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ハワイアンソウル  作者: Natary
リアン
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リアンの死


セイラは其の後たびたびリアンの家を訪れるようになった。

初めて父にあった喜びと自分の存在を見つめなおすきっかけになったのだろう。前にもまして生き生きと美しく飛び回った。


しかし、リリーは娘の変化に気づいてた。


“恋でもしているのかしら。”


ある日、娘の相手が気になったリリーはうきうきしている娘の後を追うことにした。

ここは。リリーには見覚えのある小道に入っていく、やがて夢になんども見た白いこじんまりした家を見つけた。セイラが慣れた様子でその窓の隙間から入っていく。


“あの家は。もしかして。まだあの人があそこにいるのかしら。”


リリーの心はときめいた。セイラが立派に成長した今、あの人にもう一度会いたい。

リリーの心は再会への期待でいっぱいだった。悪魔との取引のことなどもう頭になかった。あわてて娘の後を追う。同じように窓のほんの隙間をくぐって家に入った。


“ああ、このベッド。あの人と人間として過ごした3日間。”


昨日のことのように蘇る甘い日々。


“この本棚。彼はいつもここから本を取って、私に人間の物語を読んでくれた。”


すべてが鮮明に思い出される。リリーは懐かしむようにリアンのうちの家具を見て回った。


リリーと過ごした日々から丁寧に手入れされたそれらは、古ぼけてはいるけれどほとんど何も変わらずそのままだった。


そして、ゆっくりと、下に滑り降りたリリーはついに、リアンと楽しそうに話すセイラを目撃した。



“あの人は。あああ、あの人は。リアン。間違いないわ。”


リリーは一瞬の迷いもなくリアンの元へ飛んでいった。

肩をくすぐるような感覚を覚えて、リアンが振り返る。


“テトかい?”


リアンは七色に光を変えながら満面の笑みを浮かべているリリーと目があった。



“リリー。リリーなのか?”



しばらくは声も出ないほどお互い見つめあった。



“ああどれほど会いたかっただろう。”


声が出せないリリーも声は静かに笑っている。耳が聞こえなくてもリアンが何を言っているのかわかった。二人は通じ合っていた。



“リリー。リリー。”


そっと手のひらに入れて抱きしめるリアン。嬉しそうにリアンの手のひらの中でほほをすりよせて喜ぶリリー。


二人の様子をみてセイラが青ざめる。



“大変だわ。私の性で、ママがリアンに会ってしまった。悪魔との約束を破ってしまったわ。”



慌てふためいてテトを探すセイラ。



“テト、テト。どうしよう。どうしよう、ママが行ってしまうわ。”



セイラの異変を感じてテトがセイラの横に舞い降りた。



“落ち着けセイラ。”



“どうしよう。ママが死んでしまう。”


悲痛な声のセイラとは裏腹にリアンとリリーは幸せそうだった。

一瞬を惜しむように見つめあい、抱きしめあった。



リリーは悪魔との取引を思い出した。


“もうあまり時間がないわ”



リリーがリアンに訴える。リアンはリリーの様子を見て悟った。

恐らく二人とも死ななくてはいけない。それが悪魔の取引なのだと。



“そうだな。二人が大好きだった浜に行こう。そして一緒にその時をまとう。”


リアンはそういってリリーをそっと手のひらで包み込んだまま、浜へ降りていった。


“今度生まれ変わったら片時も離れず一緒にいよう。”


リアンが言った。



“人間に生まれてくれるかな?リリー。それとも、僕が妖精になれたりしてね。神様に頼んでみようね”


リアンがそういって、人差し指でリリーのほほをくすぐった。


リリーはうなずきながら声をたてずにくすくすっと笑った。


これから死を迎える二人とは思えない、幸せいっぱいのひと時だった。



“そろそろだな”



リアンはそういって、リリーを抱えたまま白い砂浜にに立つヤシの木の根元に腰をおろした。

銀色に輝く海を見ながらリアンがリリーに優しく話しかける。


“ぼくらが大好きだった海だね”


リリーはこくんとうなずいて嬉しそうに声を立てずに笑った。


やがて、日の光に溢れていた浜辺がさーっと黒い雲で覆われて一瞬真っ暗になった。

黒い影が二人をぐるぐる包み込むと天へ舞い上がった。

後から追いつたセイラが悲鳴を上げる。おろおろするばかりで何もできない。



“ママが連れてかれちゃうわ。”


セイラの悲鳴を聞いて横にいたテトがセイラを押さえる。


“セイラ、もうどうにもできない。悪魔との取引は消せないんだ。”


テトが慰めるようにいった。


“ああ、ママが。ママが死んでしまうわ。”


二人は幸せそうに横たわったまま黒い影が消えるとともに息を引き取った。

やがて二人の口からすーっと白い煙が抜け出て青い空に吸い込まれた。


テトはそれをみてほほを緩めた。よかった魂は天に戻った。


セイラはしばらく立ち尽くしていた。黒い影が消えたので、テトはリアンのもとに舞い降りた。


そして、テトはリアンの胸元に手をかざすと静かに祈った。


リアンの胸元が一瞬ぴかっと光ったあと胸から一筋の光が天へと伸び、リアンの胸元に

恐ろしくピュアな透明の小さな結晶が浮かびあがった。



“ピュアソウルの結晶。”



テトがつぶやいて手のひらに収める。テトも初めて手にするその結晶は小さいけれど恐ろしくパワフルだった。



“セイラ、セイラ、こっちにおいで”


テトが泣きじゃくりしゃがみこむセイラを包むように抱きしめた。

柔らかな淡い緑の髪が風にのってテトの鼻をくすぐる。



泣いていてもセイラは美しかった。けれど、この絶望は妖精にはないものだった。


セイラは紛れもなく半分人間だ。


テトの体はセイラの絶望でどんどん重くなる。テトはセイラの悲しみようを少し不思議な気持ちで見つめていた。


絶望で重くなった体を引きずりながらセイラを支えて体を起こしながらやさしく話しかけた。


“かわいそうなセイラ。でも、またきっと会える。”


“テト、そんなこと今はとても信じられない。”


しゃくりあげながら、セイラは答えた。


“セイラ、僕の顔を見て”


両手でセイラのほほを包むように顔を向き合わせると、テトはそっと言った。


“本当だよ。セイラ。僕を信じて。君とママの縁はそんな薄っぺらなものじゃない。絶対にまた会えるよ。それにね。”


といって、テトはそっと横たわる二人の方を向いた。


“見てごらん。セイラ。君のママの幸せそうな顔。”


セイラは涙でかすむ目をこらして、二人の姿を見た。寄り添うように横たわっている自分の母親と

、巨大な初老の男。確かにその顔は幸せそうだった。



“セイラ。僕だって君にもう一度会うためなら悪魔とだって取引するさ。そんな人にめぐり合えるなんて奇跡なんだよ”


テトは明るく慰めた。


“絶えられないわ。ママの笑顔ももう見られない。

うちに帰ってもママのハグはない。テト、わかるでしょ?

恋人とママとはぜんぜん違うの。ママはいつだって私を守ってくれた。

私はママにまだ何もしてあげてない。ママは声だせないし、耳も聞こえないのに私を育ててくれたのよ。

私がすべてみたいに、いつも私を思い、助けてくれた。その大切な私にさよならも言わず、

ママは愛した男の姿を見たとたん飛んでいってしまったのよ。まるで私なんていないかのように私を素通りしてね。

パパの姿を見たとたん、急に私は価値がない存在のようになってしまったのよ。”


テトは言い聞かせるようにセイラに言った。


“セイラ。君のママが君を大切に思っていることと、愛する人がいるっていうことはまったく関係ないんだよ。

ずっと会いたかった人が目の前いたんだ。ママが思わず駆け寄ったってそんなに責められないだろ?”


“嫌よ。もう一度、ママに会いたい。”


セイラは赤ちゃんに戻ったかのようにテトを困らせると泣き崩れてしまった。


太陽がまた急にその光を弱めたかと思うと、再びやってきた黒い雲がそっと二人を包み込み

そのままもちあげた。

二人を包み込んだ黒い雲は回転するように二人を取り巻き、二人の姿を隠してしまうと、ブラックホールのようにあたりの空気ともども吸い込み始めた。


“ああ、ママが。ママが行ってしまう”


悲痛なセイラの叫び声とともに、黒い雲はシューンと音を立てて吸い込むスピードを増し、そして消えた。


あたりは何事もなかったかのようにまた日の光が浜辺を照らした。


“ママは。ママは連れて行かれたわ。どこにいったの”


テトはすぐに答えられなかった。魂はリアンとともに天に戻った。

けれど肉体の方は悪魔が持ち去ったのだ。どういう風に利用するかは悪魔の取引条件にあったのだろうか。

魂がぬけでたリリーとリアンの肉体はただの抜け殻。彼らに苦しみはない。けれど今のセイラにそれがわかるだろうか。


“リリーは妖精だ。リアンを見たら他の悲しみのことなんて絶対思いつきもしない。妖精は目の前の幸せに夢中になるんだ。”


セイラは泣いたまま顔を上げない。テトはセイラの絶望に押しつぶされて息も絶え絶えだ。




“OK.セイラ。わかったよ。カネの水をとってきてあげる。”



この世の終わりのように泣きじゃくるセイラを抱えながら、テトは堪忍したかのように言った。


“カネの水ですって!”


セイラが驚いたようにテトを見上げた。


“そうだ、巨人が守る洞窟にあるカネの泉。その清水を飲めばママは生き返る。それでいいかい?”


“本当にあの伝説の水が手に入るの?”


“入るさ。期待していて。だからもう泣かないんだよ。”


セイラの緑の瞳に希望が宿った。羽が光を取り戻す。立ち直りの速さもまた半分妖精の証か。

まったく不思議な少女だとテトは思った。今泣いたと思ったら、もう笑っている。

人間の弱さと妖精の陽気さをあわせ持つ世界で一人の妖精と人間のハーフ。テトは、セイラが魅力的に思えてならない。


“ありがとう。テト”


胸に飛び込んできた愛しい少女の髪をなでながらテトは覚悟を決めた。

ピュアソウルの結晶を早々に集めて、カネの水を取りにいって、悪魔からリリーの肉体を取り戻し、セイラのもとへ戻る。

よし、急がないと。セイラの中に湧き出た希望で体を持ち直す。


アースも最終決断だったんだ。


 テトは一度決めたら振り返らない。

世界は過去も、未来もない、一瞬に力を注ぎ、一瞬が連なってできている。


起きてもいないことを心配して何になるだろう。今。今に力を注げば未来も作られることをテトは本能で知っている。

だから過去をひきずったりしない。やることが決まったことでテトはいつもの調子を取り戻した。


 と、そういえば、もう一人のピュアソウルはどうしたんだっけ?セイラの父親のもとに居候していたあいつだ。

テトはすっかり忘れていたジルをやっと思い出した。

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