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操の差し金として


「さぁどうぞ。こちらへおかけなさい」


 入口で縮こまっている私に、操様はベッドの傍の小椅子を勧められました。普段強めの香水をお使いなのか、お部屋は様々な香りが入り交じっており、頭がクラクラしそうでした。私はおずおずと近づいて、深々と頭を下げた。


「先刻は誠に、申し訳ございませんでした」

「もうよい。さっさと座れ」


 怖い・・・私は怯えを飲み込み、ゆっくり椅子に腰掛けました。


「立花の孫でしたね、名はなんと言うのだったかしら」

「梢でございます」

「そう。では梢、あなたちょっと私のお願いをきいてくれるかしら」


 操様は含みのある笑みを零し、そうおっしゃられました。私は思わず身じろぎした。


「お願い、ですか」

「あなた、明日から怜に付いて回り、怜の身の回りの世話をしてちょうだい」


 操様は歯茎が見える程にんまりとしてみせた。


「し、しかし私のような新人にそのようなお役目務まりますかどうか・・・」

「新人だからこそではありませんか」


 操様はビシリと言う。


「私はね、ただ身の回りの世話をせよと申しておるのではありません。実はあの怜という娘は、私の子ではなく旦那様がよそで産ませた妾腹(しょうふく)の子。私には怜と同じ年の桜という娘がおりましたが、可哀相に、桜は3年前15の若さで死んだのです」


 操様は懐から出したハンカチを広げ、目元を拭いながらおっしゃられました。


「怜は幼いころから私に懐かず、そればかりか幾度も私はないがしろにされてきたのです。しかしこの度、私の兄の子である恭四郎との縁組が決まり、私はこれを機にあの子と和解したいと思っているのですよ」


 ハンカチの隙間から、操様の大きな目がぎろりと覗いている。


「そこで婚儀までの間、あなたは怜の様子を観察し、私に逐一報告なさい。何せあの怜は疑り深い。これまでの溝を埋めるためには情報が必要だわ。新人で、しかも私が叱り飛ばしたところを怜は見ているのだから、まず疑われることはないでしょう。あなたのような人がうってつけなの。それに、恭四郎と怜の仲も気になるわ。恭四郎の叔母として、私、とても心配しているのよ」


 操様は一気にまくし立てるようにおっしゃられました。そして得意げにふんっと鼻を鳴らし、腕を組まれている。なんていうか、怜様と和解したいだなんて、にわかには信じがたいお話に聞こえるのですが・・・しかし私に断る選択肢なんてあるはずもない。


「承知いたしました・・・」


 私が搾り出すようにつぶやくと、操様は手を叩いて、再びこの上なくにんまりとされました。


「ではそういうことですから、どうぞ明日から、よろしく」






「ということがあったんです」

「恐ろしいことだわ・・・」


 私は操様の寝室を出たあと一目散に女中部屋に走り、先程あったことをすぐさまアサミさんに報告しました。アサミさんはあれから心配してくださっていて、涙目になっていた私を他の姐さんたちの居ない別室へ連れ出してくださいました。


「アサミさん、私どうすれば良いでしょう?」

「怜様に付いて情報を引き出せだなんて。とんだスパイだね。それ以外に特に指示は無かったかい?」

「まずは怜様と親しくなり、本心を聞き出してほしいと仰せでした」

「そうかい・・・」


 アサミさんは少し思案して、それから怯える私の肩をパンっと叩きました。


「まぁ、決まったことは仕方ない。とにかく今自分にできることを精一杯してみなさい。それに、怜様付きのお女中なんて大出世だよ。明日からさらに頑張んなきゃね」


 アサミさんはにっこり笑って言いました。その明るい物言いに、なんだか励まされる心地がしました。確かに、くよくよしていても始まりません。この私にはもったいないお役目をやり抜くしか無いのです。

 まだ右も左も分からない私だけれど、怜様付きのお女中として自分に出来ることを精一杯やってみようと、私は固く決意するのでした。






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