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ハワイアンソウル  作者: Natary
命の水
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ヒイアカ

ジルは夕暮れのカイルアビーチに居た。


透明度の高い青い海にうっすらとオレンジの光が入り、銀色に輝いている。


“どこに行ってたんだい?テト、全部終わったよ。”


ジルは憔悴しきったように言った。ラナが死んでしまった絶望に満ちている。


“そうか。”



テトは息苦しくなってやっと応える。たまらないな。人間の絶望は。


ペレのもとに行っていた数日の間にお別れの儀式は済ませたようだった。


“僕は妹を失った上、妖精にも見捨てられたのかと思ったよ”


“くだらない心配ばっかりするなよ”



テトは言った。なんてネガティブなんだ。

すべての不幸は不安から始まるというのに。


テトは呆れてしまう。


“ラナは海が好きだったから、海にも返してあげるんだ。大好きだったカイルアビーチに”


“そうか、そうだな。好きにしたらいい。”


テトは思った。気の済むようにしたらいい。

たとえそれがラナの魂が抜けたあとのただの灰だったとしても人間にとっては大事な儀式なんだろう。

ラナにもその気持ちは通じるだろうから。



ジルは大切そうにラナの灰が入った小瓶を取り出して海に流した。


“ラナ、また会おう。僕の魂が君に追いついたらきっとまた会えるね”


“最後に一緒にいれてよかったな。ジル。”


“ああ、ラナのフラも見れた。でも、突然いなくなるなんて残酷だな。”


“そうだな。でも、勘違いするな。死は呪いじゃない。

どちらかといえば祝福だ。ラナは苦しまずに人間を卒業した。祝ってもいいくらいだ。”


テトはそういって励ました。


ジルは、そんなテトを眺めながらため息を漏らした。


“で、テト、僕はピュアソウルじゃなかっただろう?一人の死でこんなにダメージを受ける人間がピュアソウルな訳がない。”


“そうだな。まだピュアソウルじゃない。安心しろ。今は悲しんでもいいぞ。普通の人間だったんだから。”


“そうか。よかった。僕は、泣きたいんだ。ただラナが居ない悲しみを吐き出したい”


テトはそっとしておくことにした。なによりジルの絶望が身に応える。


人間ってやつは本当に弱くてやっかいだな。


けれど優しい妖精はそっとビーチに息を吹きかける。


“夜の風がジルに優しくなるように。悲しみが小さくなるように”


と呪文をかけて。


カイルアビーチを吹き抜ける風はジルの体にまといつくように流れていった。


悲しみが海に溶けるように。


風に吹かれるたびにジルは“また会える”という言葉を頭ではなく心から信じられる気がした。


また会える。同じなのだから。そうだな。きっと会えるんだ。今だけだ、さびしいのは今だけ。ジルは涙をぬぐった。


“そこにいるのかラナ。神にでもなったのかい?それとも天使?テトのように妖精になったのか?僕もそこにいけるだろうか。ラナ。君が恋しいよ。”


ラナの声が聞こえないかと思ったが、すっかり暗くなったカイルアの美しいビーチにはただ波の音だけが響いていた。




翌朝目覚めるとテトの前にヒイアカが立っていた。


“ヒイアカ。”


驚いて美しい女神に抱きつくテト。

テトにとっては巨大なヒイアカ。気さくな女神はそっと小さな妖精に口付けをする。


“久しぶりね。テト。お姉さまの使いできたわ。”


ヒイアカのどこかゆったりした心地よい話し方。

おっとりした性格がそうさせるのかヒイアカは側にいるとゆったりした気持ちになる女神だった。


“テト、カネの水を先に取りにいけって、お姉さまが言うのよ。”


“でも、ピュアソウルの方が先じゃないのか?”


“そうよねぇ。私もそう思ったんだけど、

お姉さまは、カネの水を取りにいく途中でジルがピュアソウルになるかもしれないって言うの。テトもそう思う??”


“どうかな。ピュアソウルになる瞬間に立ち会ったことがないんだ。

何をきっかけでピュアソウルに変わるのか検討もつかない。なにか試練がいるのかな”


“わからないわ。お姉さまがヒイアカにあなたたちをカネの水の洞窟まで案内しなさいっておっしゃるから私来たのよ。一緒に行く?”


おっとりした様子のヒイアカはテトが行かないといったらそう、と言って帰ってしまいそうだ。


“一緒に行ってくれるの?ヒイアカ。”


“そうね、入り口までって言われているけどそれでいい?

テトはなんであんな危険な場所に行くの?妖精だって無事に帰れないわ”


ヒイアカが心配そうに言う。


“あら、しかもテト。あなた羽が傷ついているじゃないの?”


珍しいものを見たかのようにヒイラカがテトの羽をしげしげと眺める。


“なんでこんなふうに切り取ったの?”


“耳が聞こえない老人の鼓膜に使ったんだ。”


“なるほどねぇ。痛かったでしょ?私が治してあげるわ。”


そういうとヒイアカは眼を閉じて何かを念じ、ふうっとテトの羽に息を吹きかけた。


見る見るうちに羽の傷がふさがっていく。


“うわ、ヒイアカ。すごいな。治ったよ。”


テトは元気に飛び回りながら嬉しくてクルクル回った。七色の光の粉が周囲に舞い散る。


“結構痛かったんだ。助かったよ。”


“ふふふ。女神って意外と役にたつのよ。妖精はすぐにそれを忘れちゃうのね。”


“で、どうしてカネの水をとりにいくんだっけ?”


思い出したようにヒイアカがおっとりという。言いたくなければ言わなくてもいいのよとその眼が言っている。


“セイラのお母さんを呼び戻すんだ。カネの水で。それがセイラの望みなんだ。”


“そうなの。あなたは愛する人の望みをかなえたいのね?”


“そう、愛する人の望みだからかなえてあげたい。それだけ”


“ふふふ。。ロマンね。”


ヒイアカが楽しそうに笑う。


“そうだな。ロマンだ。”

テトも楽しそうだ。


愛している人がいるっていうだけですばらしいことだよ。


恋は世界を一瞬で変えてしまうんだ。


テトはピンク色の光を放ちながら飛び回った。


“まあ、恋の色ね。”


ヒイアカがまた楽しそうに笑う。


“そう、恋の光だろ。世界が変わる魔法の色さ”


“カネの水をとってセイラの家族を戻すのさ”


“ふふふ。楽しみね。”


“ああ、ヒイアカにも会って欲しいよ。セイラは特別なんだ。”


ヒイアカとテトが楽しそうに笑うのを聞いて

ジルが起きてきた。


“ジル、元気をだして。カネの水を取りに行こう。大丈夫。僕らにはディーバヒイアカがついてるんだから”


突然現れたヒイアカにジルがびっくりする


“女神様なのですか?”

ジルが訪ねる。


“ペレの妹のヒイアカだ。優しく美しいディーバだよ”

テトが紹介する。


“一緒にカネの水がある場所まで行ってくれるっていうんだ。”



女神。


ジルが出会った二人目の女神。


ペレの激しさとは正反対のおっとりとした美女で全てを許してくれそうな慈悲深い目はやはり人間を超越していた。


“カネの水?何の話だい?”


“カネの水さ、それを飲むと命が再び蘇るんだ。”


“なんだって!ラナの命も蘇るのかい?”


顔を見合わせるヒイアカとテト。


“そっか、そうだな。蘇るな。なんだ、そっかラナにも使えばいいんだ”


どうして気づかなかったんだろうとおかしそうに笑うテト。



“ラナが蘇る”


沈んでいた心が再び活気を取りもどし、力がみなぎってくるジル。希望が体を駆け巡るのが分かる。


テトがおいしそうに口をもぐもぐした。


散々ジルの絶望で苦しめられたお返しだ。存分に味わった。


ヒイアカがそんなテトを面白そうに見ている。


“そんなにおいしいのテト?”


とおっとりという。



“ヒイアカも食べてみればいいのに”

というと


“ふふふ。”


とヒイアカは楽しそうに笑った。一瞬で部屋が希望で溢れかえった。


“よし行こう。カネの水を取りに!”


“巨人も魔物も怖くないぞー!”


テトが言う。


“巨人?魔物?”


ジルにはなんのことかわからない。


“気にしない。気にしない。先のことは気にしない”


ヒイアカが歌うように楽しそうに言う。


今が楽しいなら心配するのはよそう。せっかくの楽しみが消えてしまうわ。


二人に引きづられるようにジルも旅立った。


そうか、僕には女神と妖精がついている。なにが怖いものか。自分に言い聞かせながら。

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