願望を届ける天使
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色とりどりの球体が敷き詰められている。あっちからもこっちからも、淡く光りながら運び込まれて来た。
ここは人の願いの溜まり場。選別天使と呼ばれる天使たちが、集まって来た願望を選別し、時に廃棄し時に神へ直送する場所である。
クルッとした金髪を持つ天使リーヴェも、その選択天使の1人。今日もたくさんの願望を仲間たちと選別していた。
「やっぱどれも汚いよねぇ」
誰かが呟いたその言葉に、リーヴェを含める選別天使たちがコクコクと頷いた。誰からともなく周りの願望を見渡す。
人の願いの結晶であるこの球には、人の願いの質や清浄さが現れる。人が知らぬうちに願う黒い願いももちろん結晶となるのだ。
9割以上の結晶が、自身を正当化する優しい光に包まれている。しかしその殻をむいたが最後、淡く色づいた光は失われ、濁った汚い結晶と化す。
だからこその『人間』であった。けれどもやはり、汚い結晶を見て幸福な気持ちは生まれない。
選別天使たちの楽しみは時折やってくる。殻のない綺麗な結晶や、殻をむいても綺麗な結晶を見つけ出すことだ。
見つけ出した結晶をみんなで堪能したあと、見つけた天使が神に届ける。その時の神の嬉しそうな顔も楽しみの1つだ。
これだから人間が好きなんだ。
天使も神も、皆そう思っている。確かに汚れた心もあるし、それが人間というもの。けれども美しい一面もあって、憎むことも嫌うことも出来ない。愛おしい。
「おーい、リーヴェ。ボーッとしてないで、仕事しよ?」
「あ、うん」
結晶を見ながらあれこれ考えていたリーヴェは、その声に応えて仕事を再開した。
人間らしいくすんだ願望の中にある、ひときわ美しい願望を探して。
今日も見つけられなかった。
リーヴェは宿舎へ戻り、そう呟いた。だが、自分が見つけたのではないにしろ美しい願望を見ることは出来た。それで満足しつつも、少しだけ自分が見つけたいと言う思いが芽吹く。
リーヴェは選別天使の中では若く経験も浅い部類に入るが、それでも数百年は願望を選別し続けてきた。けれど今まで、一度だって美しい願望を見つけたことはない。
自分は運がないのだろうか、などと言うバカらしい考えが浮かんだ。天使に幸運も不運もないと言うのに。
リーヴェは休む気のもなれず、ふらりと誰もいない仕事場に足を運んだ。
僕にも見つけられないかな。
そんな淡い希望を胸に抱きながら。
どれくらいの時間、ボンヤリとしながら仕事場を練り歩いていたのか。まだ選別天使たちが来ていないあたり、そう長い時間でもなさそうだった。
コンっと、リーヴェはなにかを蹴った。
蹴ってしまったものは結晶だった。
リーヴェは不思議に思う。どんな結晶も、ふわふわゆらゆらしていて実体がないに近しい。この願望は、どうしてこれほど硬い音がするのだろうかと。
ソッと手を伸ばして、結晶に触れる。やはりとても硬かった。硬いそれは、中にあるなにかを覆い尽くしていた。
パキパキと硬い硬い殻を割っていく。剥くとも違うその感覚に、リーヴェは興味津々だった。
硬かった殻を放り投げる。リーヴェの手の中には、今まで見たこともないような願望があった。
淀んでいて濁った、いつも見ているようなその願望。けれどどこかが違った。
意を決して、リーヴェは結晶に指を差し込み中を見てみた。硬い殻に覆われ、汚いという自覚で覆われた本当の望み。そしてそのもっと奥にある、表面上にして本物の美しい願望。
リーヴェは、自分がコクリと喉を鳴らしたのに後から気が付いた。
しばし結晶に意識を奪われていたリーヴェだが、いきなりバッと立ち上がった。自分でも驚くほどの速度で向かう先。仕事を与えられた時以来見ていない、神の元。
慌てて入って来たリーヴェに神はふっと笑いかけた。
「仕事の時間でもないのに、熱心な子だ。ほら、見せてごらんなさい」
リーヴェは神に、割ったあの硬い殻とともに結晶を見せた。神はリーヴェと同じように、結晶に指を差し込み奥を見た。
結晶に見入っていたリーヴェは、珍しく目を丸くした神の表情には気付かなかった。
「リーヴェと言ったね」
「え、あ、はい」
「とても、綺麗な結晶を見つけたみたいだよ。やっと君も見つけたんだ」
「は、はいっ!」
嬉しそうにまた結晶を見るリーヴェの頭を、神は優しく撫でた。
「これからも頑張るんだよ?」
「はい!」
とても嬉しそうに帰っていくリーヴェの背を見ながら、神は結晶をおもむろに割いた。奥にある、本音ではない本物の願望。
少し不安定なのは、願望の主の不安や恐れが現れているからだろう。神は微笑んだ。
「リーヴェ。君は気づいているかい? この願いの、本当の美しさを」
神はそう呟いて、結晶に手を触れた。
リーヴェが仕事場に戻った時、もう仕事は始まっていた。
「あ、リーヴェ。どこにいたの?」
「ご、ごめん。ちょっと早めに来たら、不思議で綺麗な結晶を見つけたんだ。それを神様に届けて来たところ」
「えー、見たかったなー」
その話を聞いた選別天使たちが、わらわらとリーヴェの元に集まった。もっと聞かせろ、もっと聞かせろ。そう急かされる。
リーヴェは嬉しそうに、結晶の話を始めた。