怜の向かう先は
怜様を追いかけること20分、周りは徐々に人気がなくなり、私は不安の中歩き続けました。丘の上の雑木林には一筋の小道があり、登っていくと、怜様が一件の寺へ入られるのが見えました。私もこっそりとついて行き、寺の脇道をさらに奥へと進んでいく。ようやく怜様が立ち止まり、脇にあった小さな蛇口で水を汲んでおられるのが確認できました。そこでようやく、私は怜様のここへ来た意図を理解したのです。
「ここは、霊園・・・」
怜様が参られた寺に併設されているこの墓地は、見渡す限り広く、整った墓石がずらりと並んでおりました。墓地を囲むように植わっている大きな桜の樹が墓石に影を落とし、ざわざわと揺れている音だけが聞こえてきます。
怜様が訪れたのは、多くの墓の中でもひときわ大きな雑賀の墓でした。花を丁寧に手向けられ、水を用意し、整うと静かに手を合わせられました。
「もしかして桜様の・・・?」
しばらく手を合わせたままじっと動かない怜様の横顔を、私は少し離れた影から見ておりました。長いまつ毛が顔に影を作り、凜とした唇が固く閉じられている。女の私でも思わず息を呑む美しさと、覗き見ている今の状況で体全体がドキドキとしておりました。
すると、怜様の目がパチリと開き、こちらに気づいたのか、くるりとお顔を向けられました。私は隠れる間もなくばっちりと目が合ったのです。まずい!と思うと同時に、動揺から足を滑らせ、一瞬のうちに、私は身の隠し様がないほど豪快に転んでおりました。
「うぅ、いたた・・・」
「大丈夫か」
ふと見上げると、怜様がすぐそこまで近づいておられました。
「れ、怜様・・・」
「お前、付いてきていたのか」
背中を一筋ひやりとした汗が伝うのを感じました。こんなところに私がひとりで居る理由はなく、もはや隠し立てできない状況。
「怜様!申し訳ありません!先刻あなたが供も付けずに歩いて行かれるのを街でお見かけし、操様の言いつけもあり、そのまま見過ごすこともできず、何かあってはならないと付いてまいりましたが、まさかこのような場所でその、あの、つい・・・」
「操様の言いつけ、か」
「えぇえっと、それはですね、えっと・・・」
何を言ってるんだ私は!しどろもどろと言葉を詰まらせながら言い訳を探してみましたが、怜様のまっすぐ突き刺すような眼差しに逃げ場は無く、私は目を泳がせることしかできずにいました。頭が沸騰してダラダラ汗を流す私。それを見ていた怜様が、ふいに肩を震わせ目を伏せられた。
「れ、怜様?」
「ふふふ、あははは、そのように正直者が過ぎては何も探れぬだろう」
怜様はくすくすと笑っておられるのでした。私はてっきりカンカンに怒られるだろうと思っていて、腰が抜けて動けないでおりました。
「おおかた操様から、何か探ってみよとでも言いつけられておるのだろう。お前が操様よりの命で私の女中になったときからそうだろうと思ってはいたが。しかし、ふふふ・・・そのように間の抜けた顔で怯えられてはたまらない・・・」
「そんなぁ・・・」
「それで、何か良い情報は得られたか?」
怜様はいたずらに、にやりとこちらをのぞき込むのでした。私は何も言うことができず、ただただ顔を横に振ってみせました。
「ふふ、そうか。まぁ立ちなさい。着物が汚れたであろう。付いておいで」
そう言って、怜様はそっと手を差し伸べられました。その口調があまりに優しく穏やかで、私はこのとき、初めて怜様の人となりを垣間見たのでした。