アース
“まずはペレのもとに。
お前の寿命が少し縮むけど、
まあ、
さっき失くしていたかも知れない命だ、
気にするな。我慢してくれ。時間がない”
テトはそういって、意識を集中しだした。
体がばらばらになってまたくっついたような不思議な感覚がジルを襲う。
“人間に2度もコレを使うのは初めてだ。大丈夫か?”
テトが心配そうにジルに言った。
“大丈夫だ。くらくらするけれど。”
ジルは少し頭を振って、段々しっかりしてきた意識を取り戻した。
“何年短くなったのかな?”
ジルがテトに訪ねた。
“細かいことは気にするな。
人間は100%死ぬ。”
テトは取り合わない。
気づくと見覚えのあるペレの洞窟だった。
“ペレ、テトとジルが来たよ。”
ぎーっと扉が開いてペレが現れた。
ペレが正装をしている。
輝く赤のドレス頭にはマイレのハクをかぶっている。
きれいに整えられた黒髪を後ろにたらし、静かに前に歩み出て来た。
ラナ。
一瞬ラナの姿とオーバーラップすする。
“アースにピュアソウルを奉納する。”
ペレが畏まったように言った。どうやら荘厳な儀式が始まるらしい。
“アースの決定を覆すお願いだ。何が起きるかは分からない。”
女神ペレでも力が及ばないことがあるのだろうか。
ジルとテトにも緊張が走る。
“ヒイアカ、ここに来て、この二人を清めよ。”
ヒイアカが美しい白のドレスで現れた。姉と同じくマイレのハクをつけている。
“はい、お姉さま。”
そういって、テトとジルに祈りを唱えながら聖水をかけた。
自分のマイレのハクから一枚お葉を抜くとふっと息を吹きかけてレイに替えた。
それをジルの首から提げる。テトには小さなハクを作って頭にかぶせた。
“こちらへきてここに座りなさい。まずは命をつかさどる偉大な神、
カネを呼びアースにこのエナジーを運んでもらうわ”
ペレがそういって、ジルとテトを自分の後ろに控えさせた。そしてピュアソウルのエナジー体を自分の前に置くと祈りだした。
ハワイ語のチャントがしばらく続いた。
“偉大な創造神、カネ。私たちの望みを聞き届けたまえ。
ピュアソウルをアースに捧げます。アースに奉納してくださいますよう。”
ペレはハワイ語のチャントを続ける。
ヒイアカもペレに合わせて詠唱する。女神たちのチャントが洞窟に響き渡るとざざーっと風が吹いてジルは鳥肌がたちっぱなしだ。
やがて洞窟中に響き渡る太い男の声がした。ジルは心臓を掴まれたような圧迫感を感じる
“ヒイアカ、カネが来た。ジルにガードを”
ペレの支持でヒイアカがジルの体のまわりに細い指で何かを描いた。
ぼわんと透明なエナジーがジルとテトの体を包んだ。
それとともにジルの心臓の鼓動が少し収まってきた。人間がいる場所じゃないんだ。ジルは痛感していた。
女神と妖精、偉大な神の聖域なんだ。ジルに不思議と恐れはなかった。洞窟が愛で満たされているからだろうか。
“ペレ、愛しい私の女神。私を呼び出したのはなんのためか?”
姿は見えないが太い男の声がわんわんと洞窟にこだまする。
“偉大な神、カネ。このピュアソウルのエナジーをアースへ。
命の決定を覆すお願いです。どうかお聞き届けくださいますよう。”
ペレが深々と頭をたれる。ペレの言葉を聞いた途端、
“命の決定を覆す”
太い男の声が大きくなり、洞窟に突風が吹いた。
“ペレ、美しい私の女神。君のたっての願いだというのか?
私はなんど人間に警告しただろうか。あの愛すべきおろかな動物に。”
“お怒りはごもっとも。
アースの決定は絶対です。
けれどこのピュアソウルのエナジーをもってなにとぞ怒りを静めたまえ。アースに何とぞお届けください”
ペレと、ヒイアカが再びチャントを唱えだす。
髪が巻き上がる。ヒイアカにもふだんのおっとりした表情が消え、
鬼気迫る表情でチャントを唱えている。ペレの目はぎらっと光、一歩も引かない強い意志が感じられる。
強風はますます強くなりぐるぐると渦を巻き始めた。
ペレは一歩も引かない。チャントの声は益々凛と神々しく洞窟に響いた。ジルとテトはヒイアカのガードのなかでことを見守り続ける
“怒りを静めたまえ。偉大な創造神、カネ。”
ペレとヒイアカの祈りに負けたのか、風が次第に弱まってきた。ペレの神もゆったりと後ろになびく。
ヒイアカの表情がふだんのおっとりした眼差しに戻っていく。ペレの目は依然として炎のようにぎらっと輝き、
カネさえも怖気づきそうなほど意思の力に満ちていた。
“ペレ、私の美しい女神。君の願いを聞き入れないものがいようか。
願いを聞き届けよう。私がアースに奉納する”
再び野太いカネの声が響くとチャントのリズムに合わせてピュアソウルのエナジー体の下の大地が揺れ始め、
真っ二つに分かれると深い深い岸壁の谷ができ始めた。その奥深くに真っ赤な光を放ちながらぐるぐる回る光が渦まいている。
深く、深く、奈落のそこのように深い位置で燃えるような赤で渦巻いている強大な光の渦。
ジルの位置からはとても見えなかったが、その存在はひしひしと感じた。
“アースだ。”
テトがジルに言った。
“俺たちが直視できる相手ではない。遠く離れていてもこのエネルギーだ。”
テトにも緊張が走る。
“カネによりアースに奉納を”
ペレは凛とした声が響く。
ペレとて直接は奉納できない相手なのだろうか。
カネの力でピュアソウルは谷の上に運ばれ、そこからシューンとものすごい勢いで谷底に落ちた。
ペレはアースにも呼びかける。
“アース、偉大なアース。あなたの怒り、悲しみはもっともです。
けれどささやかな人間の命にチャンスをくださいますよう。
寛大なあなた様ならば、お分かりのはず。妖精たちが人間を愛しています。
私もあなたも人間に慈悲を与えてきたはず。どうかこのピュアソウルを受け取り、
怒りを静めてくださいますように。女神ペレのお願いをお聞き届けください”
地響きのような低い声であたり一面が震えた。
“いいえ、あなたは絶対です。けれど、もう少しだけ人間に時間をあげて欲しいのです。
彼らを愛する妖精が、人間の中の貴重なピュアソウルが身をもって示した愛の形。
それをお受け取りになれば慈悲深いあなたのこと。彼らの想いはお分かりのはず。”
アースにピュアソウルのエナジーが到達したのだろうか。大地にドーンと衝撃が走った。アースが一度鼓動をしたようだった。
“ははは。はははは。”
地響きとも笑い声ともとれる不思議な声が響きわたった。ピュアソウルのエナジーで一瞬アースが暖まる。
次第にペレの目に安堵の色が浮かぶ。
“アースが喜んで笑ったわ”
ヒイアカもほっとしたように頬を緩めた。
“私の偉大なアースにキスを”
ペレは深々とひざまずつと大地にそっと口付けをした。
“アース。私はいつもあなたと共にあります。”
ペレが頭をたれる。避けた岩盤はぎぎーっと音を立てて閉じた。女神ペレはゆっくりと立ち上がると
ジルとテトに向かって歩いてきた。
“よかったわね。テト。ジル。あなたたちの努力が報われて。”
ジルは悟った。この偉大な女神は自分より強大な力の前にも決して屈せずいつも人間を守ってきたのだと。
意思につよい輝く瞳は人間を守ろうという強い思いの表れなのだと。絶対的な神々を前に女神一人で立ち向かってきたのだ。
“これで、人間は助かったのか?”
テトがペレに聞く。
“そうね、多分、絶滅実行が一世紀ぐらい伸びたと想うわ。”
“一世紀。”
“完全に助かったわけじゃないのか。”
“まあ、いいじゃない。ちょっと時間ができたんだし。”
“もしかして、これってアースにとってはホットミルクぐらいの効果なのかな?”
テトが言った。
“これってちょくちょく、アースにあげなくちゃいけない奉納なのか?”
“そうよ。だから、またジルと張り切ってピュアソウル探してきなさい。”
ペレがこともなげに言った。
“アースの怒りを静めるためには暖かい飲み物が必要だわ。
どうせ人間はちょくちょくアースを苛立たせるんだし、
そのときまた奉納して時間を稼ぐの。でもね、いい加減人間も気づかないとアースはもう許してくれなくなるわ。きっと。”
沈黙が続く。
“そのときは、そのときよね。”
ヒイアカがおっとりと言った。
この恐ろしい光景をなんともなかったようにこなす二人の女神。
ジルは膝の震えがとまらなかった。
“ジル、引き続き私の命を受けてテトとピュアソウルの回収をしなさい。
女神の命令は絶対よ。”
ペレが冗談めかしていう。
“はい。”
ジルが素直にうなずく。
“そうそう、特別にカネの水使っていいから。
ラナを呼び戻しなさい。そして手伝わせなさい。
今度はラナを連れてきてここでフラを奉納させなさい。
それから、テト、リリーを呼び戻すならリアンと同じ大きさにして二人を一緒に戻しなさい。
セイラといるのもいいけど仕事を忘れないように。命を捧げずにカネの水をわけるのは今回が最後よ。わかったわね。”
“はい、慈悲深い女神様。”
テトが喜んでいった。
“必ず仕事もします。ありがとうございます。”
“そういうときだけ、かしこまって挨拶するのね。
まったくふざけた妖精だわ。忘れるんじゃないわよ。
あなたの命、本当はカネの水と引き換えだったのだから。
私はいつでも取りにいくわ。サボるんじゃないわよ。”
釘をさしてギロッとにらむ。ジルはすくみあがったが、テトはくすくす笑った。
“わかってるよ。美しいディーバ。僕はあなたの望みどおりの仕事をするさ。”
“わかったらいいわ。ヒイアカ、世界を見回って私に報告を。私は少し休むわ。”
といって後ろ手に手を振ると腰を振りながらセクシーに岩の奥へ消えていく。見送りながらテトが言った。
“ではまた女神様。”
神々の前では人間なんて本当に小さな生き物なんだな。ジルはスケールの大きさに恐怖と尊敬の念を抱きながらペレの洞窟を後にした。
ピュアソウルのエナジー体がホットミルク程度とは。