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其之一|第零章|プロローグ

「で、きみはその『引きこもり』となったワケだな?」


 そう言うと、その美女はクスクスと笑いながらベッドの上で動けない俺に体重を預けてきた。


 身を寄せられた事で、彼女から漂う良い匂いがふわりと鼻腔をくすぐる。嫌味じゃない清潔な石鹸の香り。控えめに香るその香りが彼女の人となりを教えてくれているようだ。これで大胆に胸元がはだけた魔女のコスプレなどしていなければ残念美女と言う評価は下さなかっただろう。そんな事を考えながら話を続ける。


「ああ。人間と言うのは強い生き物じゃない。ちょっとした切っ掛けで簡単に壊れ、抜け出そうにも自分一人ではなかなか抜け出せない。だが、正常な社会生活に戻るには最終的に自分一人で抜け出さなければ行けないんだから、また難しい。」


 そこまで話すと俺はベッドの上で位置を直し、彼女との距離をとる。


 見知らぬ部屋。見知らぬベッド。気がつくと、俺は見知らぬ美女に看病されていた。

 あれから数日。

 なぜ、俺がここに居るのか。

 どうして俺を助けてくれたのか。

 ここがどこなのか。

 ある程度の説明は受けたが、全てを受け入れるにはもう少し時間がかかりそうだ。


 馬鹿な事をした。


 人は最後のリミットが壊れてしまうと、あらゆる方法で現状から逃げようとする。

 その方法は様々だが、それらに比べれば『引きこもり』なんてのはかわいいものだ。

 生にしがみついているだけ人間らしいと言えるだろう。



「と、言うかあまり身体を引っ付けないでもらえるか?動けないのを良い事に遊ばれるのは良い気分がしない。」


 身動きがとれない状態で、彼女の立派な胸を押し付けられたのでは色々とマズイ。病み上がりで体力もなく、気力も底をついているとは言え、こんなモノを押し付けられては具合が悪い。それを押してでも口説きに入る度胸が有ればこんな歳まで独身なんて事も無かっただろう。どちらにしても体が言うことを聞かない状態でのコレは色々とツライ。


「おっと。すまない。女が一人で生き抜くには色々大変でね。男に身を寄せるなんてのはクセみたいなモノさ。」


 彼女は身を起こすとベッドに座り直し、改めて話し出す。


「しかし、あれだねぇ。追い詰めて人間の精神を壊すのにそんな中途半端な状態で生殺しなんて色々と質が悪いわね。この辺りでも人を傷つけ命を奪うのは罪だが、私らの常識だと『ヤル』ならば、徹底的に『ヤル』。徹底的に壊すか服従させるのが常套手段だ。中途半端に放っておいて逆に殺られちゃ元も子もない。生き死にがかかっているんだ。コントロールも出来ない状態の不良品を野放しなんて考えられないね。部屋に『引きこもる』ってのも追い詰められたヤツの自主的な行動なのだろ?追い詰められた人間がどんな予想外の事をするかって事を理解していないヤツなんているのかね?」


 と、素朴な疑問を投げかけてくる。


 彼女の言う事はもっともだ。法はあっても暴力に寛容だと言うこの土地で、中途半端に相手を追い込んだまま放置しようものなら報復されても文句は言えないのだろう。それは最大の侮辱となり自分に返ってきても仕方ないと平和ボケした俺でもわかる。


「そうだな。こっちとの倫理観の違いだろう。その違和感の正体は。俺の居た国では結果が起こって初めて『罪』が認定される。その過程では何が起こっていてもバレなければ大した罰は受けない。逆に被害者がキレて加害者にナイフとかで脅そうとすれば立場は逆転し加害者となる。まあ、それが抑止力となって目に見える犯罪は抑止されるのだろうが、証拠を残さず見えないようにヤレば罪には問われない。一番得するのは卑怯者。それが俺の居た世界だ。」


 実際とは語弊があるが、細かく説明しても理解してもらえない気がする。これまでに聞いた話から考えても、こっちとあっちでは状況も違えば常識も違うのだ。死にかけだった俺を拾ってくれて看病までしてくれる優しさを持ちながらも、悪意を向ける者に対する冷酷さも持っていないと生き残れない。そう言う土地なのだ。


「なるほどね。で、きみはその卑怯者にまんまと騙され追い詰められ、精神が壊れるくらいの屈辱を味わい『引きこもり』になったワケね?」


 ウッ…。


 『思い出したくない。』と、身体が拒否して吐き気がする。


 もらった薬のおかげで落ち着いてはいるが、あいつの事を意識すると、無意識に身体が世界を見る事を拒否しようとするように焦点がぼやける。


「おいおい?大丈夫か?そこまで酷いなら今日はここまでにしても良いのだぞ?」


 心配している様な声はかけてくれるが言葉は軽い。煽っているようにも聞こえる。俺の事情など関係ない彼女が俺を助け「話して楽になるなら話を聞こうか」と申し出てくれただけでもありがたい事なのだが。


 全ての発言が軽く聞こえるのはどうやら彼女の性分なのだろう。


「だいじょうぶ。少し気分が悪くなっただけだ。面目ない。」


 吐き気を堪え、声を絞り出す。


「なーに。かまわんよ。きみがそう言うなら続けよう。時間はたっぷりある。このくらいのケアは、気まぐれできみを破棄せずに拾った私の責任だからね。それに、この辺りじゃ『恐怖』や『不安』や『不満』や『怒り』ってのは吐き出すもんだ。溜まった悪感情は酒場で他人でも捕まえて聞いてもらってゲロのようにぶち撒けるのが普通だわ。謝礼は一杯のバーボンと干し肉でも奢ってくれれば良い。自分で金を稼げるようになったらね。」


 ケタケタ笑いながらアゴで話を進めるよう催促する。


「ありがとう。でも。何から話そうか。『心底、信じてた同僚に騙され罪を被せられ引きこもった挙句に睡眠薬を大量に飲んで自殺しようとした。』と言う流れだけを話すのは問題ないが。その時の感情やあのモヤモヤを話すのは少しキツイ。」


 それ以外で何か聞きたい事はないか?と彼女に視線を向けて問いかける。


「そうね。私としては、その『引きこもり』と言う病気?行動?が興味深いわね。こっちでは部屋から出ないなんて学者くらいだわ。自ら世間との繋がりを断って物事に集中する様なヤツくらいしか思い浮かばないのだけど?前に聞いた『ニート』ってのなら貴族や地主連中のバカ息子がそんな感じで理解できるお話なんだけどさ?」


 確かに。昨日聞いた話からすると、この土地で『引きこもり』なんてしていたら生きてはいけない。金だけの問題ではなく外との繋がりを絶ち情報や状況が入って来ないのは死に直結するだろう。


「いや。『引きこもり』は、どちらかと言うと状態だと思う。原因や理由は様々で、俺の場合は『精神的なショックで人が怖くなり家を出られなくなった』から『引きこもった』と言うワケだ。人によっては『家から出なくとも金を稼げる人間が、人と関わるのを嫌って』『引きこもる』と言う場合もあるだろうし、『二、三日サボるつもりがズルズルとそのまま何日も休んで仕事に行きづらくなった。親は飯を食わせてくれるし何も言わない。』だから『引きこもり』になってしまったなんて場合もあるな。いわゆるヒキニートってやつだ。まあ、原因は理由は色々有るが、その大半が健全でない事は確かだろう。」


「まあ、贅沢な話ではあるわね。でも、健全で無いかと言うとそうかしら?『緩い』とは思うけど、『逃げる』としても『拒絶する』としても『なまける』としても、それが許される状況なら楽な方に傾くのは健全な人間の行動だと思うわよ?それが許されないから生きるために働いて金を稼ぎ人間関係を築くわよね?私だって必要なければ嫌な相手と付き合いたいなんて思わないもの。」


「まあ、たしかに…」


「逆説的に考えれば、きみの場合だって『人間関係の構築が絶望的に困難になった』『故に金を稼ぐのが困難になった』『心の奥底では絶望的な状況に死を覚悟していた』『死を覚悟していたからに金を稼ぐ必要性も人間関係の構築する必要性も無いと心の深層で判断していた』だから、自然と引きこもれたって事じゃない?心の奥底でだろうが全てを必要ない認識したなら楽な転がるのは人の常ですもの。」


 そこまで話すと少し考えるような表情で黙り、ベットの脇に置かれた水差しからグラスに水を注ぎ一気に飲み干して話を続ける。


「しかし、アレね。話を聞いたら『引きこもり』ってのは珍しいモノでもなく意外と健全な事だったのね。その同僚とやらが完全な証拠隠滅を考えて、この辺りの奴らみたいに、きみを殺していれば、きみと言う『引きこもり』は発生せず、ここに来る事もなかったでしょう?中途半端な覚悟で人を陥れたそいつには感謝しときなさいよ。私なら追い込んで追い込んで追い込んだ上で遺書を書かせて首を吊らせるまでがワンセットね。」


 フフン!と胸を張ってドヤ顔をしてみせる。


 そんな彼女が何となく幼く思えた。アプローチは間違っている気がするが何となく彼女なりに慰めてくれているのだろう。


「そうなのかもな。あいつが居なかったら、ここに来る事もなかったし。ここに来なかったら、そのまま死んでただろうし。ここに来たから死の誘惑からも開放されたワケだし。」


「まあ、その同僚が居なければ、きみが死にたいほど追い込まれる事もなかったでしょうけどね。」


 ケタケタケタと大笑いしたあと、真面目な目をして顔を近づけてきた。


「死んだ方がマシな事も有るかも知れないけどさ。私がきみを拾った以上それは許さない。これは私がきみにかける呪いだ。私は、私の所有物が勝手に死ぬなんて許さない。拾った者の責任としてこの土地で生きられるだけの知識と方法は教えよう。もし、きみが元いた国に戻りたいと言うのならその方法を一緒に考え協力もしよう。人が信じられずにこれからも引きこもりたいなら思う存分 引きこもっても良いだろう。」


 そう言うと、俺の耳元に唇を近づけて囁く。


「丁度いいさ。君の話した定義からすると『私の仕事』は、きみの言う所の『引きこもり』だ。その術を叩き込んでも良い。だが、私が死ぬまで私の許可なく自ら死ぬ事だけは許さない。これは呪い(やくそく )だ。ハルト・・・。」


 話し終えた彼女は自分の唇で俺の唇を覆い、俺の身体を抱きしめた・・・

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