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其之四|第二章|師匠の事情。呪々の事情。

 そろそろ二人とも多少は打ち解けているだろう。

 それが罵り合いであれ、何であれ、話をしない事には始まらない。


 特にあの二人の様に特殊で拗れた関係の場合は感情を爆発させて思っている事を吐露させた方が上手く纏まる事の方が多い。


 妙子ちゃんの事だ。昼食はちゃんと作って、お互い顔を合わせて食べるはずだ。

 と、思った俺は起きる時間を少し遅らせてリビングへと向かった。


 俺の思惑通りなら、大人の粋な計らいに二人とも感謝するだろう。

 すっかり打ち解けて多少は良い雰囲気になっているだろう。


 と、思っていた時期も有りました。

 事態は俺が思っていた以上に混乱していた。


「お姉ざばぁー!お姉ざばぁー!お姉ざばが生ぎてるー!」

 いつの間にか帰って来た師匠をお姉さまと呼び抱きつきながら泣き叫ぶ呪々ちゃん。


「えーい!邪魔じゃ!オムライスが食いにくいだろうが!!タエコ!おかわり!!」

 そんな呪々ちゃんを足蹴にして妙子ちゃんにオムライスのおかわりする師匠。


「もー!師匠さん三杯目じゃないですか!!いい加減にして下さい!!」

 文句を言いつつもオムライス製造マシーンとなる妙子ちゃん。


「いったいどうなってるんだ…?」


 この状況を把握するのに多少の時間が必要だったのは言うまでもない。


* * * * *


「えー。状況確認をします。まずは一番関係なさそうな妙子ちゃん。」


 師匠と呪々ちゃんの間では阿鼻叫喚が繰り広げられている。

 一番冷静そうな妙子ちゃんから事情を聞くことにした。


「あー。はい。取り敢えずオムライス作ったんでどうぞ。」


 キッチンから戻ってきた妙子ちゃんが師匠と俺の前にオムライスを差し出す。


 オムライスにはケチャップで、師匠のには師匠の似顔絵が、俺のにはハートが書かれている。


 この状況の中でも余裕が有りそうな妙子ちゃんに多少の安心感を覚える。


 呪々ちゃんが妙子ちゃんに呪いをかけて自殺に追いやった相手だと言う事もあって、精神的に大丈夫か少し心配していたけど、この様子を見る限りでは大丈夫そうだ。


 手を付けないまま話をするのも悪いので、取り敢えずオムライスを食べ始める。


 うん。味も問題ない。

 ワダカマリをすぐに払拭する事は出来ないかも知れない。

 だけど、料理は普段通りの味を出せている。

 問題の全てが解決しては居ないだろうが、一定の折り合いは付けられたのかもしれない。


「それで、妙子ちゃん。」

「はい。なんでしょ。」


 言わんとしてる事は分かって居そうだが、私に聞くなと言いたげな感じだった。


 だが、聞く!

 なぜなら!

 この状況でまともに答えてくれそうなのは妙子ちゃんだけだからだ!!


「この状況はいっ…」

「私に聞かないで下さい!私にも謎です!!!」


 食い気味に説明を拒否られた…。

 どうしたものか…。

 あの二人に聞くとしても…。

 もう少し落ち着かないとまともな答えは返ってきそうもない。


「まあ。待て。俺が仮眠に入ってからの流れだけでも教えてくれ。」


 確信は知らないかも知れないが、これまでの流れを知っておきたい。

 俺の求めを受けて「ふぅ。」とため息をつくと妙子ちゃんは重い口を開けて話し始めた。


「そうですね。ハルトさんが私達を放置して寝ちゃってからと言うモノ凄く重たい雰囲気でした。取り敢えず淡々と仕事を教えて。ハルトさんが教えなかった事を呪々に説明して。あいつってば変に気安く話しかけてくるから余計にイラっとして。でも、それじゃダメだって言い聞かせながら頑張ってました…。」


 これは思った以上に重い…。

 言葉の端々で込められる恨み節が地味に俺のSAN値を削ってくる感じだ。

 恨み言を言われるのは想定内だ…。

 続けてもらおう。


「いや。それはすまなかった。ただ、向かい合わないと話は進まないから。あえて状況を作ったのは理解して欲しい…。」


 と、言いながらも視線が痛い。


「え?あぁ。良いですよ。そうだろうとは思ってたから。」


 そして、続く言葉も真冬のツンドラ地帯の様に冷たかった…。


「まあ、それは良いですけど。仕事の覚えも早かったからお店を呪々に任せてお昼を作って、オムライスを食べながらハルトさんの思惑通り少しは話しましたよ。まあ、受け入れられるモノでも無かったですし、話としては薄っぺらかったですけど。」


 ダメだ!これはダメっぽいヤツだ!

 適当な所で切り上げて師匠に話を聞いた方が俺へのダメージは少ない気がする!


 とは、思いつつも続けて話す妙子ちゃんの話を切り上げる事も出来ないので聞くしかなかった。


「それで。いよいよ感情のぶつけ合いが始まって後は結果任せかなと思った時に、師匠さんがキッチンからハルトさん用に作ったオムライスを食べながら現れたんです。いつから見てたのかって聞いたら殆ど最初から話して聞いていたらしくて。まあ、それは良いんですけど。それで師匠さんを見た呪々が師匠さんをお姉さまとか呼んで泣き出して。意味分からないですよー。何だか師匠さんと呪々は知り合いっぽいんですけど。でも、師匠さんと呪々って違う世界の人間と言うか?じゃないですか?呪々も泣き止まずに説明もしてくれないし。師匠さんは満足いくまでオムライス食べる気みたいですし。意味分からないからハルトさんにバトンタッチです。」


 と、言う事らしい。

 まあ、確かに意味が分からない。

 こうなったら師匠に話を聞いてみた方が早そうだ。


「と、言う事で師匠。これは何がどうなってるんですか?」


 回りくどく聞くよりも率直に聞いた方が答えてくれる確率が高い事を経験則で知っている俺は直球で聞いてみた。


「いやいや。どうしてチヨがこっちの居るのか知りたいのは私の方じゃ。しかも、あの頃のままで。いや。若いままなのは裏返ったからか。じゃが、なんでチヨがここに居る?」


「あの…。質問を質問で返されると困るんですけど…。」


「まあ、そうじゃの。じゃあ、お互い疑問を出し合って一つずつ潰していくか。まずは何故チヨがここに居る?」


 じゃあも何も…。

 結局、状況は変わらなかったが師匠主体で解決して行った方が結果的には早く終わりそうだと思った俺は師匠に従って疑問を解決して行くことにした。


「師匠がチヨと呼ぶ呪々さんですが、妙子ちゃんが本格的に魔法を学ぶ時間を作る為に店番などを任せる為の使い魔として召喚されました。」


「ほほぉ。なるほどな。」


 そう聞いた師匠は呪々ちゃんのステータスを見て「ふむ。」と何かを思考しているようだ。


「召喚時のデータは取っておるな?後で提出せよ。私達の時とは違って通常召喚だが、あちらの者が召喚されるのは珍しい。何かの役に立つだろう。他にその召喚で言っておく事などは有るか?」


 そう言うと俺を一瞥する。

 こちらからも聞きたいのだが…。

 今、逆らうのは面倒そうだ。


「そうですね。仮説として死に直面した人間が、この世界に召喚されやすいのではないかと言う話をしていましたが、呪々さんに関しては違いました。どちらかと言うと捕食する側と言うか。俺達が居た世界で妙子ちゃんを追い込んで死に至らしめたのが呪々さんで、自称「鬼」だと言っており、人間を追い込んで絶望などの感情を喰らっていたのだそうです。」


 そう伝えると師匠は少し悲しそうな表情を見せた。


「ふむ。そうなるとアレか。チヨ。お前が裏返ったのはあの時か?」


 相変わらず二人の関係は分からない。

 師匠の中だけで話が整理されるだけだ。

 ただ、師匠が呪々さんに向ける視線は生き別れた家族と出会った様な優しい表情で。

 師匠の質問にコクンと頷き答えた呪々さんも従順な子供の様な表情だった。


「まあ、良いじゃろう。大体の事情は分かった。チヨがこちらに呼ばれたのはタマタマじゃろう。タエコと縁が有り、何かでその縁をブーストされた可能性は有るな。じゃが、さっきも言った通り通常召喚。調べてはみるが向こうへの扉の鍵になるかは微妙じゃの!」


「はぁ。そうですか。で?」


「で?」


「はい。で?」


「何が「で?」なのじゃ?」


「いやいや。どうして師匠が俺達の居た世界の魔物である呪々さんを知ってるのかと言う疑問が残っているんですけど?」


「はぁ?何を言っておる?前に話したじゃろうが?お前が木箱の中に引きこもる前だったかのぉ?地下工房で一大決心をして打ち明けたじゃろうが?」


 うーん。俺の理解が追いつかない。

 どう言う事だ?

 って、言うか師匠が何を打ち明けたと言うのだろうか?

 あの時に何か一大決心してまで打ち明けられる様な事を聞いただろうか?


「ハッハッハ。いやいや。待て。ハルト。馬鹿な?いや。お前が馬鹿なのか? 私はお前が理解しているのを前提に話しておったぞ?「あんた達も同じ流れの同じ世界から来たってのは確かっぽい」って言っただろう?」


 言われてみるとそんな事も言われた気もしないでもない。

 いや。だけど、それって…。

 あれ?何かがおかしいのか?


 いやいや。


 あの時って確か「妙子ちゃん」と「俺」が平行世界とかじゃなくて、時系列とかも全く同じ世界から来たって話をしてたよな?


 あれ?それにしては主語がおかしいのか?


 あんた達も?

 これは何にかかっているんだ?

 あれ?


『あんた達も同じ流れの同じ世界から来た』


 つまり?


 師匠の方を見る。

 どうしてドヤ顔をしてるのか分からないが…


「前から話してはいただろう?百年前に「この世界に召喚された者」が居たと。」


 確かにそれは聞いていた。

 俺の前に異世界から召喚された者が百年前に居たと。

 詳細は分からないと言う話だったが…。

 これまでの話を総合すると…。


 そう言う事なのか?


「それが「私」だと伝えたはずだが気がついておらなんだのか?」


 もう嫌だ。

 この師匠疲れる…。

 アレだけで気がつけと言うには無理が有るだろう。


 つまり。


 どうやら、師匠も俺達と同じ世界から召喚された者と言う事なのらしい…。


* * * * *


「よし!じゃあ、分かりにくいから改めてまとめてみます!!」


 呪々さんが落ち着いた様なので、彼女も含めておさらいをする。


「まず!師匠は俺達と同じ世界から召喚された者だって事で間違いないですか!?」


「そうじゃ!前に言ったじゃろう!?あんた達も同じ流れの同じ世界から来たって!」


 知るか!ボケ!!そんなので分かるか!!!

 と、言いたいのを飲み込んで続ける事にする。

 多分、無駄にツッコンでいたのでは無駄に疲れるだけだろう。

 概要を聞いた感じだと、重要ながらも複雑な話で聞くのも疲れそうなんだから。


 取り敢えず、師匠が説明の足りない子なのは置いて続けて状況をまとめて行く。

 何か話をするとしても、それからだった。


「そして、痴情のもつれから師匠ことフィーナ=グラスロッド改め草木フネさんは、」


「いや!そこはフィーナで!そっちで生きてる方が長いんじゃから!!」


「どうでも良いですよ!もう良い!呪々さんもフネ様とかお姉さまとか呼ばずに師匠で統一して!その方が面倒事も無くなるから!」


 不満そうだが取り敢えず頷いた二人を確認して話を続ける。


「で。痴情のもつれでフィアンセを奪われた師匠は絶望から屋敷に火を放って自殺しました。」


「おう!フィアンセを寝取られた!」

「はい!寝取って見せつけました!」


 いちいち面倒くさい。

 さっき、聞いた内容はもっと生々しかったが敢えて触れずに話を進める。

 もう、後腐れはないみたいだが聞いてて楽しい物ではない。


「あ。うん。寝取り寝取られは別にどうでも良いんですけど…。取り敢えずその時に自殺をした師匠はこちらに召喚されたと。」


「あぁ。そうじゃな。ジョージ=グラスロッドに召喚されて助けられた。」


 師匠がなぜ異世界(・・・)に強い興味を持っていたのか疑問だったが…。


 先の聞き取り調査によると、自分が元の世界に戻るか戻らないかは別にして、異世界に来られた自分が行動を制限されて、この世界から出られないと言うのが気に食わなかったから研究を続けて居たそうだ。


 師匠曰く「来られたのに自由に戻れんとかワケわからんじゃろうが!?」と、言う事らしい。


 フィアンセを寝取られて屋敷に火を放ち自殺してしまう様な、繊細で傷つきやすいお嬢様から出た言葉とは思えないが。そう言う事なのだそうだ。


 師匠の師匠であるジョージ=グラスロッドと出会って色々と変わったのだろう。

 助けられてからの詳細に関しては、はぐらかされて教えてもらえなかったが、色々あったと言う事は何となく理解できた。


「で。糸氏樹々こと当時の糸氏チヨさんは、何がしたいのか分からないくらいの錯乱状態で、師匠の死を目の当たりにして鬼と言うか魔の者に裏返った?と? それで、後にそのフィアンセが悪魔だったと知ったと?」


「はい!私が処女を捧げた相手は悪魔で、私を狂わせてドス黒い感情から魔力を搾取する為に利用されました!ヤツが悪魔だと確認したのは最近です!」


「はぁ…。余計な事はどうでも良いから必要な部分だけを…。」


 処女がどうとかは置いておいて。


 聞いた話をまとめると、百年くらい前に名家のお嬢さんだった師匠と、師匠と親しかった呪々さんが、当時としては珍しい世界を相手にする実業家であるフィアンセをめぐって昼ドラバリのドロドロの関係を演じたけど、実はそのフィアンセは悪魔で、悪魔の策略に踊らされて、魔力も命も奪われて、まんまとしてやられたと言う話らしい。


「と、言う事で間違いないですか?」


「ヤツが悪魔だったと言う事は知らなかったが概ねその通り!」

「その当時は分からなかったけど、ガッツリ悪魔でした!」


 いや。うん。まあな。

 元の世界で悪魔だとか判別するのも難しいだろうから仕方ないか。

 師匠にしても、呪々さんにしても、こうなってしまったのには理由があると言う事だ。

 人に歴史有りじゃないが、なかなかヘビーな過去だった。


 それにしても厄介なのは、その悪魔だ。

 よくもまあ。こんな面倒くさい人間を二人も作ってくれたものだ。

 師匠と呪々さんの性格がひん曲がってるのも、その悪魔のせいだろう。


 師匠と呪々さんが、その悪魔に遭遇していなければ、俺も妙子ちゃんもこの世界で新たな人生を歩む事は無く、元の世界で死んでいたのかも知れないが…。


 もしかすると、師匠達の一件が有ったから俺達が巻き込まれたと言う可能性も有る。


 鶏が先か卵が先かじゃないけど、鍵となったのは「その悪魔」なのは間違いないだろう。


 まあ、それは良いとして…。


「で、後は師匠が召喚された百年後くらいに、俺が師匠の所に召喚されて、その十年後くらいに呪々さんに追い詰められた妙子ちゃんが俺に召喚されたと…。」


 なんやかんやで何となく縁が繋がってはいる気がする。

 俺に関しては関連性の無い例外的な感じがするが…。

 師匠と呪々さんと妙子ちゃんに関しては薄っすらと縁があるのではないだろうか。


 召喚の儀式は運の要素が強い。

 だが、縁の要素が絡むことが多いのも確かだ。


 例えば、高位の者を召喚する際には逸話にまつわる遺物を用意する。

 うちで言うとルルデビルズを召喚する際に使った「魔界の槌」なんかがそうだ。


 本物が手に入る事は無いが、過去の戦いなどで地上に顕現した際に使われた道具などが地上に残されている事が有る。


 それら縁の強い遺物を使って召喚を行う事で、狙った者の召喚の成功率を劇的に上げる事が出来るのだ。


 それと同じようにランダム召喚などでは、召喚者がこれまでの人生で、どの様な者に関わり、どの様に生きて来たかなども、召喚結果に関わってくる場合が有る。


 師匠の弟子である俺の所に妙子ちゃんが召喚された事。

 そして、妙子ちゃんの召喚で呪々さんが召喚された事。


 どうして師匠に俺が召喚されたのは分からないが。

 もしかしたら、俺と師匠の間にも何かしらの縁が有ったのかも知れない。


 ただ、それだけでは異世界に召喚される材料としては弱い気がする。

 こちらと元の世界を繋いだ一番の鍵となるのは…。


「ふむ。やはり死に直面する様な出来事が異世界を繋ぐ鍵となるのじゃろうか?」


 俺が言いたかった事を師匠が言ってくれた。


 更に付け加えるなら俺たちの事例では自死という点。

 何かに追い詰められて、この世界から逃げたいと思う程の自殺願望。

 逃げ出したいと言う強い思いが召喚のタイミングと重なった。

 それが鍵となる可能性は高い気がする。


「そうですね。魔物である呪々さんに関しては妙子ちゃんとの縁が強かったから召喚されたのだと言う気がしますけど、俺達三人に関しては自分で死を選ぶほど追い詰められたと言うのが共通点ですし、死と直面した時の負のエネルギーは大きいですからね。」


 ただ、それだけなのだろうか。

 他にもトリガーとなる出来事は無かっただろうか。

 正直、それだけで紐付けるには弱い。

 なぜなら…。


「はーい! でも、国内だけでも年に凄い数の自殺者が居るって聞いた事があります! じゃあ、その人達と私達の違いって何でしょう? 自殺だけが異世界の門が開く鍵なら、こっちの世界は私達の居た世界から来た自殺者で溢れてる気がします!」


 妙子ちゃんの言う通りだ。

 師匠が同じ世界から召喚された者だと言う事は分かった。

 何かに追い込まれ死を選ぶと言うのが共通点の一因である事は間違いないだろう。


 師匠と俺と妙子ちゃんが自ら死を選んだ以外の共通点は見出だせない以上は、自ら死を選ぶと言う行為が重要な鍵なのは間違い無い。


 だが、自殺だけが鍵になるとするなら俺と妙子ちゃんが召喚されるまでの約百年間で、元の世界から召喚された者の話が他に噂レベルですら無いと言うのはおかしな話だ。


 仕組みの違う世界に移動すると言う事が不可能に近いレベルの話だと言う事は分かる。


 前に俺と師匠で考えたように人間や食べ物や空気とか環境など、世界を構成する共通規格が有ったとしてもOSや接続規格が違う異世界に召喚されて移動するなんて、通常では有り得ない話だ。


 簡単に元の世界から、こちらの世界に来るのは難しいから少ないのは理解出来る。


 普通に自分で死を選んだり、それくらい追い詰められた程度では、異世界への扉を開く鍵にはならないのかも知れない。


 だったら、何が俺達に作用した?


 自殺や死に直面した時に人間が発する感情エネルギーだけが異世界への鍵になるなら、妙子ちゃんの言う通り元の世界で自殺した者で、この世界は溢れているだろう。


 元の世界から溢れる程にこちらへ召喚された者が居ないにしても、自殺だけが鍵だとするなら、それなりの人数がこちらの世界に来ているはずだ。


 だとすれば、異世界の住人が召喚されたなんて事例が多少なりとも噂にならないと言うのは変な話だ。


 俺の知る限りでは師匠と俺と妙子ちゃん以外に元の世界から来た人間なんて知らないし、そんな噂すら聞いた事がない。


 仮にも俺と師匠は異世界に通じる道を探して情報収集をしてるんだから、何か有れば噂くらいは耳にしているはずだ。


 だが、噂すら聞く事はない。


 他に誰かが元の世界からこちらに来ていたと仮定して、その隠蔽に何らかの組織が裏で動いていたとしても、完全に噂すら封鎖するのは難しい。


 もし居たとしても噂を封鎖出来る程度の人数しか召喚されていないのだろうと言うのは予想が出来る。


 何十人、何百人も元の世界からこちらの世界に来ていたなら噂レベルの情報は漏れ出すはずだ。


 だとするなら。

 自殺の他に何か鍵になりそうな原因が有りそうな気がする…。


 しかし、自殺以外に決め手となる様な鍵は思いつかなかった。


「何か無いのか?ほれ!思い出してみぃ!!」


 いやいや。そう言うなら、まずは師匠が思い出して欲しいものだ。

 降って湧いたかの様な異世界移動に関する議論の機会。

 だが、手詰まりになるのも早かった。


「駄目だ!思いつかん!」


 鍵が有るとするなら召喚する側、召喚される側を両方経験している俺と師匠なのだが…。


 いくら考えてみても思い出せる事は無い。

 召喚される際に俺達が冷静な状態ではなかったと言うのも大きいだろう。

 自殺前の俺達の近くに何か異世界に召喚されるような鍵が転がっていたのかも知れない。

 だが、取り乱した状態だった上に、異世界に召喚される事なんて考えても居なかったのだ。

 見逃していたと言う以前に、想定すらしていない事に気がつくのは不可能に近い。


 こんな世界が有るなんて知らなかったのだから無理もない。

 元の世界に何か鍵が転がっていたとしても、元の世界での俺が気がつけない様なモノであった可能性が高い。


 加えて、俺達は一方的にこちらの世界に召喚されただけだ。

 言わば無理やり異世界に連れて来られたんだ。

 何が要因になったのか分からなくても仕方ない。


 召喚した側として考えたとしても手詰まりだった。

 俺も師匠も普通に召喚陣で召喚しただけ。

 偶然に何かの要因で繋がって召喚出来ただけ。

 こちら側に何かの鍵が有った可能性は低いと思われる。


 そして、頭が痛いのは…

 全ての要因が明らかになったとしても、それはヒントにしかならないと言う事。

 それは、こちらから召喚した場合の材料なのだ。


 あくまでも、異世界からこの世界に人間を召喚する方法。

 異世界に移動する方法ではない。


 俺と師匠の最終的な目的は元の世界に移動する方法だ。

 召喚された方法が分かっただけでは意味がない。


 共通する要因は有るだろう。

 だが、その全てが有効では無い。

 こちらの世界に召喚された謎が全て解明されたとしても異世界移動に直結しない。


 そこから異世界への移動方法にたどり着けなければ役立たずだ。


 偶然にこの世界へ召喚された事例は有るんだ。

 俺達がその生きた証人だ。

 幸いにも俺達が召喚された時の状況やデータは有る。

 データを精査して異世界召喚の方法は確立出来るかも知れない。


 だが、この世界から「元の世界」や「他の異世界」に移動したと言う話も無いに等しい。

 唯一、こちらから異世界への扉を開いた話が有るとするなら「太古の魔王の伝説」だけなのだ。


 その事実からも異世界への移動が如何に難問かと言う事が分かるだろう…。

 果たして、俺達は異世界移動の方法にたどり着けるのだろうか…。


* * * * *


「って言うか!どちらにしても!今は自殺する程に追い詰められたりとかしてないし、師匠さんやハルトさんに限って言うと死に直面する機会も無いでしょ? この議論って意味無いんじゃないですか!? それに! こっちからどこかの異世界に自ら移動するなら方法も違う気がするんですけど!?」


 重い雰囲気に耐えられなくなった妙子ちゃんが叫んだ。


 妙子ちゃん。それを言っちゃーお終いだよ。

 小さな手掛かりを集めてパズルのピースを埋めて行く。

 そう言う地道な作業は元の世界の科学なんかでも大事な作業。

 今は手掛かりを探っている状態なんだから、それを言ってしまっては…。


 ただ、妙子ちゃんの言う事はもっともだった。


「まあね。同じ方法でと言うには無理は有るけど唯一の手がかりだから。」


 とは、言ってみたものの何の解決にも繋がっていない。

 今の状態で議論を重ねても手詰まりだった。

 これ以上の議論や考察をしても今は進展しないだろう。


 それに。

 それ以上に…。


『『『『ぐぅぅぅぅぅぅ~。』』』』


 お腹がへった。


「かぁ!こっちに来た方法は使えんと言うワケか!?来られたのに戻れんとか意味が分からん!!モヤモヤする!!それ以上に腹ペコじゃ!!もう良い!!メシにするぞ!!メシの用意をせい!!」


 ずっと、脳をフル回転していたのだから仕方ない。

 お昼に食べたオムライスも脳が全て消費してしまったようだ。

 訪問客に邪魔をされる事も無く長時間の議論を白熱させてしまった。

 よく調教されたうちのお客は『CLOSED』と書かれた看板を見て帰っていったのだろう。


 気がつけば短くなった日が暮れようとしている。


 師匠が俺達と同じ世界から来たと言う新たな事実。

 呪々が師匠と知り合いだったと言う事実。

 新たな情報は有ったモノの深まる謎。


 だが、今の俺達に必要なのは食事と休息だと言う事だけがハッキリしていた。


どうも。となりの新兵ちゃんです。


と、言う事で、今回はフラグ回収でした。

書き始めた頃からの設定だったのでスッキリです。

ザックリとした感じでしたけど。


本来なら、師匠視点で元の世界の話を書いたり、師匠がこちらに来た時の話を回想として書くんでしょうけど、趣味で書いてるだけだし、長くなりそうだから、まあ良いよね!と言うノリでバッサリとカットしましたが、気が乗ればEXで書くかも知れません。


と、言う事で今回もお付き合い頂きありがとうございました。

それでは、またいつか。

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