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気付いたら真っ黒な世界だった。
不思議と不安はない。
ここは暖かくて、心地がいい場所。
ずっとここに居たいとさえ思っていたのに突然終わりがやってきた。
痛い。苦しい。
本能的にここから出なければと思う。
何時間格闘していただろうか、
ものすごく苦しいのにいきなり眩しい世界に出たかと思えば、今度は息が出来ない。
苦しくて苦しくて思わず声が出る。
それは『ほにゃあほにゃあ』という弱い赤ちゃんの泣き声だった。
ああ、私は異世界に転生したのかと漠然と思った。
しばらくは思考出来なかった。
頭がぼんやりとして、どこか夢現。
けれど、いつも温かい気配があるのはわかった。
聞き取ることはできないけど、いくつもの柔らかい声が聞こえてくる。
徐々にはっきりと覚醒する時間が増えてくる。
まだ目が見えないし、身体は全く言うことを聞かない。
まだ産まれて間もないのだと思う。
そう冷静に思考することも出来るのに感情を抑えることは出来なかった。
お腹すいた。オムツが気持ち悪い。寂しい。
そう思った瞬間に泣いているのだ。
もうすぐ50歳にもなろうとしていたおばちゃんなのに恥ずかしい限りだ。
けれど、泣いたらすぐに誰かしらやってきて優しく声をかけ甲斐甲斐しく世話をやいてくれる。
そんな状況は少し気恥ずかしく、そして心地好い。
徐々に目が見えるようになってくるとぼんやりと人の姿が見える。
男の人、女の人、子ども。
いつも私の相手をしてくれるときは笑顔だ。
始めはモゾモゾとしか動けなかった身体も徐々に動けるようになってきた。
首が座り周りを見渡すが抱っこされている以外はベッドの柵や天井ぐらいしか見えない。
その頃になると自分の名前がオズワルドであるということがわかるようになった。
初めて聞いた言語だったが、元の世界では5ヶ国語をマスターしていたのだ。
慣れれば耳はすんなりと単語を聞き取れる。
そして赤ちゃんの頭は面白いように吸収していく。
どんどん単語が増えていく。
しかし、まだ周りが思うように見えないためどの言葉がどういう意味になるのか結び付かないのだ。
言葉よりも身体が思うように動かないことが腹立たしい。
手を動かそうと思うのに足が動く。
やっと手が動けば自分の顔を叩いてしまう。
意識があるときは身体を動かす練習に費やす。
やっと寝返りが出来るようになり、また少し自分の世界が広がる。
部屋を見回せるようになるとどうやらこの部屋はとても広く、清潔だ。
異世界ということで少し不安であったが、魔法があるせいか生活水準は地球とかわらないように思える。
夜になると明かりもある。
見たこともない道具もある。
早く動けるようになって調べてみたい。
すごくワクワクする。
そして、やっとはっきりと見えるようになった家族を見て驚いた。
皆ものすごく美形なのだ。
今までこんなに美しく整った人を見たことがない。
地球のモデムたちの中でもほんの一握りしか居ないであろうレベルの美形。
兄たちはそれぞれ度合いは違えど、皆父似であることがわかった。
恐るべし父の遺伝。
そしてオズワルドは髪こそ父譲りなものの、それ以外は母に似ているようだ。
それからは言葉の修得にも勤しんだ。
掴まり立ちが出来るようになるころにはかなりわかるようになってきた。
言葉がわかるようになって確信した。
オズワルドは男の子だ。
名前が男の子っぽいなとは思っていたのだ。
まぁ、確かに記憶を持って転生するとは聞いていたが性別までは聞いていなかった。
特に拘りもなかったので、そういうものかと納得する。
そして、今世の家族は父に母に4人の兄そしてオズワルドの7人で間違いないようだ。
沢山の使用人に囲まれていることからかなり裕福だとわかる。
その人たちは皆自分にデレデレに甘いのだということがわかった。
少し動けば「やだ!可愛い。うちの子天使だわ」
動かなくても「なんて可愛いのだ。この愛くるしい表情。さすが俺の息子だ」
言葉を覚えたくてじっと見つめれば「言葉がわかってるみたいだ!オズは天才に違いない」
などと騒ぎ立てるのだ。
掴まり立ちが出来たときには大変な騒ぎになった。
家族と使用人が集まり、皆口々に褒めるのだ。
最近は絵本を見せてくれ、それを嬉しく思っていたら素直に表情に出ていたらしい。
笑顔のオズワルドをみて競うように皆が膝に抱いて絵本を見せてくれるようになった。
嬉しいし、文字の勉強になる。
漸く覚束ないながらも歩けるようになり、簡単な単語なら喋れるようになった。
この喋るというのがかなり難しいのだ。
言葉はわかっているのに口がまわらない。
因みに初めての言葉はいつもオズワルドのお世話をしてくれる侍女の名前だ。
目をあわせて『リサ』と声をかけるとリサはビックリし、すぐに喜びの表情へとなり、なんと目を潤ませるほど感動してくれた。
リサは我にかえるとすぐに「少々お待ち下さい」と言葉を残し部屋を出た。
すると母や使用人たちがやってくる。
リサは誇らしげに「さあ、もう一度リサと呼んで下さいませ」と言う。
周りから期待のこもった目で見つめられ、少し戸惑いながらも『リサ』と呼ぶ。
正確には舌足らずで『りちゃ』になっていたのだが、そこはご愛嬌。
母は満面の笑みで抱き上げてくれる。
「さすが私の可愛い天使だわ。
もう言葉を話せるなんて!
でも、どうしてリサなの?
ずるいわ!
お母様と言って頂戴!」
リクエストに答えるため母の目を見つめる。
『かーちゃま』
「まあ!
上手ね。天才だわ!
うちの子は天才!」
と言いながら沢山のキスをふらせてきた。
このやり取りだけなら微笑ましい。
しかし、このやり取りはリサが他の使用人たちに「私が一番に名前を呼んで貰えたのです」と自慢し、母が父と兄たちに「かーちゃまと話すオズはまさに天使」と自慢し、幾度となく繰り返すのだった。
全ての人とやり取りを終わらせたころにはかなり疲弊していた。
初めての言葉が“リサ”なのは喋れるようになったタイミングにいたのがリサだったからだ。
家族の誰かにしたらめんどくさそうだなと思った訳ではない!
言葉デビューのあとしばらくすると誕生日パーティーが開かれ、一歳になったということを知った。
初めて迎えた誕生日はそれはもうすごかった。
日中はお母様と長男アル兄様とずっと一緒で、殆どの時間をアル兄様の膝の上で過ごした。
勿論拙い言葉を使い、身振り手振りで一生懸命下ろして欲しいと伝えたさ。
けれど、アル兄様は
「オズを抱っこしていることが幸せなんだよ。
兄様の幸せを奪わないでおくれ。
オズが産まれたときは立ち会えなかったからね。
今日は兄様がオズを甘やかしたいんだ。」
と聞き入れて貰えなかった。
まぁ、アル兄様に抱っこされるのは好きだし、今日1日ぐらいないいかと許した。
そのあとはアル兄様が甲斐甲斐しくお世話してくれ、お母様が絵本を読んでくれたり、おやつをくれたりして過ごした。
夕方になると仕事を終わらせたお父様、イアン兄様、ウィル兄様と学園から外出許可を貰ったエド兄様が帰ってきて皆それぞれ甘やかしてくる。
ただ、抱っこだけはアル兄様が絶対に譲らなかったためずっとアル兄様に抱かれていた。
そして、夕食。
使用人たちもかなり張り切って準備してくれたようだ。
今日はいたるところに花が飾られていたが、食堂は更に華やかだった。
華やかだが、花の香りは強くない。
美味しく食べれるように配慮してくれているのだろう。
そして、テーブルに並ぶ数々のご馳走。
まだ大人と同じものは食べれないオズワルドだが、なるべく皆と同じように見えるものだったり、飾り切りを駆使して可愛い仕上がりになっている。
デザートも色々な種類が準備してあった。
しかも沢山食べれないオズワルドに配慮して全てミニミニサイズだ。
一体、どれだけの時間と手間を掛けてくれたのだろうか...
皆の気持ちが嬉しくて心が温かくなる。
皆で夕食の後はプレゼントを貰ったのだが、流石にこれは引いた。
一歳児に宝石や装飾品は要らないと思う。
本も革でできた表紙に宝石が埋め込まれており怖くて触れない。
あと、お母様、何故女の子のお洋服なのでしょうか?
しかし、疑問に思ったのはオズワルドだけだったようだ。
お洋服を着せられ皆は大絶賛。
ウィル兄様曰く
「オズは母上に似て美人だからな。
とても良く似合っているよ。
まるで花の妖精のようだ」
そうか。似合っているのか。
まぁ、元々は女であったし、可愛いものは好きだ。
皆が喜んでいるのならいいかと受け入れることにした。
次の日には絵師が呼ばれ、女の子のお洋服を着た姿を描かれた。
誕生日を過ぎて1ヶ月ほど。
漸くオムツが外れた。
オムツはやはり恥ずかしいし、歩き難かった。
おっぱいは特に恥ずかしいとも思わず、美味しいし安心できる。
しかし、オムツはいかん!
あんな羞恥プレイは二度とごめんだ!
勿論オムツが外れたことは皆から過剰なほどに褒められた。
事あるごとに褒められるため、少し慣れてしまった自分がこわい。
しかし、慣れなければ大袈裟に褒めてくる状況に疲れるのだ。
致し方ないことだ。
歩けるようになると行動範囲が広まる。
ありがたいことにオズワルドのしたいことをさせてくれる。
まだドアを開けることは出来ないが、開けて欲しいとお願いすればすぐにリサがあけてくれる。
近寄ってはいけない場所を教えられ、きちんと守ればそれ以外は自由だ。
ダメなところも階段などの危ないところで、理由も説明してくれた。
その階段も少し手前でとまり降りたいと言えば抱っこで下ろしてくれる。
毎日お家探索をするのだがとても広い。
広すぎるし子ども足では探索が中々進まない。
オズワルドが好奇心旺盛なせいもある。
気になることがあればその都度尋ねるのだ。
嫌な顔ひとつせずに丁寧に教えてくれる。
毎日探索すれば歩くのにも慣れ、更に行動範囲が広がり、そして探索に時間がかかる。
ちょっと頼りなくも支えて貰えば階段も登り降りできるようになった。
この階段の登り降りは誰が支えるのかで争いになる。
まぁ、皆忙しいみたいで殆どはリサがしてくれる。
そして今日は珍しく家族が揃っていた。
「さぁ、オズちゃん。
お母様と一緒に降りましょう!」
「ソフィ、君はリサの次に多いではないか。
いつも仕事でたまにしか出来ない私に任せてくれ。
行こう、オズ。なんなら抱っこしてあげるよ」
「父上!ずるいです。
俺だって仕事でたまにしか会えないのですよ!
仕事のせいで産まれたときに立ち会いできなかった俺に譲るべきです。
オズ、アル兄様と行こう」
「兄上!
それなら私だって仕事だし、掴まり立ちや初めて喋ったとき、オムツが外れたとき、ことごとくタイミングが合わず悔しい思いをしたのですよ!
さあオズ、イアン兄様と一緒だ」
「イアン兄様!
俺はこの間成人し働き始めて日々に余裕がないのです。
疲れているのですから癒しは俺に譲るべきです。
オズはウィル兄様がいいよな?」
「ウィル兄様!
それを言うなら僕だって学園が始まって大変なのです。
それに身長を考えたら僕が一番バランスがいいのです。
ささ、オズ!エド兄様の手に掴まってごらん」
それからも言葉の掛け合いは続く。
いい加減飽きて、というより呆れて、後ろに控えたリサを見る。
『リチャ いこう』
リサはここぞとばかりに素早い動きをみせ、言い争ってる家族を置いて階段を降りた。
この出来事があって以降、家族の争いは減り、いつの間にか順番が決められていた。
喋れるようになってからは色々と質問して知識を蓄えているが、まだ上手く喋れないため中々難しい。
最近やっと、1年の流れがわかった。
1日は24時間。
1週間は6日。
1ヶ月は5週間の30日。
1年は12ヶ月の360日。
地球みたいに月曜日、火曜日というのはない。
数字で言う。
例えば、13日は2週目の1の日というのだ。
分かりやすくてよかった。
前世の記憶があると慣れるまで混乱するからね。