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召喚を失敗しました

作者:

 カッ!


 視界が光に染まった。

 歪む景色、最後に見えたのは、護衛を押しのけこちらに両手を伸ばす……陛下……


 すぅっと景色が切り替わ――ゴッ――痛い。

 不測の事態に動揺する間もなく後頭部を鈍い痛みが襲った。

 痛む部分を庇いながら振り向けば、あごを押さえた“勇者”……いや、“勇者”になるはずだった青年と目が合う。

 涙目で睨まれ、びくりと後ろに後ずさ――ガッ――痛い。

 すぐ後ろが壁だという事に気付かず、私は思い切り右肘を打ちつけた。


 なんという危険な世界に来てしまったのだろうか……


 いや、私が間抜けなだけだという事くらい分かってる。

 自分の置かれた状況を素直に受け入れたくなくて少々ボケてみただけだ。


 ラジェ・ミー・アロ・イランド(♀)職業:召喚師

 色々あって、只今異世界にいます。


 あぁ、もう、何でこうなった?



 現実逃避……いや、状況確認の為に、記憶を遡る――――




「知っての通り、我が国は今危機的な状況にある。ラジェ、君の力が必要だ! どうか“勇者”を召喚し、この国を救って欲しい」


 厳かな、しかしどこか緊張を孕んだ空気の流れる謁見の間。

 国王陛下じきじきのお言葉に、私は恭しく頷いた。



『召喚師』

 今から56年前、我がひいお爺様が研究の末に召喚陣を完成させ、それを使って召喚を成功させた事により生まれた職業である。

 召喚師は代々……といってもまだ4代目だが、イランド家の者だけが継承することを許されている。


 イランド家の長女として生まれた私は、当然の様に召喚師となった。

 そして今、その役目を果たす時がきたのだ。



 城の地下に作られた召喚の間、その床に刻まれた召喚陣の前に立ち、私はそっと目を瞑った。

 深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。


「はじめます」


 振り返り、告げる。

 陛下は重々しく頷き、護衛たちがその周りを囲った。


 ぴんと張り詰めた空気。


 掲げた杖を振り下ろし、召喚陣の端を打ちつけた。


 カーン!


 澄んだ音が静寂を揺らし、杖が触れた部分から召喚陣をなぞるように光が走る。


 さぁ、ここからが勝負だ。集中し、細心の注意を払い、確実に、全力で


 召喚を失敗・・させる事。


 それが、召喚師わたしの役目。



『召喚術』

 召喚陣を通して“異世界人ゆうしゃ”を強制連行した上で召喚者の所有物げぼくとし、意のままに操るという、わりと外道な術である。


 初代召喚師……ひいお爺様は、自分勝手な理由で“異世界人ゆうしゃ”を召喚してしまった事を酷く後悔したという。

 あまりに傲慢で残酷な術を作り出してしまったと自分を恥じたひいお爺様は、二度と召喚を成功させない事を誓った……その意思を告ぐのが我々、召喚師なのだ。


 さて、今語ったとおり、召喚師の本分は召喚を失敗させる事にある。

 それだけ聞くと、なにその楽な仕事と思うかもしれない。しかし、甘く見てはいけない。


 召喚というのは、失敗する事の方が難しいのである。


 対外的には、召喚術は大変繊細で複雑な術であり、成功させるのは至難の技という事になっているが……

 実際のところ、それはもう、ものすごーく簡単にできてしまうのだ。


 特別な知識は一切必要ない。意思を持って召喚陣に触れる、それだけで良い。

 ちなみに、触れるという行為は単なる発動の条件であり、触れた者に召喚の意思が無くても、召喚を希望する人物が近くに居れば召喚は開始される。その場合、召喚の意思を持つ者が“召喚者”と認識される。


 あとは召喚陣が召喚者の思考から“必要とされている存在”を読み取り、それに近い条件を持つ者を瞬時に捜索・捕獲してくる。

 ようは、召喚陣さえあれば全自動でお手軽に召喚が可能という事だ。


 さらに、召喚された対象は自動的に“召喚者の所有物”と世界に認識され、縛られる事になる……まさに至れりつくせり。


 さすが、稀代の天才と謳われたひいお爺様の作品である。



 今、召喚陣を前にして心から思う。

 嗚呼ひいお爺様……


 あんの化け物があぁ! 余計な事しでかしやがってえぇーっ!

 何だこの無駄に高性能過ぎる物体は!

 魔力の流れを乱しても乱しても瞬時に補正されちゃうんですけど!

 回路を切断しても即座に修復されるって何事!?


 私は、ぎりっと歯を食いしばった。負けるものか。

 召喚師としての誇りと、良心にかけて、絶対に失敗させてやるわ!


 正しく作動しようとする召喚陣を妨害し続け、精神的にも体力的にもそろそろ限界かもしれないというところで、やっと奴の主導権を奪うことに成功した。


 もう少し、もう少しで召喚を強制終了しっぱいできる……


 背後で見守っている人々が召喚の失敗を受け入れやすい様に、不安定に空気を歪ませたり無意味に雑音を響かせたり等の細かい演出を入れながら、最後の仕上げを――


「ふ、えっきしっ! む……すまん」


 今、この、タイミングで


 この、張り詰めた空気の中で


 くしゃみ、だと?


 ――ぷつり。

 集中力が切れる音を聞いた。


 まずいと思う間もなく召喚陣が強い光を放ちはじめる。


 虚空からすぅっと浮かび上がるようにして、“異世界人ゆうしゃ”が姿を現した。


 黒い髪、黒い瞳、黒い衣服……肌の色以外、全てが黒で統一された青年。

 突然の事態しょうかんに驚き、見開かれたその目に


 杖を掲げた私の姿が映る。


「そぉい!」


 ガツン!


 渾身の力で杖を振り下ろし、今まさに召喚を終えたばかりの召喚陣再び発動させた。

 召喚陣によって召喚された対象は、召喚陣によって帰還させる事が可能である。

 帰還させたいという私の意思を感じ取った召喚陣が即座に反応し、さっと青年の姿が掻き消えた。


「「…………」」

 広間に、何とも言えない沈黙が流れる。


 いやぁ、ギリギリだった。

 ギリギリ。

 うん。

 ギリギリアウトだこれ。


「おい、今絶対召喚成功してたよな? 完全に“勇者”現れてたよな!?」

 護衛を押しのけながら、陛下が詰め寄ってくる。

「気のせいです。幻覚でも見たのでは?」

「真顔でさらっと嘘をつくな! なぜ送り返した!? 今すぐ呼び戻せぇえぃ!」

「ぶ、わ、ちょ、待……!」


 両肩を掴まれ、勢い良く揺さぶられた私はバランスを崩し



 未だ光を放つ召喚陣の中へ。




 ――――そして、こうなった、と。



 陛下あぁあ! てめぇこの愚王が! 素直に誤魔化されとけや!

 そもそも貴様がくしゃみとかすっから変なんなったんだろが!

 あれか? あの無駄に立派なヒゲが鼻をくすぐったんか?

 よぉーし、帰り次第そのヒゲ引っこ抜いてやっかんな!


 後頭部と右肘の痛みを噛締めながら、帰還後すぐに陛下のヒゲを一掃する事を心に誓った。

 ……帰還、か。

 はたして無事に帰還できるのだろうか?


 召喚陣を使えばすんなりと帰れるだろうが、その場合簡単に召喚可能な事がばれる恐れがある。

 まぁ、普通の召喚ではなく、もとの世界に呼び戻しただけだからと言いはればなんとかなるかもしれない。その辺は上手い言い訳を考えれば良いだけなんだが。


 一番の懸念は、召喚陣を使って呼び戻された場合、それは召喚された事になるのかどうか。


 たんなる帰還という扱いになるなら良い。

 だが、もし、通常の召喚と同じ扱いになるのだとしたら、私は呼び戻してくれた人しょうかんしゃの所有物認定を受けることになるわけで……

 そこまで考え、ふと思い浮かんだ最悪の事態にぞくりと背筋が冷えた。


 もし、もしも、だ。

 陛下が、私の事を頭に思い浮かべながら召喚陣に触れてしまったら?


 扱い方を知らない者が不用意に召喚陣に触わったら暴走して大変な事になるって事になってるから、大丈夫だとは思う……思いたい。

 が、私が消えたことに慌てた陛下がうっかり召喚陣を踏んで……とかそういう不幸な事故が起こらないとも限らない。


 陛下ーーーー! 触るな! 絶っ対に触るなよ!?

 前フリとかそういうんじゃないからな! 本気で!

 慌てず騒がず速やかに召喚陣から離れろ! そして早急にこの事態を家族へ知らせるんだ!

 そうすれば誰かしらが何か上手い感じに解決してくれる……はず。


 父さん、母さん、鬼ば……お婆様、未だご存命の化けも……ひいお爺様、頼む!

 頼んだからな!


「〓〓」


 不意に耳を震わせた、聞きなれない響き。

 家族へと思いを馳せていた私は、はっとして振り返った。


 な、何だ。急に話しかけるからビクッってなったじゃないか。

 接触事故以降ずっと黙ったままだったから完全に油断してたわ。


「〓〓〓〓〓〓〓〓〓、〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓、〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓……〓〓、〓〓〓〓〓〓〓?」


 ……あぁ、うん。何言ってんのか全然分からん。

 首を傾げる仕草と語尾の上がり具合から、何かを問いかけられているという事は分かるが、それだけだ。

 いや、それも確かじゃない。ここは異世界なのだ……仕草の持つ意味や使い方が全く違うという事だってあるだろう。


 言語が違う――それは、想定の範囲内だ。問題は、翻訳術が作動していないという事。

 というか、今さりげなく他の術も試してみたが、どれも無反応である。

 これは、あれか。この世界では一切術が使えないって事か。

 どうしよう、ちょっと泣きそうだ。


「すみません、言葉が分からないんです」

 沈んだ気分のまま答えた声は、我ながら大分情けなく響いた。


 青年は一度瞬きをした後、眉を寄せながら僅かに口角を上げた。恐らく、苦笑したのだと思う。

「〓ー、〓〓〓〓〓〓〓〓ー〓〓。〓〓〓〓、〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓? 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓? 〓〓〓〓〓〓〓〓ー〓」

 言葉が通じない事は理解した様子だったのでこれは独り言のようなものなのだろう。

 疑問系(と思われる印象の語尾)を含みつつも、私の反応を窺う素振りは無かった。と思う。


 一度言葉を切り深く溜息を吐いた青年は、くるりと私に背をむけ……

「〓〓ー〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓ー〓! 〓〓〓〓〓ー〓〓〓〓〓〓〓! 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓……〓〓〓ー〓〓〓〓。〓ー〓〓〓〓〓〓〓? 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓ー〓〓? 〓〓〓〓〓〓〓……」

 何を言っているかは分からないが、背中から漂って来る悲壮感が半端無い。

 何だか、色々含めて謝り倒したい衝動に駆られた。


 ちょっとー! 物凄く気まずいんだけどー! 早く呼び戻してー!

 父さーん! 母さんでも良いし、鬼、いや、お婆、良いやもう鬼婆ぁー何とかしろやー化け物ごるぁー!


挿絵(By みてみん)


終わったジ・エンド

 通じなかった日本語↓


「なぁ」


「あんたは魔術師かなんかで、俺を向こうの世界に召喚しようとしたけど失敗して、その結果こっちに来ちまった……って事、だったりするのか?」


「あー、言葉通じないパターンか。まぁ何にせよ、落ち込み具合から見て自力じゃ帰れないんだろ? 帰れるまで俺があんたを保護するって流れで良いんだよな? って聞いても分かんねーか」


「うあーもう何だこれ意味分っかんねーよ! そりゃファンタジー物好きだけどさ! まさか自分が体験するとか……ないわーないない。つーかこれ現実だよな? 俺の妄想癖が暴走してリアルすぎる幻覚見てるとかじゃねーよな? あご痛かったもんな……」

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― 新着の感想 ―
[一言] 連載化希望です。 現代に逆召還とか美味しいです(笑) イラストの女の子も可愛いです。 内心はアレですが・・・。
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