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其之四|第九章|降臨

 魔王カルキノス。

 異世界に封印されし太古の魔王。

 この世界で最も警戒される敵。

 魔王を倒さんがために王は造られ、魔王の帰還に備えて軍備が整えられている。


 この世界の宿敵とも言うべき魔王が俺の目の前に居る。


 そして、黒木がその魔王カルキノスだと言うのか。


 元の世界で俺が親友だと信じた黒木。

 元の世界で魔力を得るために俺を自殺に追いやった黒木。

 呪々の反応や、これまでの話を総合して黒木が魔の者だと言う事は理解できた。


 だが、黒木が魔王カルキノスだと言う事を俺は信じられなかった。

 いや。理解出来なかったと言った方が正しいのかも知れない。


 だって、そうだろう?

 なぜ、俺達が居た元の世界にヤツが居たんだ?

 封印された異世界ってのが、俺達の居た元の世界だからってのは分かる。

 じゃあ、どうして俺達の居た世界に封印されたんだ?

 意味が分からない。


 しかも、俺に師匠に呪々。

 元の世界から来た者のうち四人中三人が黒木との関わりがある。

 そんな偶然が有るのか?


 それに、どうして今ここに現れる?

 この広い世界で俺のダンジョンの地下十階なんて場所に現れたんだ?

 本当に意味が分からなかった。


「まあ、混乱するのも仕方がない。俺ですら少し混乱しているからな。」


 お互い動けずに、にらみ合いが続く中で沈黙を嫌ったのか黒木が口を開いた。


「まさか、死んだと思っていた者や、あちらの世界から消え去った者が存命で、魔法使いになっているとは流石の俺も想定しなかったぞ。 まあ、あちらの世界の住人は想像力が豊かだからな。少なからず魔法の素養に恵まれた者が多いのは理解出来る。こちらに転移したなら魔道を歩むのは必然なのかも知れないが、まさか俺の知り合いばかりが寄り集まって魔法使いになっているとは…。誰も予想なんて出来ないだろ?俺じゃなくとも混乱するなと言う方が無理な話だ。なあ?晴人?」


 その口調は、昔の黒木のまま。

 親しかったあの時の黒木のままで、俺に同意を求めてくる。

 俺はそれにどう反応して良いのかも分からなかった。


 黒木には黒木の事情があったのかも知れない。

 だが、それを受け入れられるかと言われると受け入れられるワケもない。


 忙しいながらも穏やかだったあの頃を思い出さないかと言うと嘘になる。

 親しかった頃の様に話す黒木に懐かしさを感じないかと言うと嘘だ。


 だが、黒木の問いかけに何も答えられずにいた。


「仕方がないがな。それだけの事を俺はしてきた自覚は有る。お前達にだけでなく多くの者にな。しかし、驚いたよ。あの時の魔法使いが晴人だったとはな。不完全とは言え俺を退ける程の実力を持つ魔法使いになっているなんてな。あの時の魔法使いは晴人で間違いないよな?流石に考えもしなかった。その才能が有ったからこそ、あっちで俺が魔力を搾り取る為の標的になったのだが…。って、言うか?なぁ?さすがに俺だけ話してるのも辛いのだが…。もう、魔力を得るためにお前を追い詰める必要も無い。許せとは言わないがせめて相槌くらいは打って欲しいのだが…。」


 そう言うと一歩、また一歩とゆっくり俺に近付こうとした。


「ふざけるな!!俺にどうしろってんだよ!!」


 落ち着きかけていた感情が再び溢れ出す。


「ワケわかんないんだよ!俺を追い詰めたお前がいきなり現れて!懐かしむように一人でベラベラ喋って!俺にどうしろってんだよ!?その上、お前が魔王カルキノスだってか!?俺にどうしろってんだよ!?」


 嘘だ。

 ずっと気持ちが落ち着く瞬間なんて無かった。

 黒木が現れてからずっと。

 今も俺の奥底で黒い感情がドロドロと渦巻いていた。

 本当に感情を抑え込めていたなら、いつもの様に冷静に受け流せただろう。

 ただ、動けなかっただけだ。

 動きたくても動けなかっただけだ。


 一人語りをする間にも乾いたスポンジの様にマナを吸収し魔力に変換し続ける黒木。

 その様子を見ているしかできない俺。

 実力の差を見せつけられ、ドロドロとした感情だけが渦巻き積み重なる。


 感情のキャパシティなんてとっくにオーバーしている。

 溢れかえった感情に押しつぶされて動けなかった。


 そんな俺にどうしろと言うのか?

 答えが見つかるはずもない。


「どうしろと聞かれてもなぁ。正直、俺にもわからん。ただ、混乱している時ほど状況確認が必要だと思うのだが…。ふぅ。あっちはあっちで隙きあらば襲ってくる勢いで睨みつけられてるし。このまま見つめ合ってても何の進展もないだろ?俺に敵意が有るなら行動に移してる。取り敢えず状況把握をしたいのだが。ここは魔法使いらしく契約を結んでお互いの情報を共有すべきじゃないか?」


 黒木が俺から視線を外し師匠に向かってそう言うと、提案された師匠は眉間にシワを寄せながらも答えた。


「…仕方がないか。条件はこちらが出すが良いな?」


 師匠が短く答える。

 確かにずっとこうしていても仕方がない。

 黒木が言う様に本気になれば全員を殺してダンジョンから抜け出せるだろう。


 ダンジョンから出るだけなら、そんな事をしなくとも正確に座標指定をしてテレポーターで抜け出せるに違いない。


 その程度の芸当など異世界から脱出する事が出来た黒木なら、いとも簡単にやってのけるだろう。


 俺も師匠の意思に従う。

 この後、どうするかに関わらず情報は重要だ。

 それが魔王カルキノスからもたらされる情報なら尚の事。

 その判断は最善だと師匠にうなずいて見せた。


「よし。晴人の同意は得られたようだな。無茶な要求には承服しかねるが、ある程度の事なら受け入れよう。」


 そう言うと黒木が何も無い空間から羊皮紙とペンを取り出して「さて、どの様な条件がお望みかな?さあ!おじさんに言ってごらん!」とおどけて見せた。


 イラッ!と言う効果音が可視化されそうなくらいに師匠の眉間のシワが深くなるが、付き合ってたら負けだと思ったのか冷静さを取り戻して条件を上げる。


「取り敢えず、安全の確保じゃな。このダンジョン内に居る者と上の街に居る者。加えて周辺地域。恒久にとは言わん…。そうじゃな。七十二時間は先の条件で、ワシらやお主も含めて交戦・殺戮・破壊・洗脳など相手に危害を加える行為を禁ずる!良いか?」


 師匠が条件を述べると黒木が頷き書き込んでいく。

 その意図は黒木も分かっているだろう。

 七十二時間くらい有れば、この後に何が有っても対策を講じることが出来る。

 それは黒木にとってもだが、こちらとしても仕方のない部分だろう。


「他には?」


 短く黒木が促すと師匠が続ける。


「そうさな。最大限の情報共有を行う。嘘やフェイクは禁止じゃ。ただし、互いに言えない事もあろうて、その場合には話せない理由と共に、話せないと言う事を宣言する。不服はないな?」


 先の条件の時と同様に黒木は頷くと躊躇なく書き込み始めた。

 静かに進められる条件交渉だが既に戦いは始まっている。

 お互い、自分が有利になるようにと条件を出しては承認する。


 この項目にミスリードを誘うような発言はしないと言う項目が無いのも師匠や黒木が、マウントポジションを取るために敢えて入れず、それを理解した上で承認しているのだろう。


「細々と条件を並べても良いが、大きくはこの二つで事足りるじゃろう。そっちが加えたい条件は有るか?」


 師匠が黒木に促すと、黒木は少し考えて口を開く。


「そうだな。情報共有中は当然として、交戦禁止の有効時間は会談終了後からで良いか? あと、質問をするのは晴人とフネの二人のみか?」


「フィーネじゃ!!!!!」


 余程、昔の名前を呼ばれたくないのか師匠がいきり立つ。


 と、言っても本気で怒っているワケではなく、ブツブツ言いながらもすぐに気を持ち直し詳細を話し始めた。


「時間に関しては情報共有中は無制限。会談終了後に発動で良かろう。質問者に関しては情報共有と言う点を考えると、この場に居る全員にしておこう。考える頭は適度に多い方が良い。どこから良い質問が出てくるかも分からんからな。」


 黒木も同じ事を考えていたのか、師匠が話し終わる前に詳細条件を書き加えていた。

 書き終わると羊皮紙を俺に見せ、手を差し出し契約魔法の発動を促す。


 これまでに述べられた条件に相違無い事を確認した俺は頷くと手を差し出し詠唱に入った。


「我ら、契約に基づき条件の遵守を誓う。違えし時には我が生命を持って償わん。」

「我ら、契約に基づき条件の遵守を誓う。違えし時には我が生命を持って償わん。」


 詠唱と共に魔法陣が互いに差し出した手のひらに展開し、中央で重なると光り輝いて消えた。契約完了だ。


「さて、どうする?俺としてはどちらが先に質問しても構わないが。」


 そう言って黒木が師匠を見据える。

 聞かれた師匠はそれを受けて こう言った。



「取り敢えずメシじゃな!腹が減っては頭も動かんわ!」



* * * * *


 あぁ…。なんと言う事でしょう。

 黒木と俺は並んで師匠達の食事の準備をさせられていた…。


 腹が減っては戦は出来ぬと言う考えには同意するが、何もこのタイミングでメシにしなくても良いのではないだろうか。


「しかし、フネも変わらないな。多少、キャラ付けが過ぎるが、性格はあの頃フネのままだな。まったく。あの頃も随分と振り回されたものだ。気取らず自由奔放で。あの家でどう育てば彼女の様に育つのか…。実に好ましいよ。」


 どこから取り出したのか、卵を次々とオムレツに変えながら黒木がひとりごちた。


「好きだったのか?」


 気がつくと言葉がこぼれていた。


 分かってる。

 知り合いだろうと他人だろうと共通の話題と言うのは話をする上で重要な要素だ。

 天気、趣味、共通の知人。

 話を広げる為に話の導入に持ってくるのは、どの世界でも同じだ。

 独り言の様に師匠の話をする黒木。

 気まずいだけなのか、俺と話したがっているのかは分からない。


 だが、親しかった頃の様に普通に話しかけてくる黒木に、俺も懐かしさを感じて気を許してしまったのかも知れない。


「好きか。そうだな。どうだろうな。好ましくはあった。フネも晴人も俺にとっては好ましい素材だ。そうでなければ魔力を得るための獲物にはならない。晴人にとっては聞きたくない話かも知れないが、マナの薄いあの世界で無差別に襲っていたのではチヨの様に小鬼止まりだ。感情から魔力を得ようとする場合、相手の感情の落差だけで魔力を得るのでは効率が悪い。自分が好ましいと思う相手からでないとな。自分と相手の感情の落差が無いと効率良く魔力は得られない。まったく…。底意地の悪い設定を向こうの世界の神は強いたものだ。余程、魔術や魔法に関わらせたくなかったのだろうか。いや…。極端に技術と想像力に極振り(きょくふり)した世界で魔術の才能を持った者が生まれると言う事を考えると何かしらの意図が有るのかも知れないが…。」


 そこまで言うと黒木は一人でブツブツと考察モードに入った。

 俺も話の途中で考察に集中してしまう事が有るから人の事は言えないが、俺と話をしたくて話しかけたのではないかと小一時間くらい問い詰めたい気分だ。


 そんな所も昔の黒木のまま。

 懐かしくもあり、悔しくもあり。

 なぜ、俺を陥れたのかと問い詰めたくなる。


 いや。答えは今の話にも出ていた。

 向こうの世界で効率良く魔力を得るため。

 それ以外には無いのだろう。


 正直、気持ちの良い話ではなかった。

 神がどうとか言っていたが俺にとっては知った事じゃない。


 自分が好ましいと思う相手を陥れなければ魔力を得られない世界。


 それが、俺達が居た世界だと言うなら、自分が好きだと思う相手を落とし入れてまで魔力を得る必要が有るのか。


 そこまでして、黒木が何をしたいのか。

 魔法は使えなくても不自由無く生きれたじゃないか。

 少なくとも俺達が生きた国では。


 俺には黒木の気持ちなど想像も出来なかった。


* * * * *


「さて、交渉時間は区切っておらんが、時間が勿体無い。少し行儀は悪いが食いながら話を始めるぞ。」


 そう言うと師匠は豪快にあぐらをかいてドシっと座り、俺達が作った料理を手を伸ばし大口を開けて頬張り始めた。


 行儀の話をするなら、まずはその半裸の状態で大股をひらいてあぐらをかかないで欲しい。そんな姿で正面に陣取られると食い込んだインナーから具が見えそうな感じがして実に落ち着かない!


 居心地の悪さに、師匠の隣に座った妙子ちゃんに助けを求め視線を向けると何となく察してくれたのか、親指を立ててサムズアップするとバックパックに入れていたマントを取り出して師匠の下半身に掛けてくれた。


 さすが!妙子ちゃん!やれば出来る子!!


 だが、師匠はそんな事を気にしないかの様に話を続ける。


「もげ!きばまのもぐもぐばなんじゃ?」


 口いっぱいに料理を含みながら。

 師匠はおおらかに見えて細かな所で行儀作法には厳しいはずなのだが…。


 これはある種の敵対心の現れなのかも知れない。

 礼儀などを(わきま)える相手ではないと暗に態度で示している…


「うむ。このスープはなかなか美味いな!旨味を圧縮された乾燥野菜が良いアクセントになっておる!晴人よ!褒めてつかわすぞ!」


 のでは無く、単に腹ペコだったのかも知れない。


「はいはい。お褒めに預かり光栄ですよ。ただ、何か話す時にはゴックンしてから話してくださいね。さっきの質問も全然分からなかったですよ?」


 と、俺に(たしな)められ、改めて黒木に問おうとした時、ニコさんが手を上げて話を遮った。


「ちょっと良いかな? なし崩し的な感じで決定されちゃったけど、自称魔王カルキノスだって言う彼との情報共有に関しては概ね賛成よ。彼がもし本当に魔王カルキノスだとしても、私達は過去に何があって今に至るのかも知らないし、原因に関しては今の世に伝わっていない。と、言うか、明らかに勝者が隠しているのだと思うから話を聞くのには異存はないわ。ただ、これまでの話を聞いていて、私達にはそれ以前に共有しておかないといけない情報は無い? 多分、ここに居合わせなければ知る事は無かったのだろうけど、私達二人が居るのに話し始めたのはあなた達よね?ハルトさん? あちらの世界だとかと言う話にも興味は有るのだけど、その前に話さないといけない話が有るわよね?ハルトさん?」


 うん。すっごい良い笑顔だ。

 すっごい良い笑顔でニコさんに見つめられている。


 ニコさん初心者なら、この笑顔の意味は分からないだろうが、そこそこ長い付き合いの俺には良くわかった。


 すっごい怒ってる。

 怒っている原因も分かる。

 ほぼ、ニコさんが言ってくれたからな。


 多分、異常事態を察して事態が落ち着くまで待ってくれたのだろう。

 状況が落ち着けば自ら話すだろうと思って。


 ニコさんのこの怒りは期待を裏切られた怒りだ。

 シレっと説明も無く流されて、事態が一旦落ち着いたにも関わらず、自分達が置いてけぼりのまま話が進もうとしている現状にブチ切れているに違いない。


 表面上はすっごい笑顔だが腸が煮えくり返っているだろうと言う事を、これまでの経験から感じ取った。


「そうだな…。話しておくか。黒木。お前に気を使う必要は無いが一応断っておく。少し彼女らに説明する時間をもらうぞ。」


「なに。構わない。時間は有る。とは、言えないが必要なら済ませてくれ。」


「あぁ。…ありがとう。」


 黒木に了解を得てニコさんとニナさんに俺達の事情を説明する時間を得た。


 基本的に説明したのは俺の事だけだ。

 共通項が有る所だけは補足で妙子ちゃんや師匠に呪々の事情も話したが、俺以外の話については俺から口にする事じゃない。


 元の世界の話を説明し、俺がどう言う状況でこの世界に召喚されたかを話し、召喚されてからどの様な日々を暮らしていたかを話した。


 そして、このダンジョンについても。

 このダンジョンが俺の物だと言う事。

 この街を師匠に支援の下で作ったのが俺だと言う事。

 ダンジョンを作った理由。

 そして、このダンジョンを使って、これからこの街をどうしたいかも。


「ハールートー!!苦労したんだなー!!ハールートー!!ヤツを!ヤツを痛めつければいいのか!?殺るなら協力するぞ!!」


 話し終わると馬鹿が叫んだ。

 出来ればニナさんには聞かせたくなかったが、この場に居るのだから仕方がない。


 後で、ポロっと誰かに口を滑らせないように、話しそうになったら発動するプロミスでも施しておこう…。


「はぁ。少しアンタは黙ってなさいよ。そう言う話をしてんじゃないってーの。」


 黒木に襲いかかりそうな勢いだったニナさんを、すかさず関節を決めつつ口を塞ぎニコさんが抑え込む。


「しっかし、上からフィーナとハルトさんが二人で遊んでるのを見てた時から「何か事情が有るんだろうなー」とは思ってたけど、予想の斜め上を行ってて何も言えないわ。異世界って。」


 そこで言葉を区切ると俺達をジロジロと観察するかの様に見るとため息をついて話を続けた。


「マナの無い世界の異世界人ねー。全く私達と違いも無いし「嘘でした!」って言われた方が信じちゃうわね。はっ!もしや!見えない部分に秘密が!?」


 と、言うと顔を赤らめてニコさんが考え込み始めた。


「いや。同じですって。リックに無理やり公衆浴場に連れて行かれた時に色々見たけど、変わった部分は無かったですから。異世界でも基本的なヒューマンの構造は同じみたいですよ。まあ、異世界なのに同じ人体構造ってのには仮説が有るのですが…。どうにも証明する方法がない。」


 何に関してどんな想像をしてるのか考えたくもないが、ニコさんを放っておくと何を想像されるか分からないと思った俺がそれとなくフォローを入れると思わぬ所から黄色い悲鳴が上がった。


「まっ!お母様!聞きました!?リックに無理やり公衆で欲情ですって!」

「あらあら!妙子さん!色々見たとも言ってましたわよ!ハルトさんもまんざらじゃなかったって事ね!!」


 どこをピックアップしてるのか!!

 うちの腐女子達がザワめきだした。

 呪々が召喚された時にはどうなる事かと少し心配したが意外と馬が合ってるみたいだ。


 妙子ちゃんのアクションに呪々がバッチリリアクションを返す。

 いやいや。一時は険悪ムード満開だったが、打ち解けてくれて何より。

 ただ、こんな事で息を合わせて弄らないで欲しいと言うのが正直な感想だ。


「ハハハ…。腐女子と言うのは、どの時代 どの世界にでも湧くものだな…。俺も散々弄られた。攻めてきた軍に随伴した女冒険者が後ろの方でヒソヒソ話しているのが気になってピーピングで覗いてみたら俺と神だと、どっちが攻めでどっちが受けだとか言う話で盛り上がっていたのは今でも覚えている…。自慰かって話だよな…。腐女子はどうにもならん。晴人も諦めろ。」


 妙子ちゃん達の様子を見て乾いた笑いを上げた黒木に何を言われるかと思ったら…。

 要約すると腐女子の妄想は止められないから諦めろと言う事らしい。


 そう言えば、魔王と神をネタにしたBL本の話は耳にした事があるが…。

 俺はとっくにネタとして盛り上がられる事に関しては諦めているのでそっとしておいて欲しい。


 そう。今の彼女達の様に次々と話が盛り上がる事に関しては諦めている。

 だから、他所から変な同情とかは勘弁してほしい…。


「そう言えば晴人。さっきの話だが…。異世界間で人体構造に違いが無いと言う話に仮説が有ると言っていたが?」


 俺達を他所にBL談義で盛り上がる女性陣とは違い、黒木は俺がさっきチョロっと話した仮説に興味があるようだ。


 BL話に入っていけないだけなのだろうが、こいつが本当にこの世界の神とも付き合いの有った魔王だと言うなら、世界の(ことわり)について何か知っているかも知れないと思った俺は素直に黒木に話してみる事にした。


「そうだな。まず、黒木。お前はこの世界の伝承によると更に違う世界から来たんだよな?」


 何も無い状態なら黒木の言葉は何も信じられなかっただろう。

 だが、契約により今の黒木は嘘をつけない。

 ミスリードを誘う事は有るかも知れないが、全くの嘘をつけないと言う事は最悪でもヒントが含まれているはずだ。異世界間での移動を行える黒木なら何か知っているかも知れない。


 取り敢えず軽い質問から始める事にした。


「ああ。そうだ。人が気軽に触れて良い話じゃ無いから詳しくは話せないが…。もっと魔法の様な物が発達した異質な世界から来たのは確かだ。」


 嘘やフェイクは話せない。

 どうやら契約は有効のようだ。

 その証拠に話せない話は嘘などで誤魔化さず、理由を述べて話せない事を宣言している。


 そう言う演技の可能性は無いとは言えないが俺と師匠の見解を話してみる。

 何かヒントだけでも引き出せればと言う思いだけが俺を突き動かした。


「それを聞いて真実味が増してきた。各世界は仕組みの違う世界だが、ある種の統一フォーマットが有るんじゃないかと思ってる。どう言う仕組みで異世界同志が分断されているのかは分からないが、何かしらの要因によって行き来は可能だと俺達が証明している。そして、異世界に呼び出された俺が無事に生きている事を考えると、環境に関してもある種のテンプレートの様な物が有っても変じゃない。確かめる方法は無いが、俺達の様な生物や生きれる環境は予めフォーマット決められていて、それぞれの世界で生かされているんじゃないかと考えているのだが…。」


 ある程度の仮説をぶつけた俺は黒木の反応を待った。

 その表情に変化は無い。

 ただ、ニコニコしながら俺の話を聞いていた。


「そうだな。基本的な考え方は間違ってはない。環境によって変質はするが基本的な…。お前の言う所のフォーマットが有って、その環境に沿って生物が発展して行く。神が自分の姿を模して人間を作ったと言う話が有るだろ?大まかに言うとそれも間違いではない。基本となる手本が有って各世界が存在している事は間違いない。」


 そう言うと黒木は口を閉じた。

 他にも知っている事が有る感じはする。


 だが、「人が気軽に触れて良い話」の範囲でギリギリの話をしてくれたのは何となく察しがつく。


 内容の短さのワリに言葉を選んで気疲れしたのか、疲弊した黒木を見れば明らかだった。


「さて、そっちの話も終わったかの?」


 タイミングを見て師匠が近づいてくる。

 如何にも私は気を使ってお前達の話が終わるのを待っていた!と、言う感じで。


 うん。どちらかと言うとあんたらのBL談義が終わるのを待っていたのは俺達なのだが、細かな事を言っていたのでは話が進まない。


 俺と黒木は、さっきまでBL談義で俺が汚されていた輪の中に入って、本題に移る事にした。


「さて、さっきも聞いたが黒木よ?お前の目的はなんじゃ?」


 師匠が黒木に問いかける。

 どうやら、さっきモゴモゴ言っていたのはコレらしい。


「今も昔も変わらんよ。ただ、俺が元いた世界に戻りたいだけだ。」


 短く黒木が答えた。

 元いた世界と言うのは、ここや俺達の居た世界ではなく、黒木が本来居た世界の事だろう。


 ただ、それだけの為に?

 その場に居た全員が思っただろう。


 ならば、どうして神は王なんて種族を、王と言う対魔王兵器の様な種族を作り出してまで魔王を迎え撃とうとしているのか?


 この世界から去ると言っている魔王を迎え撃とうとしているのか?


「いや。意味が分からない。じゃあ、どうしてだ? いつ、この世界に戻って来るかも分からない魔王を迎え撃つ為に世界が準備しているんだ?おかしいだろう? お前は過去に何を仕出かしたんだ?」


 俺が聞くと黒木は困った顔をしてため息をついた。


「うーん。まあ、俺が悪かったのだろうが…。俺も若かったしな。そりゃ、あんな■■の■■■に■■■■■、俺も男だから仕方ないだろ? しかも、■■■だって言うから■■もせずに■■■すれば■■も■■■■よな…。元の世界に戻る為の魔力を集める為に効率が良いだろうと■■■■■■してくれたり優しくされて油断してたって事も有るが、異世界で■■な■■■に■■■されれば、■■■■っとしても仕方ないだろ? だが、■■はある程度は理解してくれたんだ。元々俺は■■■だから■■を■■■■■■■■■■■■■■■■を■■■■■■■■■■■■。だけど、■■■の■■と■■が■■■くれなくてな…。■■が■■■に■■って言うなら■■■■■私達が■■■に■■のを■■■って言って■■■■■■…。それで散々■■■■■挙げ句、■の■■を■■し、■■■■■■■■■■して■■■■■■■したのが■■■■だ。さすがに■■■■■■■を■■として■■■■■■■■■のだろうな。それで、史上最悪の魔王がこの世界に誕生したワケだ。」


 うん。全然分からない。


 想像するにロクでもない話っぽい感じがするが、黒木の話は所々で発声されずに かき消された。


 しかし、コレはアレだな…。

 いつか見たあの光景だ。


 黒木がどうして王族のように禁則事項に触れる話を発声出来ないのか分からないが、明らかにアーノルドことアイリス王女に施された神威と同じ効果の術が黒木にも発動している。


「黒木。折角、長々と話してくれてアレなんだが残念なお知らせだ。話の半分くらい、しかも重要そうな部分が発声出来なかったのか聞こえなかった。だが、お前がろくでなしっぽいと言う事だけは伝わったから安心しろ。」


「なっ!?」


 俺が残念なお知らせを伝えると黒木が顔を真っ青にして焦りだした。


 まあ、そうだろう。

 聞こえた部分だけを集めても黒木の残念な話である事は間違いない。

 想像するに何らかの痴情の縺れが事の発端だろう。


 それが、どの様に魔王が誕生する話に繋がるのかは分からないが「俺も若かったしな」とか「俺も男だから仕方がないだろう?」とか「優しくされて油断した」って、パワーワードを聞いただけでも、どうでも良い話が縺れて最悪の結果を招いたのは想像出来る。


 大方、当時の貴族やら「王」と言う種族が造り出される前の「王族」の女性に手を出して、別れ話が縺れた挙げ句に神に泣きついて異世界から来た魔法使いが魔王に仕立て上げられた的な流れなのではないだろうか?


 まあ、そりゃー。神としては、そんな話を残しておくワケには行かないわな。


 意外と神様ってのは人間的だ。

 さっき黒木が話した「神が自分の姿を模して人間を作った」と言う話もそうだ。

 人間の悪行を嘆いて大洪水をおこして浄化するって話もだな。


 神は全能ではない。

 全能ならば全てをコントロール出来るはずだ。


 自分に似せて人間を作ったのは民を愛するため。

 失敗したらちゃぶ台返しの様に全てをひっくり返してリセットする。


 実に人間っぽい。


 つまり、黒木が過去に何を仕出かしたのかは分からないが、黒木が過去にした事に関する真実を消し潰すくらいの事を、この世界の神は出来ると言う事。


 そして、そうしなければならないくらいの失敗を神がしたと言う事なのだろう。

 いやはや。どの世界でも神と言う存在は実に人間っぽい。


 そう、思いふけっていた時だった。


「クソ…。油断した…。網に引っかかったか…。」


 黒木がビクンと身を震わせると、にわかに慌てだした。


 さっきの話からも分かる様に、黒木はシッカリしている様で意外と抜けている。

 向こうの世界では、ある程度の緊張感を持って生活していたのだろう。

 俺に気づかれる事も無く俺を追い詰めた黒木だが、普段の生活では結構ミスも見かけたものだ。


 そう言う部分が人間らしいと言うか人間的と言うか。


 俺が黒木と知り合ったのもそう言う部分のお陰だったし、黒木と言う人物と親しくなったのも、そう言う人間的な部分に好感を持ったからだ。


 だが、今回に関しては事情が違うようだ。


「すまない…。今日はここまでだ。もっと情報を交換したかったが、さっきの話でワードサーチに引っかかったらしい。 クソ…。世界基礎にまでワードサーチが組み込まれてるとは…。油断した…。 多分、俺の存在にも気がついたはずだ。 アイツも人間にまで危害を加えないとは思うが用心するに越した事はない。お前達も今すぐここから離れろ! 機会が有れば連絡をする!」


 いやいや。何が有ったかは知らないがそんなに慌てる事なのか?

 俺達には意味が分からなかった。

 黒木が現れてからと言うもの分からない事だらけだ。


 それを解消する為にお互い話し合っていたはずなのに、この状態で逃げ出すと言うのか?


「クッ…。遅かったか…。」


 黒木が悔しそうに言葉を漏らす。


「晴人!!妙子を連れてニコから離れろ!!何か…。何か大きなチカラがニコに向かって来るぞ!!」


 それと同時に師匠の指示が飛んだ。

 俺が感じられない何かがここに現れると言うのか?


 すぐには理解出来なかった。

 既に師匠はニナさんと呪々だけを連れてニコさんから離れようとしている。

 師匠がニコさんを見捨ててまで妙子ちゃんを連れて逃げろと言うのだ…。

 俺は反射的に妙子ちゃんを抱きかかえ飛行魔法で師匠の居る位置まで飛んだ。


 残して来たニコさんの様子が怪しい。

 ガクガクと震えながらつま先立ちで天を仰ぎ見ている。


 だが。様子がおかしいとは言え、流石にニコさんだけを置いてテレポーターで地上に戻ると言う選択肢は師匠にも無いようだ。


 ニコさんから一番離れた位置を陣取り、この階全体をあらゆるシールド魔法で覆う。

 つまり、それはニコさんの安否確認だけでなく、被害をこの階だけに留めたいと言う事なのだろう。


 それだけの大きなチカラが迫っていると言うのに俺が気が付けないのか?

 内心、俺は納得出来ないままで従っていた。


 だが、黒木と師匠の慌てようを見ると、信じられなくともやれる事はやっておいた方が良いと俺の経験が警報を鳴らす。


 何も無ければ良いが、何か有ってから後悔するのでは遅い。


「ワシの身は自分で守れる!晴人は出し惜しみせず全てのチカラで妙子達を守ってやれ! 黒木!!お前もこの階に結界を張って被害を抑えろ!! 今から逃げたとて外で捕まって終わりじゃ!! ここに誘い込み被害を最小限にしてからにせい!! 逃げるなら、その後じゃ!!」


 師匠がそう言い放ち、黒木がそれに従って師匠のシールドに重ね結界を張った瞬間


 フロアには眩い光が溢れた。


 月光が放つ様な柔らかさを持つ光。

 それを目の前に突きつけられる様な光がシールドを通して目に突き刺さる。


 そして、静かに重く広がる波の様な重力がフロアを浄化する様に広がった。


 重く。

 鈍く。


 シールドを押しつぶそうと四方八方に波が迫る。


 さすが師匠と言うべきか。

 師匠のシールドや黒木の結界が無ければダンジョンは保てなかったかも知れない。


 黒木が現れた時と比べて段違いだった。

 全てを流し浄化する様な重い波。

 全てを癒す様な光。


 実際には数秒だったが、体感時間としては長く、それはまさに自身の力を誇示するようなチカラの具現化だったのだろう。


「あら。無事なようね。それは残念…。」


 収束した光の中心から声が響く。


「お久しぶりね。魔王カルキノス。いえ、カルディナル=メキア=クロノスと呼んだ方が良いかしら?■■■?」


 そこに立っていたのは神秘的な光に包まれたニコさんだった。


どうも。となりの新兵ちゃんです。


先週は法事でお休みしましたが、今週は何とか投稿にこぎつけました。


なかなか進まない時には進まないもの。

もう少し他の展開も有りそうですけど、この展開で次に繋げられるでしょう。

ただ、其之五をどうしようか考えると頭が痛い感じです。

なんとか伏せ字で引き伸ばしましたけど、この展開を持って来るには少し早かったかもですね。


と、言う事で今回もお付き合い頂きありがとうございました。

それでは、またいつか。

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