12
7歳の誕生日はバッハシュタイン領の本邸で迎えた。
女の子のお洋服は2種類。
いつものフリルやレースがふんだんにあしらわれた可愛らしいものと、シンプルだが細かい刺繍が施され一級品だとわかる楚々としたもの。
お母様から送られてきた物とお祖母様が準備した物らしい。
姿絵の時間は2日にわけられ、可愛らしい方は完成したら王都の邸宅に送られるらしい。
また、お祖父様からは調薬するための道具をプレゼントされた。
さすがお祖父様だ。
オズワルドのことをよく見ている。
お礼と共にキスを贈る。
心なしかお祖父様の顔が得意そうだ。
バッハシュタイン領は街もあれば自然もある。
最近は毎日森へ出掛け、本と見比べながら薬草を採取している。
採取したものは加工し薬を作っているのだが、本を見て作っているだけなので、それがきちんと効力を持ったものなのかわからない。
バッハシュタイン家は知識だけならばそれなりに豊富にある。
しかし、技術はない。
それに知識も古いものかもしれない。
師が欲しいが中々に難しい。
バッハシュタイン家が懇意にしている腕のいい薬師はいる。
しかし、彼らも普段は平民相手の仕事をしており、教えを乞うのは難しい。
オズワルドに教えてもらうには本邸に来てもらわねばならない。
しかし、薬師の人数は少なく、忙しいものが殆どだ。
世の人のために働いている者を自分の我が儘で縛るわけにはいかない。
どうしたものかと、日々悶々と悩んでいたとき、運命の出会いをする。
その日は街へと出掛けていた。
特に何か目的があるわけではなく、ブラブラと歩く。
街の中心にある広場の隅にキャメル色のローブを身にまとい、フードを被った人が力なく座り込んでいた。
明らかに不審な風貌なのに誰も見向きしない。
怪しいから避けているような感じではなく、まるで見えていないようだ。
不思議に思って近寄ってみるも護衛たちは止めない。
思い切って話しかけてみる。
『どうしたんですか?』
先に反応したのは護衛たちだ。
「オズワルド様、いったい...?」
ん?あれ?
困惑している護衛たちを見て少し考える。
周りの状況と照らし合わせるに、見えていないのかもしれない。
『今、私の目の前に座り込んでる人がいるんだ。』
「え?
えぇ!?何奴!?」
どうやら護衛も見えるようになったようだ。
やっと騒ぎに気付いたのかローブの人が少し顔をあげる。
そして、小さな声で「ご飯下さい...」と言うのが聞こえた。
とりあえず護衛の1人に屋台で食べ物を買ってきてもらい渡す。
するとガツガツと食べ始めた。
あっという間になくなるので追加を買いに行ってもらい、2回のお代わりで満足したようだ。
始終無言で食べていたが、お腹が落ち着いたのか勢いよく話しかけてくる。
「ありがとう!
本当にありがとう!!
もうダメかと思ったよ~
お礼するよ!
と言ってもお金はそんなに持ってないんだ。
魔法を教えるなんてどうだろう?
まだまだ未熟だけど、人間族よりは優れてるよ。」
『人間族?』
「そうさ!
なんたって私はエルフだからね!」
そういうとフードを軽く持ち上げ、特徴的な耳を見せてくれた。
エルフ!?
ビックリだ。
滅多に姿を現さないというエルフが居るなんて!
ここで話すのは良くないと思い、一先ず本邸に招待する。
護衛たちはかなり渋っていたが、エルフに会える機会はもう一生ないと説き伏せた。
帰り着き、どうしてあそこに居たのかを聞いてみる。
彼女の名前はリンネア。
250歳のまだ年若いリンネアは里の暮らしを窮屈に感じ飛び出してきたらしい。
エルフは珍しく、狙われる事があるのも知っていたため、大きな街までは不要な争いを招かぬように認識阻害の魔法を掛けていた。
そして、ここ、バッハシュタイン領の街へ到着。
食料も尽き、食べ物屋や宿屋を巡るも誰も彼もが無視をする。
怪しい風貌がいけないのかと思ったが、フードを取れば一発でエルフとわかってしまう。
成す術もなく途方にくれ、座り込んでいるところにオズワルドが現れたというわけだ。
そう!
彼女は自分で認識阻害魔法を掛けたのに忘れていたのだ。
どうやらおっちょこちょいなエルフらしい。
そして、何故オズワルドだけ見えたのかというと、恐らく魔法耐性が高いのだろうと言われた。
認識阻害は精神に働きかけ気にしなくなるような魔法だ。
魔法耐性が高いと効果がない。
途中で護衛が見えるようになったのも、そこに在ると認識したからだ。
話を聞くと放っては置けなくなった。
リンネアにしばらくここに滞在してはどうかと提案すると、二つ返事で了承の意が返ってくる。
「嬉しいよ!
人間の友達は初めてだ。
ここでしばらく人間の暮らしを勉強させて欲しい。」
どうやらすでに友達認定されているようだ。
事後報告ではあるがお祖父様に相談し、ここへの滞在許可をもらった。
お祖父様にリンネアの状況を説明したところ、認識阻害魔法を使っていたのであれば門番も通り抜けてしまったであろう。
であれば身分証明代わりの仮カードも発行されていないはずだと指摘された。
全くもってその通りだった。
認識阻害魔法は高度な魔法で、現在人間に使える者はいないとされているらしい。
精々存在感が薄くなるぐらいだとか。
なので門でも特に対処しておらず、通り抜けてしまったようだ。
お祖父様がバッハシュタイン家に招待した客人ということで長期滞在の許可を貰ってきてくれるとのこと。
それまでは決して外に出ないようにと注意を受け、出掛けて行った。
こうしてリンネアとの生活が始まった。
そして、いつも通り本を傍らに調薬をしていた時だ。
リンネアは近くでその様子を見て不思議そうに声を掛けてくる。
「それ、何してるの?
遊んでるの?
薬草勿体無くない?」
『これは傷薬を作っていたのだけど、おかしかった?』
「そうだね。
それじゃあ、効果が殆どないと思うよ。
薬草の葉脈を取って、粉状になるまで磨り潰さないと」
なんと、リンネアは調薬について詳しかった。
なんでもエルフは1000年以上生きるため、暇に飽かして魔法や薬草の研究をしているのだとか。
リンネアはまだ若いのでそんなには知らないらしい。
しかし、手元の本と比べてみたがリンネアの方が遥か先を進んでいるようだ。
魔法薬までも複数知っているという。
ただ、エルフの魔法薬というのは病気に対してではない。
例えば、一時的に水中で呼吸ができるようになるものだったり、仮死状態になるといったものだ。
エルフは体質からか殆どウイルスなどに感染しないという。
是非とも知識を身につけたい!
リンネアにお願いしたところ、快く承諾してくれた。
こうして、リンネアは魔法と調薬の師となったのであった。
リンネアが師となってから数ヶ月。
魔法と調薬はグングンと上達して行く。
エルフ式魔力操作を学んでからは格段に無駄魔力が減ったのを感じる。
因みに師匠と呼ばずに、リンネアと呼んでいる。
というのも、
「友達なのに名前で呼んでもらえないのは寂しいな~」と言われたからである。
そして、今日は新しい魔法が完成した。
以前からずっと研究していたもので、リンネアがきてからはアドバイスを貰って完成させることができたのだ。
どんな魔法かというとヘアハードスプレーだ。
正装の際、ポマードのような物を使う事が多い。
男性は髪を後ろに流し固め、女性は複雑に結い上げた髪が崩れないように固める。
オズワルドはこのニオイが苦手で、ベタベタ感も嫌いだ。
固める魔法も存在するが、元は物を固定するための魔法で使い勝手が悪い。
完成にカチカチに固定されるため、髪が飛び出していたら針のようになるし、魔法効果がきれるまで髪が崩せない。
更に中級に分類され、使い手はそんなに多くない。
別の物が欲しかったが探しても見付からない。
無いのであれば作るしかない!
ということで研究を始めた。
この世界では科学は発展していない。
そんな中でハードスプレーを再現するのは難しい。
その為、魔法でアプローチをかけたのだ。
今回完成したのは。
簡単に言うと結び付きを強くする魔法だ。
魔法をかけた際に触れているものの結び付きを強くする。
あくまで強くするだけなので、離してしまえば戻らない。
まんまハードスプレーだ。
しかも、魔法なのでベタつかないし、髪が痛むこともない。
魔法効果が切れるのを待たずともブラシでとかすと本来の髪へ戻る。
そしてこの魔法は下級魔法に分類される程の難易度と魔力量で出来る。
絶対に需要があると思う。
早速、お祖父様に見せてみた。
「おぉ!
これはすごいな。
しかし、新たな魔法を造り出すとは...
バッハシュタイン家の天才は本物であったな。
これを世間に広めるのであれば魔法協会への登録が必要だな。」
お祖父様は魔法協会についても説明してくれた。
名前の通り魔法を管理している協会だ。
新しい魔法や改良魔法が出来れば登録し、必要とする人がいれば売る。
そして、開発者へとお金が支払われる。
要は著作権だ。
この著作権は100年も有効らしい。
新しい魔法は滅多に出てこない。
お祖父様の知っている限りでは200年は出てないそうだ。
新しい魔法と認定されれば、国に貢献したとして国から報奨金が出る。
場合によっては、国王に拝謁を許されたり、爵位を賜ったり、陞爵したりすることもあるらしい。
今回の魔法は新しい魔法と認定され、報奨金が出るだろうとのこと。
手続きはお祖父様が請け負ってくれるらしいので任せる。
このことをリンネアに話し、お金を渡すと伝えたのだけれど辞退された。
「私はちょっとアドバイスしただけさ。
これを造り出したのはオズワルドじゃないか。
それを横取りするような真似出来ないよ。
オズワルドはそんな恥ずかしい事を強いることはしないだろう?」だって。
なんというか男前だ。
ますますリンネアが好きになった。
しかし、魔法や調薬を教えてもらっているし、リンネアには何かお礼をしたい。
そこで、刺繍糸を使って花の髪飾りを編んでみた。
リンネアは結構可愛い物が好きだ。
けれど、可愛いというよりは美しい容姿をしているリンネアは、自分には似合わないと思っているのか、可愛い物は身に着けていない。
気にしている様子は見せるので着けたいのだと思う。
この髪飾りはリンネアに似合うよう、可愛いけれど可愛すぎないように仕上げた。
小さな魔石もつけてクリーン魔法を仕込んである。
『リンネア、いつもありがとう。
これ、よかったら受け取ってくれない?』
リンネアは素直に受け取る。
『開けてみて』
布に包んでリボンで止めただけなので、すぐに開いた。
気に入ってくれたのは一目瞭然だ。
頬を薔薇色に染め、少し照れた笑顔を見せてくれた。
すぐに髪に着けてくれる。
『うん。
やっぱり似合うよ。
リンネアに似合うように作った甲斐があった。』
「これ、オズワルドが作ったの?
嬉しい...!
ありがとう。
大切にするよ!」
喜んでくれたようで何よりだ。
7歳も10ヶ月を過ぎた頃。
魔梟の卵はかなり色付き、大きくなっていた。
そろそろ孵るだろうと毎日ソワソワしていたのだが、不思議と今日孵るのだとわかった。
自室のテーブルの上に薄めのクッションを置き、その上に卵を乗せる。
一時間程すると予想した通り卵にヒビが入り始めた。
まだまだ時間がかかりそうだ。
勉強をしつつチラチラと様子を伺うこと3時間。
もう出てこれそうなので手を止めてじっと観察する。
事前に調べたところ、魔梟は子育てをしないため、殆ど成体と変わらない容姿で孵化する。
そして、数時間程で飛べるようになる。
といっても、まだまだ小さく手のひらサイズ。
飛ぶのもヨタヨタと頼りないそうだ。
最終的には大人の頭より一回り小さいくらいのサイズにまで成長する。
そんなことを考えていると出てきた。
小さい体。
色は茶色、えんじ色、白、黒が交じったまだら模様。
瞳は卵の殻と同じ樹液のような色のマーブル模様だ。
まだ孵化したばかりだというのに、ヨタヨタとオズワルドのもとに歩いてきて、甘えるように体を擦り付けてくる。
感動で震える。
そっと指先で撫でながら話し掛ける。
『初めまして。
オズワルドだよ。
君の名前はアンバーだ。
これからよろしくね。』
アンバーは目を細める。
ぼんやりと嬉しいという感情が伝わってくる。
絆を深めればもっと意志疎通できるようになるらしい。
アンバーを皆に紹介してから1週間もすると、アンバーは飛ぶのが上手になった。
自分で庭の虫を捕まえて食べていることもある。
今日はお祖父様と従魔獣登録へきた。
従魔獣登録とは、その名の通り自分へ従う魔獣を登録することだ。
登録する場所は魔法協会従魔獣課だ。
登録すると小さな魔道具が渡される。
それを従魔獣に着ける。
この魔道具は誰が持ち主なのかを調べる事が出来る物で、従魔獣の持ち主にしか外すことは出来ないようになっている。
この魔道具が着いている魔獣は主人がいる証拠で、間違って狩られることを防いでいる。
魔道具持ちの魔獣に危害を加えることは犯罪だ。
見付かれば罰金、重労働に加えて一生涯にわた従魔獣を持つことを禁止される。
余りにも悪質だも犯罪奴隷になることもあるという。
従魔獣登録は基本的に本人が行う。
ヒスイもお父様が仮登録を行い、オズワルドの国民カードが発行されてから本登録を行ったのだ。
魔法協会従魔獣課にて書類を書き込み、専用の魔道具に国民カードをかざす。
従魔獣となるアンバーをチェックされ、魔道具を受け取る。
職員の目の前でアンバーに魔道具を着ければ完了だ。
従魔獣は主人との絆を深めるため、しばらくは主人の側から離れたがらない。
アンバーはオズワルドの肩を定位置にし、ぴったりと寄り添う。
皆はその様子を微笑ましそうに見守るのであった。