地下道の未来
かつては原色だった未来図が、まだらに瞬いている。改札が南側にしかない駅の南北を繋ぐ短い地下道には、まともな蛍光灯が半分もない。未来図は、そのコンクリートの壁面に描かれた、近所の小学生達の合同制作だ。さほど新しくはなく、地下道の端から端までアクリル絵の具を塗り込めた上半分は、漏水が染みてどぶ色のまだら模様にくすんでいた。
ホームも待合も薄暗い駅の改札脇に地下道への降り口があり、掛けられた「チカン注意」の看板が外れかかって風にあおられ、虚ろな音を立てる。
下り電車が止まった。改札を抜けた青年が一人、地下へ消える。他に乗降客はない。彼は十数年前に、壁に未来図を描いた一人だ。
青年は、絵は描くのも見るのも、特に興味はなかった。当時も、描かせたい絵を誘導する教師に言われるまま、適当に手を動かしただけで、友達とふざけていた時間の方が長かった。
青年が、壁画の脇を歩く。毎日のことで、絵に目をやることもない。と彼の前方からも靴音が響いてきた。スーツ姿の若い男が、北側から地下道へ降りて来る。地下道は短い。互いに相手を気にするでもなく、未来図の前ですれ違って過ぎた。男の足音が遠ざかっていく。
青年はふと、すれ違った男が小学校の同級生のような気がした。だがそれなら向こうも気づくだろうと思い直し、すぐに忘れた。地下道を上がれば、彼の家はもう、すぐそこだ。
その日を最後に、青年が未来図の前を歩くことはなかった。
(完)