第17話 家族の形
余裕があったので本日二度目の投稿です。
礼治とフールはサタンと別れた後、一階に降りて食堂でご飯を食べた。
今晩のご飯はレッドピッグと色とりどりの野菜を使ったクリームシチューに白パンとデザートにはブルトというブドウの様なフルーツが出てきて、それを二人で完食して調理場にいるミネットに食器を返却し、御礼をしてから食堂を後にした。
食堂から出ると今度は受付で雑用をしていたラルファに宿泊期間を延長するために五日分の二人の宿泊費を支払った。
その際にラルファからは「無事に冒険者になれてよかったですね」っと、まるで自分の事のように喜んでいた。
その後はラルファからぬるま湯の入った桶とタオルを二枚貰ってから部屋に戻り、身体をタオルで拭き綺麗にしてから寝巻きに着替えた。
フールはベットに潜ろうとしていたが、その前に礼治からベットの端に腰を下ろすように言われ、ベットに腰を下ろし、礼治はフールの隣に腰を下ろした。
「今日はお疲れ様フール」
「お疲れ様です礼治様。今日は礼治様と一緒に冒険者となり。また一緒に仕事ができてとても充実した一日でした。私はこれからも礼治様のために精一杯頑張らせて頂きます」
フールの笑顔に礼治は嬉しくてついつい笑ってしまった。その時礼治はある事を考えた。
その考えとは、最初のニグリスの依頼を受けている時から考えていた事だった。
「礼治様どうかなさいましたか?」
フールに突然声をかけられたのでフールの方を向くと、フールは礼治の顔を心配した表情で覗いていた。
「ゴメンなフール。ちょっと考え事をしててね」
「考え事ですか?何かお悩みでしたら私がお悩みをお聞きしてもよろしいですか?」
「ありがとうフール。じゃあちょっと話を聞いてくれるか?」
「はい、喜んでお聞かせくださいませ」
フールは本当に嬉しそうな顔をしする。
礼治に頼られている事がこの上ない喜びであるフールにとって、それはご褒美に匹敵するのは言うまでもない。
そんな嬉しそうなフールの了承を得てから礼治は今日のことで自分が思ったこと、感じたことを話し始めた。
「なぁフール。今日のニグリスさんとタルシャさんの依頼を受けて何か感じた事はあるかな?」
「何かと申しますと?」
フールはこの質問に対して頭を横に傾けて聞き返す。
「俺は家族の本来の形が見えたような気がするんだ」
礼治のその言葉にフールは黙り込み、嬉しい表情から一変、真剣な表情で話を聞く姿勢をとった。
「まず最初に受けたニグリスさんの依頼は亡くなった親父さんのためにニグリスさんが代わりに夢を叶えてあげたいっていう強い想いがあった」
この時はニグリスとニグリスの父親との強い想いが込められた木箱を積み終わった後のニグリスが嬉しさのあまり従業員さん達と一緒に泣き出した光景が蘇る。
「そしてタルシャさんの依頼はタルシャさんの産んだ子供でなければ、言い方は悪いけど人でもないのにタルシャさんはクロの事を本当の息子として愛していて。また、クロが運命の相手を見つけて愛を育んで子供ができていた事を知った時の姿が本当に息子が結婚して孫ができたら親はあんな感じで喜ぶんだろうと、本気でそう思えたんだ」
この時は安心と嬉しさで涙を流すタルシャさんとタルシャの側に寄り添うように身体を擦るクロの猫一家の光景を思い出す。
「他にもさ。ラルファさんとミネットさんとまだ会ったことはないけどカラードさん達家族は一致団結してこの宿屋を切り盛りしているしさ。なんか憧れるところがあったんだよね」
そう言った後、礼治は左手でフールの右手を握り、礼治の突然の行動にフールは驚くも礼治の手をしっかり握ぎり返す。
「そうやって人はみな、家族がいて初めて幸せを感じるんだと思う」
そこまで言ってから礼治はフールの方を向く。
「だから俺は思うんだ。フールやトランとそれからテミスやサタン。他にはまだ会ったことがない大アルカナ達は全員、俺にとっては大事な家族なんじゃないのかなって」
礼治が大アルカナ達と触れ合い、この世界に住む人々の暮らしの一部を見てきた礼治の言葉にフールは大量の涙を流し始めた。
「俺は大事な家族のために精一杯頑張っていこうと思う。だからさフール」
礼治はそう尋ねながら空いている右手でフールの涙を拭う。
「……はい…」
フールは泣きながらもなんとか返事をする。
「これからは家族として俺の側にずっといてくれるか?」
礼治の質問にフールは左手で涙を拭いそして。
「はい、勿論です。私フールは大アルカナを代表して宣言させていただきます。これから大アルカナ一同は礼治様の家族として、いついかなる時でも礼治様の力となりずっとお側にいることを誓います」
元気な声で答えた。
「大アルカナ一同って、まだ誰の話も聞いてないのにそんなこと言って大丈夫なのかな?」
「大丈夫ですよ礼治様。大アルカナ一同皆、礼治様の家族としてお側にいることを心から喜ぶと思います」
礼治の質問に笑顔で答えるフールだった。
礼治はフールの返答を聞いた後、フールが愛おしくなり、両手でフールを抱きしめ、暫くしてから一旦離れ今度はフールにキスをした。
フールは勿論のこと礼治からのキスを心から受け入れた。
その後二人はベットに倒れこみ、心からの思いを相手に伝えるための行為を夜遅くまで続けた。
その日の空は満点の星空で綺麗な満月が浮かんでいるのであった。
〜〜〜
時間は戻り礼治達と別れたサタンは大アルカナ達が住む異空間に戻っていた。
「ただいまーっと。<クンクン>いい匂いがしてんなー」
サタンは帰って来て早々美味しそうな匂いに惹かれ、その匂いがする方向へと向かった。
暫く歩いていると広場の一角でフールを除く大アルカナ達全員が大きなシーツの上に大量に作られた料理を囲み食事をしていた。
外から見ると大家族がピクニックを楽しんでいるようにも見える。
「ただいまーっと。おお!今日の飯も旨そうだな」
サタンは挨拶をしてから予め用意されていた自身の席に腰を下ろした。
するとサタンの左横に座っていた少女が声をかけてくる。
「おかえりサタン兄。レイジ兄とフール姉はどうだった?」
声をかけてきた少女はトランである。
「おうトランのガキ。ちょっと待っときな。話は食事を食べ終わってからな」
「だからガキって呼ぶなーー!」
トランはサタンから『ガキ』と呼ばれたことに怒る。しかし、サタンは気にせずに料理を取ろうとした次の瞬間。
「<バコーン>。イッテ〜〜〜〜‼︎⁉︎」
大きい音と共にサタンの頭には物凄い痛みが走る。
サタンはあまりの痛さに涙目になりながらも頭を両手で抑えてから後ろを振り向いた。
「サタン。その態度を貴方は何度注意されれば直すのですか?後、帰ってから手を洗いましたか?」
「だからってフライパンで頭を殴ることは無いだろうがテミスの姐御‼︎⁉︎」
サタンの後ろにはいつも着ている赤色のローブの上から白いエプロンをしているテミスが右手にはフライ返しを左手には天秤ではなく少し底が凹んだフライパンを持って立っていた。
「貴方が礼儀正しく且つマナーを守ればそんなことはしませんよ。さあ、早く手を洗ってきなさい」
テミスはそう言ってから再びフライパンを振り上げた。
「わわわ、分かったからフライパンを持ち上げるのはやめろー‼︎‼︎」
サタンはテミスのフライパン攻撃から逃れるために立ち上がり、脱兎のごとく手を洗いにその場を離れた。
〜数十分後〜
サタンは手を洗ってから席に戻り食事を始めて暫くして、沢山あった料理は大アルカナ達によって瞬く間に完食された。
今シーツの上には食後のデザートとしてお菓子が並べられており、片手にフルーツジュースの入ったコップを持ったトランを筆頭とした大アルカナの子供グループがお菓子の周りに群がっている。
それに対し、大アルカナの大人グループはお酒やお茶、コーヒーやら紅茶やら自分の好きなものを飲みながら食後の一杯を楽しんでいた。
サタンが酒を飲んでいると横から声をかけてくる二人の人物がいた。
「ほれサタン殿。早う儂等の主であるレイジ殿の近況報告をせんか」
「そうだぜサタン。さっさとレイジの話を聞かせな。私は早くレイジの話を聞きたくてウズウズしてるんだよ」
「煩いなあ。いちいち言われなくても今から報告してやるから黙ってろよロマノフの旦那にフォースの姐御」
サタンに声をかけてきた二人の人物は片手にエールが入ったジョッキを持ったロマノフと、ウィスキーの入ったグラスを持ったフォースだった。
サタンは一旦酒が入ったジョッキをシーツを敷いた床の上に置く。
「今からレイジの兄貴の近況報告すっから話を聞きたい奴はちゃんと聞いてな」
今まで食後の一杯を楽しんでいた大アルカナ達はサタンの話を聞いた途端、一瞬にしてサタンの周りに群がった。
大アルカナの全員が心の中で主である礼治の近況報告を今か今かと待っていたのである。
「うんじゃあ報告を始めるぞ〜」
サタンはそう言ってから近況報告を始める。
最初はどうして呼ばれたのかから始まり。フールのこと、主の礼治と自分が何を話したかや、礼治が自分にどんな評価をしたかなどを余すことなく報告する。
サタンにとっては出来のいい近況報告に満足をしていたが、周りからの評価は。
「レイジの報告が短い!」
「殆どがサタン殿の自慢話で終わってしまったのう」
「サタン兄の役立たずーーーー‼︎」
サタンは批難と言う名の集中攻撃を喰らうだけで終わってしまった。
「オメーラ煩いんだよ‼︎仕方ねえだろうがレイジの兄貴と一緒に居られる時間が少なかったんだからよ‼︎後、トランのガキ‼︎‼︎『役立たず』とはなんだ!『役立たず』とはー‼︎」
「ふんだ!サタン兄がいつも『ガキ』って呼ぶからそのお返しだよ〜だ。ベェーだ‼︎」
トランはいつものサタンにお返しと言い、舌を出して可愛く挑発をする。
「なんだとガキが‼︎こっちにきやがれ‼︎」
それに対してサタンはトランにこっちに来いと怒鳴りながら言うものの。
「ふーんだ。悔しかったら捕まえてみろーだ」
それでサタンの側にトランが行くはずもなく、トランはさらにサタンを挑発してから走り出した。
「待ちやがれガキがーーーーー‼︎」
サタンは走り出したトランを追いかけ始めた。
ここで食後の運動が始まってしまい、サタンから逃げるトラン。トランを追いかけるサタンという構図ができた。
他の大アルカナ達は逃げるトランを応援したり、追いかけるサタンにヤジを飛ばしたりとドンチャン騒ぎになってしまった。
<パリン>
そんな騒がしい中、突然何かが割れる音が辺りに響き渡った。
その音に走っていたトランとサタンは足を止め、その様子を見ていた他の大アルカナ達は音のした方を振り向く。そこには紅茶の入っていたであろうティーカップが床に落ちて破片が散らばっており、その前には黒いオーラを纏うテミスがいた。
「あのバカフールが!レイジ様にあれ程迷惑をかけないようにと注意していたはずなのにその約束を破るなんて!帰ってきたら説教どころではすみませんね‼︎」
怒りで体を震わせるテミスに他の大アルカナ達はここには居ないフールの命の危険を感じとった。
その時サタンはトランを追いかけていたことで忘れていた礼治からの伝言を思い出す。
「テミスの姐御!そう言えばレイジの兄貴から伝言を預かってるから落ち着け‼︎」
「えっ?レイジ様から私に伝言ですか?」
サタンの言葉に先程までテミスが纏っていた黒いオーラが嘘だったかのように一瞬で収まっていた。
「伝言はフールの姐御はちゃんと反省しているからあまり怒らないであげてだ。これはレイジの兄貴からの伝言だからな!」
「はい、分かりました。今回はレイジ様の頼みということでお説教は免除しましょう」
テミスの言葉に心底ホットする大アルカナ一同。
「ですが、次は許さないでお説教ですね」
しかし、安心したのは束の間でテミスは一瞬だけ先程とは比べ物にならないほどのドス黒いオーラを放った。
そのオーラを肌身で感じ取った大アルカナの子供グループはほとんどが腰を抜かして泣きじゃくり始め、何とかオーラに耐えた大アルカナの大人グループは泣きじゃくる子供たちをあやすのに必死になって取り組んだ。
今回のことで大アルカナ達の中では
『テミスを絶対怒らせてはならない』
という暗黙のルールが作られたのだった。
〜〜〜
テミスがドス黒いオーラを一瞬放っていた同時刻、礼治と共に部屋で体をタオルで拭いていたフールの背中に底冷えするような悪寒が走っていたことは本人以外知る由もなかった。