其之五|第十章|変えられない行動原理
仮眠を終えた俺達はリビングに集まっている。
コーヒーとドライフルーツやチョコレートなど手早く食べられる物を用意して最終的な作戦の確認を行っていた。
「まあ、確認と言っても朝食時に話した内容と変わりはなかろうて。私と晴人が突入する。女神達はダンジョン上空で待機じゃ。出来るだけ逃さぬ様に努力はするが脱出経路くらい確保しとるじゃろうからな。ヤツが逃げ出した時には出来れば見つけ出して時間稼ぎを。ここで決められるなら最善じゃが、最悪でも追跡して逃走経路から目的地を割り出すくらいは期待したいものさね。」
師匠がモリモリとドライフルーツを口に運びながら作戦概要を確認した。
作戦と言う割には行き当たりばったりにしか聞こえない。
まあ、どの様な事態になるのかも予想が出来ないのだから仕方ないのだが。
「まるで、逃げられるのが前提の様な言いぐさね。」
ニナが不満を漏らす。
確かにその通りだ。
行き当たりばったりな上に消極的な予測。
こちらには女神が二人も居るので心強いと言えば心強い。
それは間違いないのだから強気に打って出ても良いかも知れない。
だが、黒木に関しても、女神に関しても、どれだけの実力を持っていて、どれだけの実力差が有るのか分からないと言うのが現状だった。
楽観的に捕まえられると考えるよりも、逃げられる事を想定して行動をした方が逃した場合には何らかの手が打てる。
例え必ず成功するだろうと言う状況でも、失敗した時の事を考えられないようでは二流どころか素人以下だ。様々な可能性を考えて一定の準備をしてこそ一流の冒険者と言えるだろう。
黒木を上手く捕まえられたなら、その場で家族会議を始めてもらえば良いだけだ。
だが、逃げられた時の事を考えていないと一気に事態は面倒になる。
何の手がかりも無く黒木を探さなければいけなくなるのだから。
そう言う事態を考えて逃げ切られる前に何をするかを考えて行動した方が、楽観視して何もしないよりも遥かに建設的だと言えるだろう。
「そう言うな。突入に成功し、説得に成功してお前達が話し合う機会が作れたとしたなら問題ない。だが、逃げられた時の事を考えずに行動して何も出来ずに逃げられましたなんて馬鹿以外の何者でもないだろ? 逃げられる事も織り込んで行動するのは大前提だ。出来れば何パターンも想定して訓練を重ねたい所だが時間も無い。普通に考えれば特定されないように潜伏先を変えて転々と移動するだろうし、一ヶ所に長く居たとしても一週間前後だろう。そろそろ移動を考えていてもおかしくはない。チャンスも今回の一回限りだと思った方が良い。突入されたと分かれば何らかの対策をされるだろうし、そうなれば発見も難しくなる。この術式を知った事で以前よりは発見も早くなるだろうがイタチごっこになるのは目に見えている。逃走から発見までの時間を出来るだけ縮める事が重要となると思うんだ。だからこそ、待機していたお前達がフィールドに結界を展開して時間を稼ぐ。その間に誰でも良いから黒木か妙子ちゃんにチェイサーを仕込んで追跡可能の状態まで持っていく。状況によってはダンジョンから黒木が逃げ出した後に説得出来る状態まで追い詰められるかも知れないが、黒木に逃げられる事を前提として考えて動かないと追跡の為のチェイサーの仕込みも出来ずに逃がすだけだ。何も考えずに突入するだけってのは逃げて下さいと言ってるのと同じだぞ?」
「わかってるわよ…。そんなのは。それと同じくらい話せる状況に持っていく為の方策も欲しいって話じゃない。」
長々と正論を聞かされて不機嫌そうなニナだったが、根本的な事は当然だが理解している。それでも言わずには居られなかったのだろう。
「まあ、それはお前達の仕事だ。ヤツがどんな手段を持っているのかも俺達は知らない。俺達が知っているのは普通の人間を装った黒木の姿だけだからな。俺達も現場で説得はしてみるが、その後はお前達に何とか足止めくらいしてもらわないと俺達にはどうにも出来ないだろう?頭をフル回転させて黒木がどう逃げるか考えろ。俺達よりもお前達の方が黒木を知っているんだからな。」
「わかったわよ。言われなくても出来だけの事はヤルわ。」
これ以上、言い合っても仕方がないと観念したのかバナナチップスを摘みながらニナはそっぽを向いた。
何か提案してやりたいのも山々だが、魔王としての黒木がどう動いてがを出来るか分からない俺達には何も言ってやれない。
相手の戦力も予想できない。
その場、その場の状況を見て行動するしかない。
俺達は行き当たりばったりでも行動するしかなかった。
「よし。そろそろ行動に移ろうか。」
日も高く上がった正午過ぎ。
俺達は黒木を説得すべく行動を開始した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ルルデビルズ達には通常通り仕事をさせている。
普段と同じ様に動いてもらって黒木に悟られないようにと指示を出しているので表面上は普段と変わりのない光景がダンジョンには広がっていた。
ダンジョン管理区画に有る指令所に入った俺と師匠は最終確認を行おうとしていた。
「まあ、何度確認しても変わらんが一応確認しておくかの。」
師匠が面倒臭そうにつぶやいた。
「そうですね。ルルデビルズも来てくれ!一応、最終確認だ!」
通常業務を行っていたルルデビルズを呼んで作戦とは言い難い作戦をおさらいする。
「旦那。連絡を受けて準備は整えておきましたぜ。事態が終結するまでは被害が予想される地下三階以降には一般冒険者を侵入させない。ランクA以上のキャストには、いつでも出撃出来るよう準備をさせてます。それで良かったですね?」
ルルデビルズは段取り良く現状報告をする。
「ああ。それで良い。契約外だがよろしく頼む。結果如何を問わず契約外手当を用意するが、成功した場合には成功報酬を加算するから各員には宜しく頼むと伝えておいてくれ。」
「もちろんでさぁ。奴らも奮起してくれるでしょう。」
俺が追加報酬について話すと黒光りした顔から白い歯を覗かせニヤリと笑顔を作って見せた。
「さて。他には作戦らしい作戦も無いワケですが、俺がオフェンス。黒木への対処は請け負います。師匠はディフェンスとサポート。最優先目標である妙子ちゃんの確保を試みて下さい。」
「うむ。任された。しかし、本当に作戦と言うにはアレじゃな…。」
ルルデビルズに出した指示よりも短い作戦内容を改めて確認し、師匠は苦笑いをしながら頭を掻いた。
「魔王と対峙すると言うのに作戦は行き当たりばったり。逃がす事を前提とした作戦しかないとは…。」
そう言うと師匠はルルデビルズが用意した紅茶で口を湿らせ椅子に深く身を預ける。
ここに来た時に出された紅茶は、すっかり冷めてしまっている。
紅茶には並々ならぬこだわりを持っているルルデビルズの淹れた紅茶だけあって、冷めた紅茶を口にした師匠が顔を歪める事はなかった。
「仰って下されば入れ直しましたぜ?」
俺の師匠相手と言う事もあって微妙に丁寧な口調になっているルルデビルズの様子が可笑しく思わず笑いそうになったが、彼としては大真面目で失礼の無いように気をつけたのだろう。俺は笑いを噛み殺した。
「大丈夫だよ。美味しくなければ間髪入れずに遠慮なく淹れ直すように申し付ける。うちの師匠はそう言う人だ。」
師匠の心配を無視してルルデビルズにフォローを入れる。
「なんじゃ?それでは私が暴君みたいではないか?」
「いや。まさにその通りなんですけどね…。」
小さな笑いが起こり場を少し和ませた。
師匠もさっきの愚痴に答えなど期待していなかったのだろう。
行動前のささやかな愚痴はささやかな笑いに流されていった。
ファンタジー小説やご都合主義のRPGなら何かしらの決定打が用意されているのかも知れない。でも、現実には勇者の末裔も伝説の聖剣も都合良く用意などされてはいない。有るのは現実だけだ。
俺達は状況に合わせて粛々と行動するのみ。
師匠もそれが分かっているから愚痴を流された事を流して場を和ませたのだ。
黒木の事はある意味で信頼をしている。
暴れてこの世界を崩壊させる事も無いだろう。
粛々と俺達の追跡を回避し続けるだけだと思う。
もちろん、妙子ちゃんも事が終われば無事に返してくれるだろう。
でも、それでは問題の解決にはならない。
俺達が無理やりにでも娘達との問題解決に向き合わせようとした時に、黒木がどう行動するかは予測など出来なかった。
普通の人間ならたかが知れている。
逃げ回ったり怒鳴り散らしたりが関の山だ。
だが、この世界の主神とされているモノから分離した黒木が。
自分の世界に戻ると言う目的に特化した黒木と言う存在が。
その行動目的を邪魔されて追い詰められた時にどの様に行動するかなど、どの様な被害を世界に与えるかなど、俺達には予測も出来なかった。
「さて、時間じゃな…。とっとと解決してチャッチャとお家に帰るとしようかの。」
師匠の言葉に無言で頷くと俺達は行動を開始した。
* * * * *
大前提として警戒されているのは当然だろう。
周辺地域には小さな使い魔が放たれ監視されているのは間違いない。
看破されにくい黒木時空(仮)に隠れているとは言え周辺警戒を怠るはずもない。
もし、何も警戒していないとしても、そう思って行動するべきだろう。
これまでの期間でルルデビルズ達の寮に出入りする人員は把握され、俺達の様な異物が混入すればすぐに警戒されると考えた方が自然だ。
だが、こちらにも優位な点も有る。警戒はすれど、本当に黒木時空(仮)へ侵入されるとは思っていないだろうと言う点だ。
その隙を突いて突入し、妙子ちゃんを奪還できれば今回の作戦は成功だと言える。
だが、チャンスは一度きり。
俺達が黒木時空(仮)を看破し突入できると知られれば難易度は一気に上る。
今回、失敗してしまえば次のチャンスは無いと思った方が良い。
俺達はルルデビルズ達の寮に入って慎重に作戦を遂行していた。
「しっかし、なんじゃ?散らかり放題じゃのぉ…。自分の部屋だけなら分かるが、廊下から食堂、風呂に至るまで散らかり放題ではないか?事が終わったらお説教じゃな。この私に掃除させた事を後悔させてやるわ。しこたま正座させてお灸を据えてやろう。泣き叫んでも許してやらんぞ!それにお前もお前じゃ!大家なら大家らしく、自分の所持すつ物件くらい管理せんか!」
白い割烹着と三角巾を言うオールドスタイルのお母さん装備を身にまとう師匠が寮の掃除をしながらブツブツと呟いた。
「いや。師匠。師匠も人の事は言えないじゃないですか?俺の修行時代の事を思い出して下さい。いくら掃除しても、いくら片付けて下さいと言っても改めてくれなかったのは誰ですか?」
ライトニングメッセンジャーから聞こえる師匠の愚痴に対して、昔の事を思い出しながらサラっと答えた。
「馬鹿を言うではない!アレは私の工房、つまり自分の家じゃから好き放題やっておっただけさね!お前の家では綺麗に部屋を使っておったじゃろうが!それがココはどうじゃ?無料で提供されている寮だと言うのに、この散らかりようは!?他人の所有と言う意識が足らん!!せめて共有スペースは綺麗に使うのが筋じゃろうが!?」
なおも寮の荒れようにご立腹の師匠。
いやいや。師匠の工房よりもマシとは言え「俺の家でも自由奔放でしたよ。」と、言いたかったのだが、面倒な事になりそうだったので言葉を飲み込んで寮の掃除に集中する事にした。
何故、俺達が寮の掃除をしているかと言うと理由は簡単だ。
ルルデビルズ達の寮と言う大まかな潜伏先が分かったものの、黒木時空(仮)が固定されている場所が分からない。正確な潜伏先を特定するために総当たりで各部屋を確認しているのだった。
空間制御系の魔術では必ず場所との紐付けを行わないとならない。他の方法も有るのだが取り扱いが面倒な上に実用性は低いため、この方法が選択される可能性は無いと言う前提で行動している。
これで、座標指定なんて方法を使われて寮の上空に黒木時空(仮)を展開されていたなら目も当てられないのだが、少なくとも見た目には掃除をしているだけなので必要以上に警戒される事は無いだろう。
黒木の警戒を解くと言う理由と、この際だから出来るだけ寮を綺麗に片付けようと言う理由から俺達はガッツリ掃除をしていると言うワケだった。
「さすがに二人で同じフロアを片付けてても効率が悪いですね。本来の目的に到達出来ずに日が暮れてしまいますよ。ルルデビルズに人員を要請しますからフロアの担当を決めて、分かれて片付けますか。」
広い寮と思った以上の荒れ方に限界を感じた俺は早々に救援を要請する事に決めた。
「そうじゃの。何が悲しくて悪魔どもの寮を片付けてやらんといかんのだって感じじゃからな。大事にならん程度の人員を要請してペースを上げるとするか…。」
監視されている可能性を考えると、偽装とは言えある程度は本気で掃除をしないと意味が無いとは理解しつつも掃除をするのに飽きつつあった師匠も頷いた。
* * * * *
ルルデビルズに要請をして、やって来たのが各班に十体ずつのグレーターデーモン。
寮の規模からすると少ないが最初は二人で荒れた寮を片付けようとした事を思えば十分な人員だと言えるだろう。ルルデビルズも気を効かせたのかグレーターデーモンの中でも要領の良い者を選抜してくれたらしい。グレーターデーモンの持つパワーは元より、作業の細やかさなどを見ても満足の行く人員が送られてきたのは明白だった。
そのお陰も有ってか作業は順調に進み、夕方前には五階建て寮に入った半分以上の部屋が綺麗に清掃されていた。
その変わりと言っては何だが、寮の外には明らかなゴミの山とゴミか私物か分からない物の山がフロアごとに築かれている。ダンジョン増設から帰ってきた悪魔たちが阿鼻叫喚するのは間違いないのだが、普段から片付けていない自分達が悪いのだと諦めてゴミの山を漁ってもらうしかないだろう。
師匠から連絡が入ったのは三階と四階に分かれた俺達が、時を同じくして清掃を終了しようとしていた頃だった。
「晴人。大物の粗大ゴミが有ってどうにも動かせん。手伝いに来てくれぬか?」
それは、予め決めていた対象発見の暗号だった。
師匠からの連絡を受けて三階に居た俺は四階に急行する。
四階の外れに有る空き部屋。
本来なら全ての部屋が作業員で埋まっているはず。
だが、そこには無いはずの空き部屋が有った。
その空き部屋の中はゴミ溜めとなっていて、物が散乱している。
まるで四階のゴミをかき集めたかのように。
意図して作られたかのようなゴミ置き場となっている。
「反応も有る。十中八九間違いないじゃろ。」
師匠が俺だけに聞こえる様に呟いた。
明らかに偽装されていると思われる部屋の中。
そして、微弱ながら空間の歪みが感じられる。
出来れば全てのフロアを確認してから行動に移したいのだが、全ての清掃が終わってからここに戻って来るのは不自然すぎる。
「そうですね。では、計画通りに。」
短く答えて俺達は黒木を捕らえるための行動に移った。
「よし!待たせたな!女神ども!!行くぞ!!ディメンションウォール!!」
師匠が叫ぶと寮の周辺に次元の壁を発生させる。
「ちょ!いきなり!?もぉ!!ザ・グランド・オブ・サンクチュアリ!!」
師匠からの急な呼びかけだったが、上空で待機していたニナも事前に打ち合わせた通りダンジョンを覆うように聖域結界を発生させた。
これで元からダンジョンを覆っている結界と合わせて四重の結界が施されている事になる。黒木にどこまで通用するかは分からないが、ダンジョンから逃げ出しにくくなると願いたい。少しでも時間が稼げれば彼女達と話し合わせるチャンスも作れるかも知れない。
「晴人!!」
「了解!!」
師匠の掛け声を合図にスクロールの封印を解いて展開する。
解き放たれた術式が空中に浮かび空気をかき混ぜ風をおこしながら光り輝く。
「効果発動!解錠!!」
スクロールが持つ複数の効果の中から「解錠」の効果を発動する為に叫んだ。
視界が歪む。
そして、普通なら何の抵抗も無く移動できるはずの空間移動に抵抗を感じた。
正規の鍵も無しに無理やり空間をこじ開けたからだろうか。
目の前が歪むような。何か眼球にフィルターを入れられた様に視界が歪む。
強風などとは違う。でも、重たい空気の壁が俺達を拒む感じがした。
視界の歪みと抵抗感が収まった時には、ゴミ溜めだった部屋から綺麗に整頓された部屋へと移動が終わっていた。
「成功じゃな。」
「えぇ。でも、ここからが本番です。」
視界を取り戻した俺達は周辺を見回して確認する。
俺達が立っている場所は明らかに玄関だった。
正面に見える廊下には三つの扉。
正面に一つ。左に二つ。
右には扉のないキッチンの様な場所が見える。
いわゆる2LDKのマンションの様な構造だ。
黒木時空(仮)の内部に迷宮が広がっている可能性も考えていたが、これなら探し回る手間も無いだろう。
「取り敢えず、お邪魔するかの…。」
師匠が一歩踏み出した。
明らかに玄関が設定されているからか、師匠は少し土足で踏み込むのに躊躇した様子を見せたが一歩一歩リビングが有ると思われる扉の前に進む。
歩数にして十歩もない廊下の突き当り。
罠も無く、扉の前にたどり着くのは容易だった。
「開けますよ。」
師匠が頷いたのを確認し、ドアを開いて押し入る。
だが、予想とは反して、そこに広がっていたのは空白のだだっ広い空間だった。
「ふはははは!まさか本当にここを見つけ出し入り込んでくるとはな!!」
どこからともなく笑い声が響く。
確認するまでもない。黒木の声だ。
「黒木!諦めろ!!この周りには何重にも結界が張られている!簡単に逃げ出す事は出来ない!!お前の娘達も話し合う用意をして待っているんだ!ちゃんと理由を説明して堂々とお前が居た元の世界に戻ったら良いだろ?逃げ回ってどうなる!?」
無駄な説得だとは分かっていたが、会話を引き伸ばしながら周辺に精霊を飛ばして位置を探った。
だが、高度な空間制御がされているのか、何もヒットせずに捜索範囲が広がるばかりで黒木の居場所を特定する事は出来なかった。広くて何もない空間だけが広がっている。
「なるほど。彼女達はお前にそこまで話しているのか。ニナやニコが私の子であると。お前は随分とあの子達に信用されているようだ。」
「本当の意味で信用されているのかは分からない!だが、ニナやニコが父親であるお前と話したいと思っているのは本当だと思う!親なら子供と向き合えよ!ちゃんと伝えろよ!不安なら不安だと!理由が有るなら説明をしろ!目を逸らされた子供の気持ちを考えてみろ!!伝えないと伝わらないじゃないか!!」
思わず叫んでいた。俺の親も俺を見ようとはしなかったから。ニナやニコを俺と重ねてしまったのかも知れない。母親は俺ではなく父の言動だけを気にし、父親は家庭を見ずに結果だけを求める。俺が何を考えてどの様に行動していたのかなんて見てもくれず、結果を出すのは当たり前だと言う態度で、俺からは目を背けてまともに話など聞いてくれなかった両親。親元を離れたなら自由に生きれば良いじゃないかと人は言うかも知れない。だが、幼かった俺に植え付けられた小さな棘は大人になろうが抜けることは無い。そんな俺の小さな棘が黒木の行動を許せずにいた。
「そこまで話せると言う事はワードサーチも切っているようだな。システムのリソースを増やしたか。あの時と同じように本気で私を捕らえようとしているワケだ。晴人よ。さっきお前は逃げ回ってどうなると言ったな? 逃げ回る事で俺は目的を成就する事が出来る可能性は上がると考えている。少なくとも以前のようにノコノコと呼びかけに応じて出て行って、騙し討ちの末にお前達の世界に封印された時とは違ってな…。」
クソ…。事の真相は分からないが黒木にも黒木なりの女神達と対峙したくない理由が有ると言うワケか。実に面倒だ。こっちはやっとの思いで女神達の過去を聞き出し話し合いのテーブルに着かせたと言うのに、騙し討ちと言う聞いた事もない事情が現れた。確かに女神側からの話しか聞いていないのだから黒木が逃げ回るのにも何か理由が有るのではないかと思っていたが…。黒木が騙し討ちされたと思い込み、今もそう思い続ける様な事態が数千年前の封印の際にあったと言うなら黒木が逃げ回っても仕方ないだろう。
これも俺が解決しないといけないのか?
面倒臭さに何もかも投げ出してしまいたくなりそうになったが気を取り直して呼びかけを続けた。と、言うか煽った。
「おいおい。仮にも神と崇められる管理者の半身とは思えない器量の狭さだな。幼かった子供達がパパと別れたくなくて行なった最後の抵抗だろ?確かに今も彼女達はガキかも知れないが、彼女達だって成長はしている。お前の代わりに管理者の業務を行なっているのも彼女達だ。今の彼女達はお前を送り出す為に納得できる理由を欲しているだけだ。昔、子供に噛みつかれたからって、いつまで怒ってるつもりだ? 話をしてみて彼女らが納得しないと言うなら俺はお前の側につく。どうしても成さないといけない事が有るから元の世界に戻りたいと言っている事は理解しているからな。何も帰さないと言っているワケじゃない。その前にお互いが納得する為の努力はしろと言ってるだけなんだが? 子供達でも理解してくれた事がお前には理解できないって言うのか?」
俺の言葉に黒木が唸る声が聞こえる。
そして、遠くから「そうだ!そうだー!」と野次を飛ばす妙子ちゃんの声がうっすらと聞こえた。どうやら、いつもの調子で元気にしてはいるようだ。
一瞬、妙子ちゃんの声にホッとしたが、黒木からの答えは俺が期待していたモノとは違っていた。
「お前が言う事も分からなくもない。ニナやニコが納得したいと思っているのも確かなのだろう。彼女達が成長し、俺を送り出す為の理由を欲しているだけだと言う事も理解は出来る。だが、お前がそこまで事情を知っているなら、俺がどの様な存在で、どの様な行動原理を元に動いているのかも晴人は理解しているはずだ。俺は元の世界に戻り、あの世界での権利を移譲して、この世界に戻ってくると言う任務を遂行する事だけに特化する為に分離した存在だと言う事を。目的を成就するのに障害となる問題は徹底的に排除する。もし、娘達に理由が必要だと言うなら、この世界に戻れた時にでも説明しよう。」
黒木の行動原理は太陽神メビと分かれた時に組み込まれていたのだろう。
本来なら、それは行って帰ってくるだけの簡単なモノ。
どちらかと言うと、元の世界で引き止められた時に発動していただろう行動原理だ。
それが何の因果か元の世界に戻る前に発動しているのだと思う。
黒木の言い分を全て信じるなら、数千年前に女神達は黒木を呼び出し、自分たちの我儘を通すために騙し討ちをして俺達の世界に封印した。それにより黒木は俺達の世界で人々を不幸にしてでも悪感情と言うエネルギーから魔力を集めて精製し、この世界に戻るための行動を行い続けた。そして、この世界に戻った黒木は数千年前の経験から女神達との関わりを徹底的に回避しながら潜伏している。それは一貫して黒木が元の世界に戻るための行動だと言うワケだ。
うん。何と言うか黒木の話を信じるならアイツらが全部悪い。
思わず膝から崩れ落ち、頭を抱えそうだった。
「何と言うか融通の利かない黒木も黒木じゃが、女神達も自業自得じゃのぉ…。」
何とか持ちこたえたものの立ち尽くしていた俺に師匠が声をかける。
「どっちもどっちですね…。」
掛けられた声に俺は力なく答えた。
もちろん、女神達側の話も聞いて擦り合わせないと真実は分からない。
受け取る側によって、それぞれの捉え方が有るのだから。
最初からそのつもりだったのか、交渉の決裂から突発的に起こった行動なのか。
原因は分からないが女神達は黒木を俺達の住んでいた世界に島流しにしたワケだ。
結果として、黒木からすれば呼びかけに応じて交渉に出かけて裏切られた。
今度は、そうならないように接点すら作らずに行動している。
目的を果たすため、己の行動原理に従って。
もちろん、黒木が当時を知らない俺達に対して都合の良い理由をでっち上げている可能性も無いとは言えないだろう。
普通の人間でも有る事だ。
自分の都合が悪くなるとコロコロと主張を変えて、無かった事実を捏造してでも口先だけで乗り切ろうとする者は少なからず居る。
検証されて、そんな事実は無かったと証明されても、過去の事実を捻じ曲げて大きな声で相手を貶め続ける事で自分の正当性を上書きしようとする者は多い。
黒木も俺達が当時の事を知らない事を良い事に嘘をついている可能性は有る。
どちらにしても、振り上げた拳を簡単に下ろす事が出来ないと言う性格。
全く。そんな所は似ないでもらいたい。
本当に。この似た者親子ときたら…。
「お前の事情は分かった!もし、女神達が実力行使に移ろう物なら俺はお前達に付く。そうさせない為の努力も事前にしよう。この世界を巻き込んだ親子喧嘩なんて恥ずかしい事態なんてのは、これで最後にしたらどうだ?」
未だに姿を表そうともしない黒木に向かって叫んだ。
何を言っても平行線だと感じながらも。
「……理屈は分かる。だが、俺の行動原理が再構成でもしない限り、その提案を受け入れると言う選択肢は選べないだろう。あの時に。俺がお前達の世界へと封印された時に、お前が居て、今の様に俺と娘らを取り持ってくれていたなら運命は変わっていたかも知れない。いや。過ぎた話を悔いても仕方ないのだが…。」
黒木が言葉を区切る。
根本に有るのはお前が言うような運命とか大げさな話じゃないんだ。
何とか黒木の考えを変えようと口を開こうとした時だった。
何も無い空白が続く黒木時空(仮)が大きく揺れ始めた。
「すまんな。お前達の張った結界の解析は終わった。いや。既に終わっていたのだが、お前と再び話せた事が嬉しくて、お前達には無駄な時間を使わせてしまった。許せ。伊丹妙子は必ず無事に戻そう。約束する。だが、お前達が望むようにニナやニコと相容れる事はない。お前達には悪いがその選択肢は無い。出来る事なら見逃してくれ。そして、そっと見送ってくれ。俺が元の世界に戻るのを。」
いつでもここから黒木は逃げ出せたと言う事らしい。
ただ、俺と言葉を交わす事だけの為に時間を作ったのだと。
娘達とは話す事も無いと言う黒木の頑なな態度に俺はどうする事も出来なかった。
いや。黒木は俺に何かを期待していたのかも知れない。
自分の行動原理を覆すような言葉を俺に期待していたのかも知れない。
だが。これ以上、俺は伝えるべき言葉を持ち合わせなかった。
「……構わんよ。お前が気にする事じゃない。お前達も早く逃げろ。空間の崩壊に巻き込まれるぞ。」
悔しさに唇を噛む俺をどこからか見ているのか黒木の最後の言葉が空間に響く。
そして、さっきまで微かに感じていた気配が消えた。
「ニナ。黒木が逃げるぞ。無駄かも知れんが予定通り行動を。」
ライトニングメッセンジャーを通してニナに伝える。
全てを聞いて居たと思われるニナが「分かったわ。」と短く答えて通信を切った。
「晴人。私達も脱出するぞ。」
師匠に脇を抱えられて立ち上がる。
そして、スクロール発動すると空間から脱出をした。
黒木時空(仮)から脱出をした俺達の目の前に広がっていたのは、何も変わらない拡張空間に紐付けられた荒れたままの部屋。
空間の崩壊の影響などは無い。
あの空間に入った時と変わらないままの部屋が有るだけだった。
そう。何も変えられなかった。
今の状態の黒木では何を言っても聞き入れられない。
それだけを確認しただけ。
黒木の姿も妙子ちゃんの姿も確認出来ないまま作戦は失敗した。
どうも。となりの新兵ちゃんです。
この話では区切りとして章と言う単位で話を区切っています。
一つの章に対して一万文字辺りを目処に書いているのですが…
文字数が超えて倍の量になっています。
何とか十章で閉めようと思っていたのですが無理そうなので延長で。
現在、十一章で終われるように調整中です。
今回、アップした辺りまでは先週末には書けていたので、素直に分割してアップしておけば良かったなと思いつつ…。
もう少しお話は続きますので今暫くお付き合い頂ければ幸いです。
と、言う事で今回もお付き合い頂きありがとうございました。
それでは、またいつか。




