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其之四|第七章|地獄の釜の蓋が開いたら

「だぁぁぁぁぁ!!!何やってんだ!!!あの人は!!!」


 意味がわからなかった。

 本当に意味がわからなかった。

 ちょっと遊んでくると言ってたのにダンジョン攻略する勢いにドン引きだ!!


 さすがにあの数のグレーターデーモンを配置すれば笑いの一つも取れ、緊張の糸も緩んで引き返してくれるんじゃないかと思ってた頃も有りました。


 まさか薙ぎ倒しながら進んでくるとは…。


 だって、ムキムキのグレーターデーモンがアレだけひしめき合ってたら普通に面白いだろ?


 このくらいのユーモアは理解してくれるモノだと思っていたのだが…。

 結果は全く逆だった。


 グレーターデーモンを薙ぎ倒しながら進行速度を上げて歩みを進めている。


「旦那…。これ以上は厳しいですぜ。地下十階以下のオブジェクトを上げて再配置するか、直接対決か…。ご決断を。」


 赤く照らされた指令所には異常事態を告げる警報が鳴り響く。

 ちょっと遊んでくるだけのはずだった集団に、今や俺のダンジョンが攻略されようとしている。


「再配置だ!これで止まらないなら一歩進むごとにブチ当てろ!!一般冒険者を強制排出!!リザレクトコインで外部に出せ!!対象にも一応排出処理を行え!!無駄だろうが時間稼ぎくらいにはなるかも知れん!!あとエレナに連絡してダンジョンは緊急封鎖だ!一般冒険者は入れるな!!追い出せ!!」


 このダンジョンはちょっとやそっとで崩れ落ちる様なヤワな造りはしていない。

 だが、最悪の場合を考えずにはいられなかった。


 それほどヤバイのが、うちの師匠だ。

 最強の魔法生物であるドラゴンですらなぎ払い殴り倒す。

 そんな人がダンジョンと言う閉鎖空間で暴れだそうとしている。

 その影響は計り知れない。


『アーッハッハッハ!!面白い!!!どっちの力が尽きるのが先か!!やってやんよ!!!』


 指令所のスピーカーからは師匠の笑い声が響いた。

 どこでどんなスイッチが入ったか知らないがヤツは本気だ…。

 何を持って納得とするのかは分からないがヤツが納得するまで進行は止まらない。


「取り敢えず、グレーターデーモン達には悪いが、地下八階は再召喚・再配置で時間稼ぎをしてくれ。その間に地下九階の準備だ。マップ構成はそのままで良い。下層から魔法耐性の強い者を優先して配置。時間稼ぎしている間に出来るだけ竜種を召喚してくれ。亜龍でも他の奴らよりはマシだろう。」


 出来る事はやっておく。

 これでダメなら、いよいよ俺が出ないといけないのだろうな。

 出来る事なら身内相手にラスボスを演じるなんて恥ずかしい事はしたくないのだが。


「なぁ。旦那?サクっと旦那が行って説得した方が早くないか?」


 俺の横で各部署に指示を出していたルルデビルズが他に聞こえないように耳打ちをしてきた。


 ダンジョン増設の現場責任者にしてダンジョン運営の副主任だけあって、その助言は的確だ。出来る事なら俺が直接出向いて止めた方が一番早いだろうと言うのは俺も分かる。分かるんだが…。ニコさんとニナさんが居る以上、直接の対面は避けたい。


 それに…。

 こうやって居る間に師匠が装備を脱ぎだしている。

 師匠にとって装備は制御装置でありリミッターだ。

 魔法で投影された師匠の半裸。

 そんなモノを見せられて、あの場に出向きたいとは思えない。


 リミッターを外して、師匠は更に歩みの速度を進める。

 その視線は指令所に居る俺を見据えていた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ─────地下九階


「さーすがにあきてきたのぉー」


 スシ詰めグレーターデーモン地獄を抜けた私達は地下九階に到達していた。


 最初は頭に血が上ってバリバリ狩り尽くしていた師匠さんも一歩踏み出す度に敵が湧くと言う状況に飽きて、途中からは冷静さを取り戻しマクロを組んで自動狩りで歩みを進めていた。


 魔法と言うのは、魔術的な手続きや魔術式の記述を脳内で組み立て鮮明にイメージする事で直接的に投影する方法だ。


 パソコンのプログラミングを人間の脳で行って直接出力している感じだと思う。


 基本は計算式やら公式の組み合わせだから脳内でイメージすれば、一歩踏み出すごとに何を発動して、何秒ごとにマジックシールドを張り直すなんて程度の事ならマクロで自動に行えるらしい。


 それも師匠さんの貯蔵する内部魔力があってこそなんだと思うけど、毎度の様に手動で魔法を発動するのと、マクロで自動的に発動するのでは進行速度は劇的に違った。


 マクロによるグレーターデーモンの殺戮を小一時間行って私達は地下九階に降り立ったワケだけど…。


「飽きたなら、そろそろ戻りましょうよ!さすがにそろそろ頃合いですよ!」


 と、私がたしなめても「細心の注意を払って進んでおるじゃろうが?さっきは大人気(おとなげ)なく激高してしまったが、それでもお前たちの安全は確保しとったじゃろうが?地下十時までがオープンエリアなんじゃろ?それ以降まで降りようとは言っておらんて、もちっと遊んで帰るぞ!!」と、言って聞き入れてくれない。


 ニコちゃんやニナさんは既に諦めて今晩の夕食は何にしようか相談しているし、ジュジュに関しては論外で師匠さんが敵を倒す度に派手に喜んでは師匠さんの活躍にウットリしていた。


 だいたい!!

 師匠さんがここまで意固地になっているのはハルトさんの悪手にあると言って良い。


 地下六階のなぞなぞダンジョンと良い。

 地下七階のスイッチ探しと良い。

 地下八階のスシ詰めグレーターデーモン地獄と良い。


 ことごとく、師匠さんの神経を逆撫でる様な仕掛けばかり。

 地下八階に至ってはテンパって余計な事をするから逆に師匠さんを燃え上がらせた。


 燃料を投下しまくってどうするの!?って感じだ!!


 師匠さんの性格を考えれば「何も配置しない」と言うのが正解じゃない?


 今も地下九階に入ってから全勢力を投入して進行を防ごうとしているのだろう。

 でも、逆効果だ。全くもって逆効果だ。


 魔法抵抗力の高いモブから配置して、属性違いをランダムで入れているけど…。

 それで師匠さんが止まるなら、こんな所まで降りて来る事は無かっただろう。


 並の冒険者にとってはお漏らしを我慢して泣きながら攻略する様な敵であっても、師匠さんにとっては上層よりも多少は歯ごたえの有る敵がやっと出てきたか程度だ。


 師匠さんは、逆にランダムな属性の敵に対してパズルゲームの様に属性を変えて攻撃するのが楽しくなっちゃってますよ?


 ハルトさん…。全くの逆効果だよ…。

 逆に地下八階以降に何も配置してなかったら飽きて地上に帰っていたと思う。


 飽きてきたと言いつつも進むのは、敵が出てきてやる事が有るからだ。


 何も出現させず長い道のりを歩かせる。

 ただただ長い道を歩かされるの事に師匠さんが耐えられるか?

 少し考えれば分かることだ。


 一般の冒険者なら、この対応で問題なかったと私も思う。

 地下七階や地下八階の段階で諦めていたと思う。


 でも、相手は師匠さんだ。

 おもちゃをいっぱい配置すれば楽しくなっちゃうに決まっている。

 ホント。あの引きこもりは…。

 この先どうオチを付けようとするのか…。


 ニコちゃんもニナちゃんも居るのに、予定通り自らダンジョンマスターとして出て来なければ良いのだけど…。


「おぉ!竜種まで配置しだしたか!ニナ!ニコ!やるぞ!さっさと準備せい!!」


「えー!面倒臭い!!フィーナだけで大丈夫でしょ?」


「やれやれ。やっと私の出番か…。フヘ!一番槍はまっかせろー!」


 ここに来ての更なる燃料投下…。

 あのバカは何を考えているのか…。

 帰ったら小一時間 問い詰めよう…。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「旦那。ちょっと前から考えてたんだが。」


 ノリノリでダンジョンを進行する師匠への対策に頭を悩ませている俺にルルデビルズが全てを悟ったかの様な声で話しかけてきた。


「なんだ。何かアイデアが有るなら聞くぞ。」


 今の俺には余裕が無い。

 ワラだろうが大木だろうが掴まれる物が有るなら掴まりたいのが正直なところだ。


 俺の言葉を聞いてルルデビルズが静かに口を開く。


「いや。あんたんとこの師匠に関してだけなんだが。何も配置しないってのが正解だったんじゃないかと思ってな。」


 うん?言ってる意味が分からない。


「いや。何を言ってるんだ?何も配置しなければ今頃は更に下層に潜られているかも知れなかっただろ?今、奴らを地下九階で留めているのは足止めして時間稼ぎしたからだろう?」


 俺は正論で返した。今、この程度で済んでいるのはグレーターデーモンを大量投入したからだ。足止めにおいては何の落ち度も無い。


「ああ。確かに足止めと言う目的としては成功していると思う。だが、旦那。考えてみてくれ。このダンジョンは冒険者を集める為のダンジョンだ。だから、適度な難易度調整をして絶妙なバランス設定をして攻略出来るか出来ないか楽しませている部分が有る。だが、何も無い地下一階だけのダンジョンだったらどうだ?敵も居ない。宝も無い。有るのは空間だけ。そんなダンジョンなら冒険者は(・・・・)集まらないだろう? 商人や役人が有効活用とするかも知れないが、そんな場所に冒険者が寄ってくるとしても商業施設などが出来上がってからだ。つまり、敵が居るから冒険者が集まる。敵を倒すと言う目的でな。おっ。分かってくれたか?その顔は。」


 つまり、こう言う事だ。

 目的の対象が無くなれば時間の無駄だ。

 無駄な時間だと分かれば遅かれ早かれ引き上げると言う事。


 俺が妙子ちゃんに自分がダンジョンマスターだと打ち明けた時の様にオブジェクトを全て引き上げていたら、ここまで悪化しなかったかも知れない…。


 あの時は俺が進むから妙子ちゃんは一緒については来ていたけど、あの時の妙子ちゃんも帰りたそうにしていたもんな…。


「いや!でもな!?何も無かったら無かったで師匠が暴れてたかも知れんぞ!?」


「まあ、それくらいは俺らがチャチャっと直せば良いだけの話しですぜ。旦那の師匠が規格外だって言っても、さすがにお供を連れて旦那のダンジョンを壊滅的に破壊する事はねーでしょーし。」


 盲点だった…。

 まさか、そんな方法があろうとは。

 だって、攻められたら守るだろ!?

 規格外の相手だろうと無駄だろうと守るだろ?


 だが、少し考えれば分かった話なのかもしれない。

 師匠はこのダンジョンを占領する為に潜っているのではない。

 まさに遊びに来ているだけ。

 だったら、おもちゃを取り上げれば良かっただけなのでは…。


「おいおい…。早く言ってくれよ…。」


 自分の馬鹿さ加減に頭が痛くなった。

 予想外の答えを目の前にして机にうつ伏せ頭を抱えるしかなかった。


「すまねぇ。旦那。今、思いついたんだ。」


 分かってた。

 ダンジョン開設以来の異常事態だったのだから仕方がない。

 しかも、相手は身内だ。


 身内相手に、このダンジョンの事情を知らない者と同じ対応をした。

 師匠の性格を冷静に考えていたらたどり着けた答えだ。

 冷静に考えられなかったのは俺の落ち度だ。


「いや。すまない。忘れてくれ。完全に俺が悪い。」


 と、なると後は…。

 どうやって締めくくるか。

 どうすれば師匠が納得して帰ってくれるかを考えないと行けない。


「で、どうしますか。旦那。今更、何も配置しないでは逆効果な気もしますぜ。」


 ルルデビルズの言う通りだ。


 ここまで来てしまった以上は、以降のオブジェクトを配置しないなんて火に油を注ぐ様なもの。「最深部に到達したけど何も有りませんでした!テヘ☆」と、言うのでは納得はしないだろう。


 かと、言って…。


「はぁ。俺が出るしかないか…。」


 それっぽいのを今から召喚して、ダンジョンマスターとして置いておいても師匠は満足せずに不完全燃焼でくすぶるのは見えている。最悪の場合はクローズドエリアへの入口を見つけて更に潜ろうとするだろう。


「まあ、それしかないでしょうね…。」


 不本意だが師匠の遊びに付き合わないといけないらしい。


「よし…。しゃーない。地下十階の構成を変更。玉座を入口から百メートルの場所に配置。俺が着いたら地下九階の出口も適当な場所に設置してくれ。さっさと終わらせてしまうぞ。」


「了解。まあ、なんだ…。ご武運を。」


 気を使って何か言ってくれようとしたのだろうが、思いつかなかったのか何となく誤魔化したルルデビルズの声に見送られながら、俺は地下十階へ向かった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ゴゴゴゴゴ…。

 ゴン。ゴン。

 ゴゴゴ…。


 地下九階を進んでいると鈍い音が響いた。

 地下十階から?

 いや。意外と近い所からも聞える。


 私はこの音を聞いた事があった。

 ルルデビルズさんの指導の下で召喚の練習をしていた時だ。

 地下八階以降は可動式になっていて必要が有ればダンジョンは組み替えられる。

 基本は固定マップだけど、階によってはランダムマップにもなると。

 そう。これはダンジョンが組み替えられる音だった。


 また、何か余計な事をしている気がする。


「おっ!扉が見えてきたぞ!ついに地下十階に到達かの!?」


 そう思った次の瞬間。

 師匠さんの嬉しそうな声が響いた。


 さっきの音。

 最後まで引き伸ばす気で居るのかと思ったけど、どうやら覚悟は決まったらしい。

 私の予想よりも早く地下十階への階段が目の前に現れた。

 さっきの音はこれの準備だったのかも知れない。


「おい!妙子!行くぞー!!ボーっとしておらんと早く来んか!!」


「はーい!行きますよー!」


 師匠さんに急かされて走り出した。

 ハルトさんはコレ(・・)をどう収集付けるつもりなのか。

 一抹の不安を感じながら階段を降り始めた。


* * * * *


「ふむ。なかなか良い絨毯(じゅうたん)を使っておるではないか。豪華な装飾に、どこからか聞えるオーケストラの演奏。まあ、及第点じゃな!」


 地下十階の豪華な装飾や演出に満足した様子の師匠さんが声を張って一際(ひときわ)大きな声を放つ。


 その視線の先には大きな玉座の影が浮かんでいる。

 どうやらハルトさんは、ここに来て短期決戦を選んだみたいだ。


 最初から何も配置して居なければ、もっと早くに終わっていたのだろうけど、あんな配置をしてしまったから、一定のオチが無ければ師匠さんが納得しないだろうと言う考えなのだと思う。


 後は本人が出張って来ていなければ丸く収まるのだけど…。

 師匠さんの声に答えて返ってきた声は私を失望させるものだった。


「クハハハハ!良くぞ辿り着いた!冒険者達よ!!我が名はフェイカー!このダンジョンの(あるじ)にして幻影の魔法使い!流石は噂に名高い紅蓮の魔法使いフィーナ=グラスロッド。その実力を見せてもらったぞ!!」


 ノリノリである。

 ノリノリでハルトさんが名乗りを上げた。


 いや。どっちかと言うとヤケクソなのかも知れない。


 重厚感を演出しようとしている感じはするけど、結構 早口で早く終わらせたいと言う雰囲気を隠しきれていない感じがする。


「ほほー。私を知っているか。それは光栄だな!!だが、私と知ってあの程度の配置。それでは私の進行は止められぬぞ!!見誤ったな!!フェイカーよ!!」


「クックック…。誘い込まれたとも知らずにいい気なモノだ…。」


 ハルトさんも師匠さんもノリノリで前口上(まえこうじょう)を交わしている。


 正直、頭が痛い。

 師匠さんは最初から全力で楽しむつもりだったろうから良いとして…。

 ハルトさん…。あんたって人は…。

 段々と楽しくなってるんじゃない?


 真っ黒なローブに身を包み、顔を半分隠すマスクに覆われた瞳は爛々(らんらん)とし、口元は緩んでニヤニヤしている。


 パチン!


 段々と楽しくなっちゃってる感じのハルトさんを観察していると、指を鳴らす音がフロアに鳴り響いた。と、同時に魔力で構成された檻が私達の周りを取り囲む。


 そして、その檻は上空に持ち上げられ、私達と師匠さんは分断されてしまった。


「クッ…。卑怯な…。人質と言うわけか…。」


 言葉とは裏腹に師匠さんのにやけ顔が止まらないのがこの距離からも分かる。


「くそ!卑怯だ!!お姉さまに手を出すな!私と勝負しろ!!」


 そんな中で一人、クソザコなジュジュだけが騒いでいる。

 意外にもニコさんもニナさんも冷静に師匠さんとダンジョンマスターことハルトさんの様子を観察しているようだ。


「卑怯?心外だな。これは私なりの寛大な措置だ。(われ)と貴様がやり合えば、ザコ共はタダでは済まないだろう?我からすれば、あの程度の小者の後ろを取るなど造作もない!本当に人質として消費されないだけ感謝して欲しいものだな!」


 なるほど。ハルトさんは私達を守るために隔離したっぽい。

 多分、師匠さんの鬱屈したストレスを発散させる為に思い切り暴れさせようとしているんじゃないかな…。


 そんな中に私達が居たんじゃ思い切りやり合え無い。


 一応、ハルトさん的にも色々と考えているんじゃないかと言うのが何となく伝わった。


 どんなに足掻いても茶番だけどね!


「ほぉ…。お優しい事じゃな。だが、その余裕。地獄の底で後悔するが良い!!」


 始まった!

 師匠さんは私達の安全を確信したのか無詠唱で業火の矢がハルトさんに飛ばした。

 ハルトさんは両手を前に突き出しバリアの様な物を張るとそれを受け流す。

 受け流された業火の矢は後ろの玉座に命中し瞬く間に溶け消えた。


「なかなかヤルではないか。」


 ニヤリと師匠さんの顔が嬉しそうに歪める。


「これは恐れ多い。だが、本気ではないのだろ?」


 ハルトさんもそれを受けて嬉しそうだ。

 ニヤリとすると空中に魔法陣を(えが)いて解き放つ。


 それを師匠さんが片手で受け止め拳を握りしめた。

 この程度、片手で防げると誇示するかのように。


「それは、貴様も一緒だろうが。この程度で私を倒せるなどと、よもや思ってはおらんじゃろう?」


「いえいえ。お返しですよ。手加減して頂いた。」


「言いおるわ…。では、これはどうじゃ!!」


 短く詠唱すると炎の嵐がハルトさんを包み込む。

 即座に反応したハルトさんが両手を横に伸ばしてバリアを張り耐えた。


 動きは少ない。

 ぱっと見た感じだと地味だ。

 でも、そこから発せられるエネルギー。

 一瞬の隙きも見せられない二人の戦いから私は目を離せなくなっている。


「ねえ。妙子ちゃん。さっきから思っていたんだけど…。」


 緊迫の度合いを増していく二人の対決の中、私はいつの間にかニコちゃんとニナさんに囲まれていた。


「え?あ。何ですか?」


 状況を飲み込めない。

 いつの間に二人に挟まれて肩を組まれていたのか。

 それだけ集中して見入ってしまっていたんだけど…。

 二人の発する圧に嫌な予感がするのを禁じ得ない…。


「あれってハルトさんよね?背格好もそうだし、魔力の感じも似てるし。使う魔法もハルトさんよね?」


「やっぱりそうだよな?私も思ってたんだが…。アレってやっぱりハルトだよな?」


 ぬぁ!師匠さんと数手交わしただけで身バレしてる!!

 身バレしてますよ!!ハルトさん!!


 薄々はハルトさんが出張(でば)ってきた段階で身バレするんじゃないかって心配はしていたけど、一瞬で見破られてますよ!!


 私としては立場的にこう言うしかない。


「いやー。違うんじゃないっすかねー。アレですよ?引きこもりで面倒くさがりのハルトさんがこんな所に居るワケないじゃないですかー?他人の空似ですよー!アハハハハ…。」


 あまりの突然の事に目が泳ぐ。

 ごめんなさい。

 私にはコレが精一杯です…。


「確定ね。」

「確定だな。」


 いや。何を言った所で誤魔化せなかっただろう。

 いくら、お馬鹿な所が有ると言っても二人は歴戦の冒険者だ。

 それも、一流と言われる域まで達した。


 今は冒険者家業をしていないと言っても、長い冒険者生活で培われた鑑識眼を持つ二人の目は誤魔化せなかっただろう。


 遅かれ早かれ二人の対決を見ていればバレるのは必然だった。

 ハルトさんもそれは覚悟して出てきているのだろうから…。


「まあ、良いわよ。詳しい話は終わったら本人に聞かせてもらうわ。」


「そうだな。フィーネも楽しそうだし。ハルトも何かワケあっての事だろうしな。そんな事より腹減ったからさっさと帰りたい。口止め料は今晩の夕飯で良いぞ。飲み放題で頼むわ。」


「アハハハハ…。」


 私は笑うしかなかった。

 どうにも誤魔化せなかった私にもだけど、そんなアッサリと受け入れてしまう二人の様子を見ていると何も言葉が出なかった。


 私はハルトさんと二人に、どんな関係が有るのかなんて良く知らない。

 ハルトさんと二人が、どんな冒険をして、どの様に信頼関係を築いてきたかなんて分からない。


 ただ、私がまともな説明も言い訳も出来なかったのに受け入れてしまう。

 そんな、ハルトさんと二人の信頼関係が何となく羨ましかった。


 などと、やっている間に事態が進展しはじめた。


「腹が減った!そろそろケリを付けさせてもらうぞ!」


「望む所だ…。我が全力を持って迎え撃つ!!」


 あ。飽きてるな。そう思った。


 何というか…。

 最初は勢いでノリノリだったけど、攻防を繰り返す中で何となーく「自分は何をやってんだろう」的な感じで冷静になっちゃって、「よく考えたらお腹すいたなー。今晩は何を食べようか?」的な感じで急激に冷めちゃったに違いない。


 かろうじて緊迫感は保っているけど、二人から出てくる言葉はとても陳腐な感じだ。


 きっと、頭が回ってなくて、どこかから持ってきた様なセリフを僅かに残った勢いで口に出しているみたいな雰囲気が読み取れる。


 だけど、私が感じ取った二人の脳内とは裏腹に…。

 詠唱を始め大魔法を行使しようとする姿は、確かに大魔法使いの姿だった。



 ────── 師匠さんが詠唱する。

『────── 其は闇に蠢く漆黒の箱。祖は天に登りし紅鏡。祖より解き放たれし汝が征くは地獄の業火。囚われし箱を開くは我が力。閉じられし箱は原子の雨へ。開かれし箱は爾今を示す。今、眩き光と共に火球を持って我が敵を焼き尽くさん!』



 ────── ハルトさんが詠唱する。

『────── 汝は太古の地、汝は太古の光、汝は太古の闇。地に惹かれし魂の渦は汝を囚える。地に縛られし太古の民は抗い求め旅立つ。光を闇と地の先に結ぶ力を調律しアオダモの力を借りて全てを砕く塁球の覇者とならん!』



 この勝負はどちらが先に詠唱を終えて早く打ち出すかと言う勝負ではない。

 チカラとチカラのぶつかり合い。

 正々堂々と行われる力比べ。


 先に詠唱を終えたハルトさんが、師匠さんの詠唱が終わるのをジッと見つめていた。


 その手には、黒よりも黒いまるで闇夜の様な棒が。

 時折、弾ける光を纏いながらハルトさんの手に収まっていた。


 続いて師匠さんの詠唱が終わる。

 その右手には目が眩むような光を放ちながら渦巻く炎が内側に圧縮された様な玉が収まっている。


 見つめ合う二人。

 まるでお互いの呼吸が合うのを待っているかの様な。

 静寂が空間を支配していた。


「行くぞ。晴人よ…。」


「バッチ来い。師匠。」


 師匠の声を受けて構えるハルトさん。

 それを確認すると師匠さんの手から練り込まれた赤い剛球が放たれた。



「喰らえ!!!無影無踪地獄炎球インブジブルヘルフレイム!!!」



 同時にハルトさんが反応をする。

 迫りくる炎の玉がうねりながら軌跡を残してハルトさんに迫る。

 異常なまでに圧縮された炎の塊が空間を捻じ曲げながら状態を揺らして。



「ここだ!! 重力ヲ調律スル(グラビティブロード)一振乃柱バット!!」



 師匠さんの放った炎の塊が大きく揺らごうとしたその時。

 ハルトさんが打って出た。文字通り打って出た。

 バットの様なモノで見事に芯で捉えて…。


 ・・・・・・。


 あぁ…。どっか見た事の有る光景だと思っていたら野球か…。

 何やってんだ…。この人達は。


 と、思ったけど茶番劇だけで終わらないのもこの人達だ。

 見た目は悪ノリ超絶野球勝負な感じだけど、魔法使いとしての実力は本物。


 つまり、放たれた炎の塊も、それを打ち返しているあの棒も魔法の塊。


 師匠さんの放った球がハルトさんのバットに打ち返されまいと抵抗をしている。

 あの小さな接点でギュルギュルとゴロゴロと異音を響かせながら拮抗していた。


 じわじわとハルトさんがバットを前に押し出そうとする。

 だけど、それを許さない。前に進もうと炎の球が回転しながら勢いを落とさない。


「この!!!クソボールがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 魔力をバットに注ぎ込みハルトさんが吠えた。

 バットと球の接点から飛び散る光が増す。

 徐々に球を押し返しハルトさんが打ち返す。

 全てのチカラを弾き返そうとしていた。


 その時。


 急に辺りがブラックアウトした。


「え!?なに?暗くなった!?明かりは!?」


 さっきまで緊迫した勝負の中で光り輝いていた魔法の光も無い。

 それどころか、この部屋を照らしていた明かりも消えて…。


 いや。燃える油の臭いはする。

 光が何かに吸い込まれている?

 魔力が何かに吸い込まれている?

 状況が分からない。

 何が起こっているのかわからない。


 只ならぬ雰囲気がこの空間を支配し始めている事だけは感じていた。


「妙子ちゃん!ジュジュ!動くなよ!檻の中から絶対に出るな!!」


 何も見えない空間からハルトさんの声が響いた。

 音が届くと言う事は光が吸われているのでは無いらしい。

 ハルトさんの声を聞いて少しだけ冷静さが取り戻せた。


「ニコ!ニナ!分かっておるな!?二人は任せたぞ!!」


 続いて師匠さんの声が響く。

 その声は焦ってはいない。

 だけど、師匠さんが二人に私達を任せたと言う事の重大性。


 つまり、師匠さんが私達の面倒を見れないかも知れないと言う局面にある。

 その事実を言葉から感じて、私は静寂の中で身を震わせた。


「大丈夫よ。フィーナ達が何とかしてくれるわ。」


 手探りで身を寄せ合った四人。

 隣に居たニコちゃんが私の肩を抱いて元気づけてくれる。

 でも、その手もまた震えていた。


 それも仕方ない。

 仕方ないと思う。


 真っ暗な闇の中で一部だけ目に見えて変化している所が有る。

 師匠さんの球とハルトさんのバットが交わった接点。

 そこが歪んで見える。


 真っ暗なのだ。見えるはずが無い。

 でも、そこが歪んでいるのは知覚出来ると言う矛盾。

 徐々に大きくなり歪みが増すのが分かる。


「晴人!自分を全力で守る事だけ考えろ!!コッチの子らは私が任された!!」


「了解!! と、言いたいが流石に放置は出来ないでしょ。檻で囲ったらそうさせてもらいますよ!!」


「チッ…。早めに切り上げろ。無謀と勇気は別モンじゃからな…。」


 何かが歪みから溢れ出そうとしていた。

 暗闇の中で師匠さんとハルトさんの声だけが響く。

 声を出す事で私達が不安にならないようにと…

 こんな時でも気を回してくれている。

 その気持ちが私にとっては勇気になった。


「来るぞ!シールドは張っておる!身をかがめてショックに備えるのじゃ!!」


 師匠さんの声が響いた次の瞬間。

 轟音と揺れが周りを包んだ。


 物理的な揺れとは違う。

 空間が揺れる?

 時空が揺れる?

 初めて経験する揺れ。

 裂け目から溢れる魔力。


 その時間は短く、徐々にこの世界の(ことわり)が戻ってきた。


 光、音、空気。


 さっきまで別の何かだったかの様な普通の世界が戻って来る。


 光がゆっくりと戻り、その先に見えたハルトさんと師匠さんの姿。


 二人が視線の先に捉えていたのは…。


 休日のお父さんが如く…。

 ヘタレたスエットを身にまとう三十代後半っぽいオジさんだった。


どうも。となりの新兵ちゃんです。


うーん!どうしよっか!?

ここからどう分岐させて、どこルートに行こうか?

もしかしたら、次回辺り1週お休みするかも知れません。

ちょっとドン詰まりそうな予感がします。


苦労するでしょうが…。

ロクでもない感じにならないようにしないとですね。

気をつけて展開して行こうと思っています。


特に今回の最後に出てきた最後の人をどう動かそうか…。

少しお時間を頂くかも知れません。


と、言う事で今回もお付き合い頂きありがとうございました。

それでは、またいつか。

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