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操の誘い


「花を飾るのは良いんだけれど、桜はまずかったね」


 ひとしきり泣いて落ち着きを取り戻した私に、アサミさんは優しく言いました。


「3年前、奥様は一人娘の(さくら)お嬢様を亡くされているの。それ以来、桜様を連想させる桜の花は、見るのも話題に出すのも厳禁。春になるとお庭の桜の樹に奥様を近づけないように、皆気を配ってるんだよ」


 そう言って、アサミさんはポンポンと私の頭を撫でた。故郷の母がアサミさんと重なって、また涙腺を刺激しそう。


「あれ、でも一人娘のお嬢様は怜様ではなかったですか?」


 私の問いかけに、アサミさんが少し言いにくそうな顔をした。


「あまり大きな声で言えないんだけど、怜様は奥様の子ではないの。ここだけの話、旦那様が外で作ったお(めかけ)の子でね。本来なら旦那様と奥様の娘である桜様が婿をとり、雑賀を継いでいくはずだったんだけど。桜様が亡くなった今では、怜様が桜様の代わりになられて、それで奥様と怜様は大層仲が悪いんだよ」


 アサミさんは小声でそう言って、表情を曇らせた。なるほど、これはまた大きな地雷を踏んでしまったようです。お庭の別の花を選んでおけば良かった。よりによって、亡くなられたお嬢様のお名前だったとは。

 しょんぼりする私でしたが、アサミさんは「初日からびっくりしたね」と優しく励ましてくれます。本当に、アサミさんが居てくれて良かった。ひとりでは到底この事態に対応できなかっただろう。すぐ弱気になる私には、こうやって失敗を笑い飛ばしてくれる存在はありがたい。


「アサミさん、本当にありがとうございます・・・」

「良いのよ。そんなことよりこのあと大丈夫なの。奥様のさっきの呼び出しだけど、行けそう?」


 アサミさんは心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「もちろんです!先程はご迷惑をおかけしてしまいましたが、私もへこんでばかりはいられません。汚名返上、心を込めて行って参る所存です!」


 泣いてばかりはいられません。こんなところでへこたれていては、憧れの働く強い女にはなれません。私はすっくと立ち上がり、片手を拳にして意気込みました。それを見たアサミさんは、「よしその意気!」と励ましてくれました。




 それから食卓の片付けをし、夜のお勤めが一段落した頃、ついに奥様の元を訪れることとなりました。心強いことにアサミさんもご一緒してくださいます。いつまでもくよくよしていられないので、私もいつもよりキリリとした面持ちで臨みます。

 奥様の寝室の前に来て、ひとつ深呼吸した後アサミさんが扉をノックしました。


「奥様、参りました」


 少し間が空いてから、木製の装飾が美しい扉がゆっくり開く。操様が出ていらした。先ほど見た恐ろしい表情ではなく、私たちを順番に見て、微笑まれている。思わず背筋がピンと伸びる。


「奥様、先程は大変失礼を致しました。お休みの前に、どうかひとつお詫びさせてくださいませ」

「まぁアサミまで来たの。そんな重苦しい顔をして。良いのよ。私も久しぶりに怜の顔なんて見たものだから頭に血が登ったようだわ」


 そう言って操様は口元を二ィっと上げた。思ったよりもお怒りではないようでホッとしたのもつかの間、操さまのギョロッとした目がこちらを向いた。


「それで、私とても良いことを思いついたの。ねぇアサミ、ちょっとこの子、貸してくださらない?」


 操様が無邪気に言った。思わず私とアサミさんは目があった。アサミさんが驚いているのが分かる。


「奥様、それは・・・」

「あら何も取って食いやしないわよ。ちょっと私の遊びに付き合って欲しいだけ。立花の孫だったわね、あなたこちらにいらっしゃい。アサミは帰っていいわ」


 そう言ってすぐ、操様は寝室の奥へ行ってしまわれた。私たちは再び目を見合わせた。アサミさんの目が「どうする?」と言っているようでした。


「い、行ってまいります・・・」


 私は意を決して、奥様のお部屋に足を踏み入れることにしました。操様、怒っておられないようだったけど・・・二人きりでひどい折檻でもされたらどうしよう。夕食の時とご様子があまりに違うので、それが恐ろしくてたまらない。本当はアサミさんに付いてきてほしい。

 アサミさんもこの展開は予想していなかったのか、焦っておられる様子。私は泣きそうな顔のまま、寝室の扉を後ろ手に閉めた。



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