其之一|第五章|それって何とかならないですか!?!?
2017年06月07日 加筆・修正
『何言ってんだこの人は…。え?死ぬの?』
妙子は困惑していた。
自殺しそこなったと思ったら床が光って、目が覚めたら知らない場所で、目の前には中の上くらいの顔したオジサマが居て、なんだか夢みたいな話をしだしたと思ったらねこみみが生えていて、馬のアレがついてるかも知れないと言われたと思ったら、今度は呪い…?しかも、確実に死ぬ?
基本的には優しく、思いやりがあって、優等生で、目上の人には敬意を払い、襟を正して話を聞く。
普段は暴力など振るわず、普段は虫も殺さない様な妙子が拳を振り上げ…
「ごあんなどころでのんびりばなじてるばあいがああああああああああ!!!!」
と、言葉にならない言葉と共に晴人を殴り飛ばした。
「ぐっぶぉ!!!!」
垂直に振り上げられた妙子の左が晴人の顎を撃ち抜く。
綺麗に顎に入った妙子の拳が、晴人をY軸方向に一回転させる。
『ああ。人間ってこんなに綺麗に宙を舞うだ…。』
晴人の血飛沫と涙と唾液が飛び散る中、あまりにも美しく入った己の拳に心踊ったと妙子は後に語る。
「うわぁああああ!ハルトさん大丈夫ですか?怪我無いですか?毛はありますよ!大丈夫です!」
ハルトの頭からピューっと血が吹き出す。
どんなに揺らしてもビンタしても反応が無い。
目は虚ろで焦点が有っていない。
YA・BA・I
これはヤバイやつだ。
本能的に何となく分かるヤバイ状況だ。
心は意外と冷静に判断できるが、落ち着いていられる状況じゃない。
どうしよう。コイツが死ぬのは仕方ないが死なれると私が困る。
こんな異世界で私一人でどうしろって言うの!?
そう考えると、急に不安になってきた…
「うがぁあああああ!誰に!誰にやられたんですか!?誰にやられたんですか!?誰にやられたんですか!?ここには『か弱い』私とハルトさんしか居なかったはずなのに!!」
「誰にやられたかと言うと私だぁぁぁぁぁぁ!!!」
私が!私が!私が!ハルトさんの顎に良いのをお見舞いしちゃったから!!
なんで?なんで?なんで?
どうして?どうして?この人あんなに綺麗に宙を舞っちゃうの???
私はか弱い普通の女の子なのに!?
はぁー。凄かったなぁー。
くるくるって回って、血がピューって飛び散って。
綺麗だったなぁー。
って!ちっがーーーーーう!
そうじゃない! そうじゃない! そうじゃない!
「あれですか!?呪いですか?私の呪いのせいですか???私の呪いでハルトさんがクルクルって!?はぁー。凄かったなぁー。」
だから!そうじゃなーーーい!
混乱して慌てふためいていると、ピクピクしながらも晴人の手が動く。
「あぁ!ハルトさぁぁぁぁん!無事だったんですね!今手当をします!絆創膏はいつもポッケに入ってます!」
慌ててポッケの中の絆創膏を探す。
こう言う時に限って上手くポッケから出てくれない。
「うわーーーん!ハルトさーーーん!」
力尽きそうなハルトをこっちの世界に呼び戻そうと、ぶるんぶるん揺さぶる。
「だめー!そっちに行っちゃ!前田のおばあちゃんゲットアウトーーーーー!!!」
ハルトは薄れ行く意思の中で、最後の力を振り絞り自分の血で床にメッセージを残した。
『はんにんはタエ』
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「意外と余裕そうですね。ハルトさん。レトロゲーを愛する私の様な希少種でないと、そんなネタ女子高生には理解もされませんよ。30代前半でもギリギリですよ。」
たしか元ネタはアレである。
たけしは名探偵。
カニカニナニカニーと言うフレーズが印象的な。
一度、私もプレイした事がある。
時事ネタっぽいのはよく分からなかったけど何となく面白かった印象がある。
だけど、良かった。
そんな行動が出来るなら致命傷じゃないだろう。
私は一安心した。
「ハルトさん。それよりも大丈夫ですか? 私、気が動転しちゃって…。気がついたら殴ってて…。ごめんなさい。本当に…。ごめんなさい。私…。私…。」
気が緩んだのか安心して涙が溢れてくる。
ここで、この人に死なれては今日の晩御飯も食べられないかも知れないのだから。
そんな妙子を気遣ってか相変わらずうつ伏せのままだが晴人が答える。
「まあな。気にすることはない。少し痛かったが、俺には死ねない呪いがかけられてるからな。ワードナばりに蘇るぞ。はっはっは。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「私が言うのもアレですけど。ハルトさんって何歳なんですか。分かる私もアレだとは思いますけど、普通ならスルーする前に伝わりませんよ?」
「大丈夫だ。分かる人に分かれば良い。」
キラーン☆と白い歯を見せながら晴人が笑いかける。
・・・・・・。
何なんだろうか。この人は。
最初は結構シブかった気がしたのに…。
私を心配させない様に気を使っているのかも知れないけど…。
この人は格好を付けてはメッキが剥がれて失敗するタイプの人だ。多分。
とりあえず、呪いがどうとかは知らないけど傷口が尋常じゃない早さで塞がっていく。
最後にはカサブタがポロンと剥がれてツルツルタマゴ肌。
呪いと言うか加護に近いよね。
加護と言うよりも過保護な感じがする。
「まあ、良いや。そんな事よりですね。ハルトさん。確実に死ぬってどう言う事ですか?詳しく教えて下さい。以上じゃないです!」
未だに立ち上がれず仰向けに体勢変えたハルトに掴みかかって揺さぶる。
勢いで顔を近づけすぎたのか、ハルトは顔を赤らめつつ顔を横に逸らす。
『ああ。多分この人、引きこもってゲームしてる間に部屋からどんどん出られなくなってMMOとかでも「ハルトさん普段はどんな仕事しているんですか?」とか聞かれちゃってギルドとかにも居づらくなってボッチプレイじゃ寂しくて、しまいには何もするのも虚しくなって自殺しちゃったりしたタイプなんじゃないかな…。』
とか、妙子に思われているとも知らずに少し落ち着いた晴人が話し出す。
「話は簡単だ。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。即死に繋がる様な効果はあまり無いみたいだが…。妙子ちゃん。君は色々な事に追い詰められ自殺を図ったんじゃないか?」
何で分かったんだろう。
見てきた様にズバリと言い当てるハルトさん。
やっぱり、この人はただのボッチプレイじゃないみたいな気がする。
うん。ハルトさんの言う通りなのだ。
「言われればそんな気がします…。嫌な事の積み重ねでタガが外れたみたいな。」
私が自殺に至った状況をハルトさんは言い当てた。
疲れて気力が無かったとは言っても直前までは冷静に物事を考えられていたのに。
なぜ、私は自殺しようとしたのだろう?
落ち着いてみると、ほんの数十分前の私がそこまで追い詰められていたのかが分からない。
「そう。そのタガが外れると言うのが呪いの『当たり』だろう。これまでは冷静に悩めたて冷静な判断が出来たのに急に何もかも嫌になって自殺をしないといけないと突き動かされた?」
「はい。色々な原因で疲れていたとは思うけど、あの時はそんな感じでした…。」
普段は思わない事。
口走らないような事。
急に色々な負の感情が溢れ出て吹き出すあの感じ。
思い出したら、口の中が異様に乾く。
「この呪いは『大当たり』が自殺衝動。『中当たり』がお腹が痛いなどの体調不良や、人の話し声が自分の批判などに聞こえる自意識過剰などの意識変化や体調変化。『ハズレ』が何も効果を発っせず状態を維持。大雑把に言うとそんな感じで作用するみたい。効果は地味だがその影響は確実に積み重なり人格を崩壊させ死へと導く。一回や二回ならおまじない程度の行為がたまたま上手く行った程度の物だが、君の場合は意図的に狙って仕掛けられた呪いで、呪術者は魔法や呪いの使い方をこっちの専門家と同じくらい熟知して使用している。地球上にそれが出来る人間が居るなんて驚きだよ。過去に使えた人間が居てその知識を継承していたとしても、今の地球でまともに運用出来るとは思えないし、こちらの人間が向こうに行ってまでヤル事でもなければ、今のところ向こうとの行き来は偶然に起こらない限り不可能。何があってそんな事になってしまっているのやら。」
冷静に話を聞くと、その呪いの恐ろしさに絶句する。
そんな嫌がらせの様な呪いが私の中に何千も仕掛けられているなんて。
私をイジメていたあいつも普通の高校生だ。
あの子がそんな事を出来るはずがない。
もしかしたら、あの子もその呪いをかけた人に操られていた?
いや。今はそんな事を気にしている場合じゃない…。
そんな事よりも知りたいことがある。
「あの。それは…。ハルトさんやハルトさんの師匠という人でもこの呪いをなんとかする事は出来ないんですか?魔法使いなんですよね!?」
そう。今はそんな説明よりこの呪いが解けるのかを知りたい!
私がこのまま死にたくない。
死なない方法を知りたい!
だけど、ハルトさんの答えは私を更に絶望させる物だった…。
「無理だろね。せめてこの呪いが、どの系統か分かれば多少の可能性は出て来るが、それでも数が多い。仮に二千の呪いを解除しようとした場合、俺の知ってる方法では一つの呪いを解除するのに早くても一時間がかかる。一時間に一つ呪いを解除したとして、二十四時間ぶっ続けで解除するとしても八十日くらいは呪いの脅威に曝される事になる。解呪にかかる時間が短くなれば短くなるほど生存の可能性は出て来るが、マナの多いこっちに飛ばされた事で発動効果が強力になってる可能性だって考えられる。努力はするが…。全てを無事に解呪できるなんていい加減な事は言えない。」
そんなに酷い呪いだったんだ…。
今までは運が良かっただけなんだ…。
でも、諦めたくない。
よく分からない世界に飛ばされたとは言え、このまま死んじゃったら、私に呪いをかけた人の思う壺だ。
そんなのは嫌だ。
「そんな…。それってホントに何ともならないんですか???」
私の問いに対して、力なくハルトさんが首を横に振る。
「何ともならん。こんな狂った呪いだ。何が仕掛けられているかも分からんだろ?」
確かにそうかも知れない。
呪いについて何もわからないのに下手な事は出来ない。
例えば体中に針を刺され、それを抜いてって頼んでも、何があるのかも分からない状態では私だって無闇に針は抜けない。
もしかしたら、返し針かもしれないのに安易には抜けない。
抜き始めたとしても、無理やり一気に針を抜くと大量出血で死ぬかも知れない。
一本一本抜いていては時間がかかりすぎる。
その間に衰弱する事だって考えられる。
何も分からない状態で無茶な対処のする事も出来ない。
時間がかかっても丁寧に対処するしかないんだ…。
「俺の知ってる知識では限界がある。取り敢えず一休みして日が昇ってから教会の知り合いや師匠に相談しよう。もしかしたら、俺なんかが知らない未知の解決方法を提示してくれるかも知れない。諦めるな。」
これがこの人なりの励ましなんだと思う。
本当に悔しそうな、その横顔に不安だけど理由の無い安心感を覚える。
今日は色々あったけど、この人に知り合えた事は良かった事なんだと思おう。
それにハルトさんの言うとおり、教会だったら何か方法が有るかも知れない!
魔法とかふざけた事が出来る世界だもん!
教会だって元の世界とは違って何か凄い事が出来るのかも知れないもんね!
そう思うと、少し元気が湧いてきた。
「そうですね!あっちに居たままじゃ、こんな呪いにかかってるなんて知らないまま、また自殺してたかも知れないもんね!」
「おお!そうだ!そうだ!最悪、便秘をこじらせて自殺なんて事も有ったかも知れんのだ!こっちに来れて幸運だぞ!」
「え?便秘で自殺?」
何を言ってんだ?この人は?
「ああ。ログを見たら十二日間の便秘の効果が連続発動した後に、二日間の下痢の効果が発動したログが有る。これが自殺系の効果だったら便秘に悩んで自殺した女子高生が出来上がる所だったぞ。」
『!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
思い当たるフシがある!
これまでの最長記録だった便秘。
基本的に快食快便の妙子にとって、その期間は地獄だった。
そして、思い出したかの様な二日間の下痢。
病院に行っても原因不明だった下痢。
新種のウィルスかも知れないと色々調べられた。
乙女にとって最高に屈辱的だった二日間。
『あれも呪いのせいだったのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!』
異世界で明らかになる一ヶ月前の地獄のような便秘と下痢の原因。
違う意味で死にたくなった妙子は誰とも分からぬ『呪い』の首謀者への復讐を密かに誓うのであった。