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秋風のこねこ

作者: 吉村ことり

SF書きの私ですが、純粋な童話にも挑戦してみました。

よろしくお願いします。

 その仔猫(こねこ)たちがどこから()たのか、もう本人(ほんにん)たちにも()からなくなっていました。豪奢(ごうしゃ)なその長毛種(ちょうもうしゅ)特有(とくゆう)毛並(けな)みは、()()(ねこ)血筋(ちすじ)(うかが)わせます。

 物心(ものごころ)ついた(とき)には、仔猫(こねこ)は2(ひき)()彷徨(さまよ)い、(さむ)さに(ふる)えていました。カラスと喧嘩(けんか)になることもありますが、大抵(たいてい)(よわ)仔猫(けんか)の2(ひき)()(はら)われ、いつもお(なか)()かせていました。巨大(きょだい)二本足(にほんあし)()(もの)(かれ)らを()つけ、(しげ)みに()()ってくることもたびたび()ったのですが、そのたびに仔猫(こねこ)恐怖(きょうふ)におびえて(にげ)(まど)っていました。

 無垢(むく)仔猫(こねこ)は、やがて(なに)(しん)じなくなり、(おび)えた何物(なにもの)をも拒否(きょひ)する()(あた)りを見回(みまわ)す、()()(けもの)となって()きました。

挿絵(By みてみん)


§


 仔猫(こねこ)たちの()(しげ)みからそう(とお)くない(とこ)に、お(にい)さんが4(ひき)(ねこ)()らす(いえ)がありました。

 お(にい)さんの(いえ)では(いま)、「たわし」という()(くろ)仔猫(こねこ)がすくすくと(そだ)ち、お(にい)さんの友達(ともだち)も、たわしの成長(せいちょう)微笑(ほほえま)しく見守(みまも)っていました。たわしが何故(なぜ)たわしかというと、仔猫(こねこ)(ころ)(からだ)縞模様(しまもよう)()えて、それがちょうど(かめ)()たわしの(しま)のように()えたからです。(いま)毛並(けな)みの(いろ)()くなり、()(くろ)になってもうほとんど(しま)()えませんが、たわしの名前(なまえ)定着(ていちゃく)していました。

「たわにゃん可愛(かわい)い。」

「たわにゃんの欠伸顔(あくびがお)邪悪(じゃあく)だけどやっぱり可愛(かわい)い。」

 お(にい)さんが写真(しゃしん)()せたりする(たび)に、たわにゃん、たわにゃん、と、たわしは人気(にんき)でした。お(にい)さんの(いえ)には、(ほか)にも、しろこ(ねえ)さん、ぐーさん、ち~さんという3(ひき)大人(おとな)(ねこ)()ましたが、どの()もお友達(ともだち)人気(にんき)で、お(にい)さんもすっかり「猫写真(ねこしゃしん)の人」として定着(ていちゃく)していました。たわしは3(ひき)先住猫(せんじゅうねこ)たちに、無邪気(むじゃき)(あそ)びを仕掛(しか)けていますが、しろこ(ねえ)さんだけは新参者(しんざんもの)には容赦(ようしゃ)しないので、なかなか(ちか)づかせてもらえません。だから、たわしは()くぐーさんにじゃれていました。

「ぐー(にい)さん、(あそ)んで。」

 たわしはいつも巨体(きょたい)をごろんとさせているぐーさんに(あそ)びをせがむのですが、ぐーさんは(からだ)(おも)くて、すばしっこい仔猫(こねこ)(あそ)ぶのはちょっと億劫(おっくう)でした。

「たわしー。(おれ)はそんなに()()ねる()とは(あそ)べないよ。」

「やだやだー。ぐー(にい)さんすきすき。」

ぐーさんは(あきら)めて、尻尾(しっぽ)でたわしを(あそ)ばせます。たわしはいつもそれにじゃれて(あそ)んでいました。


 そんなたわしは、ときどき不思議(ふしぎ)(おも)っていました。ご(はん)をくれるお(にい)さんが、たわしをじっと()ては、四角(しかく)(はこ)をかざします。そんな(とき)、たわしがちょっと(へん)格好(かっこう)や、欠伸(あくび)をしていると、お(にい)さんは(あそ)びます。

「なあなあ、このお(にい)さん、(ぼく)のこと()きなのかなぁ?」

 たわしは時折(ときおり)ぐーさんに()きます。

「お(にい)さんは、(ねこ)なら(なん)でも()きみたいだね。」

 微笑(ほほえ)みながら、ぐーさんは(こた)えました。

「だから、(おれ)らが(たの)しいと、お(にい)さんも(たの)しいらしい。(おれ)らがお(にい)さんにお(かえ)出来(でき)ることは、精一杯(せいいっぱい)(あか)るく(たの)しく()ごすことだと(おも)うよ。」

 なかなか含蓄(がんちく)のあることを()ったな。と、ぐーさんは一人(ひとり)(えつ)に入っていましたが、仔猫(こねこ)のたわしにはあんまり(つた)わっていない(かん)じです。

「ふーん……じゃ、(ぼく)らは(あそ)んでればいいのかな。」


 たわしは()いっぱい(あそ)びました。

そしてある()(そと)(あそ)びに出かけていると、たわしは4つの()遭遇(そうぐう)しました。じっと、恐怖(きょうふ)(たた)えた()(あたた)かさを()らない()。それは、たわしよりもずっと(ちい)さな2(ひき)仔猫(こねこ)でした。


「あ」


 たわしが(こえ)()けると、2(ひき)はびくっと警戒(けいかい)しました。


「ああごめん。(こわ)がらせた……かな。」


 仔猫(こねこ)たちは凝固(ぎょうこ)したように(うご)きません。たわしより(ちい)さい()(はず)なのに、(なに)異質(いしつ)な…(いき)きるために必死(ひっし)(けもの)(にお)いが、たわしにも恐怖(きょうふ)()()こします。

「ふぁーっ」

 たわしは思わず仔猫(こねこ)威嚇(いかく)します。仔猫(こねこ)(ほう)(おな)じように威嚇(いかく)(かえ)してきました。

「しゃーっ」

 ……あ。

 たわしの(こころ)のどこかに、(なに)かが()()かりました。

 まだ()()えない(ちい)さいころ、ごそごそと必死(ひっし)()いまわっていた(こと)を。そして、お(にい)さんの大きな(あたた)かい()(もら)ったミルクの(あま)さと、ふかふかの寝床(ねどこ)気持(きも)ちよさにまどろんで、「おうち」が出来(でき)たんだと実感(じっかん)したこと。

 そう、たわしも(ひろ)われた仔猫(こねこ)でした。たわしは()()えない、ほんの()まれて10()ころにお(にい)さんに(ひろ)われて、お(にい)さんのうちの()になったのです。(いま)()(まえ)にいる、警戒(けいかい)して()逆立(さかだ)てている2(ひき)仔猫(こねこ)(こころ)に、その(とき)(おな)じ、(さむ)ざむと()()った(こころ)空虚(くうきょ)さを(かんじ)じました。

「あのさ、おうちないの?」

 たわしの()びかけに、びくっとして、2(ひき)(ねこ)はじっとたわしを()ます。

(あそ)……ばない?」

 その()いかけには(こた)えず、2(ひき)仔猫(こねこ)()をひるがえし、(しげ)みに(きえ)えていきました。

「あ……。」

 たわしは(すこ)(かな)しくなりました。そして2(ひき)()えた(しげ)みを、じっと(なが)めていました。


§


 そしてある()、お(にい)さんが(いえ)(ちか)くの(しげ)みの中を「がさごそ」と(うご)(まわ)(かげ)()つけました。

「なんだ?」

 あの仔猫(こねこ)たちです。最初(さいしょ)数日(すうじつ)は、(なん)だか(ねこ)らしいものが()る、という(ところ)までしか()かっていなかったのですが、数日後(すうじつご)にその姿(すがた)をはっきりとらえました。

仔猫(こねこ)がいる。2(ひき)。」

 お(にい)さんの友達(ともだち)は、お(にい)さんが()った仔猫(こねこ)写真(しゃしん)釘付(くぎづ)けになりました。その長毛(ちょうもう)と、不信感(ふしんかん)(あふ)れた()から、これは動物園(どうぶつえん)から()げたヤマネコの子供(こども)じゃないのか。というお(はなし)しも()ました。流石(さすが)にそれはないだろう、とお(にい)さんは()(なが)していましたが、風貌(ふうぼう)()ると、とても仔猫(こねこ)とは()えない風格(ふうかく)()りました。

「この仔猫(こねこ)たち、保護(ほご)して()うの?」

 友人(ゆうじん)からは何度(なんど)()かれましたが、(すで)に4(ひき)の猫を()っているお(にい)さんはちょっと決心(けっしん)がつきません。それでも、何度(なんど)遭遇(そうぐう)するうちに愛着(あいちゃく)()てきます。やがて、お(にい)さんは2(ひき)名前(なまえ)()けました。

 「もっぷ」と「ぶらし」。

 砂色(すないろ)でモフモフとした毛並(けなみ)みの仔猫(こねこ)丁度(ちょうど)掃除用(そうじよう)のモップみたいでしたし、兄猫(あにねこ)(おな)灰色(はいいろ)毛並(けなみ)みに(くわ)えて、(かお)下半分(したはんぶん)八割(はちわれ)れに()(しろ)様子(ようす)が、ちょうどブラシのように()えたのです。

 でも、(こわ)がる仔猫(こねこ)は、なかなかお(にい)さんの(いえ)のそばには近寄(ちかよ)りませんでした。

「あそこには二本足(にほんあし)怪物(かいぶつ)()る。」

近寄(ちかよ)ると(なに)をされるか(わか)からない。」

(くろ)(ねこ)(みょう)()()れしい、(あや)しい。」

 仔猫(こねこ)たちは、得体(えたい)のしれないものに(たい)する恐怖(きょうふ)不信感(ふしんかん)()(かた)まっていました。


§


 お(にい)さんは、だんだん(さむ)く、(ふゆ)(ちか)づいて()くので、仔猫(こねこ)(なん)とか(まも)ってあげたい、と、ごはんを()って()くようになります。でも、そのご(はん)()られたのはたわしでした。こっそりと(いえ)()()して、もっぷとぶらしに用意(ようい)されたご(はん)(ちか)づいて()きます。ご(はん)はおうちにもあるのですが、(なん)となく、よそにあるご(はん)がおいしそうに(かん)じてしまうのです。

 ところが、たわしがご(はん)(ちか)づくと、そこに毛玉(けだま)(よう)なものが()ました。2(ひき)仔猫(こねこ)(おとうと)、ぶらしでした。突然(とつぜん)(あらわ)れた(くろ)いたわしに、ぶらしは恐怖(きょうふ)(おぼ)えて一目散(いちもくさん)()げてしまいます。

「あ、()って!」

 たわしはぶらしを()()けました。でも、もう、どこにも()つかりません。」

「にゃああああああ。」

 たわしは(さけ)びました。でも(こえ)(かえ)ってくることはありませんでした。


 ぶらしは、たわしから()げて、(はし)りました。

(くろ)(やつ)(こわ)い!」

 (はし)って(はし)って、(はし)(つか)れるまで(はし)って、()()いたら、そこは()らない(まち)でした。(すこ)(まえ)まで一緒(いっしょ)にいたお(にい)さん(ねこ)もいません。

「にゃああああああああ!」

 ぶらしは、(さび)しさに高く()きます。やみくもに(はし)ったので、(もど)(みち)()かりません。ぶらしは()らない場所(ばしょ)で、ひとりぼっちになってしまいました。


§


 (おな)じころ、もっぷもぶらしを(さが)していました。ふと()ると、2(ひき)をいつも()()け回すカラスが()ました。とても(こわ)()(もの)です。(そら)()んで、2(ひき)がどこにいても()いかけてきます。

 ……(そら)()んで……どこにいても? もっぷは、ある可能性(かのうせい)(おも)いつきました。そして、勇気(ゆうき)()(しぼ)ってカラスに()きます。

「ねえ、そこのカラスさん。」

 カラスは小馬鹿(こばか)にしたようにもっぷを()ます。

「おや、(なに)かと(おも)えば、(ねこ)のガキか。(おれ)晩御飯(ばんごはん)にでもなるつもりか?」

 カラスは(おど)すように、「カァ」と一声高(ひとこえたか)()きます。(おも)わずひるみそうになるもっぷですが、ぶらしの居所(いどころ)(さが)すために、ガクガク(ふる)えそうな(あし)必死(ひっし)()()って(たず)ねました。

「いつもぼくと(おとうと)()てたよね。(おとうと)がどこに()ったか()らない?もし(おし)えてくれたら、そこに毎日(まいにち)()かれるご(はん)半分(はんぶん)()べても、文句(もんく)()わないよ。」

 カラスはしばらく(だま)っていました。

「そんな(めし)、お(まえ)蹴散(けち)らして()べるなんて、(おれ)には造作(ぞうさ)もない(こと)だ。それ以上(いじょう)に、いつまで(つづ)くか()からない、他人(たにん)(まか)せの(めし)なんて、交渉(こうしょう)材料(ざいりょう)になるものか。」

 ふん、と(はな)()らして(つづ)けます。

「だが、お(まえ)勇気(ゆうき)(めん)じて(こた)えてやろう。お(まえ)(おとうと)は、あそこに()える(いえ)()われている(くろ)いチビ(ねこ)(おどろ)いて、その(はやし)沿()いに、ずっと(はし)って()ったぜ。ジグザグに(はし)って()ったから、本人(ほんにん)滅茶苦茶(むちゃくちゃ)(はし)ったつもりだろうが、()ける(みち)()()ぐだから、()いつけるだろう。」

 もっぷは、ぱぁっ。と(あか)るい(かお)になり、それから丁寧(ていねい)にお辞儀(じぎ)をした。

「ありがとう。カラスさん!」

「お(れい)()われる筋合(すじあい)いは()いな。なにせ、これから(さむ)くなるから、食料(しょくりょう)調達(ちょうたつ)大変(たいへん)でな。お(まえ)らは(おれ)縄張(なわば)りで寝泊(ねと)まりしているが、そこから()()ってもらいたい。それが(おれ)条件(じょうけん)だ。」

 それは(きびし)しい条件(じょうけん)でした。ですが、親切(しんせつ)()けた以上(いじょう)()け入れるしかないのです。それに、(ことわ)ったとしても、カラスに()てるとは(おも)えません。

「うん……仕方(しかた)ないね。」

 そういうと、もっぷはぶらしを(さが)しに(はし)()しました。

挿絵(By みてみん)

§


 途方(とほう)暮U()れているぶらしのそばの(しげ)みが、突然(とつぜん)ガサガサと(おと)()てました。

(だれ)!?」

 ぶらしは(くち)から心臓(しんぞう)()()るかと(おも)(くらい)警戒(けいかい)しました。

「ぼくだよ!」

 ()てきたのは、(みち)(おし)えてもらって()ってきたもっぷでした。

「お(にい)ちゃん!」

心配(しんぱい)したよ。」

「うん……ごめんね。」

 2(ひき)は、(ちか)くに()ててあった(だん)ボール(ばこ)に入って、一夜(いちや)()ごすことにしました。そこで、もっぷはカラスと(はな)した条件(じょうけん)について、ぶらしに(つた)えました。

「お(にい)ちゃん。」

 ぶらしは、もっぷに(こえ)()けます。

「なに?」

「カラスのいう(とお)りかもしれない。ぼくは、もっと(とお)くに()こうと(おも)うよ。」

 もっぷも、ぶらしと大差(たいさ)ない(ちい)さな仔猫(こねこ)ですが、これから()季節(きせつ)(きび)しさは本能(ほんのう)(おし)えてくれていました。

「でも、最近(さいきん)は、あの(しげ)みに()れば、(おお)きい()(もの)がご(はん)もくれるし、軒下(のきした)(はい)れば(さむ)さをしのげるかも。」

「うん……でも、ぼくあの(くろ)いの苦手(にがて)。それに、カラスさんと約束(やくそく)したんでしょ。」

「そうだけど……あそこは、(なん)だか(なつ)かしいにおいがするんだ。」

 それは、かすかな記憶(きおく)

 2(ひき)は、()てられる(まえ)は、とある(ひと)(いえ)()われていた(おや)()んだ仔猫(こねこ)でした。だから、(すこ)しだけ、人間(にんげん)(いえ)にいたことがあります。でも、世話(せわ)をするのが面倒(めんどう)になってしまった()(ぬし)は、やっぱり仔猫(こねこ)()らない。と、あっさり()ててしまったのです。

「うん……。でもねお(にい)ちゃん。だからこそ(おも)うんだ。あの(いえ)にぼくとお(にい)ちゃんで()っても、きっとまた()てられちゃうんじゃないかって。」

 (おとうと)本能的(ほんのうてき)(かん)じている危機(きき)は、もっぷも(かん)じていました。()けば、きっと2(ひき)とも()()れてもらえるとは(おも)う。でも、それから(さき)は?ぶらしはあの(いえ)(くろ)(ねこ)をとても(きら)っています。一緒(いっしょ)にやれるかどうかといえば、(むずか)しい()もします。いつまでも(なか)(わる)いと、あの(いえ)(おお)きな()(もの)も、2(ひき)をまた()ててしまうかもしれません。

「そうかな……。()(ぬし)さんは(やさ)しそうだし、きっとあそこにいる先住猫(せんじゅうねこ)たちも、時間(じかん)()けたら()()れてくれると(おも)うんだよ。」

「うん。でも、二人(ふたり)()()けるより、一人(ひとり)()った(ほう)がきっと大事(だいじ)にされるよ。」

「どうして?」

二人(ふたり)いたのがもう(いま)一人(ひとり)、もう片方(かたほう)()んでしまったかもしれない。今助(いまたす)けないと、この()まで()んでしまうかもしれない。……なんて、(かんが)えてくれるかもしれないから。」

 もっぷは、(おとうと)案外(あんがい)(ふか)物事(ものごと)(かんが)えていたのがとても意外(いがい)でした。でも、その(かんが)えは、本当(ほんとう)になってしまうかもしれない。()()った(ほう)は、(つら)さに()けて()んでしまうかもしれない。

「そうか……じゃあ、ぼくが(とお)くに()く。」

「ダメダメ、ダメだよ。ぼくはあの(くろ)いのとは一緒(いっしょ)(くら)らせないと(おも)うけど、お(にい)ちゃんは(ちが)う。(のこ)るならお(にい)ちゃんだよ。」

「でも……。」

「いや、もうぼく()めたんだ。」

 (おとうと)決心(けっしん)()るぎ()(かん)じました。もっぷはもう、ぐうの()()ません。

「じゃあ、()くね。」

 ぶらしはすくっと()(あが)がります。

「……(からだ)()()けて。もしダメだと(かん)じたら、(もど)ってきていいんだよ。」

 もっぷの()びかけに、ぶらしはにっと(わら)って(こた)えます。

大丈夫(だいじょうぶ)、さっきはいきなり(ひと)りぼっちになったから心細(こころぼそ)くなったけど、その()になれば、一人(ひとり)()きていけるから。」

 そういうと、ぶらしは(だん)ボールの仮住(かりず)まいを()て、2(ひき)(いま)まで()かなかった(しげ)みの(そと)に、「たっ」、と(はし)って()きました。

 ぶらしの()っていたことは(ただし)しいのです。野良猫(のらねこ)世界(せかい)過酷(かこく)です。ご(はん)毎日(まいにち)もらえるとは(かぎ)りません。(おな)場所(ばしょ)沢山集(たくさんあつ)まっていて、地域猫(ちいきねこ)としてご(はん)(もら)って(くら)らせる場合(ばあい)もありますが、いつまでも面倒(めんどう)()てもらえる可能性(かのうせい)はむしろ(ひく)いのです。

 もっぷは、しばらく、ブラシが()ってしまった方角(ほうがく)をじっと()ていましたが、やがて、ぶらしが()った方角(ほうがく)とは(ぎゃく)の、お(にい)さんの(いえ)のある方向(ほうこう)へ、とぼとぼと(ある)いていきました。


§


 それからしばらく、お(にい)さんが()ってくるご(はん)は、もっぷが()べていました。(れい)のカラスは、時折(ときおり)()かけましたが、もっぷのご(はん)()べに()ることはありませんでした、(かわ)わりに、「カァ」と()いて、(はや)縄張(なわば)りから()()け、と、(うなが)すのでした。ときどき、あの(くろ)(ねこ)()ることもあって、()(のこ)したご(はん)()べていくことがありました。もっぷは、はじめは警戒(けいかい)をしていましたが、(おとうと)(うしな)って一人(ひとり)きりになった仔猫(こねこ)は、心細(こころぼそ)くなっていた所為(せい)もあり、警戒(けいかい)(ゆる)めていました。


 お(にい)さんは、ふと、2匹の仔猫(こねこ)のうち、ぶらしが()なくなっていることに()()きました。

同時(どうじ)に、もっぷが(すこ)しずつ写真(しゃしん)(うつ)るようになり、(あき)らかに警戒(けいかい)(ゆる)めてうちの(ほう)(ちか)づいているのに()()きました。

 ひとりきりになったもっぷは心細(こころぼそ)く、さびしそうに()えました。人恋(ひとこい)しい、仲間(なかま)()(ところ)()きたい。仔猫(こねこ)生存(せいぞん)のために必死(ひっし)でした。


 そしてある()変化(へんか)()こりました。


 ある()、お(にい)さんが()()くと、もっぷとたわしが一緒(いっしょ)にいました。(はな)()()わせて(にお)いをかいでいました。そして(からだ)()()わせる動作(どうさ)仲間(なかま)(みと)めたときの動作(どうさ)です。

「もっぴーが(いえ)(ちか)づいてきてた、たわしと(かお)()()わせてた。」

 お(にい)さんは友達(ともだち)(はな)しました。

 その()から、もっぷはお(にい)さんの(いえ)床下(ゆかした)()むようになります。

(にい)さんは、ご(はん)()くと同時(どうじ)に、わざとたわしを床下(ゆかした)()かせるようにしました。

たわしは、仔猫(こねこ)興味津津(きょうみしんしん)だったので、すぐにもっぷに近寄(ちかよ)ります。

 もっぷの(ほう)も、ぶらしを(うしな)った(こころ)(あな)を、たわしに(もと)めました。2(ひき)急速(きゅうそく)仲良(なかよ)くなりました。

「たわし(にい)ちゃん。」

 と、もっぷはたわしを(した)うようになりました。(いま)まで、ぐーさんに(あま)えていたたわしでしたけど、(はじ)めて(たよら)られて、兄貴分(あにきぶん)になった自覚(じかく)から、もっぷをとにかく可愛(かわい)がり(はじ)めました。そして、お(にい)さんの(いえ)での生活(せいかつ)をもっぷに(はな)します。

「うん……そんな生活(せいかつ)できたら(ゆめ)みたいだね。」

 もっぷは、()なくなったぶらしの(こと)をふと(おも)()しました。あの()(いま)どうしているんだろう。ぼくと(おな)じように、(だれ)かに(めぐ)()えたんだろうか。(あたた)かいおうちにいるんだろうか、おいしいご(はん)(たべ)べられているんだろうか。

「ごめん、まだ決心(けっしん)がつかないや。」

 もっぷは、しばらく床下(ゆかした)での生活(せいかつ)をつづけました。


 そんなある()。もっぷは(ゆめ)()ました。()(まえ)には、少し凛凛(りり)しくなったぶらしが()ました、獲物(えもの)(くわ)えて(はし)っていました。パッと()(かえ)ったその姿(すがた)は、生命(せいめい)(あふれ)れています。

「ぶらし……」

 もちろん、本物(ほんもの)のぶらしはそんな名前(なまえ)()っているわけもありません。でも、()(まえ)のぶらしは「にっ」と(わら)って、それから()けて()きました。

「ぼくは元気()だから、お(にい)ちゃんも(しあわ)せになりなよ。」

 もっぷは、そう、()われた()がしました。


 ()きたもっぷは、たわしに(つた)えました。

「ぼく、()めた。たわし(にい)ちゃんと一緒(いっしょ)()くよ。」

 そして、たわしはとうとう、お(にい)さんの(いえ)玄関(げんかん)まで、もっぷを()れて()きました。

「たわしがもっぴーを()ってきた!」

 お(にい)さんは(うれ)しそうに友達(ともだち)報告(ほうこく)します。お(にい)さんの友達(ともだち)はお(まつ)りみたいに()()がって(よろこ)びました。


 はじめてお(にい)さんの(いえ)(はい)ったもっぷでしたが、うっすらと、(ひと)()でてもらった記憶(きおく)がもたげます。びくびくしながらも、お(にい)さんがやさしく()でてくれると、(からだ)反応(はんのう)します。

「もっぴーはまだ()れてないから、いきなり(さわ)ると警戒(けいかい)されちゃうけど、それでもうちの()になってくれた。」

 お(にい)さんは確信(かくしん)して、もっぷを自分(じぶん)のうちの()にしました。

「もっぴーもっぴ―。」

「たわしにいちゃーん。」

 長毛種(ちょうもうしゅ)のもっぷと、つやつやの黒猫(くろねこ)のたわしですが、(いま)では本当(ほんとう)兄弟(きょうだい)のようです。

 相変(あいか)わらず、しろこ(ねえ)さんは新参者(しんざんもの)にはきつく、もっぷは(ちか)づくことも(ゆる)してもらえていませんが、フレンドリーなぐーさんはもっぷとたわしを自分(じぶん)(おとうと)のようにかわいがりました。ち~さんは、だまってそれを()つめています。

 もっぷは、

「ああ、ぼくはここの()になったんだ。」

 そう確信(かくしん)しました。

 みんなみんな、もっぷには、()なくなってしまったぶらしがくれた(えん)だと(おも)いました。でもきっと、ぶらしもこの(そら)(した)元気(げんき)にしている。もっぷには確信(かくしん)がありました。そして、そんなぶらしの(ため)にも、自分(じぶん)(しあわ)せに()らす(いえ)(つく)らなきゃいけないんだと(おも)いました。その気持(きも)ちは、(かれ)(かお)にあった(きび)しい野性(やせい)(やわ)らげていったのです。

挿絵(By みてみん)


 ()けた(とし)のお正月(しょうがつ)()んだ()をした、ふわふわのもっぷの横顔(よこがお)が、お(にい)さんの(いえ)年賀状(ねんがじょう)(かざ)っていました。

 そこには、(けもの)()をした(おび)えた仔猫(こねこ)姿(すがた)()く、(やさ)しい(かお)をした見事(みごと)毛並(けなみ)みの仔猫(こねこ)姿(すがた)がありました。


 そして……。


 (すこ)(はな)れた(まち)の、(はやし)(ちか)くの(いえ)

 軒先(のきさき)には、(ねこ)のごはんの(はい)った(さら)があり、雨露(あまつゆ)をしのげるようにした(はこ)(なか)には、ぼろタオルが()いてあります。そこに一匹(いっぴき)(ねこ)姿(すがた)がありました。

 (いえ)(なか)から(ひと)(こえ)がします。どうやら、その仔猫(こねこ)(はい)っておいで、と()っているようです。

 (かお)下半分(したはんぶん)(しろ)長毛種(ちょうもうしゅ)(かれ)もまた、その目線(めせん)を上げ、(やさ)しい()をした仔猫(こねこ)になっていました。仔猫(こねこ)はすくっと()()がると、()(けっ)して、そろり、と、その(いえ)()かい(はじ)めました。

 秋風(あきかぜ)(ふる)えていた仔猫(こねこ)は、いま、新春(しんしゅん)()(ひかり)(なか)(ひか)っていました。

本当は、「野良」という現実は辛いです。

適切な手術をして、野良の繁殖を減らし、不幸な猫を増やさない努力がなされています。それは、増えすぎた野良の所為で、野良でない子や、地域の住人、果ては、野良自体が不幸になるからです。

猫は幸せを運ぶ生き物。だから、幸せな猫が増えてほしい、と切に願います。

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