ナゴヤメシでも食らえ
むしゃむしゃしてやった。反省はしていない。
このアーカディア王国において、かつて召喚された勇者の功績は『食』であった。かつての勇者は、一触即発の隣国との関係、アーカディア王国に敵意を持つ亜人種の問題を解決、することなど一切考えずに、ひたすら食材、調味料の生産、輸送、新たな食材の発見、調味料の開発などに全力を注いだ。
結果、アーカディア王国は非常に豊かになったのである。特にその王都ミリアともなれば、食べられぬ食材はなし、味わえぬ味はなしとも言われ、日夜新たな料理が開発され続けている。
リーリィ・リーロゥ・ルーハはアーカディア王国王都ミリアで料理人を目指していた。というか一応、人通りの少ない路地裏でレストランと呼べなくはない店を経営していた。
リーリィは才能があった。鋭い味覚、嗅覚を持ち、一度食べた料理は完全に再現できた。
しかし、創造力というものが全くなかった。ゆえにリーリィの料理はどこかで食べたことがある物ばかりで、店の立地の悪さも合間って、全然流行ってなかった。
ある日のこと、リーリィは相変わらず料理の仕込みも最低限に、自分以外いない店で燻っていた。
外では新しい勇者を喚んで戦争するとか、噂が飛び交っていたが、リーリィは客にならないんだったらどうでも良かった。
なので、リーリィの店に男が飛び込んで来たとき、リーリィはとても驚いた。
男は変わった感じだった。黒目黒髪、中肉中背、ここまでは普通。服は仕立てが良さそうで、かつて勇者が広めた服と同系統のようだが、土汚れがひどく、足跡なんかも付いている。顔は東方の人間にありがちな顔だが、右頬を殴られたような造形である。
「えっと・・・いらっしゃいませ?」
リーリィは一応相手が客という体で接する。
「ああ、えっと、ここってレストランでしょうか?」
男がちょっと遠慮ぎみに聞いてきたので、客で合っていたようだ。
「ええ! お好きな席へどうぞ!」
久しぶりの客にテンションが上がり、立ち上がって着席を促す。
「あ、ありがとうございます」
着席した男へメニューを渡す。とはいっても人がほとんど来ないレストランなのでメニューも2、3品しかないが。
「ナポリタン、あるんだ・・・」
メニューを見てすぐ、ぽつりと呟く。
「あの、ナポリタン、ください」
とくに迷いもせず注文する。迷うほどもメニューなかったが。
「かしこまりました!」
久しぶりに自分以外が食べる料理が作れる。
そう喜びながらリーリィは厨房に入った。
ナポリタンはすぐにできた。大雑把に言えばスパゲティ麺とピーマン、玉ねぎ、ウインナーをケチャップベースのソースで和えるだけである。
それを白い皿に乗せて、リーリィは男の前へ出した。
男は出されたナポリタンを見て、なぜかすごく悲しそうな顔をした。
このとき、リーリィはこのままではいけないと強く感じた。同時に鮮烈なインスピレーションを感じた。
「ごめんなさい。ちょっと作り直してきます」
リーリィはそう言って、男からナポリタンを奪い、再び厨房に戻った。
リーリィが再び厨房から出てきたとき、ナポリタンは微妙に変わっていた。
ナポリタンは白い皿ではなく、黒い鉄板に乗っていた。そして、中央に盛られたナポリタンは、溶き卵に囲まれていた!
じゅうじゅうとケチャップソースや卵が焼ける音がする。その音がトマトケチャップの匂いを振り撒いているかのごとく、強烈に空腹を刺激する。
リーリィはこの進化したナポリタンを、男の前へ出した。
リーリィはそっと男を見る。先ほどまでの悲しげな顔から一転、目をきらきらと輝かせてナポリタンを見ていた。
「いただきます!」
男はナポリタンから目を離さないまま、フォークを手に取り、ナポリタンを勢いよく食べ始めた。
ナポリタンを一口食べ、まず感じるのがトマトの酸味だ。これが食欲を増進する。
いや、酸味だけではない。すぐにピーマンの苦味や玉ねぎの甘味、ウインナーの旨味が襲うのだ。
麺の周りを囲む卵は、鉄板の熱で半熟だ。これをナポリタンに絡めて食べれば、強烈な酸味とまろやかな卵の味が絶妙なハーモニーを奏でる。
しばらく食べ続ければ、気づくだろう。そう、食べている間にも、ナポリタンは焼かれていることに。ここからナポリタンの食感が変わる。歯応えのあるお焦げだ。味にも、香ばしさが加わる。
それだけではない。白い皿に乗せただけでは、絶対に加えられない調味料が、この鉄板ナポリタンには入っている。それは『鉄板』そのものである。鉄板自身の鉄分が味にさらに深みを与えるように感じる。
男は一心不乱に鉄板ナポリタンを食べた。そして食べ終えると、満足そうに息を吐いた。
「ごちそうさまでした。こんなところで故郷の料理を食べれるとは、思いませんでした。本当に、本当にありがとう」
そう言って男は満面の笑みを浮かべる。
「これ、お代です」
男は銀貨を一枚置いた。
「あ、お釣は銅貨七枚です。今、持って・・・」
「お釣は、貰ってやってください。ほら、途中で俺のために作り直してくれたでしょ? そのお代ってことで」
男はすぐに席を立ち、出口に向かった。
そして、最後に振り返って。
「本当に、美味しかったです。ありがとう」
その表情は相変わらず笑顔なのだけど、どこか寂しげで、目の端に光が見えた。
そして、男はそのまま出ていってしまった。
リーリィは、ほんの少しだけ、呆然としていた。
しかし、自身の中の衝動に促され、すぐに男を追いかけ始めた。幸い、そんなに時間は経っていなかったので、すぐに追い付くことができた。
「ねえ!」
リーリィは男に呼び掛ける。
男は振り向いて、驚いた表情を浮かべる。
「ねえ! あなた行くところあるの?」
リーリィの唐突な質問に、男は困惑しながらも、首を横に降った。
「ねえ! じゃあ、私の店に来なさいよ! それで、あなたの故郷の味を私に教えなさいよ!」
男はしばらく悩んだあと、リーリィの方に三歩ほど歩いて。
「俺でよければ、喜んで」
泣きそうに笑いながら、リーリィに右手を差し出した。
鉄板ナポリタンの魅力を伝えられるように頑張りました。伝わりましたか?
伝わっているようなら・・・残念ですね、諸君!
大体の方が近所で鉄板ナポリタンたべれないんでしょうね!
わたくしは歩いて5分ぐらいの喫茶店で食べるけどね!
ごめんなさい!