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『真実の貌』10

 山脈の遥か彼方へ走り去る太陽。街を覆う夜闇に抗わんと街路灯が蛍火を宿しだす。だが少し開けた間隔で配置されたそれらは、むしろ闇を際立たせてゴシックホラーの典型的なイメージを想起させる。景観を統一すべく中世からの姿を残す建造物が道を挟むかたちで並び立ち構成する“街”という一つの生物が、口を大きく開いて喉奥の深淵へ立ち入る者を呑み込もうとしているようだ。

 フラムトゥグルーヴと合流し予定を越える数の転移陣を経由したものの、無理を押して進み続けたため、到着時刻は当初の予定からさほど遅れてはいなかった。アナトら一行の歩くこの名も知らぬ街こそが会談の開催地である。

 幻獣たちは機密保持のためか、徹底して現在地の具体的名称を口にしていない。シルヴィアの推測では、恐らくスロバキアかそこらの田舎町といったあたり。

 地元民らしき人影は一つたりと見受けられない。治安の悪い地域であれば人気がないのも当然なのかもしれないが、それを差し引いても余りに生気というものが無さすぎる。まるで電気だけが通ったゴーストタウン。会談に合わせて人払いを施しているのか、あるいは街自体が元より“協定”と連携を取っているのか。どちらにせよ街の不気味さを一掃掻き立てている。

 普段ならホステルとして運営されているであろう建物に入るところで、ようやくイシュタルとフラムトゥグルーヴは別れた。

「お泊りってちょっとテンション上がっちゃいますねー! シルヴィアちゃんは綾那と一緒の部屋、決定! ふふふ~、どんな話します? やっぱコイバナ? コイバナいっちゃいます? キャー!」

 談話室に落ち着き、アナトからの労いとともに自由行動を認める宣言が終わると、崇城綾那は即座にシルヴィアの隣に飛びつく。ほかの魔法少女たちがくたくたに疲弊しているなか、彼女だけは相変わらず無意味に元気だ。

 一方でシルヴィアも相変わらず意に介さないといった様子で、

「先に部屋に戻っていて。私は所用がある」

 とだけ短く言い残しホステルを出ていった。魔法少女たちに自由時間を言い渡した後、一人静かにホステルを抜け出たアナトの動向が気掛かりだった。

 アナトの後ろ姿は、メインストリートから外れた細い路地へ入っていく。刹那、一度だけ振り返ったアナトと目が合った。

 咎めたり警戒するわけでもなく、暗に“ちゃんとついてきているな”と確認するようなアイコンタクト。シルヴィアも身を隠すことなく堂々と追う。どうやら互いに意図するところは同じのようだ。

 程なくして、路地を抜けた突き当りに石造りのひときわ古風なパブが姿を現した。壁に掛けられた灯火が光を躍らせ、二人の影がのたうつ。まるで悪魔の棲む屋敷だ。

 ただでさえ人の気配のない街ではあるが、成程、ここならば殊更人が寄り付きそうにない。

 入口の扉を開くと、取り付けられた鈴がやや控えめな音でシルヴィアの来店を知らせる。店内は暖色の灯りがぽつぽつと点在しているものの全体には仄暗く、プラネタリウムに見る星空のようだ。やはり店員の姿はどこにもなく、ただ一人、カウンター席にアナトだけが腰掛けている。

「この辺りもかつては魔女狩りが盛んに行われていた地域なんだ。今は違うけど、所によっては粛清者の息が掛かっている街もあっただろうね」

 アナトは白々しく昔話を語り聞かせはじめる。はなから他の話題に興味がないシルヴィアだったが、ここは牽制の意も込めてアナトに合わせる形で皮肉を返した。

「魔法少女である彼女を狩ろうとするならば、幻獣も粛清者と大差ないと言える」

「…………あぁ、やはりそうなんだね。確信を持つまでではなかったけど、そうか……」

 もはやここに至って言及するまでもないかもしれないが、改めてシルヴィアの言葉を受け“彼女”がエーデルワイスであるという事実を確認したアナトは、早々に潔く本題へと移った。

「たしかに彼女は魔法少女だよ。しかしそれ以前に災厄の運び手だろう? 野放しにしておけば多くの命が奪われる」

「災厄の阻止は詭弁に過ぎない。アナトの目的は“星の管理権”にある」

「詭弁ではないさ。“星の管理権”を目的としているのは事実だが、災厄を食い止めたいのも本心だ。むしろキミのほうが不可解だよ。彼女を手にかけることを非難しているようだけど、それこそキミの私情のための詭弁じゃないのかい?」

「私情であることは承知している。非難もしていない。私はアナトの指針を確認しただけ」

「じゃあキミの指針も教えてもらいたいな。キミだって彼女を手にかけ……“星の管理権”を奪い合わなければならない立場だろう?」

「迷っている。彼女を……ヒギリを救う方法があるかもしれないと希望的観測に頼ってすらいる。しかし引導を渡さねばならないのであれば、その役目を譲る気はない」

「キミらしくもない愚かな答えだね。それは消極的な決断でしかない。その程度の志に“星の管理権”は譲れない」

「アナトの目的はなに」

「地上に生ける者すべてを共生させたうえで、知性と感情をある程度抑制する。管理権の争奪戦はよりフェアになり、いびつな社会や文明は画一化する」

「それはただの独裁」

「まぁ聞こえは悪いだろうね。だがこれは僕の個人的な欲望を満たすものではなく、これから先の未来を見据えた選択だよ。世界に対する改善欲求を奪うことが、すなわち改悪を避けることになると考えた」

「それこそ消極的な願望」

「ならキミにこれ以上の動機と手段が提示できるかい?」

「今はできない。だが私の意思はかわらない」

「……どうあっても曲げられないというなら、“星の眷属”同士である以上、対立せざるを得なくなるよ」

「構わない」

 相変わらず独り言ように無機質な口調にうっすらと、だが確かな覚悟がこもる。これより先は拳を交える他ないだろう、と考えシルヴィアは静かに構えを取った。

 しかしアナトは一向に席を立つ気配すら見せない。明確な宣戦布告を受けてもなお、彼の瞳に戦意はなかった。

 短い沈黙の後に小さく溜息を吐くと、アナトはあろうことかシルヴィアに背を向けた。

「今から無用な騒ぎは起こしたくないな。それに店を潰すわけにもいかない」

「私を見逃すの」

「気持ちの整理というやつがしたくてね」

「…………私は日本へ戻る」

「わかってるよ。契約も今日限りだ」

 構えを解いたシルヴィアもまた背を向け、入口扉に手をかける。

 二人の視線の先にあるものは、背に受けた明かりが作り出す自分自身の影。もはやそこに意思の疎通は必要なく、むしろ己に言い聞かせるような語気でお互い言い捨てた。

「次に会うときは敵」

「あぁ。“ヒトの幻獣・シルヴィア”たるキミに容赦はしない」

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