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8歳の誕生日もバッハシュタイン領の本邸で迎えた。

お洋服も2着だ。

お祖父様からは剣をもらった。

子どもでも扱える少し小さな剣だ。


その様子を見ていたリンネアが話し掛けてくる。


「今日はオズワルドの誕生日なのかい?」


『そうだよ。』


「それは知らなかった。

では、私からも...」


そう言うとオズワルドの体をフワッと温かいものが通り抜ける。


『これは?』


「健やかに過ごせるようにという祈りの(まじな)いさ。

エルフは寿命が長いからね。

特にお祝いなんかはしない。

けれど親しい者へはこうやって祈りを贈るんだ。


呪いは魔法とは違う。

明確な効果があるわけじゃないんだ。

相手のことを想う気持ちを込めるものだ。」


そうか。

リンネアは自分の事を想ってくれたんだ。

そう思うと心がポカポカしてくる。


緩む頬を隠すことなく、お礼を述べる。

リンネアも笑みを返してくれた。





今日は平民も利用する森へと行く為に街の出入口の門へと向かう。


いつもは本邸の裏側からそのまま入れるバッハシュタイン家専用の森へと行っている。


その森の浅い部分の薬草なんかはあらかた調べ終わった。

深いところは危ないので禁止されている。

なので、平民の森へ調査へ行くことにしたのだ。



門を出てすぐ、小さな子どもがこちらへ走り出してくるのが見え、慌ててヒスイを止める。

まだ速度を出していなかったとはいえ危なかった。


すぐに護衛が警戒するも、その子はオズワルドに向かって必死に訴える。


「お前はお金を持っているのだろう?

お願いだ!

妹を助けてくれ!


俺を買ってくれ。

どんなこともする。

俺の目は珍しいらしいからそれなりに高く売れるかもしれない。

お願いだから妹を助けてくれ!」


そう言って伏せていた顔をあげ、前髪で隠れていた目を見せてくれる。

赤い瞳をしていた。

確かに珍しい。


恐らく移民、難民の子だ。

ガリガリに痩せ、薄汚いため分かりにくいが言葉遣いから察するに男の子だ。

3~4歳くらいに見えるが、きっともっと上だろう。

地球でも貧しい子どもたちはとても小さかったのを覚えている。


「オズワルド様。

あなた様は気にしなくてよいことです。

ささ、森へと参りましょう。」


護衛はその子を遠ざけると先へと促す。

しかし、こんな状況で気にならないわけがない。

危険を冒してまで現れた子を放って置けるはずがない。


少し脇へとずれて詳しく話を聞いてみた。



その子はやはり難民の子だった。

父、母、妹の4人家族でこの地にやってきた。


移民、難民はイシュミラ国民になるのは難しい。

イシュミラ国民でなければ街で暮らすことはできない。

そういった人達は街壁の外側すぐに家とは呼べないような粗末な小屋を建て、日雇いの仕事をして貧しい暮らしをしている。


コルと名乗ったその子も家族とそこで暮らしていた。

しかし、父が冒険者としての依頼途中で亡くなり、母が家計を支えることとなる。

母は日中は街での日雇いで働き、夜は内職をして必死に稼いだ。

しかし、父が冒険者として稼いでこれる程の稼ぎには及ばず、更に貧しい暮らしとなった。


難民が働くには冒険者ギルドに登録をして、危険な狩りや採集に出るか、街での安い賃金の日雇いぐらいしかない。


冒険者ギルドへ登録できるのは8歳からだが、これは仮登録と呼ばれるもので、安い賃金の中でも下の方にある仕事ぐらいしか受けれない。

10歳になると本登録ができ、狩りや採集も受けれるようになる。


この仕組みは難民のためのもので、イシュミラ国民が仮登録をすることはあまりない。


コルは働きたくともまだ6歳。

年をごまかすにしても見た目3~4歳だ。

登録出来るわけがない。


母が持ち帰る内職をして家計を助けていたが微々たるものだ。

母は無理が祟り倒れ、風邪を拗らせ呆気なく逝ってしまった。


親が居なくなった難民の働けない子どもというのは、そのまま飢え死にするか悪徳商人に捕まって売られて行くかだ。


母がなくなって数日、まともなものを食べておらず、まだ3歳になったばかりだという妹はもう起き上がるのも難しくなってきた。


このままでは妹も自分も死んでしまう。

生き残っても悪徳商人に捕まって売られる。

売られれば生きてはいるが過酷な状況が待っている。


であれば、少しでも金がありそうな人に自分を買ってもらい、妹だけでも助かって欲しい。


そういったわけでオズワルドの前に飛び出してきたようだ。



「お願いだ!

俺を買ってくれ!」


ろくに食べていないせいでフラフラしながらも必死に頼み込んでくるコル。


オズは少し困った顔をして返す。


『買ってくれと言われましても、イシュミラ国では基本的に個々の人身売買は禁止されています。

それは難民であっても同じです。


一先ず食べ物を渡します。

私は一度家に帰り相談してきます。

また戻ってきますので、待っていて下さい。』


護衛に消化の良さそうな食べ物と飲み物を買ってきてもらい、本邸に戻る。



本邸に帰り着き、お祖父様へ面会依頼をする。

すぐに許可がおり執務室へ通された。


『お祖父様、お仕事中に申し訳ありません。

実は相談したいことがございます。』


お祖父様は優しく続きを促す。

先ほどの事を説明し、兄妹を保護したいと申し出る。


お祖父様は困ったように言った。


「それは少々難しい。

難民の子を助けるぐらいならば、バッハシュタイン領の民を助けねばならない。


無理を通そうとすれば反感を買う。

全てを救うことはできない。」


お祖父様の仰ることは尤もだ。

しかし、すでに知ってしまったことを放棄したくない。

こういうときは建前が必要だ。


『そうですね。

しかし、私は救いたいだけではないのです。

実験をしたいと思っています。


私は将来的に魔法薬の研究、開発を行いたいと思っております。

そのためには優秀な人材が必要です。


平民は魔力があまりありませんよね?

だから魔法の勉強はしない。


しかし、魔力が少なくとも魔方陣を刻むことは出来るのではないかと考えていたのです。

魔方陣が刻めれば、他の魔力、例えば魔石の魔力を使って発動できるのではないかと考えています。


このことを試すには幼い子どもの方が都合がいい。

別に非人道的なことをするわけではありませんが、実験は実験です。

イシュミラ国の孤児相手では難しいでしょう?』


お祖父様は少し考える。


「ふむ。

まぁ、いいだろう。


であれば、私が後見人となり、住込みの使用人候補ということでオズに付けてやろう。」



こうしてコルと妹のサイを保護することができた。


コルは感極まって泣きながらお礼を言ってきた。


「ありがとう。

絶対にこの恩は返す!」



身綺麗になったコルは幼いながらも整った容姿をしており、赤い目と相まってどこか儚げな雰囲気を持っていた。


変態にとってはよだれものだろう。

売られる前に保護できてよかった。


先ずは栄養を摂らせ標準体型にすることが優先だ。

ガリガリすぎる?


コルはとても意欲的だ。

体力が回復すると簡単な勉強や立ち居振舞いを教え始めたが、すごい勢いで吸収していく。

どこまで成長出来るのか楽しみだ。


サイはまだ幼すぎてよくわかってない。

けど、コルが

「俺たちの命はオズワルド様に救われたんだ。

その恩に報いらねばならない。」

と言って聞かせる。


立派は刷り込み教育だ。


正直、そこまでしなくていいと思うものの、口には出さない。

周りの者が当然だと思っているからだ。






8歳も半分が終わった。


カートからいい加減に帰ってこないのならば自分がそちらに行くという、半ば脅しのような手紙が届いた。

さすがに第一王子に来てもらうわけにはいかない。


それにお父様からも紹介したい人がいるため9歳の誕生日までには戻ってくるようにという手紙も届いている。


仕方ないので9歳の誕生日までには戻る旨を書いてそれぞれに返信する。


これまで幾度となく家族や友人から「帰って来て欲しい」「さみしい」「会いたい」といった手紙が届いていた。


しかし、のらりくらりと逃げ、ズルズルと滞在を延ばしていた。

バッハシュタイン領では森は近いし、割りと自由に外出できる。

王都では過保護な家族に囲まれ、中々外に出してもらえない

家族のことは大好きだが少し窮屈であった。


そろそろ潮時のようだ。

残念ながら帰らねば。


お祖父様にもその旨を告げる。

すると、師匠とケリーも一緒に王都へ向かうという。

元よりその予定だったらしい。


師匠とケリーは王都のスキナー邸で暮らし、そのまま剣の師として教えてくれるそうだ。


リンネアにもどうしたいか相談したら

「勿論着いていくさ!」と返ってきた。

お別れにならず嬉しい。


因みに、リンネアは正式にバッハシュタイン家に雇われており、給金も出ている。



王都へはオズワルド、リサ、先生、こちらに来たときの護衛4人、師匠、ケリー、リンネア、コルとサイ、追加の護衛が2人。

勿論、ヒスイとアンバーも一緒だ。

結構な大所帯だ。




王都へと帰ることが決まったので、日々の勉強や鍛練、従魔獣たちのお世話、お祖母様とのお茶会に加えて、徐々に荷物の整理を始める。

それなりに長居したためそこそこ多くの物があったのだ。


バッハシュタイン領にしかない薬草も忘れない。

リンネアのおかげで今まで栽培方法がわからなかった薬草も栽培できるようになったのだ。



そんな日々を過ごしていたのだが、最近ケリーが何だか元気がない。

ため息も増えた。


『どうしたの?』と問えば、

何か考えるような素振りを見せるものの、

結局「なんでもないよ。」と返ってくる。


しばらくすれば元通りになるかと思い様子を見ていたが、むしろどんどん元気がなくなり憂鬱そうだ。


もうすぐで王都へ帰る。

王都へ帰ればケリーは自分の邸宅に暮らすことになり、今までより会える回数も減るであろう。

その前に何とか元気になって欲しい。


少し強引ではあったが、オズワルドの部屋に呼び出し2人きりにしてもらった。



『最近、何か悩んでいるんでしょう?

ため息の回数がすごいよ。


私に相談できないかな?

ケリーは大切な友達だ。

苦しんでいるのを見るのは辛いんだ。

出来るだけ力になるよ。』


ケリーは俯いたままだ。

しばらくの沈黙の後、ポツリポツリと語り始めた。


「実は父上や兄上たちと会うのが憂鬱なんだ。」


ケリーには2人の兄と姉がいる。

現在王都の邸宅には父、姉、次男、それに従兄弟2人が暮らしているらしい。


スキナー家は騎士一家であり、兄、姉、従兄弟も騎士になるべく鍛練している。

父はいつも

「ケリーは三男。

いずれ家を出て身を立てねばならない。」

と言って厳しく訓練を課す。


しかし、ケリーは兄たちほど才能がなく、中々思うように行かない。

しかも上の従兄弟は同い年。

いつも比べられる。


そのような状況にどんどん畏縮して行く。

見かねた祖父が領地へと連れ出してくれた。


今回、王都の邸宅へ帰るのが憂鬱でたまらない。

おまけにケリー本人はあまり騎士になりたいとは思っていない。

文官になりたいのだ。


そんなことを父に言えば怒るだろう。

落胆されるかもしれない。


そう考えると更に憂鬱になる。


そういった事情だったらしい。



オズワルドは少し考える。


『ねぇ、ケリー。

それはケリーが勝手に決めつけたことだよね?


お父様にきちんと話した方がいいよ。

今のままズルズルいったってお互いの為にならない。

それどころか時間が経てば経つ程ややこしくなる。


お父様はケリーを思うからこそ厳しいんだよ。』


「いや!

そんなことはない。

父上は不出来な僕が嫌いなんだ。

きっとスキナー家の恥だと思っている。

だから厳しいんだ。」


『それこそ、ケリーのお父様でなければわからないことだろう?


それに話さなければケリーの夢は叶えれないよ。

このままではいけないというのはケリーもわかるだろう?


もし、お父様が反対したとしてもお祖父様は味方になってくれると思うよ。

居場所のないと思っているケリーを想って、領地まで連れて来てくれたんでしょう?』


「でも...」


そう言ったっきり、ケリーの言葉は続かない。


『いきなりは答えが出ないと思う。

まだ、時間はあるんだし、ゆっくり考えてみてはどうかな?


でも、これだけは忘れないで。

私はケリーの味方だよ。』


そう伝え、ケリーを部屋から見送った。



私はケリーの父の気持ちがよくわかる。

経験済みだ。


自分の子どもには苦労をしてほしくない。

そう思うのは当然のことだ。

けれど、それを子どもが理解するのは難しい。


ただのすれ違い。

言葉を交わせばすぐにわかる。

けれど、その言葉を交わすのが難しい。



そのあともケリーは思い悩んでいるようだった。

しかし、以前の憂鬱という感じではなくなっていたので、伝えるかどうか悩んでいるのだろう。


今はそっと見守るしかない。

どうか、ケリーの未来が明るいものでありますように。





そして、予定通り9歳になる前に帰るべく、バッハシュタイン領を旅立った。


お祖母様は目に涙を溜め

「いつでも帰ってきてくれていいのですよ。」

と言ってくれた。

お祖父様もその言葉にしっかりと頷く。


それぞれにキスをもらい、オズワルドからもキスを返して馬車に乗り込む。



途中天候が崩れ、宿に足止めを食らうという軽いトラブルがあった。

しかし、そういったことも含め、余裕のある日程で組んでいる。

なので、誕生日の2日前には王都の本邸へと帰ってきた。


家族の熱烈歓迎までは予想していたが、まさかのカートまで居た。


カートから抱擁とキスを受ける。


「遅かったな!

俺が出迎えにきてやって嬉しいだろう?」


上からな発言なのに伺うようにこちらを見てくるカートが可愛い。


『ごめんね、カート。

わざわざ来てくれてありがとう。

嬉しいよ。』


カートはとても満足そうだ。


「ギルとクラークも来たがったんだ。

でも、さすがに家族の集まりに来れないだろう?

俺は従兄弟だから特別だ!」


得意気に話すカートに苦笑いが出てしまった。


夕食前にはさすがのカートも帰り、今は誰がオズワルドと寝るかで揉めている。


その様子を見て、

あぁ、帰って来たんだなぁ

と思うオズワルドなのであった。


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