こいつの主という事か。良いな、忠義深い女をいたぶるのはたまらん。観念して俺の名前を呼ぶようにじっくりと躾てやろう。」
チクリと胸が痛む。
リオは俺の名を呼んでいたのか。まだ出会って4日しか経っていないというのに。俺に何を期待しているというのか。そもそも、俺はここにはリオを助けに来たというより、俺にふざけた真似をした教会の人間を叩き潰しに来たのだ。
「では、ドンオルダ様。この娘、お引き取り頂けるという事でよろしいでしょうか?」
「ふむ、金貨1200枚であったか。」
ビリリッ!
ドンオルダと呼ばれた男は、リオの襟に指を突っ込むと、服を引き裂いた。リオは身体の前半分があらわになり、その場に崩れ落ちそうになるが、首輪で繋がれているために引きずられて中腰になった。
「いやああっーーーー!!!」
「ドンオルダ様、さすがにお買い上げ前に手を出されますのはこまりますぞ。」
胸を隠して泣き叫ぶリオ。
ドンオルダは嫌らしい笑みを浮かべたまま、リオを見下ろしている。神父はいささか渋い顔をしていた。
「なに、心配せずとも買いとってやる。良い身体をしておるし、傷はしっかりと身体にも達しておるのだな。くっくっく……良いぞ。」
「そういう事でございましたら、結構でございます。」
「うっ、うううぅ……アキトさ……に買ってもらった服が……。」
「なーに、俺がもっと良い服を買ってやるぞ。だから、そいつはここで捨てて行くがよい。」
ドンオルダが泣き叫ぶリオに迫る。胸を隠す腕を鷲掴みにして、強引にこじ開ける。まるで獣のような奴だ。必死にリオは抵抗するが、大人の力に勝てるはずもない。
「やっ……やああっー! やだっ、やだあああっーーーアキト様、アキトさまああーーーっ!!」
「クックッ……ハッハッハッ! 泣いても叫んでも、そのアキトとやらはこんぞ! さあ、もっと泣け、もっと叫べ、アキトとやらを呼んでみろ!」
気づいたら、飛び出していた。
「ガノッサ様、ドンオルダ様っ!!」
聖騎士が鋭く声をあげる。
一直線に切りかかる俺の前に、聖騎士が立つ。
ガキンッ!!
くそっ、受け止められた。
不意打ちで数人を仕留めて、勢いで一気にケリをつけようと思ったのだが、完全に失速した。ここで誰も仕留められなかったのは、かなり痛い。
俺はバックステップで距離をとる。
押し切ろうとしたが、ガンとして相手は動かなかった。そのままでは敵に囲まれてしまうと判断した為である。聖騎士は噂通りだというのか。
「アキト様! アキト様っ!! あ、うぅぅう……。」
リオが俺を見て、嬉しそうな顔を見せた後に、状況を察して泣き出した。相変わらずよく泣く。
「これはこれは、お久しぶりでございますね。当教会に何か御用でしょうか?」
「舐めた真似しやがって……殺してやるよ。」
「物騒なお人ですな。しかし、妙ですね。上には聖騎士メリダがいた筈ですが、どのようにしてやりすごしたのですか?」
「もはや問答無用だ。お前は殺す。」
「はぁ……言葉が通じないとは、まるで獣ですな。不法侵入に、神父の殺害予告、重罪です。さあ、神罰を!」
神父は肩をすくめて、笑った。
そして、手で合図をすると聖騎士4人が前に出て剣を抜いた。いずれも洗練された戦士の動きだ。やはり、そこらの冒険者とは一線を画す存在なのは間違いない。
「まあまあ、ガノッサ殿。少し待たれよ。」
「ふむ、ドンオルダ様、どうなされました。」
「この男は少女目当てというのであれば、俺の客も同然。俺の傭兵に戦わせてやろうと思ってな。たまには仕事をさせてやらねば、こいつらも活躍の場がないと言うもの。」
「さようでございますか。では、恐れながら、私共は下がらせていただきましょう。」
聖騎士が下がり、ドンオルダの傭兵が剣を抜く。
見るからに悪役って感じの奴らだ。剣に舌を這わせて、嫌な笑いを浮かべている者もいる。三流悪役如きは俺の敵ではない。所作も素人に毛が生えたようなもの。
「クックック、小僧。大事なお姫様は目の前だぞ。男の見せどころってやつだ。」
ゲームでも楽しむかのようなつもりでいやがる。
自分が圧倒的強者だと信じて疑っていないからこそのセリフ。それだけじゃない、俺からリオを掻っ攫っていくのも、自分を強者だと信じて疑わないからこそなせる事。その代償が高くつくって事をおしえてやらなければいけない
お読みいただきありがとうございました。
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誤字脱字報告ありがとうございました。
ご指摘いただいた箇所、修正させていただきました。