其之四|第十章|■と■のコンクリフト
何者かが放った力が収束しダンジョンに静寂が戻る。
みんなの安否を確認するために俺は周囲を見回した。
俺の後ろに居た妙子ちゃん達は無事だ。
妙子ちゃんと呪々は何者かが放った衝撃に耐えられなかったのか、気を失っているがニナさんが介抱してくれている。ここは彼女に任せておけば問題ないだろう。
次にダンジョン内部の破損を確認した。
目視では崩れ落ちたりなどの損害は無いようだ。
師匠と黒木が全力で謎の力を封じてくれたから抑え込めたのだと思う。
何の対策もせずにダンジョンから逃げ出していたなら地下十階は倒壊していたかも知れない。
師匠も無事だ。
次を警戒して動かないが立って相手を見据えている。
取り敢えず、放っておいて問題ないだろう。
正直、今の俺に師匠の面倒を見る余裕は無かった。
自分で何とかしてくれるなら、放っておいた方が安全だろう。
問題が有るとすれば異変の中心地点。
そこには黒木と対峙して神秘的な光に包まれたニコさんが立っていた。
ニコさんが無事だったのは幸いだが、少し様子がおかしい。
何かを話しているみたいだが、音を遮断されているのか話し声がここまで届くことはなかった。
『ハルト様。大丈夫ですか?』
周囲の状況把握をしていると市長のエレナからウィスパーが届いた。
異変を察知して心配したのだろう。
普段は我関せずと言う感じで黙々と仕事を消化していく彼女だが、必要な時には細かな心配りをしてくれる性格が頼もしく感じる。
『ああ。一応は。…だけどね。ただ、もうひとやま有りそうな感じだ…。街への影響は無かったか? 手短に報告を。』
目の前に現れた正体不明の存在も気になるが、ダンジョンの上に有る街が気になり、エレナからの報告を促した。彼女もそのつもりでウィスパーを飛ばしているのだと思うが今は数秒の時間も惜しい。
一時的に防げたとは言え、この先どうなるか分からないのだから。
さっきのは、謎の存在にとっては椅子に座る前に埃を払う程度の行為なのだろう。
謎の存在が俺の想像通りの存在で、この後に黒木と一戦を交えるとするなら…。
被害はあの程度では終わらない。
最悪の場合を考えると街の人々の避難も必要だ。
一刻も早く現状把握をしておきたかった。
『はい。少し揺れただけで大きな問題は…。問題が有るとすれば、そちらの状況です。先程のは多分…』
エレナが俺に何かを告げようとした時、異変の中心点から声が響いた。
「あら。マステマムじゃない?お久しぶりね。聞こえてるわよね?今はエレナって名乗ってるのでしたかしら? まあ、どっちでも良いわ。 大丈夫よ。盗み聞きみたいで悪いけど聞こえちゃったから言っておくわね。流石に街が上に有るのに何かをするつもりなんて無いから。異世界からのお客人も安心なさい。街に居るユニットを避難させる必要は無いわ。用事が済んだら引き上げるわよ。まあ、■■■が、大人しくしてくれていればの話だけど。」
謎の声と言うか見た目も声もニコさんだが、ニコさんに憑依したと思われる何者かが俺達にもエレナにも聞えるように話し始める。
『やはり、あなたですか…。』
その声を聞き、普段は言葉に表情を乗せないエレナがうんざりとした声を上げた。
普段、冷静沈着なエレナがうんざりする相手。
この謎の存在が人間や大精霊など地上に生息する普通の生物ではないだろうと言う事は容易に想像できた。
もっと上位の存在で、エレナとも何かしらの理由で付き合いの長い者…。
黒木がこの異変の前に見せた慌てぶり。
エレナの諦めに似た声。
ここに現れた時の強大な力。
そして、この場を満たす清浄な空気。
総合的に考えると導かれる答えは少ない。
そう。ここに居るのは多分…。
「そうね。その表情!正解だわ♪ 新戸晴人だっけ?異世界からの客人!その推測で概ね正解だと思うわ♪ ただ、どっちかは分からないでしょ? 自己紹介をしておこうかしら?」
俺の思考を読んだのか嬉しそうに、楽しそうに、歌うように、女神が俺の思考に音で答える。
そして、踊るかの様にくるりと舞うと俺達の前に現れて優雅にお辞儀をした。
「はじめまして。異世界の子らよ。双月の女神が一柱、ニナ=ヘメロ=レイア!ここに参上!!私が自ら魔王カルキノスの魔の手より人の子を守りに来てやったわよ!」
俺の予想通りだったようだ。
俺では誰が降臨したのかまでは分からなかったが…。
黒木…いや。魔王カルキノスの帰還を察知して女神ニナが降臨したのだった。
いや。しかし、なんだ…。
途中までは実に女神らしかったのだが…。
何と言うか残念な感じがした。
最後の方の言動。
そして、そのポーズときたら…。
いや。途中までは女神らしかったよ?
圧倒的なチカラと身にまとう雰囲気。
神なんて得体の知れない相手を信じる気になんてなれないが、そんな俺でも頭を垂れて敬意を示さないといけないのではないだろうかと思う程だった。
だが、しかし!だが、しかしだ!
一気に軽くなった。
女神ニナだからなのだろうか。
馬鹿だからなのだろうか。
俺に対しても礼儀を示したのだろう。
優雅にお辞儀をしたまでは良かった。
かと、思ったら仁王立ちで左手を腰に当て、胸を張り、天に向かって右の拳を突き上げた。
しかも。しかもだ。小さな声で「ドドーン…ドドーン…ドドーン…」と口でセルフ効果音を入れながら、あまつさえエコーを口で再現した。
そして、無い乳をこれでもか!と主張しながら「守りにきてあげたわよ!!」と来たもんだ。
何と言うかニコさんの姿をしているが、中身は実にニナさんっぽい何かだった。
いや。名は体を表すじゃないけど、女神ニナがニナさんっぽいのか…。ニナさんが女神ニナの名に影響を受けているのか。行動やら言葉の端々に何となくニナさん感を感じてしまうは俺だけだろうか?
参上の意味も分からずに使っている感じがしてならない…。
そして、もっと残念なのはお胸である。
教会などで伝えられている女神ニナの姿のままで降臨したなら、女神ニナもニナさん同様に豊満なお胸らしいから、拳を突き上げて胸を強調するポーズもある程度の迫力を演出するのだろうが…。
大きく振り上げられた拳に反比例するかの様なニコさんのまっ平らなお胸が主張されて…。いや。ニコさんのお胸が女性のお胸であると全く主張されないポーズが…。何と言うか哀愁すら覚えてしまう…。巻き込まれ事故の様なニコさんに同情をせずにはいられない…。
あぁ…。そう言えば普段は女神ニナってこの星を回る双月の外周を回る月に居るって話だから、人間に関わる機会が少なくて、人と関わる機会があった時にはテンション上がっちゃって余計な事をしちゃうんだっけか…。
逸話通りなら俺達の前に顕現した女神ニナが色々と残念なのも仕方ないのかも知れない…。
「こら!そこ!失礼な事を考えてんじゃないわよ!!」
余程、俺が残念そうな表情をしていたのか。
いや。俺の思考を読み取ったのか、ビシっと言う効果音が可視化されそうな勢いで指を指された。
「全く…。分かってるわよ!ニコの名の軛によって、残念おっぱいにしか成長出来なかった子の身体で、いつもの様に行動すると残念なお胸が残念に強調されて残念な感じになるくらい分かってるわよ!」
どうやら、自分が残念な状況だと言う事は自覚しているようだ。
ただ、その残念な状況に陥っているのは、八割くらい女神ニナが残念だからな気がしてきた。
今度は女神ニナがニナさんを指さして言い訳を話し始めたのだ。
「そこの私の名を付けられた子が少しでも信仰心を持ってたら、この子に憑依する必要は無かったのよ!驚いたわよ!!その子ってば私の名を付けられてるにも関わらず全く信仰心が無いんだもの!普通は私達の名を付けられた子って普通の子よりも信仰心が厚いものなのよ!? なのに!なのによ!?私が降りれないくらい信仰心が無いってどう言う事なのよ!? ビックリしたわよ!! 異常な力の変動を感知した上に、馬鹿な■■■が身内しか知らない事をポロっと話してワードサーチに引っかかり「位置特定出来た!幸い近くに依り代も居るから直行よ!」って来てみたら、ニコの名を付けられた残念おっぱいの子にしか憑依する選択肢が無いなんて!慌てて周りを見回しても私達への信仰心なんて全く無い、異世界人・異世界人?・異世界人??・異世界人の男しか居ないじゃない!! だったら、少しでもお胸が成長するようにと私を信仰してくれている、この子に入るしかないじゃない!! 私にどうしろって話でしょ!!」
と、一気に捲し立てるとサメザメと泣き出した…。
私にどうしろって話だ!って言われても、俺達にどうしろって話だ…。
『ハルト様。女神ニナは大変 面倒くさ…いえ。気難しい方なのでご注意下さい。私は関わり…いえ。万が一を考え住民の避難誘導を致しますのでお力添え出来ません。ご武運をお祈りしつつ業務に戻らせて頂きます。では!!!』
『おい!ちょ…!おま!!!』
これ以上、関わっていては面倒臭い事になると思ったのかエレナが一方的にウィスパーを送って来たかと思ったら、一方的に通信を切られてしまった。
通常のメッセンジャーだけでなく、ライトニングメッセンジャーを発動してウィスパーを送っても反応が無い。
いや…。まあ…。エレナの気持ちも分からなくもない…。
降臨して五分もせずにボロを出す女神…。
しかも、とても面倒臭そうなのは、さっきの発言からも理解が出来る。
うん。出来れば関わり合いたくない相手なのは間違いない。
「ちょ…!マステマム!?私のウィスパーまで遮断してんじゃないわよ!!後で押しかけて長々と昔話してやるんだからね!!お酒を用意して待ってなさいよ!!!」
とか、聞こえていないと分かっている相手に向かって悪態をつく女神の様子を見ても明らかだろう。
師匠は未だに警戒を解いていないが…。
俺は意外とチョロい相手なのかも知れないと感じ始めていた。
いや。待てよ?
エレナへの悪態を聞いて「この世界の神は全知全能では無い」と言う逸話と共に一つの疑問が湧き上がる。
もし、そうなら交渉で多少はこちらの思惑通りに動いてくれるかも知れない。
少なくとも神の圧倒的な力で叩き潰されると言う可能性は排除できるのではないだろうか?
そう思った俺はそれを確かめるべく一芝居打つ事にした。
「いやいや。ウィスパーって!!神なら強制的に声を送ったり、思考を読んだりして会話が成立するんじゃないですか!?」
大げさの滑稽に。
神様なんだからそれくらい出来るでしょ?っと言う様に。
「何よぉ…。」
俺の言葉に反応してニコさんの顔で涙を浮かべながらジト目で睨みつけてくる。
その表情に可愛らしさを感じて、一抹の庇護欲を刺激されるが、そこで手を緩める事は出来なかった。
「いや。だって神様ですよね?それくらい出来るんじゃないかな?って一般庶民としては思うじゃないですか?あっれれー?おっかしぃぞぉー?神様なのにそんな事も出来ないんですか?」
俺は煽った。
あっれれーから続く煽りは、例え黒塗りの犯人だろうと反応せざるを得ないパワーワードだ。特に腹に一物を抱えている者は無視が出来ない。反応したくないと思っている者ほど反応してしまうのは世界の法則と言って良いだろう。
「そんな事出来るワケないでしょ!!人の思考を読んだり、強制的に思考に介入するとか、どんだけデリカシー無いのよ!?ユニット相手でも許されるワケないじゃない!?あんたの世界じゃどうだったか知らないけどね!大体、■■■が出来る物事の範囲なんて寄り添って手助けしたり助言する程度なのよ!それ以前に私達が愛して愛でるユニットにそんな非道な事をするワケないじゃない!!」
チョロい…。
俺の質問に激高した女神ニナがツラツラと聞いていない事まで話しだした。
さっきまで驚異に感じていたと言うのに、チョロいと分かった今ではその激高も何と言うか愛らしく感じてしまうのは人間の業かも知れない。
一部、かき消されら部分があったが大体の事情は把握は出来た。
後は裏付けだ。
この世界の神が俺達の思考を読めないと言う事の。
「えぇぇぇ!? でも、この世界じゃ祈りってのは届くんですよね?それって思考を読んだりとかの延長線上に有るんじゃないんですか!?」
大げさに反応し無知を装う。
いや。実際に知らないから無知ではあるが、馬鹿を装って気分良く話してもらう為に大げさに驚いて見せた。
「ふっふん!何も知らないのね。あなたは! まあ、この世界の人間でも知ってる者は少ないし、異世界からの客人なら仕方ないわよね!特別に教えてあげるわ! 良い?祈りって言うのは一定のプロセスなのよ。一定の作法を行う事で人々の祈りは私達に届けられるわ!そう言う仕組みなの!あぁ。でもダメよ?私利私欲にまみれた事を願っても!そんなのフィルタリングされてポイよ!良いかしら?祈りって言うのは基本的に感謝なのよ。今日も一日無事に過ごせました。とか? 目標を達成出来ました。とか? そして、未来に続く願いね。 明日も無事に過ごせますようにって言う感じのね! その明日に続く願いに込められた「ささやか」な願望を汲み取り、私達がそっと手助けする。それがこの世界で言う所の願いであり祈りであるワケよ?分かる? この仕組みはどの世界でも言える事だと思うけど、あなたの世界では違ったのかしら? 神に願ったところで自分が成さなければ意味がないわ! 私達はそっと背中を押すだけ。少し手助けをするだけ。 祈られ届けられ蓄積された願いを日々判断して一歩踏み出せる様に手助けをするのは私達の仕事の一つだけど、思考を読んでお節介を押し付けたりなんてしないわよ! 大体、思考なんて読めないし、言ってるわよね? 異世界から来たって言っても知ってるでしょ? 私達は全知全能じゃないって宣言しているのを? 私達はどんなにユニット達を愛していても少し手を差し伸べる事しか出来ないのだもの…。 だ・か・ら!!! あんたも誰かに願うよりも前に、自分で行動するのよ!!良い?わかった!?」
・・・・・・。
長かった。
本人は大演説を終えて満足そうにフフンと無い胸を張っているけど…。
大丈夫なのだろうか?
自分から煽ってアレだが、ここまで聞いてない事までペラペラと話してくれると逆に不安になってしまうのは俺だけだろうか?
こちらとしては雑学が増えるのは有り難い。
だが、他人事ながら心配になる。
神の世界でのコンプライアンスはどうなっているのだろうかと。
この脇の甘い女神はお家に戻ってお仕置きされないかと。
とは言え、こちらの思考が読めないと言う事は分かった。
それは交渉が可能と言う事だ。
話せば分かるとは言わないが穏便にお帰り頂く事は出来るかも知れない。
その証拠に俺達の会話を見守っていた全員が「こいつはチョロい!!」と言う認識を持ったのだろう。
気を失っていたはず妙子ちゃんが、どこから話を聞いていたのかは分からないが、明らかに妙子ちゃんも女神ニナをなめ…いや。警戒していないのは、その行動からも良くわかった。
いつの間にか起きて、お茶を淹れながらこちらの様子を伺っていた。
「ハルトさーーん!話は終わりましたかー!?お茶淹れたから一休みしませんかー!?そっちの女神さんも今ならルルデビルズさんが差し入れしてくれたケーキを選びたい放題ですよー!!」
「うひょ!ケーキ!?供物を用意するなんて、なかなか気が利く子ね!喋りすぎて喉も乾いてたし頂くわ!バナナのケーキなんて有るかしら?大好物なのよー!」
「有りますよー!なぜかいっぱい有るから確保しておきますねー!」
「うひょひょ!なんて良い子なの!?なでなでしてあげるわ!!!」
と、言うと、残念な女神は猫もビックリする程、まっしぐらに妙子ちゃんの下に向かった…。
うひょって言ったか?この残念女神は。
実際に「うひょ!」っとか言う人間を目の当たりにしようとは…。
いや。まぁ。人間ではないのだが…。
ケーキに釣られて言動怪しい女神の背中を見つつ、この女神が残念な存在である事を再確認させられた。
しかし、いつの間にルルデビルズが差し入れなんて持って来ていたんだ。
余程、関わり合いたくないのか気配の気の字も感じなかったぞ?
エレナしかり、ルルデビルズしかり、こいつが面倒くさいと言うのはこれまでの発言で理解したが、気配も感じさせず現れて、バナナケーキなんてニッチな物をワザワザ差し入れるなんて、どんだけ女神ニナを理解して行動しているのかと後でジックリ聞いてみたいものだ。
そして、気配を消しつつ闇に同化しようと動かないアイツもアイツだ。
振り返って黒木を見ると、俺に構うなと言わんばかりにそっぽを向かれた。
黒木にとっても女神ニナは相手にしたくない相手らしい。
それなら、この場から逃げ出せば良いものを。
と、思ったが。どうやら師匠や黒木が張ったシールドには、この場から誰も逃さないと言う類の結界が張られているようだ。逃げるに逃げられないってワケだ。
黒木の無駄な努力を無にしない為にも俺は残念な女神の後ろ姿を追って、さながら女子会と化した輪の中に向かった。
「テーブルとか無いから少しお行儀が悪いですけど絨毯に置いちゃいますねー。あっ!ハルトさんはどれにします? オススメはグランクランの新作のオレンジとチョコのババロアが美味しいですよ! ルルデビルズさん買いに行ってくれたのかな?新作も定番もしっかり押さえたセレクトが抜群ですよ!後で褒めてあげて下さいね!!」
グランクランは妙子ちゃんお気に入りのケーキ店だ。
教会へのご進物用などにも使われる古典的なケーキやクッキーから、目新しい新作のお菓子などを精力的に並べるお店と言う事で女性たちの心を掴んで放さない店としても有名になりつつ有ると言う話を妙子ちゃんに聞いた事があったっけ。
単なる差し入れだけでなく、妙子ちゃんの趣味をも押さえたセレクト…。
ルルデビルズ侮りがたし…。
ああ、見えて実は女子力が高いのかも知れない。
取り敢えず後でルルデビルズを弄ろうと思いつつ、妙子ちゃんのオススメを頂くと告げて席についた。
「はぁ~ん!このバナナケーキの絶妙なバランス!バナナはそのまま食べても美味しいけど、こうやってひと手間加えてくれると、また違った幸せを与えてくれるわね!このお店ってこの街のお菓子店なのかしら?どの辺りに有るのかしら?後で案内してね!!」
生クリームとカスタードクリームに彩られたバナナケーキに舌鼓を打ち、感嘆の声を漏らす残念な女神。
あまつさえ、この後に街を観光してケーキ店に突入するのは決定事項のようだ。
一体、ここに何をしに来たのか忘れているのではないだろうか?
それはそれで有り難いのだが…。
降臨した時の重厚な雰囲気が一切なくなった残念な女神を見ていると、こちらが何だか残念な気分になると言う不条理。
とても傷まれなくなるので早くお帰り頂きたかった。
「まーかせて下さい!他にも色々とオススメが有りますからお店のケーキ全種類 制覇しちゃいましょ!」
のだが、妙子ちゃんは引き止める気満々のようだ。
俺が止めなければ「今日は泊まって行ってくださいよ!」とか言い出しそうな勢い。
妙子ちゃんの事だから分かっていて、そう言う話の流れに持っていっているのだと思う…。
気絶していた妙子ちゃんが、意識を取り戻してから、誰にどの様な説明を聞いたのかは分からないが、女神ニナを籠絡しておけば、この面倒くさい事態を上手くやり過ごせると言う判断なのだろう。
確かに、今の事態を丸く収めるのに女神ニナは重要な存在だ。
黒木を助けてやる義理は無いのだが…。
だけど。現段階で女神ニナに黒木を捕まえられてしまうのは都合が悪い。
だって、そうだろ?
情報共有をすると言って黒木から引き出せたのは過去に黒木がやらかしてしまったと言う話だけなのだ。
肝心の異世界移動に関する情報は、これっぽっちも得られていない。
もしかしたら、女神ニナも異世界移動に関する情報を知っているかも知れないが、残念な女神だと言っても相手は神だ。
どちらかと言うと世界の理を保つ側の存在。
いくら、脇が甘いと言っても俺や師匠がこの世界で必死に探しても情報の欠片さえ見つからなかった異世界移動の方法をポロリと口から漏らすとは思えない。
俺や師匠。
そして、何よりも妙子ちゃん。
今後どうするかは分からないが元の世界に戻る手段は確保しておきたかった。
どんなに探しても元の世界に戻る方法が見つからないなら、この世界で俺が妙子ちゃんを支えようと言う覚悟は有る。
呪々を召喚したあの夜に俺が言った言葉には嘘はない。
今もあの時の言葉は本心から溢れた言葉だった。
こんな事を言うと妙子ちゃんは怒るかも知れない。
だけど、妙子ちゃんは今ならまだ間に合う。
異世界移動を成功させた者がすぐそこに居るんだ。
方法を知っている者がすぐそこに居るんだ。
帰してやれるなら帰してやりたい。
元の世界で普通の生活に戻り、どこにでも居る十七歳の少女たちのように普通の青春を過ごし、紆余曲折が有ったとしても普通の人生を送って普通の幸せを手に入れて欲しい。それだって本心だ。
この世界で俺と共に生きて欲しいと言う気持ちとは裏腹に。
「ちょっ!!ハルトさん!!急にダーって涙流して何事ですか!? あぁ!ほらほらハンカチ!ハンカチ!って、どうしてフリーズしてるんですか!?ハンカチ持って涙を拭いて…って!もう!しょうがないなー。大丈夫ですか?どうして鼻水まで流して号泣しているんですか!?何があったんですか!?ケーキ食べてただけですよね!?鼻かめます?チーンして下さい!チーンって!」
気がつくと涙が溢れ出していた。
三十も半ばをとっくに過ぎた大の大人が情けない。
だけど、妙子ちゃんがそれに気が付き世話をしてくれ、困りながらも俺に向けてくれる優しい表情が目に入ると、その寂しさが加速した。
思いもしなかった。
いや。気が付かないように自分にリミットをかけていただけだ。
あの夜から自分の心に鍵をかけて。
年の差を理由に何でもないフリをしていただけだ。
元の世界の作られた倫理観を理由にして自分の気持ちを押さえ込み。
いつか別れが訪れたとしても笑顔で送り出せるようにと。
でも、こんなにも俺の中で妙子ちゃんの存在が大きくなっているなんて。
思いもしなかった。
ああ。そうなのか。
それに気がついた俺の口から小さな声で言葉がこぼれた。
「妙子ちゃん…。俺と一緒に居てくれないか…。」
静まり返る。
さっきまでキャッキャウフフと騒いでいた会話が止まり空気の音が聞える程に。
「え?えっと。ハルトさん?イヤだなぁー!私はここにいますよ?大丈夫ですよー?もぉー!さっきから変ですよ!?泣き出したと思ったら、今度は甘えちゃってー!情緒不安定なんですか!?アハハ…イヤだなぁ。もぉ!そう言うのは二人の時に…。」
「そうじゃなくて!そうじゃないんだ…。アレだ…。そう!アレなんだよ!」
こんな場所で言うつもりじゃなかった言葉がこぼれた事に気が付き、急に恥ずかしさが込み上げてくる。
「あー!アレですよね!アレ!分かります!そうですよねー。アレですよねー!」
と、この場の空気を何とか誤魔化そうとする妙子ちゃんのフォローが俺の恥ずかしさを加速させる。
「あーーー!アレなのね!!うそ!?本当に!?でも、今どうして!?キャー!!うそ!?うそ!?私、初めてよ!!人のプロポーズに立ち会うなんて!!キャー!!どうしよう!!ねぇ!ねぇ!どうするの?どうするのよ!?妙子ちゃん受けるの!?結婚するの!?祝福するわよ!!えぇ!!祝福するわ!!だって、それも私達のお仕事ですもの!!受けるわよね!?ねえ??受けるわよね!?受けるわよね!?」
そして、空気を読まない残念な女神によりトドメを刺された…。
いつもは空気を読まない師匠ですら空気を読んで黙っていてくれたのに…。
「あー。これはもうアレじゃな…。アレとしか言いようが無いわ。ご愁傷様だな。」
女神による、あまりもの仕打ちに師匠から憐れみの言葉を掛けられ、俺は真っ赤になった顔を隠すため床に倒れ込んだ。
これはもうハッキリと言ってしまうしか状況を収集出来ないのか?
俺の恥ずかしさを他所に一人で盛り上がる残念女神の声を聞きながら覚悟を決めようとした。
その時だった。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!なになに!?なんで私抱えられてるの!?なんなの!?次から次に!!!良い所だったのになんなのーーーー!?」
妙子ちゃんの悲鳴がフロアに響いた。
慌てて顔を上げ、声の方向を見る。
そこには俺達から距離を取って妙子ちゃんを抱える男の姿が目に入った。
「なっ!!黒木!!」
女神ニナに絡まれないようにと、さっきまで気配を消していた黒木が動いた。
「すまんな。晴人。意図しなかっただろうが時間稼ぎをしてくれたお蔭で助かったよ。俺はどうしても捕まるワケにはいかないのだ。結界は晴れた今、ここに居る理由はない。戦略的撤退するのみだ。すまんがお前の嫁は保険として連れて行く。今は目をつぶってくれ。必ず無事に帰す。約束しよう。」
妙子ちゃんはここを離れるまでの人質と言う事か…。
さっきの状況もバッチリ見ていたのだろう。
微妙なタイミングで行動に移さなければいけなくなった黒木が複雑な表情をしながら本当にすまなそうに告げた。
すまなそうな顔をしている。
だが、黒木の対応は容赦なかった。
話している間にも残念女神が妙子ちゃんを取り戻そうとしているが、黒木に攻撃を片手で弾かれて残念女神は全く役に立たない。
「おい!残念女神!!どうにかしろよ!!なんだ!?そのヘナチョコ攻撃は!!女神なんだから上手いこと妙子ちゃんに当てずに急所を突くとか空間転移とかで妙子ちゃんを取り戻せよ!!空気は読まないわ、余計な事だけはペラペラ喋るわでホント役に立たねーな!!!」
どうする事も出来ない状況に苛立ち、残念女神に理不尽な怒りをぶつける。
どうする事も出来ない。分かっている。
黒木はマルチタクスで物理攻撃防御、神威防御、魔法防御、空間制御、範囲聖域を一瞬で展開したのだ。一筋縄では行かないのは目に見えている。
「だって!しょうがないでしょ!?私だって全力でやってるわよ!!だって…!!」
泣きそうな声で残念女神が悔しそうに声を噛みしめた。
「そう言うな。晴人。ユニットを抱えられた状態では全力も出せないよな?ニナが悪いワケではない。■■■はユニットに直接危害が加わる様な状況ではリミットが発動するのだよ。かと言って、ここに現れた時のように間接ダメージも今の俺には無駄だと理解している。仕方がないのだよ。晴人。」
ご丁寧に解説している間にも黒木は追跡無効化フィールドを張りながらテレポーターの詠唱を始めていた。
「…すまないな。ニナ。お前達も■している。だが、俺は止まれないのだ。こんな■を許してくれ。」
これまでに見た事の無い優しい表情で女神ニナに黒木が語りかける。
それを聞いた女神ニナは攻撃の手を止めて泣き崩れた。
無理だ。もう止められない。
「本当にすまない。伊丹妙子は必ず無事に帰す。」
詠唱が終わる。
そう言い残すと黒木は静かに地下十階から消え去った。
「あのクソ■■がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
黒木が去った地下十階には女神ニナの咆哮だけが虚しく響いた。
え?あ。あぁ…。エピローグに続きます。
この後、十時(2018/04/01)に予約投稿を設定しておきますね。
エイプリルフールネタとかじゃないんで十時に公開されます。




