第4皿 三色クロケット
ファン・レイン王国のアルストロメリア娘子軍に所属する小隊長メイア・ストール(十八歳)は、魔の森とも呼ばれる《ライデンの森》にある豚鬼の巣窟に囚われたまま、豚鬼によってもたらされる快楽と肉欲に酔いしれていた。
「――くっ、コロ……コロッケね、これ!?」
一口頬張った揚げ物の正体を悟って、そう得意げに言い放つメイア。
ホクホクとしたジャガイモと噛み締めるごとに肉汁が飛び出すみじん切りになった獣肉。それをパン粉でまぶして油で揚げた魅惑の一品。
以前、父である伯爵が存命の際に、同伴した公爵家の晩餐会で食べたことのある連合王国発祥の名物料理。それが、遥かに洗練されて――いわば上位互換として――素焼きの皿の上に三個ばかり乗っていた。
「コロッケというんのですか、これは? 簡単なように見えて、かなり贅沢な逸品ですね、お嬢様」
「そうよ。コロッケよコロッケ!」
同じテーブルについている部下にしてメイアお嬢様の侍女でもあったシャルロット(二十歳)も、メイアが手をつけたのを確認して、優雅な手つきで皿に手を延ばして目を丸くする。
その様子に得意げに胸を張って「コロッケ」を連発するメイア。
いままでこの店で出された見たことも聞いたこともない――それでいて絶品の――料理に戸惑いと屈辱を味わっていたメイアだが、ここにきて初めてその正体を看破できたことに有頂天になり、まるで鬼の首でも獲ったような喜びを爆発させるのだった。
「コロッケじゅあねえ! クロケットだ、ク・ロ・ケ・ッ・ト!! 確かに本来ならホワイトソースを使うところ、マッシュポテトで代用しているが、紛れもなくクロケットだ!」
と、厨房から顔を出して憤慨するこの店『森の隠れ家レストラン』オーナーシェフ(このたび正式に認可を貰った)、“スポンタネ”と呼ばれるコック服を着た豚鬼の姿があった。
「うっそだ~っ。あたしこれ似たようなのを連合王国の名物料理だっていって食べたことあったわよ。そん時、名前も教えて貰ったんだから間違いないって」
「それは教えた方が間違っているのか、どっかでクロケットがコロッケに訛ったんじゃねえのか? そもそも語源としては『クロケ』という――」
「ぶー。似たようなもんじゃない。……まあどっちでもいいわ、美味しいから」
スポンタネの薀蓄を遮って、あっさりそう一言で切って捨てるメイア。
機先を制せられた形になったスポンタネは「ぐぬぬ……」と歯軋りをして押し黙り、それからホクホク顔で料理を味わっているメイアの心底楽しげな表情を眺め、毒気を抜かれたような表情になってそのまま踵を返して厨房へと戻るのだった。
思いがけずに一矢報いた形になったのだが、メイア本人はそのことをまったく自覚することなく、ナイフとフォークを使って皿の上に乗っている三種類のクロケットと格闘することに夢中になっている。
その様子を壁際にお盆を抱えて立って見ていた妖精族のウエイトレスであるミュゼットは苦笑し、メイアと同じテーブルについているシャルロットは、微笑ましいものを見たという風に、普段の怜悧な表情を微妙に和らげた。
「こっちのは魚が入っているわ! おーっ、ソースも違うんだ!? 面白~い! 独特の風味があって病みつきになりそうね、これ」
「右端のクロケットは村の人たちから今朝いただいた剣歯猪のお肉を使ったオーソドックスなクロケットで、真ん中のはマスターが釣ってきた光鱒の燻製で、左端のは」
「カボチャですわね。私はイモもカボチャもさんざん食べ飽きたので、あまり好きではないのですが、こうなると御馳走ですわね。調理の仕方が違うのと、なによりもソースが絶品といってもいいでしょう。これは?」
ホクホクのジャガイモと甘くてねっとりしたカボチャ(どちらも荒地や土が痩せている土地でも栽培可能ということで、昔から庶民や貧乏人の主食としてお馴染みである)の相乗効果、さらにはたっぷりの脂身で揚げられた揚げたての衣には、嫌な臭いやくどさは一切なく、噛み締めるごとに心地よい脂気と……ひょっとして胡椒?の旨味が染み出てくる。
はっきりいってこれだけでも十分な美味しさだというのに、さらには付け合わせのソースが二種類あって、これをかけることで最高のクロケットをさらに上の次元。もはや天上の美味へと押し上げていた。
「片方はペシャメルソースを主体にしてソースで、どちらかといえばお肉に合うと思います。もう片方はタルタルソースで、こちらは魚介類に抜群に合います」
ミュゼットの説明にふんふん頷いて相槌を打ちながら、ふたりはクロケットを味わい、付け合わせについていた白パンが焼きたてなのに歓声を上げ、それとほんのり白いスープのコクと旨味に目を見張る。
「なによ、これ!? パンのフワフワの……王都の専門店並みの出来じゃない!」
「スープもとんでもない味わいの良さですわ、お嬢様っ」
ちなみにこの世界(中世のヨーロッパもそうだが)、パンといえば白パンであり、都市部では黒パンはほとんど食べないのが普通であるが、一定の層では安くて日持ちのする黒パンを積極的に食べることもある。その一定の層というのは、低賃金の下働き、旅人や冒険者、そして軍隊などであった。
「ふふふ。実は今度、厨房にオーブンが設置されたのですよ。それでパンもきちんとしたものを焼けるようになりました。あと、今回のスープは剣歯猪のお肉と骨、あと干したポルチーニ(キノコ)を戻したもので作ったコンソメスープですが、下ごしらえの段階で骨を焼いてから使っているので、以前よりも美味しくなった……ってことらしいですね」
「へえ~、やっぱオーブンがあると随分と違うものなの?」
「マスター曰く、『これでやっとまともなレストランを名乗れる』だそうです」
「そこまで違うものですか……ですが、確かにこれは納得の出来栄えですわね」
納得しながら料理を味わうシャルロット。一方、メイアは料理に舌鼓を打ちながらも、どこか納得し難い表情を浮かべていた。
「――どうかなさいましたか、お嬢様?」
「どうかしましたか、メイアさん?」
そんな彼女の様子に怪訝な表情になるシャルロットとミュゼット。
スポンタネも不穏な気配を感じて顔を出した。
「いや、どれも美味しいんだけどさ、いまお昼よね? 今朝の剣歯猪の肉をもう食べるなんて、珍しいなぁと思って。ほら、いままでの料理は何日か熟……熟……フザケンナーヨ?」
「熟成!」
業を煮やしてスポンタネが厨房から出てきた。
「そうそう、それをしてたじゃない。ずいぶんと早々に出してきたなと思ってさ。それに、普段はもっとこうお肉ならドーンと、ボリューム良く出されるじゃない? 今回はイモが主役って感じよね」
――いや、普通なら女性向けにはあまり肉、肉、肉と肉の塊を前面には出さないんだが、脳筋……もとい、普段から目一杯体を使う騎士なせいなのか、こいつら大の男でも辟易する量の肉でも平気で食うからなぁ。なので特別なだけなんだが……。
そのツッコミをぐっと喉の奥で堪えて、スポンタネはいちいち疑問を解きほぐすように答える。
「……いろいろと理由はあるが、まず第一に猪……豚もそうだが、これは熟成したくてもできないんだ。冷凍保存するならともかく、冷暗所に置いても時間が経過するごとに腐敗する。五日も経てばデロデロだ。だから豚肉は新鮮であればあるほど良いということになる」
「へー、そうなんだ。なんでも熟成させれば良いってもんじゃないのね」
メイアは素直に感心して残った付け合わせの温野菜もすべて平らげ、同時に食べ終えたシャルロットも『デロデロ』の部分で心当たりがあるのか、得心した表情で大きく頷いた。
「で、次の疑問にも関係するんだが、そんなわけで腐らせるのももったいないので、今回貰った剣歯猪の肉はそれほどじゃない。ま、頬肉やタン、網脂は使い道があるんで、優先的に貰ったけどな」
「なんでよ? 肉もらいなさいよ、肉っ! これも悪くないけど、せっかくの剣歯猪なんだから、ドーンと煉瓦の塊りみたいな肉塊で出しなさいよ!!」
真昼間から肉を連呼する、どこまでも肉欲に支配された女騎士の様子に、若干引いた表情になる豚鬼。
「――う~ん、だが罠にかかった剣歯猪は、三百キロを超える大物だったからなぁ。それに、ま。俺も罠の設置と解体には立ち会ったけど、村の畑を半年前から荒らしていた奴だし、優先権は村人にあるんであまり大量に貰うのも気がひけるし、第一……」
なぜか渋い顔。
「そんだけあれば村全員に行き渡っても全然余るじゃない!」
「まあ、そうだが……」
「なによ、微妙に煮え切らないけど……もしかして、アンタの愛人だったとか?」
「んなわきゃあるか! そもそも“豚鬼”てのは、見た目が似てるからって付けられた俗称であって、豚や猪との類縁関係はまったくねえんだっ」
「じょ、冗談だってば。そんなに怒らなくてもいいじゃないの……」
かなり本気で立腹したらしいスポンタネの様子に、慌てて謝罪するメイアであったが、
「……メイアさん、いまのは冗談だとしても最低ですよ」
「お嬢様、さすがにいまのは冗談になりませんよ」
ミュゼットから白い目で、シャルロットからは咎める目で見られ、さすがに堪えたようで顔面蒼白となったメイアは、即座に椅子を蹴倒す勢いで立ち上がると、スポンタネに向って深々と頭を下げた。
「――ごめんっ。配慮のない発言でした。心から陳謝します!」
良くも悪くも竹を割ったような性格の娘だなぁ、と呆れ半分感心半分で思うスポンタネであった。
これで許さないと言おうものなら、今度は自分が顰蹙を買う番だろう。そう考えて怒りの矛を収める。
「ああ、わかったわかった。だから顔を上げろ」
「許してくれるの?」
安堵した表情で顔を上げるメイア。
「まあな。ま、とりあえず、今後はその短気で軽はずみな性格を直す……いや、自覚して押さえてくれれば周りの皆も助かるんじゃないのかねェ」
それでも一言釘を刺しておくことを忘れないが、この鉄砲玉娘に性格を変えろと言っても無駄だろうと、ある程度譲歩することを忘れない。
「あはははっ、なーに言ってんのよっ。あたしは昔からお淑やかで思慮深いお姫様って言われてたんだから。――ねえ、シャル?」
そんな配慮を一笑に付して、メイアは再び椅子に座った。
「…………」
「なんで返事しないのよ!? そうでしょう、ねえシャル?!」
「……ところで話は戻るのですが、なぜ今回は剣歯猪の肉を主体とした料理をお作りになられなかったのでしょうか、スポンタネさん?」
「あー、それなんだが実は」
「なんであからさまに話題を変えるのよふたりとも!? つーか、ミュゼット。あんた子供みたいに頭を撫でないでよね!」
怒号を発するメイアに近寄って行って、いいこいいこと頭を撫でるミュゼット(百五歳=人間族換算十六~十七歳)。
いろいろと残念に思いながら話題を剣歯猪の肉に戻す、スポンタネとシャルロットのふたり。
「まあ、そのあたりはやりようなんだが……」先ほど同様、歯切れの悪い口調で前置きしながら、ボリボリと指先で頬の辺りを掻くスポンタネ。「でかい剣歯猪ってのは、ぶっちゃけ癖があり過ぎて美味くねえんだよな」
「そうなのですか?」
二、三度瞬きをして、シャルロットはその意味を咀嚼する。
「そうなんだ。豚もそうだが、なるべく若い方が味が淡白で美味い。あんたら羊は食べたことは?」
「勿論あるわよ」
「砦に備蓄されている兵糧も羊肉の燻製ですからね」
頷くメイアとシャルロット。
羊は比較的手に入りやすい食材であった。この世界で肉の代名詞といえば、高価な豚よりも遥かに廉価な羊といっても過言ではないだろう。
「なら話が早い。年取ったマトンと若いラム、どっちが美味い?」
「ああ、なるほど。癖がなくて柔らかいラムを選ぶほうが多いでしょうね。なるほど、そういうことですか」
「そういうこった。だから可能であれば剣歯猪を食うんなら子供……生後一年以内のウリ坊が最高なんだが」
「そお? あたしはマトンの臭みも結構好きだけど?」
この流れでのメイアの空気を読まない発言に、スポンタネとシャルロットは揃って沈黙し――『お前も大変だな』『いえ、慣れていますので』と――目配せをし合った。
豚鬼と女騎士との間に心が通じ合った歴史的な瞬間である。
その間にミュゼットは空になった器をテーブルの上から回収して、入れ直した水を持ってきた。
「まあ、一般的にはラムのほうが万人受けするということですね。つまり、剣歯猪も同じだと?」
「そーいうこった。ウリ坊がいたら丸ごと使って、ロースト、赤ワイン煮、パイ包み焼き、テリーヌ、フローマージュ・テート、モツを使ったフリットもいける。なんにでも使えるんだがなぁ」
逞しい腕を組んで、口惜しげに嘆息するスポンタネ。
「確かに。聞いているだけでも、いま食べたばかりなのにもうお腹が空いてきた気がしますね」
表情ひとつ変えずにそう言って頷くシャルロット。
「そうですか。ウリ坊はそんなに美味しいのですか……」
無表情のまま爛々と目だけ輝かせるシャルロットの様子に、
「お、おう。もしも捕まえたら持って来てくれ。好みでどんな料理にでもしてみせるぞ」
気圧されるものを感じながら、そう腕まくりして答えるスポンタネであった。
「――そういえば今更ですけど、今日はエミリィさんはお留守番ですか?」
トンとテーブルにコップを置きながら、周囲を見回して尋ねるミュゼットに、なんとなくハブられた気分で、シャルロットとスポンタネのやり取りを見ていたメイアは、どこか不貞腐れた表情で答える。
「お腹の調子が悪いからお昼はいらないんだって。なーんか今朝からソワソワしていて変だと思ってたんだけど、薬呑んで休んでればいいっていうんで寝てるわよ」
「珍しいな。なんだったら持ち帰り用にスープとパンを持って帰るか?」
「えっ、いいの!?」
「ああ、具合が悪い時には消化にいいもんだろう。ならスープが一番いいだろうからな。保温瓶に入れておくので、砦に帰っても温かいまま飲めるだろう」
そう言いながら、前に馴染みの洞矮族の行商人であるガストンが置いていった――ガストンは、「売るほどあるんで欲しいだけやるわい」と、太っ腹なことを言っていたが、スポンタネはあくまで借りているだけのつもりである――予備の保温瓶、どこに仕舞っていたかなと考えながら物置に向かった。
「スープが飲めるようになれば、お腹も納まったってことでしょうから。夕ご飯には来られるかもかも知れませんね。――あ、そうだ。妖精族特製のお腹の薬をお渡しします。部屋から持ってくるのでちょっと待ってくださいね」
そう言ってミュゼットも自室(屋根裏部屋)に戻るべく踵を返した。
「……なんか悪いわね」
物置で荷物をひっくり返しているスポンタネと、部屋で薬草を煎じているであろうミュゼットを思って、しみじみとした口調でメイアはそうシャルロットに同意を求める。
誰だ、豚鬼は好色で凶暴なんて図鑑に書いた奴は。誰だ、妖精族は高慢で人間を見下しているなんて吹いている奴は。嘘ばっかり、全然違うじゃないの。
「そうですね。おふたりのためにも、エミリィは体調を戻して、早くここにお礼に来させないとなりませんね」
シャルロットも炎天下の下、涼風に巡り合えたような穏やかな表情で、それに応えるのだった。
その頃――。
話題のエミリィは元気一杯に、駐屯する砦の自室から食料庫に忍び込み、備蓄されている黒パンとレンズ豆を背嚢に詰め、水筒に井戸の水を汲んで、密かに裏口から外に出て、砦の裏手にある林の中へと足を踏み入れていた。
「ウーちゃん? ウーちゃんいるー?」
ちょっと入ったところでそう呼びかけながら、小枝と丈の高い草とで隠してある木箱の蓋を開けると、
「ぶひーっ。ぶぶぶぶっ?」
そこには一抱えほどの大きさの縞模様の生き物――おそらくは生後一月くらいの剣歯猪の子供――が、ちょこんと鎮座している。
「元気でしたか~? お昼を持ってきましたでちゅ」
そう言って持ってきた食料と水を素朴な木皿に盛るエミリィ。
ふんふん? と匂いを嗅いでから、食料だとわかったのかモリモリ食べ出すウリ坊。
「おいちいでちゅか? 沢山食べてね~。どうせうちの砦では朝食以外は他所で食べるんで、余ってるんだからね。隊長は焼くか煮るかの男料理しかできないんだし、シャル先輩も変に凝りまくって逆錬金術としか思えない料理で材料を無駄にするので、勿体ないでしゅからね~」
旺盛な食欲を見せるウリ坊の様子に目を細めるエミリィ。そのせいか、すっかり背中に対する警戒が緩んでいた。
「……悪かったわね、男料理で」
「……材料を無駄にする逆錬金ですみません」
その瞬間、背後から凄まじい殺気を感じて、「ひえええええええええっ!?!」と、跳び上がるエミリィと、同じく驚いてポンと鞠のようにジャンプするウリ坊。
両者は空中でひしっと抱き合う姿勢になった。
「た、た、隊長!? 先輩も……なんで? スポンさんのところで食事中じゃ?」
エミリィの震える眼差しが、林の入り口のところに仁王立ちになっているメイアとシャルロットを捉える。
「そのスポンタネのところから、スープと薬を預かってきたんで、早めに飲んでもらおうと急いで帰ってみたら、どっかの誰かがコソコソ林の中に隠れるように入っていくから何事かと思ってね。けど、まさか仮病で、しかも剣歯猪の子供を隠れて飼うなんて」
「ええ、まだしも男と逢引していたほうがマシですね」
揃って嘆息するふたり。
「あ、あの。すみません! 本当はふたりにも話そうかとも思ったんですけど、砦はペット禁止ですし、それにこの仔の親は……」
「村の畑を荒らしたんで、捕まってお肉にされたんでしょう? あたしもさっき一部だけど食べてきたわよ(つーか、このスープもその一部なんだけど)」
後を引き取ってのメイアの言葉に、エミリィは悲痛な表情で「ふふ?」と、つぶらな瞳で自分を見返す、抱えたままのウリ坊の顔を見詰める。
「……はい。だから、もうちょっと大きくなって、せめてこの仔の縞模様が取れて独り立ちできるようになれば森へ返しますから、どうか」
「…………」
必死になって頭を下げる部下の様子に、苦虫を噛み潰したような顔で押し黙っていたメイアだが、いつまでも頭を下げ続けるエミリィに根負けしたようで、
「わかったわよ。ただし、この仔が人や村の農産物に被害をだしたら、その時は」
「その時はあたしが責任を負います!」
きっぱり言い切るエミリィ。
「……わかったわ。ならあたしから言うことはもうない。それに良く見ればこの仔も可愛いしね」
年頃の乙女にとって可愛いは免罪符であった。
「そうでしょう、シャル?」
同意を求められたシャルロットも珍しく目元・口元に笑みを浮かべ、
「お嬢様の仰せのままに。それに、確かに可愛らしいですからね」
改めてエミリィの腕の中にいるウリ坊へ視線を巡らせた。
ぱああっと満面の笑みを浮かべ、わが意を得たりという表情で何度も何度もエミリィは頷く。
「そうですよね! ウーちゃんは可愛いですものね!」
「ええ、本当に……食べちゃいたいほどですわね。ふっふっふっ」
お気楽に笑いさざめくエミリィと、意味ありげに含み笑いをするシャルロット。
「う~む……早まったかも」
その様子を交互に見返しながら、メイアは釈然としない表情で唸るのだった。
この日、ライデンの森にある砦に一頭のペットが追加された。
8/11 ご指摘があり訂正します。
×一般的にはマトンのほうが万人受けする→○一般的にはラムのほうが万人受けする
※なお、この作品はあくまで異世界を舞台にしたものであり、現実の世界における鳥獣の捕獲等に関しましては、狩猟免許等の取得が必須です。
※特に猪狩りは非常に危険ですので、複数人での行動を厳守してください。
《一口メモ》
日本の猪は四ヶ月ほどで縞模様がとれ、さらに生まれてだいたい一年半で独り立ちします。寿命は十年ほどです。
雄は12月~1月の繁殖期になると、独特の臭いがするので食用には不向きですが、雌は逆に皮下脂肪が増えて美味しくなります。
成獣は七十キロ~百キロを超える場合もありますが(ちなみに豚は余裕で百二十キロを超えます。出荷の目安は百キロくらいですけど)、作中でも書いているように、六十キロ以下の仔猪のほうが癖がなくて美味しいです(癖があったほうが美味しいという意見や、日本の場合は味噌に合わせられるなどできますが)ので、料理人は「ウリ坊最高!」となります。逆に猟師は肉の少ないウリ坊を廃棄したり、場合によっては罠から逃がす場合もあったりします。
また、自治体において猪や鹿の買取を行う場合も、30kg以上60kg未満という風に規定がある場合が多いので、ここでも弾かれる要因になります。なお、作中では明示していませんが、猪は普通子供を一度に四頭前後産むので、他の兄弟たちは野生の掟に従って行方不明になったものと考えられます。