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すごい!
そこを見たオズワルドは感動のあまり声もでず、入り口で立ち尽くしてしまった。
お家探索完了までに半年の時間を費やした。
家が広いのは勿論だけど、置いてある魔道具なるものに気をとられあれこれ質問してみたり、出会った人に挨拶をして話を聞く。
ここの人たちは皆すごいのだ。
それぞれプロで意識が高い。
博識で話を聞くのが面白い。
それに探索だけではない。
この小さい身体はすぐ疲れてしまうのでお昼寝必須。
眠いと思ってなくともスコーンと意識がなくなることもあるのだ。
優秀なリサはそんなオズワルドの変化なぞお見通しで、すぐに抱っこされているようである。
そういう日はリサの機嫌がいい。
いくら1歳児とはいえ、重たいと思うのだが...
まぁ、本人が喜んでいるのならよかった。
他にも探索ではなく絵本を読んでもらう日もある。
これは主に家族の誰かが休みの日に膝に乗せ読んでくれるのだ。
基本、自分のことは自分でしたいし、家族がデロデロに甘やかしてくれるのでオズワルドから抱っこをねだることはない。
寧ろおばちゃんだった身としては抱っこされるのは少し抵抗があり嫌がっている。
嫌がることはしてこない家族だが、絵本を読んで欲しいオズワルドがその時だけは嫌がらないと気付いたのだ。
代わる代わる自慢の絵本を持ってきては膝に乗せて読んでくれる。
お陰でかなり文字も読めるようになった。
カタカナ、漢字などがない分かなり楽だ。
まだ少し難しいものはあるが、殆ど挿し絵のない文章の多い本でも読めるようになった。
一番の問題があるとしたらこの小さい身体は動かし難く、うまくページを捲れないことだった。
どうやら、本というものはそれなりに貴重品らしく、オズワルドが触っていい本は決められている。
閑話休題
以上の理由で家の中だけで半年もかかってしまった。
そして、今日は家の外に出てきたのだ。
家の窓から確認していた範囲でもかなり広大でいくつかの建物があるのはわかっていた。
今日の目的は家の横に建てられた家よりは少し小さな建物だ。
これは後から建設されたらしく、渡り廊下を歩いて行けるので外と呼ぶには少し微妙かもしれない。
皆はオズワルドの好奇心に任せているので基本的に尋ねられるまで教えてくれることはない。
なので、この建物が何なのかは知らないのだ。
なんと!ここは図書館だったのだ!
図書室ではない、図書館だ!
本好きのオズワルドは大興奮。
本は知らない世界を教えてくれる。
ジャンル問わずに何でも読んでいた。
そんなオズワルドを見て一番上のアル兄様がにこやか(いや、ニヤニヤか?)に話しかけてきた。
「すごいだろう?
本好きのオズは絶対に喜ぶと思ったのだ。
オズの誕生には立ち会えなかったからな、この瞬間には絶対立ち会うと決めていたのだ。
可愛いオズが見れて幸せだよ。
さすが俺の天使」
なるほど。
だからいつもは自由にあれこれさせてくれるのに、ここに来たいとお願いして許可が出るまでに5日も掛かったのか。
今日は珍しく四男のエド兄様以外揃っている。
「ここは代々、バッハシュタイン家のものたちが残し、学んできた宝なのだ。
これだけの本を貯蔵できるのは我がバッハシュタイン家ぐらいだろう。
この国以外の本もある。
今は滅んでしまった国のもあるのだ。
だからオズもこの宝に見合った知識を身に付けて欲しいと思う」
お父様が説明してくれる。
それは凄い。
是非とも読破したい!
しかし、いくら本が貴重で数が少ないと言えど、流石に今の説明と本の数が合わないように思える。
『あい!とーちゃま。
れも、本の数、足りない?』
私がそう尋ねると次男のイアン兄様がクスクスと笑いながら教えてくれた。
「ふふふ。
ここはこの建物自体が巨体な魔道具として機能しているのですよ。
沢山の機能がありますがオズの疑問に思った本の数については異空間に隠されています。
大変貴重な本が多いですからね。
表には出せないのです。」
まさに驚愕である。
異空間?ファンタジーだ!
そして、いくら掛かっているのだろう...
かなり裕福な家庭だと思っていたが、オズワルドが思っていた以上に、いや、想像することも出来ないほどに裕福に違いない。
確かに案内人は天寿を全うできる環境に転生させると言っていたが、これはサービスし過ぎなのではないだろうか?
でも、学ぶことが大好きなオズワルドには最適だ。
この環境であれば薬の研究もできるに違いない。
魔法があるのだ!
地球にはなかった薬を作り出せるかもしれない。
オズワルドは案内人に感謝した。
「ここを管理している者を紹介しよう。
ジャック」
そうお父様が声をかけると執事服のようなものをピシリと着た初老の男性が出てきた。
その人は綺麗な所作でお辞儀をすると挨拶をしてくれた。
「初めまして。ジェイコブ・ローエと申します。
代々バッハシュタイン家の本の管理を任されております。
ジャックとお呼び下さい」
『よろしく。ちゃっく』
何と!舌がまわらず“ちゃっく”としか発音できなかった。
恥ずかしい...
しかしジャックは穏やかに微笑んでくれた。
続けてお母様が説明してくれる。
「ジャックに言えば読みたい本を準備してくれるわ。
今まで通りリサに読んで貰って頂戴。
お父様の許可が出るまでは1人で読んではなりませんよ。
異空間の本については当主であるお父様の許可が降り、ジャックに案内してもらわないと読めないようになっているの。
そもそも特殊な本が多いから先ずはここにある本でお勉強して頂戴。
でないと読めないの。
あなたなら出来るわ。
オズは天才ですもの!」
その言葉に大きく頷く。
そして、早く1人で読めるようになるのだと心に誓った。
やはり本は1人で読みたい。
読むペースが自分で決められないし、集中できないのだ。
それから触っていい本で猛特訓を開始した。
好きこそ物の上手なれ。
1ヶ月ほどで許可がおり、1人で読めるようになった。
1人で読めるようになると、午前中は読書と 質問。
昼食と昼寝を挟んで午後はお外の探索。
本も大好きだが、身体を動かすのも大好きなのだ。
そんな生活を数ヶ月続け、この世界の知識もかなり身に付いた。
数学や科学なんかはやはり定番なのかそんなに発達していなかった。
そして、歴史は重厚で面白かった。
やっとバッハシュタイン家の立ち位置がわかり、驚きつつも納得である。
何よりも魔法!
この世界の魔法は魔術に違いのかもしれない。
魔法を使うには魔力が必要で魔力保有量はその人に依存する。
魔力保有量は遺伝であり、当然のごとく貴族は高い魔力を持っている。
その中でも建設当初から続くバッハシュタイン家は王家と同等の高い魔力を持っていることが多いようだ。
平民でも小さな火種を出したり、そよ風を吹かせたりぐらいなら殆どの者が出来る。
地球の小説に出てきた属性の適正などはなく、使おうと思えば全ての属性を使える。
しかし、多くの人は1つの属性に絞る。
なぜなら使えるようになるのが非常に難しく、効率が悪いからだ。
魔法を使えるようになるには魔方陣を覚えなければならない。
しかし、魔方陣を覚えるだけではなく、その中身や構成についても覚えなければならない。
そうやって、繰り返し繰り返し1つの魔方陣について勉強すると、あるとき魔方陣が脳裏に焼き付くようになる。
魔方陣が脳裏に焼き付き、そしてそれをそらで構築できれば発動できるようになるらしい。
この構築がまた曲者で、多くの人は補助として呪文を唱え使うようだ。
この呪文も熟練度によっては短縮、破棄できたりもする。
このように1つの魔法を発動させるまでに大変な労力が必要となるのだが、属性が違うと中身や構成などが異なるのだ。
例えば料理のようなものだ。
中華、フレンチ、イタリアン、和食。
似たような素材を使うこともあるが、全くの別物に仕上がる。
欲張って色んな属性に手を出せば、雑な仕上がりにしかならない。
そんな雑な魔法は威力も弱ければ、魔力消費量も多い。
以上の理由があり、多くの人は1つの属性に絞るようになる。
そして、属性も多少なりとも相性がある。
相性が良い属性の方が覚えやすく、使いやすい。
この相性も遺伝が多いため、それぞれの家で特化しているのが普通なのだが、バッハシュタイン家は特にない。
どの属性とも相性がいいのだとか。
しかし、先ほど述べた通り覚えるのが非常に大変なため、複数の属性と相性が良くとも1つもしくは2つの属性に絞るのが普通なんだとか。
たまに多くの属性を覚えようとする者も現れるが、そんな事をすれば威力の弱い下級魔法ぐらいしか覚えられず馬鹿にされる。
1つに絞り研磨し、魔力さえあれば中級中位ぐらいまでは誰でも覚えられる。
それ以上となると才能が必要になるのだ。
なんと、次男のイアン兄様はその才能があったようだ。
3つの属性を操り、そのうち2つは中級高位、1つは上級下位が使えるという。
まだ成人して間もないが王国魔法士団の期待の星なのだとか。
魔法の威力は、下級、中級、上級、神級、そして使えるものはいないとされる幻級がある。
更にその中でも下位、中位、上位に別れており、中級上位を修得できるものは全体の5分の1もいないとされる。
更に上級に上がれば難しさは桁違いになる。
上級を修得できるものはほんの一握りとなり、王国魔法士になることが可能だ。
因みに下級下級にも該当しない、基礎魔法というものがあり、これは誰にでも使える。
平民が使える小さな火種などだ。
これは属性の相性を調べるときに使われる。
覚えやすいものが相性の良い属性となる。
魔法を覚えるのは本人の努力も必要だが、それ以上にお金が必要になる。
魔法書自体が高いのだが魔法書を読むだけで理解できる者は少ない。
必然と教えてくれる者が必要になるのだ。
しかし、平民であっても教会などで基礎魔法は無償で教えて貰える。
そうやって、才能のあるものを見出だし貴族社会に取り込むのだとか。
ただこれらのことは主に人族の話であり、種族によって様々な特色がある。
例えば獣人は元々の身体能力が高く、魔法も補助する為の身体強化を主に使う。
他の魔法も使えなくはないが相性が良くないのため使うものは少数だ。
逆にエルフは体力、筋力はないが魔力が豊富。
寿命も人間や獣人より長いので自然と使える魔法は多い。
上級が使えるのも珍しくないのだとか。
しかし、彼らはその長い寿命故か他の種族にあまり関心がない。
独自の文化を築きあげ、人間の前に姿を現すのは稀である。
そのためエルフに魔法の知識を乞うことはできない。
妖精も似たようなものである。
妖精は属性特化であり、基本1つの属性しか扱えないのだとか。
しかし、その魔法レベルは凄まじく、現在は人間に扱う者はいないとされる神級が使えるらしい。
そう、あくまでらしいだ。
彼らは気紛れであり、その者が望まなければ見えない。
目の前に居たとしても見えないのだ。
なので、数少ない目撃証言などから考えられることしか資料として残っていない。
そして魔獣や魔物は1つ~5つの決まった魔法しか使えない。
ランクにより使える魔法の数は異なるが属性で使えるわけではなく、その魔法しか使えない。
例え中級のファイヤフォールが使えるとしても下級のファイヤボールは使えないのだ。
魔獣と魔物の違いは簡単に言うと使役できるかどうかだ。
魔獣は種類や個体差で難易度は違うものの基本的に使役できる。
魔物は狂暴で攻撃的、魔獣よりも強い魔力を持っている。
使役することは不可能だ。
また、その特性故か魔物には魔力を溜めることのできる魔石というものが体内にある。
世の中にある魔道具はこの魔石を利用したものが殆どだ。
このような魔法の知識を得て、試したくなるのが人間という生き物である。
流石に室内はまずいと思い庭先で試してみる。
後ろに控えたリサは微笑ましそうに見守っている。
きっと誰もが通る道なのだろう。
しかし、そんなリサも微笑ましく思えたのも少しの時間だけだった。
なんとオズワルドは魔法を発動させてしまったのだ。
しかも基礎魔法全てである。
いくら簡単とはいえ普通は本の知識だけでは発動できない。
況してや未だ2歳にも満たない子どもなのだ。
魔法は魔方陣を覚え中身や構成を理解したとしても、構築せねばならない。
この構築は自分の魔力を操るということだ。
精神力が必要となるため、多くの人は5歳ごろから基礎魔法を習うというのに...
魔法の天才とされる次男イアン様であっても3歳を過ぎてからだった。
リサは驚き、そして喜んだのだ。
そう!喜んだのだ。
大事なので2回言った。
普通であれば気味悪くなっても仕方のない出来事だったが喜んだ。
そして、勿論家族と屋敷中の人たちも当然喜びお祝いとなった。
この事をきっかけにやっと皆はオズワルドの特異性に気付いた。
気付いたからと言って特に何もなく「バッハシュタイン家の天才がうまれたのね」の一言で片付いた。
いや、家族からは口々に「さすが俺の天使」「さすが私の愛しい子」等々言われ、代わる代わる抱き締めたり、キスされたりした。
バッハシュタイン家の天才とは...
もともと優秀なバッハシュタイン家。
周りから見れば優秀と言わず、天才というレベルだ。
その天才の更に上を行く存在が稀に産まれるのだ。
天才の上を表すことができず、周りが【バッハシュタイン家の天才】と言い始め定着してしまったのだ。
その天才の上の天才と言われたとき、
“この天才はインチキで、前世の記憶があったからに過ぎない”
と思った。
けれど純粋に喜んでくれる皆を見て、その思いを裏切りたくない。
皆の期待に応えると心に誓い、一層の研磨に励むことにした。
宮廷魔法師→王国魔法士 に変更しました。