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其之一|第九章|初めての冒険 前編

 朝早くに目が覚める。

 熟睡出来た感じはするが身体のあちこちが痛い。

 若い頃は、ソファーで寝るくらいじゃ、こんな痛みを感じなかったもんだが、さすがに年齢を感じてしまう。


 毛布から出て歯磨きをしていると、にゃんこ様が朝ごはんを所望されたので皿にカリカリを入れて少し早い朝食を取ってもらう。


 弁当を用意したい所だが、今回は他の準備も必要だし街で弁当を買って行こうか。後は簡易の食料を詰めれば良いか。


 朝ごはんも凝りたい所だが、たまごサンドくらいで良いだろう。材料もあまり無いし小腹がすくようなら、いつもみたいに露店で朝食を摂るのも悪くない。


 井戸で水を汲んでくると、コーヒーメーカーでコーヒーを淹れ、井戸で冷やしていた昨日の残りのレタスの水を切る。


 カップにコーヒーを注ぎ、一息つくとフライパンに油を引いてたまご焼きを作り始めた。

 うちでのたまごサンドは、たまごサラダではなく厚焼きたまごだ。


「ふわぁ~。おはよーございまーす。」


 いい匂いに釣られてか妙子ちゃんが台所に入ってきた。


「おはよう。洗面台の下に新しい歯ブラシが有るからそれを使って良いよ」


「ふわぁ~い。ありがとーございまーす。」


 礼を言うと妙子ちゃんは洗面所に向かう。


 ああ。ブラシとかどうしようか。

 おっさんの使ってるブラシじゃ髪をとくのも嫌だろうな。

 帰りにでも買って帰るか。


 女の子が必要な物ってなんだろう。

 わからないな。

 そんな事で悩む日が来ようとは思いもしなかった。

 まるで離婚した父親のようである。

 まだ、子供を作るような行為すらした事ないのに…。


「あー。ハルトさん。ブラシも借りましたー。」


 ある程度、朝食の準備が終わった所で妙子ちゃんが戻ってくる。


「了解。嫌じゃなかったか?ブラシもだが用事が終わったら帰りに必要になりそうな物を一緒に買って帰ろう。俺が買いに行っても良いが俺だけじゃ何が必要かわからん。」


「はい!ありがとうございます!綺麗に手入れしてあったから嫌じゃなかったですけど、やっぱり自分のが欲しいです。お世話になってばかりで忍びないですけど宜しくお願います!」


「なーに。かまわんよ。まあ、その前の用事が大変になるだろうから忘れないように覚えておいてくれ。じゃあ、まずは朝飯を腹に入れて体力をつけておこう。」


「はーい!いただきまーす!」


「いただきます。」


 皿に並べられた、たまごサンド。

 厚切りで六枚分を半分に切った物で一人あたり三枚分。

 女の子には少し多いかも知れないが、これまでの妙子ちゃんの様子を見ていた感じだとペロっと食べてくれるだろう。


 トーストで焼いたパンに、マヨネーズをまんべんなく塗り、レタスを敷いて、厚焼きたまごをのせ、厚焼たまごの上にケチャップを塗って完成。


 簡単だが、これがうまい。


「たまご焼きのサンドイッチって珍しいですね!おいしー!もぐもぐ。」


「ああ。手間もかからずに美味いからうちでたまごサンドと言えばこのタイプだ。」


「ほほー」と感心する妙子ちゃんの声を聞きながら、俺も皿からたまごサンドを一つ取り頬張る。口の中に広がるマヨネーズにケチャップ、玉子の味が口いっぱいに広がって少しヘタったレタスの歯ざわりが食べていると言う満足感を与えてくれる。


「今日はこれからどうする感じですか?」


 そう言えばまだ何も話していなかったな。

 細かな事とメインイベントは抜きとして軽く説明しておくか。


「そうだね。まずは冒険者組合に行って簡易登録だけしておこうか。本当なら組合で職業適正を調べて、その後に各職のギルドに登録するんだが、今回は妙子ちゃんにポーター、いわゆる荷物持ちをお願いするから本格的に登録する必要はない。」


「ふぁーい。もぐもぐ。なんだかMMOみたいですねー。」


「まあね。ある程度の治安は維持されているとは言え、未開の地も多いから『冒険者』と言う商売がまだまだ成り立ってる世界ってワケだ。この街やその周辺は教会の効果で野良の魔の者が近づく事はあまり無いけど、教会の威光が届かない場所となると野良の魔物もうろついてたりするし、人間と魔物が縄張り争いしてドンパチなんて事も有る。そうなると物資の輸送が困難になるから傭兵団やら冒険者が駆り出されるなんて事も有るし、統率の取れた魔物の集団だと教会の威光も効かない事が有るから、この街にも傭兵団や自治組織が編成してる防衛団なんてのもあるよ。」


 そう言ってる間に、完食する妙子ちゃん。

 普通に食べきってくれたな。

 皿の上のたまごサンドは綺麗に無くなっていた。


「ごちそうさまでしたー!あー!美味しかった!」


 食べ足りないのか、こっちの皿をじーっと見つめてくる。

 俺の皿に残ったたまごサンドのうちの一つを妙子ちゃんに差し出し、もう一つを自分の口に入れる。


「あれ?と、言う事は今日は冒険みたいな事をするんですか?」


 気が付いたようだ。

 驚かせたいので多くは語らないがもう少し説明しておこう。


「そう言う事だね。治安維持とは違うが、この街のアトラクションに妙子ちゃんを招待しよう。MMOで言う所のクエストみたいなもんだと思ってくれて良いだろう。二人でも良いんだが、それだとちょっと大変だから知り合いに手伝ってもらえるようメッセージを飛ばしておいた。多分、四人とも手伝ってくれると思うから、妙子ちゃんは純粋に楽しんでくれれば良いよ。」


「うわー!クエストきたーーーーー!だったら荷物持ちじゃなくて職業も決めちゃいたい!」


 フンフンと鼻息を荒げながら喜ぶ妙子ちゃんだが、冒険者にする為に召喚したワケじゃない。俺の仕事を手伝ってもらう為にも、ここは諦めてもらうしかない。どうしてもと言うなら仕方がないが、色々と知ってからでも遅くはないだろう。


「まあ、待ちなさい。今回、ポーターをしてもらうのは俺の本業を知ってもらう事や、この街がどう言う街なのかと言う事を知ってもらう為だから、MMOみたいに取り敢えず冒険者になるとかじゃなくて、色々知った上で判断してくれ。どうしてもと言うなら止めないが、出来れば妙子ちゃんには俺の仕事を手伝って欲しい。色々知った上でどうしても冒険者になりたいと言うなら俺もそれを応援するが…。」


「・・・。そうでしたね。私はその為に召喚されたんですよね。」


「ちょっと待った。君が『普通に召喚された魔の者』だったなら、無理やりでも従わせたかも知れないが、さっきの話に強制力を感じたかい?何も知らない妙子ちゃんを冒険者として、このまま送り出せはしないが、この世界を知って『冒険者になりたい!』と言うなら手伝うことは、やぶさかではないよ?」


「ハルトさん…。」


 勘違いした事が恥ずかしかったのか言葉にはしなかったが『うん』と頷き俺の説明に納得してくれたようだ。


 まずは、知ってもらおう。そこから先は彼女の選択だ。


「よし。ごちそうさま。洗い物は水に漬けておいて良いから出かける準備をしようか。待ち合わせは昼からだけど、それまでにやっておく事がある。」


 そう言って立ち上がり、妙子ちゃんの頭に手を置いて怪力のリミットを一段階解除する。

 そして、ソファーに置いておいた今日の荷物と防御効果の掛かったローブを手渡した。


「うわ!軽い!結構パンパンなバックパックなのに何も入ってないみたい!」


「ああ。怪力のリミットをひとつ解除したからね。いつもより力が出るから注意してね。あと、防御効果を高めたローブだから少し暑くても脱がないようにね。」


「はーい!」と返事をしながら鏡の前でクルクル回る妙子ちゃんに年相応の可愛らしさを感じる。


「やっぱり、女子高生だな。」


 店の売り物から適当な物じゃなくて、女性用の可愛らしい物を選んで良かった。


「じゃあ、出発だ!」


「おー!」


 ドアを開けると隙間からにゃんこ様が外に出る。俺達も街に向かうとしよう。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「おぉー!これがステータスカード(仮)!」


 家を出て所定の手続きを行い、妙子ちゃんのステータスカードが発行される。

 適正などを調べていないから仮免許みたいな感じだが、こう言う資格証を持った事がないのか嬉しそうにカードを見つめていた。

 種族としてはワーキャットと言う事で通し、この街での身分証明書も登録した。


 耳が四つ有るので、見る人が見れば違和感を感じるだろうが、その辺りは何とでもなる。珍しいがそう言うワーキャットが居ないわけでも無いし、最悪は魔法アイテムなどを持たせて認識させなければ良いだけだしな。


「さて、そろそろ集まっていると思うんだが。あいつらどこに居るんだ…。」


 キョロキョロと探してみるが目的の人物たちは見つからない。


「朝に言ってた人たちですか??」


「ああ。そうなんだが。いつもならこの辺りにたまってるはずなんだけど…」


 うむ。見つからない。もう来ていても良い時間なのだが…。


「ハルトさ~~~ん!こっちですよ~!!」


 遠くの方から声がする。金髪の合法ロリシスター シーナ=ロックサイドだ。

 他の三人も揃っているようだ。

 妙子ちゃんも気が付いたようで、声のする方に行こうと手で合図する。


「悪い。悪い。いつもの所に居るかと思ったんだが随分遠くに集まってたんだな。」


 俺が謝るとふるふると首を振って四人を代表しシーナが話し出す。


「大丈夫ですよ~?リックが寝坊していつもの場所を取れなかったんです~。こちらこそごめんなさ~い。」


 なるほど。こいつのせいか。

 全く相変わらずだなと頭を抱えているとリックが近づき尻を触ってくる。

 こいつめ!


「ハルト!ハルト!ハルト!この子は誰なんだ?紹介しろよー!なーなー!ハールートー!」


 相変わらずウザイ!

 俺はリックの手から尻を守りつつ、妙子ちゃんを紹介する事にした。


「えーと。シーナはこの前会ったと思うが、俺の師匠から世話を任されたタエコ・イタミだ。リック以外は仲良くしてやってくれ。あと、リックを妙子ちゃんに近づけるな。頼む。」


「は~~~い」

「了解」

「絶対に近づけないから安心して?」

「なにをーーー!」


 四人が四人ともそれぞれの反応をする。

 リックが何かするとは本気で思っちゃいないが釘を差しておいて損はないだろう。


 何よりリックの相手は…疲れる。

 余計な事をする前に釘を刺しておくべきだ。

 よく、こいつらつるんでるよな。

 ホントに。


「じゃあ、簡単に自己紹介でもしておくか?」


 と、妙子ちゃんの方を見ると「うん」とうなずき一歩前に出る。


「はじめまして!えーっと。タエコ・イタミです!縁あってハルトさんの所でお世話になっています!今回はポーターとして参加させて頂きます!」


 パチパチパチと拍手がおこる。少し堅い気がするが初対面だから仕方ないだろう。


 拍手を終えると、ひときわチンパンジーのおもちゃの様に拍手をしていたリックが立ち上がり勝手に自己紹介を始める。


「俺はリック!このパーティーのリーダーでソードタンカーだ!敵を集め!敵を斬る!そして敵を斬る!そう!あのソードタンカー!どうだい?すごいだろぉ~?」


 実質、このパーティーのリーダーはシーナなので他の三人からブーイングを受けるリック。そんな事を気にする事もなくリックがダラダラと話し続ける中、妙子ちゃんが俺に耳打ちして聞いてきた。


『あのー。ソードタンカーってなんですか?MMOとかでも聞いた事ないですけど戦士っぽい感じですか?』


 なるほど。確かに分かりにくいかも知れない。


『いわゆるタンカー職だと思ってもらっても良いよ。敵のヘイトを集めて他の仲間に被害を与えないように守りつつダメージディーラーにもなれる。これから行く場所はちょっと狭くてね。シールドタンカーよりも小回りが効くソードタンカーの方が活躍する事が多いんだ。まあ、深くなれば深くなるほど需要は逆転するだろうけど。』


 と、説明すると何となくわかってくれたみたいだ。


『ちなみに、リックがウザイのはヘイトを集めるためのスキルではなく彼個人のモノだから、他のソードタンカーさんもウザイとか勘違いしないでね』


 一応、補足説明を入れると妙子ちゃんは困ったような顔で苦笑いをする。


 そんな様子を見ながらシーナが自己紹介を始めた。


「え~と。リックは放置するといたしまして~。次は私。シーナ=ロックサイドです~。教会で司祭をしていて、司教を目指しています~。冒険者歴としては半年で~。ひよっこですけど宜しくお願いしますね~!」


 シーナはお手本の様な自己紹介が終わると妙子ちゃんにハグを求めてくる。


 照れくさそうに妙子ちゃんがハグを返すとシーナは満足そうに自分の席に戻る。

 なんと言うか、リックとシーナは人との距離が近い。

 自分の感覚だけで距離を詰めて来るから俺も困る事が多い。

 と言うか、リックは本当に何とかしてほしい。


 シーナの自己紹介が終わると、もう一人の女性メンバーが立ち上がり自己紹介を始めた。


「はじめまして。タエコさん。私は魔術師のローズ・ヴァレンタインよ。『華麗なるブリザードローズ』と呼ばれる事もあるわ。出来れば異名は恥ずかしいからローズと呼んでくれると嬉しいかな。名誉なのは分かるのだけど…。ちょっとね?」


 普段はクールな感じなのだが、ローズの弱点とも言える異名。

 ええ。その態度は妙子ちゃんにとってフリでしかないだろう。


「はい!華麗なるブリザードローズさん!よろしくお願いします!」


 と、言って満面の笑顔で手を差し出す妙子ちゃん。

 少し口元をヒクヒクさせながらも一応の笑顔で握手を交わすローズ。


 俺はポンとローズの肩に手を置いて小声で慰める。


『ローズ。前も言ったが、最後のアレは誰にとってもフリでしかない。そして妙子ちゃんは全力でそれに応えるタイプだ。注意しろ。』

『ハルトさん!おま!そう言う事は先に!!!』


 くーっと悔しがるローズに可愛さを感じつつ、無理にクールを装わなくても良いのにとは思うが、こっち系の職を選ぶやつは多かれ少なかれ厨二病である。こうも言いつつも本心は喜んでいるに違いない。そう言う事にしておこう。


 不思議そうにこっちを見ている妙子ちゃんだったが、まだ自己紹介をしていない、もう一人のメンバーに気が付き視線の向きを変える。


 それに気が付き、最後のメンバーが口を開いた。


「シーフのグリードだ。よろしくな。」

「はい!よろしくお願いします!グリードさん!」


 ああ。駄目だ。

 自分から言っておいた方がダメージは少ないぞ。

 それはリックが許さないだろう。


「あれれ~?おっかしいぞー?みんなファミリーネームまで自己紹介してるのにグリードだけファーストネームしか言わないなんて~?」


「黙れ!お前も言ってなかっただろうが!」


 ニヤっとリックの口元が歪む。

 リックはこう見えて頭は悪くない。

 そう。特に人が嫌がる事をさせれば天下一品だ。


 グッドラック。グリード。


「はいはーい!タエコちゃん!俺、リック=グランリバー!よろしくな!じゃあ、次はグリードだ!ほれ!ほれほれ!はい!はい!はい!」


 そんな、リックを見て、また妙子ちゃんが困ったような顔をする。

 まあ、そうだろう。

 ここまでウザイ人間は珍しい。

 優しい妙子ちゃんでも顔が歪むのは仕方のない事だ。


 そして、追い詰められるグリード。

 そんな状況を見てればリックとは関わりたくないと誰もが思うだろう。


「あの…。グリードさん。言いたくないなら…」


 ああ。妙子ちゃんがとどめを刺す。その優しさは罪だ。


「・・・・・・・・・・・・・だ。」


 小さな声でグリードが何かを呟く。

 まあ、何を言ってるか想像は出来るがそれ以上触れてやらないのが優しさと言うヤツだ。


「えっと。すいません。聞き取れなかったです…。」


 妙子ちゃんが聞き取れない事を謝る。

 もう無理だ。

 思った通りリックがまた騒ぎ出した。


「え~~~!?妙子ちゃん聞こえないって~~~!男のクセにどんだけ小さい声で喋ってるんだよぉ!?男なら腹から声だせよーー?男だろ~~~?」


 もう、他のメンバーもうんざりした顔で目を反らしている。

 こうなったら、最後まで行かないと収まらない。

 頑張れ。グリード。


「・・・・エンジェルキッスだ。」


「え?」と、いきなりの言葉に戸惑う妙子ちゃん。


「グ リ ー ド = エ ン ジ ェ ル キ ッ ス だ! よ ろ し く な !!!」


 大声で自己紹介をするグリード。あまりにも大きな声に周りがザワザワする。


 その中で一人ケタケタ笑うリック。


「ひーひー!腹イタい!その顔で?その顔で?エンジェルキッス?どの顔で?ゲハゲハッ!くぅ~!何回聞いても腹よじれる~!勘弁してくれよ~?エンジェルキッス?」


 腹を抱えてリックが転げ回る。

 見事なまでにお手本の様な『腹を抱えて転げ回る』だ。


 うん。まあ。なんだ。見てらんない。


 女性と引き合わせる時にはいつもやるよな。コイツ。

 もう、いっそ埋めてしまおうか。

 なんでこいつらパーティ組んでるんだ?


「妙子ちゃん。彼のフルネームはグリード=エンジェルキッスだ。状況が理解できたら今後は触れてやるな。それが優しさだ。」


 苦笑いでこっちを見る妙子ちゃん。

 さすがにこの悲惨な状況には「まいったなぁ」と言う感じだろうか。

 少し考えてる様子でこっちを見ている。


 何か分かったと言う様にポンと手を打って、うなだれるグリードの前まで行く。


 は!?いや!待て!違う!

 それは勘違いだ!違う!

 俺のせいじゃない!

 もう手遅れなのか!?


 しゃがみ込んでグリードの目を見つめながら妙子ちゃんはこう言った。


「エンジェルキッスさん!元気出して下さい!良いファミリーネームじゃないですか!エンジェルキッスさん!素敵です!もっと誇って下さい!エンジェルキッスさん!」


 うちの妙子ちゃんは『ヤル』時は『ヤル』子です。

 エンジェルキッスさん。正直スマンかった…。


 その様子に大喜びのリック。

 一段と大きな声で笑いだし転げ回る。


「あぁああん!もぉ!リック!」


 ローズが止めようとする。

 だが、リックの笑いは止まらない。

 ローズの声を無視して派手に転げ回り、周囲の視線が集まる。


「ホントウ ニ イイカゲン ニ シナサイ ヨ …」


 ローズの周りの空気がひんやりする。


「地獄の炎も凍らせる水と冷気の結晶よ…」


 異常に気がつくリック。

 さすがにもう笑ってはいない。


「ちょっと!ローズ?ローズさま?ちょっと待って!」


 逃げようとするが、リックの尻が氷で地面に引っ付いて身動きが取れない。


「我が求めに応じ、かの敵の血潮を止めよ!」


 リックを中心に細かな氷の結晶が舞い踊る。


 くそ。簡易詠唱だが範囲が大きいな。やばい!


「妙子ちゃん!グリード!こっちへ!はやく!」


「ヘルブリザーーーーーーーーーード!」


 間一髪、効果範囲から逃れる。


 ローズもギリギリまで範囲を限定していたが、変な方向に逃げていたら妙子ちゃんも危なかった。

 氷の霧が晴れるとリックが凍りついている。

 まあ、リックに関しては自業自得だが、これはちょっとやりすぎだ。


「おい。ローズ。これはさすがにやりすぎだ。リックは良いとして、さっきの範囲だと妙子ちゃんやグリードが巻き込まれるかも知れない規模だったぞ?前にも言ったが完全に制御出来ない状態なら使うなと言っただろ?どんな時でも状況を判断して使え。あと、街中で使うな。いいな?」


「ごめんなさい。頭に血が登って。それにもう少し狭い範囲で発動させようと…」


 リックがシーナに回復されている様子を横目に見つつ、謝りながらも言い訳をする。


「俺に言い訳はしなくて良いから。妙子ちゃんとグリードに謝っておいで。」


 そう促すとハッとした表情で、妙子ちゃんとグリードの元に走りペコペコと頭を下げる。


 悪い子じゃないが、ちょっと隙が多かったり、手が早いのが玉にきずだ。


「まだ、自己紹介しか済んでないってのに…。シーナ?リックはいけそうか?」


「大丈夫ですよ~。これくらいならたまにありますから~。」


「そ…そうか。お前たちが普段どんな感じなのか知らんが、お前たちだけの時だけにしてくれ。」


「大丈夫です~。」


 何が大丈夫なのかを小一時間くらい問い詰めたい気がするが、詳しく聞いても良い事は無さそうなので、機会が有れば聞くと言う事にしておこう。


 ホント…。自己紹介が終わっただけなのにもう帰りたい。

 普段の三割増しで帰りたい。


 だが、これからの事を考えると、今日済ませられるなら今日の予定は今日済ませておいた方が、俺にとっても妙子ちゃんにとっても、後が楽になるだろう。

 明日から本気を出すとか言ってる場合でもない。

 俺達はリックの回復を待って目的地に向かう事にした。

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