『真実の貌』07
舞い上がった砂埃が風にさらわれ、爆心地に立つ緋桐の姿も徐々に露わになる。最初に見えたのは全身から発せられる深紅の光であった。
禍々しい紋様に覆われた身体と目の前の惨状、それぞれを見比べて緋桐の顔は青ざめていく。
あまりに軽い命の感触。それと気付かず蟻を踏み潰してしまうように、あっけなく絶たれた人の生。創意工夫を凝らして丹念になぶり殺すよりも、よほど冒涜的かもしれない。
「私…………そんなつもりじゃ……私じゃない……こんなのじゃないよ…………ちがう……」
赤く湿り気を帯びたモノ――少女だったモノ――が地面に染み付き、砂を取り込んで反吐のようにねっとりと広がっていく。
人を殺すとは、生が死すとは、すなわちこういう事なのだと。あの子がこの先見たであろう未来を、そこにあった感情や知覚を、こんなものに変えてしまったのはお前なのだと。赤い汚物が咎めているように思えた。
すこし遅れて、今際の際に少女たちが抱いていた思念が術式陣を通じ緋桐の心に流れ込んできた。
眼球がつぶされる。喉が焼けていく。手足が溶け落ちる。全身の細胞が弾けて崩れていく。大切な人の顔を思い浮かべる間すら与えられず、すべてが無にされていく。
――すべて私が殺した。
ころしてないの。
敵をあれほど殺したがってたのは自分自身だ。
なにをしたのかわからない。
意思と反していたとしても実際にひとをころした。
ちがうのかんけいないのこれじゃない。
ころしたらひとはカタマリになるんだ。
これじゃないこれじゃないちがうぜんぶちがう。
ころしたころしたころしたころしたころした。
ちがうわたしじゃないころしてないころしてないころしてない。
ころしたころしたころしたころしたころしたころしたころしたころした――
足が震える。あらゆる自我と感情が混濁する。関係ない。こんな惨状はとても受け止めきれない。目を向けていられない。
半ば無意識のうちに緋桐は走っていた。粛清者もクル・ヌ・ギアも忘れて、ここから離れたどこか遠い場所に逃げたかった。
転移結界を越えると、視界が塗り替わり薄暗い路地裏へと降り立つ。だがそこにも横たわる無数の骸、骸、骸、骸、骸、骸、骸。
避難していく姿を見送った魔法少女。オフィスでいつもせかせか働いていた少女。食堂でひときわ賑やかにしていた少女。顔を見たことしかないけど、いつか話してみたかった少女。みんな壊れた人形のように地面へ突っ伏している。
ここも死臭で溢れている。もっと他の場所へ、誰もいない所へ逃げなきゃ。
考えることはできなかった。緋桐はただ僅かでも死の気配のない場所へと逃げたくて、自らの異様な風貌も忘れて走り出した。
表通りの明るさに目が眩むが気にしていられない。人々が奇異の目を向けてくることのほうが恐ろしい。視線に殺されそうな気がして、見る者すべてを殺してやりたいと思ってしまう。
――私を見ないで。私は化け物じゃない。殺させないで。私に近寄らないで。
理由もなく沸き上がる殺意とそれに恐怖する理性。人の目を意識すればするほど、緋桐の精神は引き裂かれていく。