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其之二|第五章|狂乱の宴、再び

「これは…。思った以上に酷い状況だな…。」


 家について最初に声を出したのはグリードさんだった。

 いつもはキャラ作りなのか、あまり感情を出さず、ボソボソと話し、実に控え目なグリードさんが思わずハッキリを声を出した。


 グリードさんをそう言わしめた状況がどれ程に酷いか想像して欲しい。


「絶句するって言う状況って、こう言う状況を言うのね。ここまで実感したのは生まれて初めてだわ。」


 続いて声を出したのはローズさんだった。

 あまりもの状況から逃避したいので、もう少し面白い事を言って欲しい。

 でも、その気持は分かる。

 人間は、あまりにも衝撃的な現場に遭遇すると、普通の事しか言えなくなるのだと私も初めて感じた。

 それくらい衝撃的である。


「あらあら~。どうしましょうか~?」


 と、こっちを見つめるシーナさん。

 こっちが聞きたい!

 もう、どうすれば良いか分からないから「そのちぃパイを揉みしだくぞ!」と一瞬思っちゃったくらいだ!


* * * * *


 家に帰った私達を待ち受けていたのは地獄だった。

 もし、地獄と言うものが有るとするなら、その一部にコレがあってもおかしくない。

 家に戻った私達を待ち受けていたのは、そう言う類のモノだった。


 帰り道に話し合った作戦?


 この状況をどうにかできる作戦など無かった。

 状況は今も悪化の一途を辿っている。


 最悪の状況が既に出来上がっていた!


 酒を飲み、飯を喰らい、目を疑う様な光景が繰り広げられるリビング。


 特に酷いのはリックだ。

 なんで、ほぼ全裸なの!?

 そして、師匠さんを含めてみんなでパンツまで脱げ脱げと煽ってるの!?


 家に帰って集まっていたのは、師匠さん。ニコちゃん。ニナさん。リック。


 はぁ…。まあ、そうなっても仕方ない感じのメンバーだとは思う。

 だとは思うけど…。


 リックが、どうして、ほぼ全裸で、ハルトさんの入った木箱を、抱きしめて、愛しそうに、話しかけて、口説いてるの!?


 理解の範疇を超えてるよ!これは!!


 こ れ は 酷 す ぎ る !


 ・・・・・・。


 まあ、私達も皆で楽しく騒いでいたら、ハルトさんが寂しくなって木箱から出てくるんじゃないかなぁーとか思ってた時期もありました。


 私達が帰り道で話していた『アマノイワト大作戦』も内容的には大差ないと言えば大差ないかも知れないけど…。


「やれー!やっちまえー!入・れ・ろ!入・れ・ろ!感じさせろ~!!」


 ニナさんの入れろコールがリビングに響く。


 何と言うかニナさんが一番楽しんでいる気がする…。

 普段はリックの事を毛嫌いしているのに…。

 どうして、ニナさんとリックが意気投合しているの!?


 ナニを?ナニをナニに入れるって言うの!?


 本当に意味が分からない…。


「タエコちゃん。これも試練ですよ~。頑張ってね~?」


 シーナさんが謎の励ましの言葉をかけてくる。


 シーナさん!!!

 これをどう頑張ればハルトさんがノーダメージで木箱から出てくるのか!?

 妙子は見当がつきませんよ!?


 はぁ。もう色々ダメだと思う。


「シーナさん。もう、どうにもならない気がするので、みなさんもご飯とか食べちゃって下さい。リックさんを止められなかった段階でこうなるのは必然だった気がします…。」


 色々と相談にのってくれた皆に罪はない。

 既に食い散らかされている気がするけど、料理やお酒を勧めた。


「タエコちゃん!きっと時間が解決してくれますわ!」

「まあ。なんだ。気を落とすな。」


 すまなそうにしながらも、この状況はどうにもならないと悟ったのだろう。

 愉快な仲間たちの皆さんも狂乱の輪の中に入っていった。


 追加の料理の材料とか買ってきたけど、さすがにこの状況では何もする気が起きない。

 キッチンに荷物を運び込んだけど、動く気になれずにキッチンチェアに座り込んでいた。


 さて、はて。

 どうしよう。この状況。

 ダメな大人のダメっぷりを、これでもかと見せられてウンザリする。


「これに比べたらハルトさんの行動が可愛く見えてしまうから困る…。」


 ダメな大人たちを見ながら、独り言が口からこぼれた。


「まあ、大丈夫さね。ハルトはタエコが思っているよりも図太いわよ。色々おぼこいけど。」


 いつの間にか師匠さんが横に座っていた。

 スッと差し出されるカップ。

 香りからするとローズティーのようだ。


「そうですかねー。木箱の中で引きこもり拗らせてると思いますよー?」


 差し出されたカップを両手で持ちチビチビと舐めながら、この状況を止めてくれなかった師匠さんに嫌味を込めて応える。


「心配しすぎさ。この程度の状況を覆せない様な仕込み方はしてないわよ。今頃は多分…。」


 師匠さんが言葉を濁す。

 ニヤニヤとしながら楽しそうに。

 確かにハルトさんとの付き合いは長いかも知れないけど、この悪ノリ状態を放置していた張本人が悪びれもせずに平然としてる。


 もう何とも言えない気持ちにが湧き上がった。


 自分がしてしまった事への後悔。

 したり顔の師匠さんに対するモヤモヤとした気持ち。

 悪ノリを受け止めてくれず木箱に引きこもったハルトさんへの何とも言えない思い。


 今日、一日で起こった全てが口から溢れ出す。


「多分、なんですか!?仕込み方はしてないって何ですか!?少なからずハルトさんは私達の悪ノリのせいで傷ついたんですよ!!!私も師匠さんの事を責められないけど、こんな悪ノリはあんまりです!!!」


 気がついたら叫んでいた。

 カチンときて叫んでいた。

 あまりもの状況に腹が立った。


 でも、その叫びは狂乱の中にかき消される。


「ハァ…。ハァ…。ハァ…。」


 自分でも自分の事を棚に上げてと思う。

 師匠さんだけを責める資格は私にはない。


 そんなに傷つくとは思っていなかった。

 ちょっとした冗談のつもりだった。

 でも、そんな事は言い訳にはならない。


 確かに私もみんなが楽しく盛り上がっていたらハルトさんも寂しくなって出てきてくれるかなぁっとか軽く考えてたよ!!!


 でも!!!


 でも、この悪ノリはあんまりだ!


 こんな事なら言われるままに買い物なんか出かけずに、木箱の側で謝り続ければ良かった…。


 時に、人は冗談のつもりで言った言葉で人を殺してしまう事がある。

 命としてか心としてか関係なく。


 そう。

 私は分かっていたはずなのに。

 知っていたはずなのに。


 師匠さんの態度にだけに腹が立ったワケじゃない。


『呪い』


『いじめ』


 あの状況を知っているはずの自分が、あいつと同じ様な事をしていた。

 その事実が悔しかった。悲しかった。腹立たしかった。


「ウワァァァン。ヒクヒク。アアァァァァァァァン!」


 気がつくと声を出して泣いていた。

 後悔や怒りや悲しみや。

 色々な感情が溢れ出てどうにも出来なかった。


 こんな私を見られたくない。

 みんなやハルトさんを心配させたくない。

 そんな感情が声を抑えさせる。


 声を抑えさせるが…。


 溢れ出す感情は涙と嗚咽となって更に溢れ出してくる。


 そんな私を師匠さんは優しく抱きしめた。

 お母さんが子供をあやすように。


「この状況が君を傷つけたとしたならすまない。でもね。ハルトなら大丈夫さね。一緒に居たのは三年だが、その後もハルトを見続けていた私が言うんだ。間違いない。」


「でぼぉ…でぼぉ…わだじハルトさんにひどいごといっぢゃっでぇー!アアァァァン!」


「タエコは悪くないさね。悪いと言うなら悪いのは私だ。もし、君の気が済まないなら私と一緒に謝れば良い。まあ、私は間違っていたとは思っちゃーいないが、君が間違えたと思うなら、そう思わせた私の責任さね。だが、アレでもハルトは大人だ。年下の可愛い悪ノリを受け止められない様なヤツじゃない。間違えたと思ったなら手遅れになる前に間違えた部分に関しては謝れば良いさね。ハルトにはそれを受け入れるだけの度量は有る男さ。」


 師匠さんの言葉で少し落ち着いた気がする。

 でも、それで私の過ちが許されるワケじゃない。

 師匠さんの言う事は確かにそうかも知れないけど…。


 遠くにリックが全裸で木箱に腰を擦り付けているのが見える…。


「ぅばぁあああぁん!でぼぉ!でぼぉ!あれは…。あれは…。ごめんなざびぃバルドざぁぁぁぁん!」


 あまりにも酷い状況に、また涙が溢れ出す。

 落ち着いて冷静になった私も居る事は居る気がする。

 でも、ここまで状況が悪化しているのを目の当たりにすると泣かずにはいられないとばかりに涙が流れ出してくる。


 そんな私の頭を抱きしめて師匠さんは話を続けた。


「納得が行かないかい? でもね。人間は間違いやすい生き物だ。完璧な人間なんていない。だから、言葉を交わし、酒を酌み交わし、一緒にメシを食べて分かり合おうとするのさ。そうする事で交友を温めて、間違った時には謝り、助けてもらえば感謝をする。そうやって人間は関係を紡いで何かあった時には謝罪や感謝を伝えられる様に準備をするのさ。何億年も前からそうやってきた生き物だからね。」


 そう言うと師匠さんはリビングに目を向ける。

 相変わらず酷い状況だ。

「フッ」と鼻を鳴らし、「ふぅ」とため息をつき、再び口を開く。


「まあ、あれを見て酷いと思うかも知れないが、アレはアレであいつなりの優しさだと思ってやってくれ。私はあんな優しさ欲しくもないがね。この状況で本当に酔ってる人間は誰もいないさね。あんな事をほぼシラフの状態でやっている。あの騎士の優しさってのは女の私たち…。いや。この場の誰もが分からないかも知れないが、アレはアレであいつなりの優しささね。」


 ・・・・・・?


 一瞬、意味が分からなかった。

 ダメな大人の見本みたいなあの人達が酔ってないの?

 どう考えても酷いあの状況で?


 ただ、困惑した。

 ただただ、困惑した。

 シラフであんな事をしているのかと思うと驚いて涙も止まった。


 えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?

 あんな事を酔わずに出来る人が世界には居るの!?


 あまりもの衝撃に言葉が出ない。

 涙も止まる。

 泣き声も引っ込んだ!


 困惑している私を面白そうに見てはケタケタと笑う師匠さん。


 頭にポンポンと手を置き、頭をワシャワシャされる。

 何となくハルトさんっぽい。

 何となくそう思った。

 師匠さんを見上げると目が合う。

 その瞳は私を優しく見つめていた。


「まあ、あれが正気じゃないと思うのは仕方ない事さね。タエコが頭の中で何を考えているのかは、君を見ていたら何となく分かる。私も君くらいの年齢ならそう思っていただろうさ。でもね。あいつとは今日会ったばかりだが、仲間の為なら平気で道化にもなれる。そんな男さね。方法は置いておくとしてもハルトは良い仲間と巡り会えたのは間違いないさね。」


 リックがハルトさんの為に道化を演じている?


 ハルトさんを仲間だと思って?

 馬鹿な事をしでかしているハルトさんの事を思って?


 自分がハルトさんよりも滑稽に見える様な行動をして、自分がハルトさんよりも更に滑稽な姿を晒し、自分が笑われる事でハルトさんを励ましているって言うの?


 そんな事、思いもしなかった。

 そんな事、考えもつかなかった。

 リックはただウザい人だとしか思っていなかった。

 リックにそんな深い考えがあったなんて…。


 そんな、リックの深い考えを知りリビングに目を向ける。


 相変わらずリビングで繰り広げられる光景は、お酒に酔って悪ノリしたダメな大人たちが騒いでいるだけにしか見えない。


 でも、言われてみると、みんなの目は凄く優しい感じがした。

 まるで、ハルトさんに「いつまでも馬鹿な事をしていないで一緒に飲もうぜ!」とでも言っているかの様だ。


『大人って凄いな。』


 やっている事は酷いけど、仲間の為にそんな酷い事でもサラっとやってのけるんだ。

 何となく、私の周りのダメな大人たちを見直した。

 そう考えると、この光景も何だかとてもあたたかいものに見えてきた。


「おぉぉ~~ぃ!タエコちゅわぁぁん!見て見てぇぇぇ!見ててぇぇぇ!これから木箱ぶっ壊して!俺の!この!ビッグエクセレントスティックをハルトのファニーホールにぶち込むゼェェェェェェェ!!!」


 ・・・・・・。


 私が見ているのに気がついたリックが…

 私にそのビッグエクセレントスティックを見せつけ…

 ブランブランと腰だけで振り回しながら…

 意味不明な事を大きな声で叫んでる…


「師匠さん。あれってホントに正気なんですか?」


 あまりもの状況に聞かずには居られなかった。

 アレが正気なら、私が異常なのかも知れない。


 いや。いや。いや。いや。いや。

 さすがにそれはないでしょ!?

 私の方が正常でしょ!?


「あまり酔ってないのは確かだが…。常人の基準からすると彼の行動は正気とは言い難いがね。自分が良かれと思って行った行動が、他人にとって嬉しいかと言うと違う場合が有るって典型的な例さね。」


 と、何だかそれっぽい事を言っているけど、明らかに困っているのは目に見える。

 言ってる事は何となく理解は出来るけど、正直に言うとリックを庇うメリットは無い気がする。

 当のリック自身が同じことをされたら全力で拒否しそうだし。


「はぁ…。そんなものですか。」


 これ以上、話しても意味が無い気がしたので取り敢えず納得をしておこう。

 どう見ても、嫌がらせ以外には見えないんだけどね。

 だけど、あれがリックの考える優しさなのだろうか。

 もし、リックに何か慰められる様な事があるとするなら丁重にお断りしたい。


「まあ、そんなものだよ。人の心なんて表面からは分からないものさ。まあ、彼に関しては元から正気じゃないのかも知れないがね。私から見ても彼の行動はどうかしてるんじゃないかと思う。考えすぎる事じゃないさね。」


「師匠さん…。」


 私は、少し前から心に引っかかっていた事を率直に聞いてみた。


「もしかして、良い話っぽくフォローをしようとしたけど、リックの馬鹿さ加減を見誤って失敗しちゃった感じですか?」


「まあ、そのアレだな。アハハハハ…。」


 一瞬、騙されて信じそうになったけど、そっぽを向いて誤魔化してる師匠さんの様子から察するに、そう言う事らしい。


 もしかしたら、リックの行動は本当にハルトさんを思っての行動かも知れないけど、誰の目から見ても、あの行動が異常だと言う事には変わりないみたいだ。


 師匠さんも師匠さんで、何というか都合の悪い事は誤魔化すクセが有るみたいだ。

 ハルトさんと師匠さんは根本的には同じ様なタイプの人間な気がする。

 このタイプの人の言ってる事をそのまま鵜呑みにすると後で大変な事になると思うから、これからは話半分で聞く事にしよう。そうしよう。


 まあ、アレが異常なのだと確定されたなら、この家の住人としてやる事は一つだ。

 危うく師匠さんの言葉を全部を信じて、このままリック無双を許してしまう所だった。

 元から異常なリックを止めずに、このまま放置したままだと木箱の中に居るハルトさんが更に色々と拗らせそうだ。


 そうなられては、私にとって死活問題!


 せめて、私が独り立ち出来るまでは、ハルトさんに頑張ってもらわないといけないって言うのに。


 私の生活の為にも、アレは排除しないといけないだろう。


「仕方ない!止めてきます!!」


 さっきまで、泣いたり憤ったりしていたけど、すっかり冷静になってしまった。

 私の平穏な生活がかかっているのに、泣いている場合じゃない。


 後ろで「頑張っておいで。」と無責任に声をかける師匠さんが腹立たしいけど、今はリックを止める方が先だ。


 リックは、やり過ぎると痛い目に遭うって言う事を学習するべきだろう。


 いつもの様に意識すると私に前にステータス画面が現れる。


「怪力リミットオフ…。」


 私の体に力がみなぎるのを感じる。

 筋力が魔力で強化されて、どんな無茶な動きにも私の筋肉が対応してくれる様な感じがする。


「フルパワー開放…。」


 いくら、変態だと言ってもリックはタンカー職だ。

 全力で殺らないと返り討ちにされるだろう。

 返り討ちにあったら、あの状態のリックに何をされるか分かったものじゃない。


「よし。やるか…。」


 拳を壊さないようにとハルトさんがくれた保護魔法付きのグローブを装備する。

 手の平を三度握ってグローブを手に馴染ませる。


「あなたは少し調子に乗りすぎた…。消えなさい。」


 一瞬で落とす…。

 そう決めると、足に力を込めて一気にリックとの間合いを詰めた。


「リックゥゥゥゥゥ!!!往生せいやぁぁぁぁぁ!!!」


 私の拳に力がこもる!

 空を引き裂き拳が唸る!

 リックを倒せと唸りをあげる!


「妙子変態滅殺拳!!!!」


 取り敢えず、気分として即興の技名を叫ぶ!


 その声と只ならぬ雰囲気にリックが反応しようとする。

 さすがに、変態とは言え歴戦の冒険者だ。


 その反応や良し!


 だが、多少なりとも酔っている事や、仲間内しか居ない屋内で攻撃を受けるとは思って居なかったのだろう。


 私から見ても反応が遅い!

 無駄だ!無駄だ!無駄だ!

 確実に仕留められる。

 私の中でそれは確信に変わった。


『もらったぁぁぁぁぁ!!!!』


 心の中で叫んだ!

 リックの腹に目掛けて突き出した拳が思った場所に吸い込まれていく。

 リックさえ処理出来れば、この状況も少しはマシになる。

 リックさえ処理出来れば、多少はハルトさんも感謝をしてくれるだろう。

 そうなれば、色々とうやむやに出来るチャンスも生まれる!

 そうなれば、問題解決だ!


 あぁ…。

 その油断が、私を地獄に叩き落としたのかも知れない…。


 必死に逃げ出そうをしたリックが脅威の跳躍力で上方に飛び上がった。

 そして、腹があった位置にリックのビッグエクセレントスティックが移動してくるのが分かる。

 ビッグエクセレントスティックがスローモーションでアタックポイントに移動してくるのが見える。


 あぁ。やっちまった…。


 勢いのついた私の拳はもう止める事ができない…。


 ペチン


「いいぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃやぁぁあああぁああぁぁあああぁ!!!!」


 私の拳がリックのビッグエクセレントスティックを的確に捉えた。


「ぐへぇ」


 ビッグエクセレントスティックを殴られて体勢を崩したのか、リックが引力に引かれて床に落下する。


「いいぃやぁぁ!!いいぃやぁぁ!!いいぃやぁぁ!!」


 私は無意識のうちに床に這いつくばったリックをマウントポジションを取って殴り続けた。


* * * * *


「はぁ。乙女に何を触られるのよ。あの変態は!」


 少し落ち着きはしたものの、あの怒りは未だに収まらない。


 あの大惨事の後、さすがに状況を見ていられなかったのか「じゃあ~、私たちはこれでおいとましましょ~!」と、シーナさんは素晴らしい手際でリックに服を着せ撤退していった。

 出来るなら、そうなる前に止めて欲しかったけど、あのパーティではこれくらいの出来事は日常茶飯事なのかも知れない。


 ローズさんがしきりに謝っていたけど、シーナさんは笑顔で「じゃあ、またお誘い下さいね~♪」といたって普通だったのを考えると確実に慣れていらっしゃる。


 家では残ったニコちゃんとニナさんが師匠さんを交えて、さっきまでの喧騒が嘘かの様に和やかにお酒を飲んでいる。


「ひぃー。まさかのペチンだったな!タエコ!災難だったなー!!うははは!」

 と、ニナさんに絡まれたけど。


「こら!あんた今日はやりすぎ!ごめんね。タエコちゃん。こいつにはキツくお仕置きしておくから。でも、こう言う時にはあんなのも必要な時もあるのよ。さすがに悪ノリが過ぎてたけどね。」

 と、慰めてくれたニコちゃんに連れて行かれて、キツいお仕置きを受けていたみたいだから、今日の所は良しとしておこう。


 散々とお仕置きをされたのに、その後どうして普通に昔話をしながら幸せそうにお酒を飲んで、楽しそうに語り合えるのか。

 私には、まだ分からないけど何となく羨ましい関係だと思った。


 結局、その後もハルトさんは木箱から出てくる事は無かった。

 まあ、あの異常な状態の中に出ていくのは私でもまっぴらゴメンだ。

 夜が明けて、気持ちが落ち着いたら木箱から出てきてくれるだろうか?


 シーナさんが帰った後に、木箱の中のハルトさんに何度も呼びかけたけど、ハルトさんが木箱から出てくる様子も無く、もうすぐ夜が明けようとしている。


 時刻は深夜の三時半。


 こっちの世界の夜は真っ暗で、空に浮かぶ星が凄く眩しい。

 そこに元の世界の月よりも少し大きな月が浮かんでいる。

 その光は太陽の光を優しく反射して、明かりの少ない地上を照らしていた。


「はぁー。まあ、これで良いでしょ!」


 街とお店を繋ぐ橋に立てられた、お店の看板に張り紙を貼り終える。


『勝手ですが本日は臨時休業。お弁当の販売も御座いません。またのご来店をお待ちしております。』


 さすがに、あの状態でお店を開けるワケにはいかない。

 アレを今から片付けるのも大変だけど、それ以上に精神的に今日は疲れてしまった。

 師匠さんが来てから一日も経っていないのに、一週間分くらい疲れた気がする。

 ハルトさんには悪いけど、今日はお店を休んで一日寝ていたい気分だ。


 ザッザッザッ


 街の方から人の足音が聞こえる。

 事前に告知したワケじゃないから、少し気の早いお客さんがお店に来たのだろうか。


「すいません!ごめんなさい!今日はハルトさんのお客さんが来ていて臨時休業なんです!」


 少し大きめの声でお客さんに呼びかける。

 無言のまま足音が止み、辺りには虫が鳴く音だけが響いていた。


「こんな時間にどうしたの?妙子ちゃん?お客さんってリックとかまだ居るの?」


 !?!?!?!?!?!?!?!?!?


 闇の中から姿を表したのはハルトさんだった。


「もう、帰ってると思ったのに。まだ、早かったか。いつまで居るんだ。あいつら。」


 意味が分からなかった。

 ハルトさんは木箱の中に…。


「ハルトさん!?どうして??木箱の中にいたんじゃ!?」


 率直な疑問しか口から出なかった。


 聞きたい事は色々有る気がするけど、木箱の中に引きこもったハルトさんがどうして街の方から歩いて来たのか意味が分からない。って、言うか!ハルトさんが木箱から出てくるようにみんな馬鹿騒ぎしてたよね!?


「んぁ。妙子ちゃんが買い物に出かけた後にリックが来てさ。そこはかとなく危険を感じたからテレポートの魔法で木箱から出て、夢見る冒険者亭に退避していたんだけど。あれ?ニコさんかニナさんに聞いてない?途中で会ったから師匠と妙子ちゃんには教えておいてって頼んでおいたんだけど。」


 聞いてない!聞いてない!聞いてない!

 あのクソババアども!!知ってて!?知ってて!?知ってて!?


 そう言えば!師匠さんの『今頃は多分…。』ってコレだったの!?

 どうして教えてくれなかったの!?教えてくれるべきでしょ!!


 って、あぁぁあぁ~。。。

 私、あの後キレちゃって怒鳴りつけたり泣き出しちゃったりしてたんだ…。

 うわぁ~。最悪だ。

 ハルトさんが木箱の中に居ないのに、凄まじい茶番を繰り広げていたんだ…。


 安心からか、恥ずかしさからか、どこにぶつけて良いのか分からない怒りからか、全ての力が抜けちゃって地面にへたり込む。


「妙子ちゃん!どうかした!?大丈夫か!?」


 へたり込んだ私にハルトさんが駆け寄ってくる。


 どうかしたか?


 もう。盛大にどうかしてますよ。

 何だったの?あの時間は?

 盛大にやらかしちゃってますよ!


 師匠さんの言葉を思い出せる限りで思い出してみても、「言ってくれなかった」事に対しては師匠さんにも非が有る気がするけど、どの言葉も私の状況に合わせた対応だった。


 私が何も知らないままで、感極まって勝手に盛大にやらかしちゃっただけだ。


「ぼぉ~!バルドざんのバガァーーーー!!!」


 どう言う感情なのか自分でも分からない。


 安心なのか。

 恥ずかしいのか。

 怒りなのか。

 嬉しさからなのか。


 全ての感情がぐるぐると混ざり合って溢れ出す。


 そんな感じ。


 今日の私は情緒不安定なのかも知れない。

 ハルトさんの顔がはっきり見える距離に近づいてきて涙が溢れ出した。

 涙で視界が歪んでいてもハルトさんが困っているのが分かる。

 もっと困れば良いんだと言う気持ちと、泣き止んでハルトさんを困らせたくないと言う気持ちが入り交じる。


 ギュッ


 気がつくと、私の顔を包むように抱きしめられていた。

 ハルトさんの匂いがする。ハルトさんの心音が少し私を落ち着かせてくれる。


「ごめんな。あの後、何があったか分からないけど、妙子ちゃんを悲しませたならゴメン。今日は体調が悪くておかしかったんだ。木箱に引きこもるとかどうかしてるよな。ハハハ…。」


 渇いた笑いが私の上から聞こえる。


「ぼんどでじよぉー!わだじがどれだけじんばいじたがぁーーー!」


 本当は私の悪ノリが原因だったのに、自分が悪いと言うハルトさんの言葉に止まりかけていた涙がまた溢れてくる。


 そんな私の頭をポンポンといつもの様に優しく叩いて撫でてくれる。


「すぐには無理だと思う。あんな事を引きずったまま十年だからな。でも、妙子ちゃんが俺を頼ってくれるように。妙子ちゃんを守れるように。俺も頑張るからさ。」


 照れているのか、ハルトさんの体温が少し上がるのが分かる。

 恥ずかしいのか、ハルトさんの心音が早くなるのを感じた。


「ぞれっで、ブロボーズですがぁ?」


 違うのは分かってる。

 ハルトさんがこの場面でそんな事を言える度胸がないのは分かってる。

 でも、プロポーズみたいなその言葉に私も恥ずかしさを誤魔化すしかなかった。


「なっ!違う!違う!そうじゃない!誤解!誤解だって!俺は、ほら!もっとしっかりしようって話で!」


「えー!?じゃあ、私にそんな魅力が無いって思ってるんですか!?」


 慌てるハルトさんがおかしくて涙も止まり、いつもの調子が戻ってくる。

 やっぱり、ハルトさんはこのままで良いのかも知れない。

 今はこのままで良いのかも知れない。

 ちょっとした軽口を言い合えて。

 ちょっとした事をからかって。

 今はこの関係が心地良い。


 平気で恥ずかしい事を言っちゃうハルトさんよりも、少し恥ずかしいと思いながらも大事な気持ちは伝えてくれる。


 そんなハルトさんが私は好きなのだ。

 いや!家族的な意味で!家族的な意味でね!


「はぁ。そうじゃないけど。妙子ちゃんは魅力的だけど。今日はもう勘弁してくれよー。」


 多分、それはハルトさんも同じなんだと思う。


「仕方ないなー。じゃあ、これからはお昼を一緒に食べられる時間には起きて来てください!何も言わずにいつの間にかお昼ごはんだけが消えてるの。アレってホントの引きこもりっぽくて嫌なんで!約束してくれたら許してあげますよー?」


 多分、今のこの時間を大切にしたいと思ってくれていると思う。


「んぁぁ~。アレには色々あるんだが…。出来るだけ努力する。」


 残してきた家族や友達の事は気がかりだけど、今は今のこの時間を大切にしたい。


「あれれー?聞こえませんよー?お返事はー?」


 そう。ちょっとしたお昼ごはんのひとときも。


「あー!わかった!お昼ごはんを一緒に食べられるような時間には起きる!」


 今は今のこの時間を大切にしたい。


「よし!これで今日の全てはチャラです!家に帰りますよ!」


 ハルトさんの胸から顔を離して立とうとする私の手を、先に立ち上がったハルトさんが引き上げてくれる。


「もう大丈夫そうだな。いつもの妙子ちゃんに戻ったか?」


 私はその手をギュっと握って答える。


「もちろん!」


 と。


 月がその姿を薄め、太陽が少し顔を出して辺りを照らし始める。

 まだ、夜の空気が残っていて、少し涼やかな風が私達の肌を撫でる。


 いつもと同じ家へと続く道。

 私は繋いだ手をそのままに、家までの道を歩きだす。

 手を離すと逃げ出しそうなハルトさんの手を離さないように。


 今のこの時間を大切にしたいから。

どうも。となりの新兵ちゃんです。


多分、今回のは良い話にしようとして失敗してるパターンな気がします。

色々としんどかったのがその証拠だと思います。


前回、なぜか木箱に入って引きこもっちゃったハルトをどうしたものか悩んだ結果、どうでも良いような話になってしまった気がしてなりません…。


一応の形にはなった気はしますが…。

どうにもハルトがヘタレなので妙子ちゃんとの関係も進展しませんし、どうしたものか。

これの続きも、設定した「其ノニ」のゴールとはあまり関係ない話になりそうです…。


私が楽しんで書けているのは良いのですが、もう少し上手く構成出来る様になりたいものです…。


それでは、またいつか。

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