其之四|第一章|魔人呪々が現れた!コマンド?
意味が分からなかった。
全くもって意味がわからなかった。
召喚陣が放つ青白い光の中でバリバリにポーズを決めて立っていたのは…
私を追い詰めて自殺に追いやった糸氏 樹々だった。
「よし!大当たりってワケじゃないけど使えそうじゃないか!」
私が初めての召喚に成功したのを見てハルトさんは喜んでいる。
けど、私としてはそれどころじゃなかった。
まじん?意味が分からない。
漢字にすると魔神なのだろうか?
でも、少なくとも私が知っている「糸氏 樹々」は人間だったはずだ。
下らない嫌がらせをする嫌な子だったけど…。
型落ちのガラケーを嬉しそうに見せびらかして友達に引かれる様な子だったけど…。
少なくとも普通の人間だったはずだ。
『召喚以前からと発生していると思われるステータス異常』
私がハルトさんに召喚された時の言葉を思い出す。
呪い。
そうだ。
私は呪いによって自殺をしようとしてしまった…。
小さな呪いが。
二千四百八十二日分この呪いが重ねがけされて。
いや。でも。
こっちの世界とは違うんだ。
魔神なんて実在するワケがない…。
でも…。
ゴクリと唾を飲んだ。
口の中がカラカラと乾いて警鐘を鳴らす。
もし、召喚されたコレが私の思う通りなら…。
『悪意だけでこれだけの呪いをかけるとするなら狂っている。』
そう。あの時にハルトさんが言ったように。
この魔神樹々が「糸氏 樹々」だと言うなら…。
「しかし、服装がアレだな。趣味的と言うか…。アレ?この制服って…。」
不用意にハルトさんが「魔神樹々」に近づく。
次の瞬間、ひらりとスカートの裾を翻して樹々がハルトさんに襲いかかった。
「ハルトさん!気をつけて!!そいつは!!!」
声を掛けるながら私はハルトさんと樹々の間に割って入る。
「伊丹妙子…どうして?」
でも、樹々は動けなかった。
ハルトさんに襲いかかろうとした樹々は何かに拘束されるように動けなくなった。
「何か事情がありそうだね。まずは話を聞こうか。」
私と樹々を交互に見るとお茶の準備を始めるハルトさん。
動けなくなった樹々が気になったけど…。
動けないなら今の所は問題ないのだと思う。
私はハルトさんに従うことにした。
* * * * *
「マスター権限発動。ペナルティ一時変更。全てを伊丹妙子に絶対服従へ。」
師匠さん直伝の召喚陣には召喚された者が召喚者へ殺意を抱いた際にランダムで、召喚された者が嫌がる行動をさせて服従を強いると言う効果がある。
ワンコの耳と尻尾の効果によって、私に対する従属性は強化されているらしいから、私に危害を加える事は無いだろうけど、ペナルティの全てが「どこかに行って使い魔が自分自身の嫌な事をしてしまう」系のペナルティだったから一応変更しておいた。
このペナルティは本気で召喚者に殺意を抱いた時点で発動してしまうモノだから、勝手に殺意を抱かれて外に飛び出されても困ってしまう。
マスター権限を発動する練習としても丁度良いだろうと言うハルトさんの進言だったけど、結構酷い事も多かったから早めに変更しておいて正解だと思う。
事情も知らない樹々が外に出て騒ぎをおこされては面倒なのは私なんだから。
「で?どうなってるの?どうして伊丹妙子がここに居るの?ここはどこなの?」
淹れられたコーヒーを飲みながら矢継ぎ早に樹々が聞いてきた。
それは私が聞きたい所なのだけど…。
困った私を見かねてかハルトさんが話しだした。
「色々と事情を聞きたいのはこっちもだが…。君はこの世界に妙子ちゃんの使い魔として召喚された。この事実は理解しているかい?」
依然、憮然とした表情の樹々だったけど抵抗しても仕方ない事を理解しているのか大人しく答え始める。
「ここがどこなのかは分からないけど…。それは何となく分かるわ。伊丹妙子に対しての絶対的な服従感を感じてるもの。あと、あんたの言うこの世界って言うのが別の世界だろうって事も何となく分かるわ。」
憎らしげにこちらをジト目で見つめる樹々だったけど抵抗する意思はないようだ。
大人しく質問には答えた。
「で?さっきも聞いたけどどうなってるの?こんなに魔力が溢れてるとか意味がわかんないんだけど?それに伊丹妙子がどうして召喚なんてできるのよ?かなり強力で正確な召喚だったわよ?あんた普通の高校生でしょうが?どうして、普通の高校生のあんたが召喚なんて出来るのよ!?」
次はあんた達が答える番だと言わんばかりに樹々が睨みをきかせる。
分からなくもない。
私の時は呪いとか呪いとか呪いとか。
色々あってそれどころじゃなかったけど。
冷静だったなら私もハルトさんにその辺りの事を聞いていただろう。
「そうだな。君が妙子ちゃんと同じ世界から来たと言うなら、簡単に言うとここは異世界だ。魔力に溢れ剣と魔法が主役の別世界だ。妙子ちゃんもこの世界で魔法の才能を開花させた。そして君は妙子ちゃんに使い魔として召喚されたってワケだ。」
うーん。こうやって改めて聞いてみると…。
とんでもない話だ。
ある日、前触れもなく召喚されて使い魔にされるとか。
ラノベとかで当たり前に書かれるシチュエーションだけど…。
改めてこうやって聞くと全くもって酷い話だ。
「はぁ!?馬鹿なんじゃないの!?異世界に召喚されて何で普通に息とかできんのさ?コレだって普通に美味しいコーヒーなんですけど!?異世界召喚とか厨二か!!!馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ!!!」
わかる。
すごくわかる。
私の場合は自殺したテンションのままで受け入れちゃったけど。
私も冷静だったらそう思ったと思う。
改めてこうやって聞いてみると余計にそう思う。
でも…。
「まあ、良いわよ…。馬鹿な話だと思うけど状況がおかしすぎる…。そっちの猫耳から感じる魔力だとか。あんたから感じるとんでもない魔力だとか。空間中に溢れる魔力の量とか異常すぎる。これが異世界だってなら受け入れるしかないみたいね。納得はできないけど。」
既に何かを諦めているかの様に言い放ちシュンとする。
腰の辺りまで伸びた黒髪。
その頭に生える犬耳が同時にペタンと下がり、尻尾を丸められる。
無意識に反応した耳と尻尾が表す様に彼女は召喚されて事により自由はもう無いのだと言う事を理解しているようだった。
「まあ、理解が早いのはこちらとしても助かる。諸々の説明をしないと行けない所だが。その前に俺達が君を受け入れるにあたり幾つかハッキリさせなければならない事がある。」
シュンとして沈黙した樹々を見ながら、飲み干された彼女のマグカップにコーヒーを淹れ直しハルトさんが続けた。
「君は何者だ?妙子ちゃんだけではなく俺も君達の居た世界の住人だった。十年前にこちらに召喚されたと言う違いは有るけどね。だから余計に疑問なのだが。俺の常識では魔人なんて存在を元の世界で認識した事は無い。君は何者なんだ?元の世界にも魔物が居ると言うのか?この世界に妙子ちゃんが召喚された時に呪われていたのは君がやったのか?」
ステータスに表示されている「魔人」と言う文字。
それは私も気になっていた。
元の世界で魔物に出会うなんて事は無かった。
少なくとも樹々と出会う前に、その存在を意識する事はなかった。
オカルトとして語られる事はあっても。
それは物語の中だけの存在だと思っていたのだから。
ハルトさんの質問に鼻をフフンと鳴らすと樹々が得意げに話し始めた。
「まあ、あんた達が一般人だったってなら知らなくて当然ね。そうね…。分かりやすく言うなら「鬼」ね。約百年前に私は人間から嫉妬と憎悪で裏返った。それが私よ。知ってる?人間ってのは移ろいやすいの。善にでも悪にでもなるわ。それが突っ切れば異形の者へと変質する。どんな仕組みなのかは私も知らないけど、多かれ少なかれ私の様に人間から魔物になった様な者は姿を潜めて増え続ける人間の中で生きているってワケ。」
私達の知らない知識をひけらかして満足したのか注がれたコーヒーを口に含む。
素直に答えたのとは裏腹に私達が元の世界にも居ると言う魔物の存在に衝撃を受けた様子を見てニヤリと笑う。
その笑顔には嫌な感じを受けずにいられなかった。
それは彼女の本質と言うかネジ曲がった性根の悪さ。
彼女の言う所の裏返ったと言う性格の悪さの様な物を感じていた。
「妙子の呪いに関してもそうね。私達は人間の感情を喰らって生きているわ。どう言うワケか魔力が乏しい世界にも私達は産み落とされる。この世界みたいに魔力が溢れているワケでも無いのに魔力を必要とする生き物がね。この世界なら必要も無いのかも知れないけど、生きる糧すら乏しいあの世界では、私達は人を落とし入れて妬みや悲しみ憎悪って言う感情を絞り出して魔力にする事でしか命を繋ぐしかないのよ。まあ!私ってば可哀想な生き物なのでしょう!?でもね。私なんて可愛いモノよ? 神の教えが蔓延している世界だと言うのに人類史において、どうして戦争が無くならなかったのか? なぜ地上に戦場と言う地獄が現れるのか? 私の持論なんだけど地上自体が地獄そのもので、その地獄を管理する私以上の魔物が人類を仕切っているからじゃないかしら?」
一気に話し終わるとドヤ顔で笑みを浮かべて満足げだ。
満足そうなのは良いのだけど…。
実に面倒くさい。
鬼がどうとか言う話までは甘んじて受け入れても良いと思う。
まあ、こんな世界に来ちゃった私からすると、そのくらいは受け入れても良いだろう。
だけど、その後に話しだした話の後半は素直に受け入れて良いモノだろうか?
それこそ「厨二か!!」と言う話だ。
私は知っていた。
こう言う拗らせた人は得てして面倒臭い事を。
可哀想に。
どこまでが設定なのか本当なのかは分からないけど色々と拗らせているのは確定だ。
後で樹々ちゃんがこの黒歴史を思い出し赤面する未来しか見えない。
若干、引いている私を見て何を思ったのか長台詞の後にも関わらず、私の反応も待たずに更に話し出す。
「まあ、アレね。世界の構造なんて話をされても、あなたには分からないでしょうね!!でも、これが真実よ!あの世界には恐怖や怒りなどの感情を喰らう者が居る。そして、私もあなたを追い込んで魔力を得ないといけなかったって事よ! この世界では魔力に飢える事もないでしょうけど、あの世界では必要だったのよ!でも、何の因果かあなたに召喚されたと言うならば、これも運命ね! 私のチカラが必要だと言うなら召喚に基づき従ってあげようじゃない!感謝しなさい!この魔力で満たされた世界ならば一日で誰かを呪い殺す事も可能でしょうよ!私に何をさせたくて召喚したの?さっさと望みを叶えて契約を満了して元の世界に帰るわよ!!我がマスター!伊丹妙子よ!その望みを言いなさい!」
そして、過去の出来事を有耶無耶にするかの様に手が差し伸べられた。
うん。これはアレだ…。
何だか勢いで色々と誤魔化して乗り切ろうとしている感じがする…。
色々と聞きたい事も有る気もするけど…。
コレはまともに相手をしてはいけないヤツだと私の経験が警鐘を鳴らしている。
そう思った私は彼女の手を握る事は無かった。
「ハルトさん…。これってチェンジできないんですか…。」
面倒臭いコレを見つめながらハルトさんに訴えた。
だが、その答えは私を絶望させるもので…。
「もし、返品出来るなら妙子ちゃんだってとっくの昔に帰せてるよ…。」
と、ため息をつきながら首を振られてしまった。
だろうな。とは思った。
この世界に準ずる者なら魔界の者だろうと、天界の者だろうと、契約を解除した時点で元の場所に戻るそうだ。
それなら、私も契約を解除すれば元の世界に戻れるんじゃないかと思った時期もあった。
でも、私達の様な異世界から召喚された者は、そうも行かないらしい。
「俺もそう思って師匠に契約を解除してもらおうとした事はあった。だけど、戻るべき場所にアクセス出来ないからか解除する事は出来なかった。妙子ちゃんには申し訳ないけど、どうする事も出来ないんだよ」と、言われた事がある。
つまり、私達と同じ世界から召喚された樹々も返品先が見つからずに契約を解除出来ない状態なんだと思う。
チェンジと言う言葉を聞いて騒ぎ立てる糸氏樹々の声を聞きながら…。
私は「糸氏 樹々」を初めての使い魔とするしかないと覚悟するのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「はぁ!?店番って何よ!?そんな事の為に私を呼んだって言うの!?」
私が召喚された時にも受けた諸注意を樹々にも行った。
そこまではブツクサ言いながらも聞き入れてくれた。
召喚時のペナルティだけでなく、わんこ属性も有って聞き入れるしかないのだろう。
ただ、最終的に受けた任務が「店番」と知った彼女は怒り心頭だった。
怒りに任せて私に危害を加えられない事も有り駄々をコネ始めた。
分からなくもない。
いや。分かる。
彼女の得意分野を考えると荒事の方が得意だろうから。
得意分野とは真逆の「店番」なんて任務は不本意だろう。
最もだ。
最もだけど…。
誰もあんたに店番させようと思ってあんたを召喚したワケじゃない!!
出来る事なら他の人の方が良かった!
もっと従順な可愛いショタっ子が良かったさ!
誰が好き好んであんたを召喚したって言うのか!?
私だってチェンジ出来るならしたい!!
心の底で叫んだ。
だってそうでしょ?
ちょーっと数時間前にはハルトさんと何となーく良い感じだったじゃない?
何がとは言わないけど何となーくアレだったのに…。
これから何かが進展する予感がしてたじゃない?
でも、この子が召喚された事で全てがぶち壊しだった…。
「まあ、良いけどー。楽して食べさせてくれるなら別に良いけどー。」
枝毛をチェックしながらギャルっぽい態度で「良いけどー。」とか言い出す呪々に頭が痛くなる。
かと思えば…。
「ただ、それってワザワザ私を召喚してさせる事なのみたいな?って言うか私じゃなくても店番をさせる為に召喚する事なのみたいな?たまたま私が召喚されたってのも話を聞いて理解はしてるけどさ?でも、召喚される側から言わせると店番させる為ってどうなのさみたいな?いや。分かるよ?守秘義務的な問題で召喚した方が異世界人と言う秘密を守らせるのには楽だって分かるよ?でも、意気揚々と誰をぶっ殺す為に召喚されたのかと思ったら店番ですってのはどうなんですかーって話ですよーー!?」
みたいな感じで堰を切ったかのようにまくし立てる。
何というか喋りに安定感が無いと言うか色々と情緒不安定すぎて辛い…。
正直、こんな不安定な使い魔を使わないといけない私の方が辛いんですけど!?
「まあまあ。取り敢えず共存して行くって事で話はまとまったんだから。呪々ちゃんも素直に従ってよ。呪いの件も生きる為に仕方がなかった。過去の事は水に流して後腐れなく妙子ちゃんの使い魔として生きるって決めたんだから。お互い気持ちよく仕事をしようね?」
「あーん!さもありなんみたいなー!わかります!わかりますー!ですよねー!仲良しですよー!ね!妙子!私達仲良しよね?」
それにコレだ。
この駄犬は上下関係だけはしっかり理解しているみたいでハルトさんには尻尾を振る…。
従属性を強化する為に贄にしたワンコの耳と尻尾。
その効果は確実に発揮されているのだと思う。
でも、でもだ…。
確かにハルトさんは私のマスター権限を持っていて、私よりも上の存在だけど…。
直接の主人である私に対してはぞんざいな態度なのに。
この態度の違いは何だろうか…。
ハルトさんもハルトさんだ。
飼うしかないのは仕方ないにしろ、少し甘すぎるんじゃないだろうか。
ハルトさんがまんざらでもない感じが余計に鼻につく…。
「別に良いけど。取り敢えず呼び捨ては止めてよね。」
そう。面白くなかった。
デレデレしてるっぽいハルトさんも。
あからさまに尻尾を振る呪々も。
「もぉー!ヤキモチ?可愛いわねー?妙子ちゃんったら~?大丈夫!私の好みじゃないから!!取ったりしないわよ?」
ぬぐぐぐぐ…。
ちょいちょい確信を突いてくるのも面白くない要因の一つだ。
あぁ!そうさ!
私はハルトさんが…!
ハルトさんが…。
ぬぐぐぐぐ…。
だからと言って、それをからかわれるのは面白くない!!
外見は日本人形みたいに腰まで長い黒髪と真っ白で綺麗な肌を持った綺麗な少女だけど、中身は百年くらい生きているBBAだから人をどう刺激してオチョクレば良いのかを熟知しているのだろう。
人にどう言えばイライラさせられるのか熟知していて、イチイチからかってくるから余計に癪に障るのだ。
危ない…。
このままでは危ない。
明るく健気で可愛らしい妙子ちゃんのイメージを崩さんと攻められている気がする…。
「で?どうすればいいの?取り敢えず商品を補充しておけば良いの?残ってるのは同じの並べておいたけど、マジックポーションってどれよ?」
かと、思うと私にも尻尾を振りながら褒めてもらいたそうに仕事をこなそうとするからタチが悪い。
なんだ!このツンデレは!
ワンちゃんベースならワンちゃんベースで最初から尻尾を振ってくれれば良いものを!
時折、見せる素直な一面が外見の可愛らしさと合わさって憎むに憎みきれない!
そんな一面も物凄くタチが悪いのだ!
「はぁ。こっちの緑のがライフポーションで、こっちの青いのがマジックポーションね。言語置換されているはずだからラベルを読めば分かると思うけど。読めない?」
イチイチ反応しても仕方がないと思った私は気を取り直してお店の準備をする事にした。
呪々のステータスを確認する。
言語の置換機能は問題なく動作しているようだ。
私の時もしばらくは齟齬があったから異世界召喚の影響で馴染むまでに時間が掛かるのかも知れない。
と、言う事は読もうと意識すれば、その齟齬も徐々に解消されるはずだ。
「ほら。これを読もうと意識してみて?召喚陣の機能でこの世界の言語は読んだり聞いたり出来るはずだよ?最初は意識しないと文字とか読めない事もあるっぽいから。」
私の言葉を聞いてジーっと瓶を見つめる呪々。
「おぉ!凄い!さっきまで柄だと思ってたのに文字じゃん!!これ!!」
素直に感激して尻尾を振りまくる呪々ちゃんに不覚にも萌えてしまった…。
こうやって素直なら可愛い一面もあるのだけど…。
元の性格が曲がりまくっているからか余計な一言も多い。
「これなら妙子も必要ないな!安心して看板娘を引退して良いからな!」
もう少し…。
もう少し。この性格が何とかなれば受け入れられるの…だろうか。
初めての召喚が大失敗気味に終わった私は…。
この先、コイツと上手くやっていけるのか不安しかなかった。
* * * * *
年の功と言うのだろうか。
話を聞く限り百年くらい生きている彼女にとっては接客業もお手の物らしい。
色々と心配はしていたのもの、表面上はそつなくこなしていた。
予め用意していた「私の親戚」だと言う設定も「あー。オッケー。オッケー。その方が都合良いわね。」と、理解して合わせてくれて、それとなーく辺境の田舎者っぽい感じを醸し出しながらお客さんに自然と溶け込んでいる。
元の世界の事を思い出しても、その辺りの演技は得意だったのだろう。
少し変わった子だった印象は有るけど、いつの間にか人の輪に入り込んでいた印象が残っている。
そこから、私を標的にして追い込まれる事になるのだけど…。
取り敢えず、今は良いとしておこう。
あの日々が許せるかと言うと許せはしない。
苦しかったし、自分が壊れる感覚を今も忘れられはしない。
ただ、あの出来事があったから今が有る。
許せはしないけど、受け入れるしかないと切り替える事にした。
「じゃあ、私はお昼の用意をしてくるから。店番はもう大丈夫だよね?」
とは、言え。
自分でも言葉の端々がキツイのが分かる。
「かしこまりー!分からない事があったら呼ぶから~。」
少なくとも呪々の様に気軽な感じで接する事は出来なかった。
「どうしてこうなったんだろう…。」
キッチンに立って一人になった私は冷静さを取り戻そうと必死だった。
でも、考えれば考えるほど理不尽さに苛まれる。
マジで意味がわかんない。
本当に意味が分からなかった。
無理矢理にでも呪々を受け入れようとしてみてはみたものの…。
何故「糸氏樹々」が召喚されたのか?
ランダム召喚で彼女を引き当てるってどれだけの確率なの?
異世界からの召喚って普通は無いって話だったんじゃないの!?
どこに持っていけば良いのか分からない怒り。
怒りと言うか困惑がまな板の上の鶏肉に叩きつけられる。
私が元の世界で味わった苦しみ。
その苦しみの全て叩きつけるかの様に鶏肉が細かく切り分けられる。
呪々も生きるためには仕方なかったのかも知れない。
この鶏肉のように私達が生きる為に、必要な事だったのかも知れない。
呪々には他に方法が無かったのかも知れない。
炒められ、程よく火が通った所でお米と一緒に更に炒められケチャップを投入されてチキンライスが作られる様に、呪々にとっては料理と同じだったのかも知れない。
でも。
でもだ。
真綿でゆっくりと首を締められるように。
追い詰められて行った日々を私は許すことが…。
出来そうもない。
形よく作ったオムライスを見ながら涙が止まらなかった。
「はぁ…。嫌な子になってるなぁ…。切り替えないと。」
自分を死に追いやろうとした相手に対して寛容になれと言う方が無理な話だ。
でも、こうなった以上は無理矢理にでも受け入れるしか無い。
契約が解除出来て野に放ったとしても、その方が面倒な事になりそうなのは目に見えていた。
ここは自分が大人になるしかないのだと割り切るしか無かった。
顔を洗い深呼吸をして気持ちを切り替えて店番をしている呪々を呼ぶ。
「ジュジュー!お店の方は準備中にしてご飯済ませるよー!」
私の声に反応して返事が返ってくる。
「わかったー!すぐ行くー!」
無邪気に返ってきた呪々の声。
声からも尻尾を振ってそうな感じが伝わってくる。
心からあの子を許せる日が私に来るだろうか。
複雑に入り組んだ私の気持ちが誰も居ないリビングに渦巻いていた。
* * * * *
「おー!オムライス!!食べ物とかも同じじゃない!?」
お店を閉めてリビングにやってきた呪々が感嘆の声を上げる。
驚くのも無理はなかった。
異世界と言うと何もかも違う様に考えてしまいがちだけど、基本的な構造は同じで元の世界と大差ないのだ。
サイズやら形やら多少の違いはあっても基本的には同じ様な材料が、この世界にも有って似たような材料を使えば、元の世界と同じ様な物を作れる。
「厳密に言うとこっちの世界の作物はサイズが大きいの。お米とかも大きくて、食べやすいサイズに加工しているんだけどね。」
何が悲しくて丁寧に説明しているのかと自分でも思うけど、私もこっちに来たばかりの頃にはハルトさんに色々と教えてもらった。
この時間になってもハルトさんが顔を見せない。
多分、二人っきりにする事で嫌でも話さないといけない状況を作ってるのだろう。
二人っきりにする事で、私がハルトさんに教えられた様に、私も呪々に色々と教えてあげなさいと言う事なんだと思う。
そう言う細かな事からお互いを知って打ち解けなさいって事なんだと思う。
私が呪々と上手くやっていく為に必要な時間なのだと言いたいのだと思う。
「うま!妙子って料理の天才!?今までに食べたこと無い美味さなんですけど!?」
イチイチ驚く呪々は可愛らしかった。
こうやって見ていると普通の同級生だ。
敵意と言うか悪意と言うかが薄まっている気がする。
元の世界のように人の感情から魔力を奪わなくて良いからか?
それとも私がマスターだからだろうか?
美味しそうにオムライスを頬張る呪々は普通の同級生に見えた。
「私がって言うより…。こっちの食べ物が美味しいからだと思う。旨味が凝縮された感じで何を食べても美味しいから。」
呪々とは正反対に私の言葉は固かった。
気持ちを切り替えて平気なフリをしようと決めたけど。
そんなに早く気持ちを切り替えられる程…。
私は器用じゃない。
「へー。そうなんだ!それは楽しみだな!でも、それって妙子が美味くなるように調理してるからだろ?メシなんてこれまで腹を満たせれば良かったけどさ?妙子の美味い料理をコレから食べれるって言うならメシウマってヤツだな!!」
メシウマの使い方が違う気がする。
ハルトさんとの会話だったらツッコンでたと思う。
でも、今の私は…。
そんな軽口を言える様な気分にはなれなかった。
「元の世界じゃずっと腹ペコだった。魔力を求めて人間の感情を喰らうしか生きる術が無かった。食い物を食べても満たされる事がない。メシが美味いなんて思う事も出来なかった。飢餓感を埋めようと食い物を食べる事はあっても満たされる事は無かった。魔力に困らないこの世界に来た今なら分かるよ。何もしなくても魔力が満たされる世界に来て。裏返った私が人間性の欠片みたいな物を取り戻して…。分かるけどさ。私は妙子に謝るなんて出来ない。私は今もネジ曲がってるんだ。幸せに生きる人間達が増えて行くのを枠の外から見てた私が…。あの世界に生きた人間に謝るなんて出来ない。」
押し黙った私を見たからだろうか。
いや。感情を食べて生きてきた存在なんだもん。
人の感情には敏感なのかも知れない。
私の機嫌を直そうと明るく振る舞っていたのかも知れない。
それでも駄目だと思ったのだろう。
腹を割って話せば私が許すと思ったのだろうか。
これまでのテンションとは違い淡々と語られる呪々の事情。
随分な言い分だと思った。
事情があったのは確かなんだと思う。
呪々がどんなに苦しんだのかなんて私には分からない。
人間から裏返ったって言っていたっけ。
この子が人間から魔物になってどの様に生きて来たかなんて知らない。
でも、あんまりだった。
それを聞かされて私はどうすれば良いのだろうか。
事情を聞かされて私はどうすれば良いのだろうか。
大変だったね。とも。
苦しかったね。とも。
仕方なかった。とも。
私は言ってあげられない。
気が狂うほどに追い詰められたあの日々を。
私は忘れられない。
何を言われても。
この子が私に謝れないと言う様に。
私もこの子を許す事は出来なかった。
平行線。
平行線だ。
それを聞いてどうする事もできない。
許す事も。
受け入れる事も。
どうにもならない感情だけが延々と続く。
ただ、それだけ。
どこにも行き場のない感情だけが延々と続く。
ただ、それだけだった。
「まあ、それは仕方ないさね。魔に落ちた者が魔力の薄い世界で正気を保てるワケがなかろうて。タエコもタエコで許そうとか思うからこじれるんじゃろうが?」
ビクン!
ビクン!
キッチンから音もなく、ハルトさんに作っておいたオムライスを食べながら現れた師匠さんの声に呪々と二人して跳ね上がる。
深夜にトイレに行って家族に遭遇するのでもビクンとしてしまうと言うのに、居ないと思っていた師匠さんが急に現れたのだから心臓が飛び出そうになるくらい驚いた!
「師匠さん!?いつの間に!?」
うん。こう言う時って普通の事しか言えない。
シリアスな展開を誤魔化す事も。
気の利いた返しも言えずに。
普通にいつの間に帰ってきたのかしか聞けなかった。
「ただいま。タエコよ。今しがた着いた所じゃ。台所から美味そうな匂いがしたから勝手に頂いておるぞ?」
「えっ。あぁ。おかえりなさい。オムライスはまた作るから良いですけど…。さっきの話とか聞いていたんですか…?」
モリモリと師匠さんの口にオムライスが消える。
そんな師匠さんを見ながら呪々が青ざめていた。
「まぁ、そうじゃの。こっちの食べ物がどうとかって言ってたくらいからじゃな。」
お約束か!!
ほぼ、最初から居たなら、その時に声をかけてくれても良いものを!!
雰囲気的にも、話の内容的にも入りにくかったかも知れないけど!!
「お姉さま…?」
何となく気まずい感じを持て余していると呪々が口を開いた。
お姉さま?
何を言ってるんだろうか。
意味が分からない。
呪々にお姉さんが居て、師匠さんが似ているのだろうか?
「ほぉ。他人の空似かと思ったが。私をそう呼ぶとお前はチヨか?」
その言葉に泣き崩れる呪々。
さっきまでの態度とは一変して。
子供の様に泣き崩れる呪々。
どうしよう。
意味が分からない。
私の分からない部分で話が進んでいる気がする…。
しかも、この雰囲気は…。
何か複雑な事情が有りそうな…。
でも、どうして師匠さんと呪々が?
「まあ、良いわ。取り敢えずコレのおかわりを頼む!話はそれからじゃ!!」
マイペースな師匠さん。
泣き崩れる呪々。
オムライスのおかわりをせがまれる私。
取り敢えず、オムライスを作って師匠さんのお腹を満たさないと話は進まないらしい。
こうなったら師匠さんはテコでも動かないだろう。
何だかワケの分からない状況だけど、オムライスを作りにキッチンへ向かう。
あの二人に一体どんな繋がりが有ると言うのだろう。
私は一人。
取り残されていた。
どうも。となりの新兵ちゃんです。
と、言う事でプロローグからの、其之三のラストからの続きです。
百年くらい魔力欠乏で情緒不安定な樹々と、追い込まれた相手と対峙して情緒不安定な妙子ちゃんが絡む情緒不安定な回でした。
師匠関連のどうたらこうたらは続けて読んでくださっているなら何となく分かると思うので良いとしましょう。改めて説明が入ると思います。
こっからどうするか。こっからどうするかですよね。
こっから、樹々と妙子ちゃんをどう近づけて行こうか。
あと、数回で仲良くなってくれれば嬉しいのですが。
取り敢えず、状況が安定してから本題に入りたいなと…。
どうなるか分かりませんが以降もお付き合い下さい。
と、言う事で今回もお付き合い頂きありがとうございました。
それでは、またいつか。




