『真実の貌』04
桃色に彩られたイシュタル本部の花畑が、黒と灰の薄暗い路地裏へ塗り換わる。
オフィススタッフとイシュタル代表・衣南菜摘を連れて結界外へ逃れた枝里はまず、全員の顔をざっと確かめる。非戦闘員は全て無事に脱出できたようだ。問題はこのあと、彼女らをどこへ避難させるか、そして本部に残って戦っている魔法少女たちをどうやって助け出すかである。
敵の目的はイシュタルの殲滅であると考えて間違いない。異能を滅することを使命とする粛清者からすれば、おおかたが能力を持たない者ばかりで構成されている非戦闘員は標的として優先度が低いはず。この場を離れてしまえば粛清者から追撃される心配もないだろう。
枝里はざわつくスタッフたちの前に躍り出、ひときわ高い声で呼びかける。
「みんな落ち着いて!」
涙声と叫喚で混乱していたスタッフが一斉に静まる。実のところ誰よりも狼狽えていた枝里だが、故にこその必死の形相と声が皆の注目を集めた。
「今から私が異対部に連絡をとって、非戦闘員を保護してもらうよう要請します! 生き延びたいなら、もっと冷静になりなさい!!」
もはや叱責にも近い号令。それは彼女自身の本心とは食い違っていたが、普段苦悩を表に出したがらない枝里だからこそむしろ功を奏した。気圧されたスタッフたちは揃って押し黙る。それを受けた枝里も一瞬怯みそうになるが、それよりも先に使命感に突き動かされ携帯電話を手にした。
すると呼び出し音が鳴るよりもさきに、結界周辺の空間が突如歪みはじめる。不意を打たれた非戦闘員たちは一斉に腰を抜かすが、予想に反して現れたのは傷ついた魔法少女たちだった。
「え……あなたたち、粛清者を退けたの!?」
「違うんです……救仁郷さんが」
「……まさか」
「救仁郷さんが囮に……!!」
最悪の展開だ。ここ数日、緋桐の様子がおかしかったことは枝里もなんとなく察していた。それが決定的になったのは加藤みらが入院した直後あたりから。今の緋桐なら、しんがりを務めて一人で粛清者と相対するなどと言い出しても確かに違和感はない。
言われて見れば、彼女たちが現れたとき、緋桐の姿が見当たらないとは思った。
「あの子はまだ新人なのにどうし……て…………っ!!」
柄にもなく枝里が声を荒げる。だがすぐに彼女らの忸怩たる想いを汲み取った枝里は閉口してしまう。彼女たちも緋桐自身も、苦渋の末の決断だったはずだ。
全員でかかって殲滅されてしまうよりは、時間を稼いでより多くの仲間の命を救うべき。たとえ一人を犠牲にしてでも。
確かに、この状況においては最善の選択と言えよう。だが理屈だけでは収まらない感情もある。魔法少女たちを守らなければならない立場にいる枝里が、こともあろうにその魔法少女を見捨てて生還するなど。
「あなた達は異対部に匿ってもらいなさい。私は死んでも緋桐ちゃんを連れ戻します」
「そんな無茶な……」
少女たちの制止する声も枝里の耳には届かない。これはイシュタル代理指揮としての責務であり、枝里自身の沽券を懸けた問題だ。
手足の二、三本などくれてやろう。命すらも惜しくはない。緋桐の命のほうがよほど重い。そんな枝里の覚悟は、だがわずか数秒の後に消し飛ばされてしまった。
粛清者にくれてやるはずだった枝里の左肩が、ぐず、と鈍い音を放ち撃ち抜かれる。穿たれた傷口から漂う、濃密な殺意の臭気。殺意の弾丸、マジカライズステッキを使った狙撃だ。
痛みも忘れて恐る恐る振り返る先には、クル・ヌ・ギアの特徴的な白い魔法衣が群れを成して路地を塞いでいた。
「やァハー! イシュタルのムシケラに朗報でェ~ス! 結界の入場パスと引き換えデ~……あの世行きノ片道切符をプレゼントしちゃうヨォ! 漏れなく全員ごショータイ!! うれしいネ!?」