有機化学にBLを見出す天才的なお嬢様の単元
お嬢様が息せき切ってやってきた。
「先生、芳香族って知ってる?」
「知ってますよ」
「やっぱり、薔薇族、百合族、芳香族なのかしら。もしかしたらボーイズラブの新しい名称?」
「違います。芳香族というのは、ベンゼンなどの環状不飽和有機化合物のことですよ」
「かんじょうふほうわゆうきかごうぶつ? ぐぐってみようかしら」
しばらくの後。
「あ、これかっこいいわ。これもかっこいい。芳香族って素敵な方が揃っているのね」
「ほう、どれですか?」
「パラジクロロベンゼンとトリニトロトルエン」
これはまたわかりやすい。
「何故かっこいいと思うのですか?」
「だって貴族チックな響きじゃない。若くして近衛隊長に任命され、王朝の密命を一手に引き受けるパラージ・クロロベンゼン伯爵と、王と異国の姫の間に生まれ、密かに育てられた少年トリニート・ロトルエン王子が革命の混乱のさなか、逃避行を続ける。そして2人の間には年齢と性別を超えた新しい愛の形が…。なんて創作意欲バリバリだわ」
「タンスの防虫剤とTNT火薬のボーイズラブというのもハードル高いですね」
「そうかしら?」
「その、そうかしら?は、防虫剤と火薬に対してですか? それともハードル高いに対してですか?」
「ハードルの方よ」
「さいですか。やおい恐るべしですね」
「先生、やおいとボーイズラブを一緒にすると、怖い人たちがやってくるから、気をつけたほうがいいわよ」
「わかりました。取り消します」
お嬢さまの検索は続く。
「先生、私すごいの見つけちゃった! 官能基ですって。ストライクど真ん中よ!」
「どこのストライクですか」
「wikiに官能基の一覧が乗っているわ。ポリオールとか、アシルとか、エノールとか、ギリシャ神話のボーイズたちみたいね! もう、アロマティックコンパウンドブックスとか、新しいレーベルをつくるべきだわ!」
もう止まらない。
「いやだわ。他にも、痴漢基とか、特性基とか、意味深な言葉ばかりだわ。
アリルがエリルに痴漢されるとか、アルキルは特別な性だとか、私困っちゃう。
もしかして有機化学ってR18なの?」
先生はため息をついた。
「痴漢基ではなくて置換基です。さすがにその間違いはやめましょう」
「興奮したらお腹が空いたわ」
「それでは、官能基の1つであるポリフェノールたっぷりの赤ワインで煮込んだミートソース。それにアップルパイと、ココアでランチといたしましょう」
こうして今日も無事ランチとなった。