其之一|第七章|あなたはかみをしんじますか?
2017年06月07日 加筆・修正
「そうですね~。この程度の呪いなら私でも1時間くらいで解除できますよ~?」
そう言うと金髪の合法ロリシスター シーナ=ロックサイドはニッコリと微笑んだ。
oh・・・。家を出る前のアレは何だったんだ。
これってそんなに簡単に解除出来るものなのか?
マジか?マジなのか???????????????????????
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二時間前
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昨夜はまいった。
ある意味、俺がこっちに来た時よりも驚いた。
まあ、俺の場合は昏睡状態で朦朧としていたから驚く事も出来なかったと言うのが本当の所だが。
まさか、俺が向こうの人間を召喚するとは思わないだろ?
師匠クラスでも、こんな話は聞いた事がないって言うレベルの話なのに、あの程度の召喚で向こうの人間を召喚するなんて。
しかも、猫耳メガネの怪力女子高生とかどんだけ盛れば気が済むんだ?ってレベルだぜ?
実際に突然そんなのが現れたら「ないわー」って引くレベルの盛り方だぜ?
よく、数時間でお互い状況を受け入れられたものだ。
あまりもの衝撃に受け入れるしかなかったってのも有るが。
まあ、そんな事よりも先に彼女の呪いだ。
俺の様な魔術師や魔法使いの場合、呪いを使う事はあっても解除するのは難しい。
自分が放った呪いやポピュラーな呪いなら解除方法や対処法は分かるが、あの呪いは狂っている。
しかも、マナがほとんどない地球であんな趣味の悪い呪いを行うなんてどうかしている。
取り敢えず、金髪変態マッチョ リック=グランリバーのパーティーメンバーであるシスター・シーナに相談しよう。
マナが豊富で魔法や魔術が幅を利かせている世界だが、地球に比べれば神威は濃く神の恩恵は実感できるカタチで存在する。
正しい知識と信仰心が有れば救世主でなくとも神術は使える。
神術を使える様になるまでが、そこそこ大変な上に信仰心が無いと使えないから、勉強すれば使える魔法に比べると難易度は高いらしいが。
あと、この世界の神様はバカンスに行かなければ、最終的に異教徒はブッ殺せなどとも言わないのも特徴だ。
必要経費と手間賃を払えばその恩恵は等しく受けられる。
人格が汚れすぎていると効果が薄まるらしいが、変態マッチョの傷を癒やしてくれるくらいには寛容だ。
「取り敢えず、動き出すか。良い時間だ。」
このまま、夕方まで寝ていたいがそうも言ってられない。妙子ちゃんの呪いは今も効果を発揮し続けているのだから。
* * * * *
台所に入るとコーヒーの良い香りと焼いたパンの香ばしい臭いが鼻を刺激した。
「あ!おはようございます!勝手にお勝手使っちゃってます♪」
「良いよ。使い方はわかった?」
出会い頭にダジャレかよ!とは思ったが突っ込まない。俺は華麗にスルーした。
「はい!勝手にお勝手使っちゃって、こんな事を言うのもアレですけど、余裕のよっちゃんイカでした!こっちにも向こうと同じような調理器具があるんですね!コンロとかオーブントースターとかどうなっているんですか??」
コーヒーメーカーからコーヒーをコップに注ぎ勘違いを訂正する。
もちろん、ダジャレもよっちゃんイカもスルーだ。
「それは俺が作った物で元からこっちに有る物じゃないよ。似たような仕組みは有るけど高価な上に精度が低いから、薪にかまどって方がポピュラーかな。熱を使う調理器具とかの仕組みは意外とチョロいから理屈さえ分かれば似たような物は造れる。逆に冷蔵庫とか冷気を利用する道具は難しくてね。こっちの工房で飲み物を冷やしたい時には井戸を使ってくれ。」
ちなみに、どうダジャレでネバろうと相手にしない事を心に誓う。
「へー。そうなんですかー。じゃあ、他の家の人の生活って技術的には十八世紀以前くらいでしょーか?」
どうやら諦めたらしい。面白くなかったのは理解していたのだろう。いい判断だ。
「そんな感じかな。俺も詳しくはないから中世くらいとか誤魔化す方向で。まあ、魔法技術なんかが有るから地球での同じ時代よりも便利な道具とかは多いと思う。」
と、答えた所で、妙子ちゃんがトーストとベーコンエッグを運んできてくれる。
トーストは軽く焦げ目が付いているくらいでバターは乗せるだけ。
ベーコンエッグのベーコンはカリカリで目玉焼きの黄身はしっかり固まっている。
俺とテーブルを挟んで正面に妙子ちゃんの分の朝食セットを置くとコーヒーを注ぎ、一口含んだ所で尋ねてきた。
「こっちの衛生状態が分からなかったから黄身は堅焼きにしましたけど大丈夫でした?」
こう言っちゃなんだが、やっぱり自殺するタイプに見えない。
この状況でこの余裕。
大物か大馬鹿のどっちかだ。
「特にこだわりは無いから大丈夫。ちなみにこの街のたまごは衛生指導して管理がしっかりした農場で仕入れさせているから産地さえチェックしておけば、たまごかけご飯でも問題ないくらい大丈夫だよ。」
と、言いながら目玉焼きの白身の部分を口に入れる。
ほんのりとした塩味と白身の淡白な味が口の中に広がり美味い。
たまごを安心して食べられるようにするまでが大変だったが、たまごはどこの世界でも基調な栄養源。それを美味しく食べられるかどうかは死活問題だ。知識さえ教えれば実現出来るならしっかりと衛生管理した方がみんなが幸せになれる。美味しいたまご料理が食べられるのは、どの世界だろうと幸せだと思う。
「おぉ!たまごかけごはんまで!?すっごいですね!!って言う事はお米もあるんですか!?」
と、言い終わると妙子はいつの間にか牛乳を入れコーヒー牛乳にしたカップの中に軽くパンを漬けてパクっと口に運ぶ。
「有るには有るんだけど、こっちではご飯と言うか粉にして食べるから、炊いてもご飯の食感がイマイチなんだよね。炊く前でも一粒が指の第一関節くらいだから。そのまま炊くと違う食べ物みたいな感じ。」
白身を食べながら、そう言い終わると丁度白身が無くなった。いよいよメインディッシュの黄身の登場だ。黄身をベーコンで巻き、パンを二つ折りにして黄身ベーコンを挟み込む。それを大きく開けた口でバックリ。出来れば半熟の方が黄身の味が万遍なく広がり美味しいのだが、堅焼きも悪くない。ランダムにポロポロと転がる黄身の味が面白い。
「それは…。何というか。何というか。あまり美味しそうな感じがしませんね…。」
興味が無くなったのか明らかに妙子のテンションが下がる。
最後に残ったベーコンを器用にくるくると筒状にし、一口でパクっと口に入れる。
そして手を合わせて、
「いただきますを言い忘れちゃったけど、ごちそうさまでした!」
「俺もごちそうさま。」
彼女に習い俺もごちそうさまを言う。
そう言えば、いつからだろう。「いただきます」も「ごちそうさま」言わなくなったのは。
「お粗末さまでした!」
と、嬉しそうにニッコリ笑うと妙子はコーヒーを口に含んだ。
「よし。今日の予定だけど。教会の朝のお勤めが終わってお昼を済ませたら窓口が開くから知り合いのシスターに相談に行こうと思っている。」
「はい!質問!昨日も思ったんですけど朝から教会って開いていないんですか?」
もっともな疑問だ。
向こうじゃ教会なんて何やってるかも分からない状態だ。
こっちの教会の事情なんてもっと分からなくて当然だ。
少なからず、こっちでは世話になる事も多いだろう。
こっちの教会の常識を話しておくのも悪くないだろう。
「教会自体は開いてはいるけどね。午前中は忙しいそうで、緊急でない限り大体の教会は昼から一般の窓口が開放する感じだね。大半の場合は魔法使いや魔術師が魔力を込めて作るポーションで解決できる事も多いから、教会でしか対処出来ない事で緊急を要する事でもない限りは利用する側も気を使って窓口が開いてから訪れる感じ。それが友人の司祭に会う場合でもね。」
「へー。友達の教会の人に会う用事があってもお昼まではダメなんだー。」
「そう。この世界はマナに溢れていて魔術や魔法は勉強すれば使える。それと同じ様に地球とは違い神威も目に見えて発動する。マナが溢れているから少し影は薄いけど、地球の神様と比べると人間にフレンドリーでは有るかな。普通の信者の人でも、効果の有る『痛い痛いとんでけー!』くらいは使えるからね。効果としては成分の半分が優しさのアレくらいかな。で、教会に属して神術を勉強すればもっと凄い神威を具現化出来るけど、それに必要になってくるのが信仰心。布教活動や悪魔退治に人助けなど信仰心を示す方法は色々あるけど、教会での朝からのお勤めは信仰心の土台となる基本的な方法なんだ。だから、パーティーメンバーや友人の邪魔をして、仲間の基本能力が下がるような事はしないんだよ。」
「そんな事でも能力が下がるなんてストイックです…」
「ねー。神様が近い分、どっかの星の戒律ってなんだろうって思う様なビジネス宗教とは違うからねー。」
話が反れそうなので、本筋に戻そう。
「と、言う事で俺には難しい事でも、教会に行けば何らかの方法を提案してもらえるかも知れない。魔術や魔法でどうにもならない事でも神威や神術で何とかなる場合も多い。だから、相談に行くんだけど。一つだけ覚悟しておいて欲しい事がある。」
「・・・なんでしょうか。」
「昨日も言ったけど、この呪いは特殊で狂っていると言っても過言じゃない。俺達よりも何らかの解決方法を教会が持っているかも知れないが、この特殊性からどうにもならない可能性は高いと思う。どんな事をしてでも解呪する為の労力は惜しまないつもりだ。でも、教会を頼っても確実な手段が見つからない可能性は覚悟してほしい。安心させてやる事は出来ない。本当にすまない。」
俺は頭を下げた。俺が頭を下げる理由は無いかも知れない。でも、話をしている間にみるみる曇ってくる妙子の表情に俺は頭を下げるしかなかった。
天然っぽいがこの子はしっかりした子だと思う。
おどけながらも、気丈に振る舞い、物事をしっかりと受け止められる子だと思う。
でも、つい数時間前まで普通の高校生だったんだ。こんな事になって冷静で居られるワケがない。
俺のせいではない。
だが、偶然でも俺が呼ばなければ何も知らずに終われたかも知れない。
この世界に召喚し、知らなくても良い事を知らせてしまった責任は取りたい。
この子をこのまま死なせたくない。
ゆっくりと頭を上げると、涙で顔をグチャグチャにしつつも妙子は微笑んでいた。
「…ぐすん。大丈夫です。凄く。凄く怖いけど。ハルトさんが真剣に考えてくれている事は昨日から伝わっています。」
そう。ハルトさんは不器用ながらも誠実に接してくれていた。
「ホント。ウソみたいな事ばかりで今も夢をみている気がします。」
だけど、さっき食べた美味しいパンの香りとカリカリのベーコン。新鮮なたまごの味は本物だった。
「でも、こっちに来てから飲んだコーヒーの味も、さっき食べた朝食も、ハルトさんが正直に話してくれた話の全部も、本物だと思います…。」
涙を拭うと飛び切りの笑顔で妙子は宣言した。
「私もどんなに苦しくても絶対諦めません!どんなに大変でも生きたい!たとえ時間が掛かっても、その間どんなに苦しんだとしても、この数時間で感じた幸せや優しさを無かった事にしたくないから!!だから!!!」
「だから!ハルトさんも最後まで協力してくださいね!」
・・・してくださいね!
・・・・・くださいね!
・・・・・・ださいね!
・・・・・・・さいね!
◆◆◆◆◆◆◆◆
現在
◆◆◆◆◆◆◆◆
「あー。あれなんだったんでしょーねー」
工房への帰り道。無言だった俺達。最初に口を開いたのは妙子だった。
「わたし泣いちゃってましたよ。」
「・・・・・・」
「そして『最後まで協力して下さいね☆きゃるるん☆』ですよ。」
「・・・・・・」
「と び き り の 笑 顔 で !」
「・・・・・・」
「恥ずかしい。死にたい。」
ああ。そうだろう。俺も死にたい。なんで頭を下げたんだ。
「ハルトさんもアレでしたよねー」
「・・・・・・」
「こんな狂った呪い確実な手段は見つからないかも知れない覚悟して欲しい。すまない。(キリリ)でしたっけ?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「散々でしたねー。」
肩に手を置くな・・・。憐れむな・・・。
「この呪いは狂ってやがる!尋常じゃない!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「狂ってやがる呪いが『呪い呪い飛んでけー』で解除できるとは衝撃でしたよねー。私、もっと壮大な謎に挑んで魔王とかと激闘の末に呪いが解けるんだと思ってましたよー。」
やめて!マジでやめて!ツライから!ホントにツライから!
妙子の精神攻撃にプルプル震えながら耳まで真っ赤にして晴人は工房への道を歩く。
夕焼けが真っ赤になった晴人の顔を染めてくれているのだけが救いだろう。
「すまない。キリリ。妙子ちゃん少しそっとしておいてくれ。」
妙子ちゃん。肩を震わせ笑いを噛み殺さないでくれ…。いっそ笑い飛ばしてくれ!
結果を簡単にまとめると「呪い呪い飛んでけー」で解呪されたのである。
本当は、何も言わなくても解呪できたそうだ。
シーナなりのサービスだったそうだ。
そんなサービスいらないし!
シーナ曰く、
「魔術師の方や~、魔法使いの方って~、すこーし聖職者をナメてらっしゃる方が多いみたいですけど~?教会に務めていて信仰心を忘れずにしっかり勉強している人ならこのくらいバナナの皮を剥くより簡単ですよ~?悪魔系の呪いですし~?」
だ。そうです。
妙子ちゃんの話を聞いた当初は悪意が紡がれたヒト由来の呪いかも知れないとシーナも思ったそうだが、実際に見てみると悪魔系の呪いだったそうだ。
「地味すぎて一瞬違うのかな~? と、思いましたけど~。呪いの編み方を見ればわかりますよね~?」とか、言われても呪いの編み方で判断とか出来ないし!
悪魔系の呪いが何重にも編まれる時には独特の法則が有るそうだ。
「素人が見ても~わかりにくいので~ピンときたら~教会までお越し下さいね~?」と、言う事らしいので、良い子の紳士淑女は恥ずかしいくらいのシリアス展開をおっぴろげる前に教会に行って、どんな呪いか判断してもらって欲しい。お兄さんとの約束だ。
ひとしきり、笑いを噛み殺したのか、前を歩いていた妙子がくるっと踵を返してこっちを向いた。
「はぁー!笑った!なんかなんでもなくって拍子抜けでしたね!ハルトさんのあの顔!クスクスクス」
笑いながら後ろ歩きする妙子の表情は夕日の逆光で見えない。
少なくとも今は、不安の表情は見えない。
本当に散々だったがこれで済んだのは幸運なのだろう。あっちだったら本当にいつか死んでいたはずだ。
「伊丹妙子さん。お願いですから勘弁して下さい。さもなくば強制的に記憶を…」
本気ではない。兄妹がジャレてる様な単なる照れ隠しだ。
「もー!ダメですよ!これは、これからも生きられる、私の大事な記憶なんですから!絶対にダメですー!」
くるりと前に向き直し、スタスタと歩いていく。
「それに。強烈な記憶を忘れられる訳がないじゃないですか。こんなに面白くて。ハルトさんが真剣に私を心配してくれた事。忘れたい訳ないじゃないですか。記憶を奪われても思い出しますよ。きっと。」
晴人に聞こえるか聞こえないくらいの声でつぶやき妙子は走り出す。
「ん?なに?」
「なーんでもないですー!それよりもお腹すきました!お夕飯どうしますかー!」
遠くまで走って、妙子の影がもうすぐ隠れそうな夕日と重なる。
沈みゆく夕日を背に妙子が当たり前のように、ずっと前からここにいるかのように普通に今日の晩飯を聞いてくる。
「おーし!とっておきの肉を出して焼肉をごちそうしてやるー!」
「やったー!やーきにーくー!」
また、走り出した妙子を追って、俺も走り出す。
もうトシか。さすがに息が上がる。気持ちに体が追いつかない。
さすが、十代。女の子でもどんどん距離を離される。
でも、何だか楽しかった。
この俺が人を追って走ってる。
そして、嬉しかった。
その先に笑顔で待っている人が居る。
人の為に真剣になれた自分が誇らしかった。
あいつに裏切られてから、人とこんなに接したのは久しぶりだった。
先の事は分からないけど、きっとこの一歩がどこかに繋がっていきそうな、そんな予感がした。
太陽が沈みゆく逢魔が時の中で小さな希望が輝いた。そんな感じがした。