女神ペレ
憔悴しているジルとその家族を置いて、
テトは一人、ペレに会いに行くことにした。
確認しないと、間違いだったら大変なことになる。
ピュアソウルじゃなかったらジルが壊れてしまう。
魂のレベルに応じて背負う課題は違ってくる。
魂のレベルがピュアソウルでなかったらアースを救うなんて荷が勝ちすぎてとても耐えられない。
絶えられない課題を突きつけられたソウルの苦しみは計り知れない。
人間ってのはややこしいな。なんだってあんなに落ち込んだり機嫌が悪くなったりするんだ。
もっと自分をコントロールすればいいだけのことなのに。イケパパルアの性だな。
テトはぶつぶつとそんなことを思う。
人の魂はハワイ語でイケパパルアと呼ばれる痛みや苦しみ、
楽しみや喜びを感じるイケパパルアという下着のようなものに包まれて体の中に入っている。
イケパパルアの大きさが大きいとオーラがあるのように表現されて他人への影響力が大きい。
けれど、イケパパルアという感情の領域が余計な不安や苦しみを感じさせることも事実だ。
妖精は苦しみや不安を感じない。
自分たちで制御できる。悲しみは人間に共感できなければなんの助けにもならないために残してある。
だからラナが死んだ悲しみはテトにも理解できる。
けれど、それはただ悲しいだけ、苦しんだり、起こってもいないことを心配したり、恐怖を感じたりはしない。
ジルが居ないので移動にはもっと楽な方法を取ることにした。
想う。
なるべく詳しく正確に想う。そこにエネルギーである強いマナが流れると現実になる。
気づくとテトはペレの洞窟の前に居た。
“ペレ、テトが来たよ。あってくれるかな?”
“何しに来たのよ。”
ペレが面倒臭そうに出て来た。
ご機嫌が悪いらしい。
“ここにきたってことはピュアソウル集めてきたんでしょうね?”
“あと少しなんだよ。”
“じゃあ、なんで戻ってきたのよ。
アースの機嫌が悪くてイライラするわ。わたし、いっそのこと大きな噴火でもさせて終わりにしたいくらいよ。”
ペレはそういうと真っ赤に燃えた瞳を一瞬ギラットさせた。
“やめて。俺たちの努力が無駄になるじゃん。今ので軽く地震位起きちゃうだろ。”
“なんかいいことないわけ?まったくなんで私が人間に振り回されなくちゃいけないのよ。
全部消したらアースだって本当は清々するんじゃないのかしら。”
“またまた、想ってもないことを言わないんだよ。
ペレ。君は怒ると真実を言わなくなるんだから。君が人間を守っているくせに。
愛してやまないんだろう。俺たち妖精が嫉妬するくらいの愛さ。”
テトが言った。
“ふふん。わかったようなこと言うんじゃないわよ。”
ペレはそういって女神の微笑を見せる。
この人はまったく。誤解されてばかりいるな。
テトはいつも想う。気分屋で情熱的。我侭で奔放。
ペレのイメージはそう見えるだけだ。実際にそんなに人間臭い女神は存在しない。
ペレの魅力の一つ。人間臭さを演じられるところだろうか。
恩に着せるのが大嫌いな女神はいつも減らず口をたたいては自分を悪者にして人間をサポートしている。
“ねえ、偉大なディーバ。教えて。ジルは本当にピュアソウルなのか?”
“テト、何を言い出すかと思ったらそんな初歩的なこと私が間違えるとでも?”
“そうだよな。でも僕が知っているピュアソウルと違うんだ。
大分未熟な気がして。聖人と呼ばれるような人と違ってもっと人間臭い。おろおろしたり悲しんだり、
大きな不安に打ちひしがれたりしている。さっきもラナの死に耐えられる風でなかった。”
“ラナ!。ラナが死んだの?彼女のフラは最高だったわ。
私によく似た瞳をもつフラダンサー。
ラナのピュアソウルでアースの機嫌もよくなるかしら。しばらくラナの魂を私の側に置いときたいわ。”
ペレは楽しそうにいった。
“ジルはラナの双子の妹だ。”
“知っているわ。”
“じゃあ、やっぱりピュアソウル?”
“だから何度も言わせないの。ジルは今回のミッションの代表ピュアソウルよ”
“代表??”
“そう、ピュアソウルに進化するピュアソウル。
進化する瞬間の巨大なエナジーをピュアソウルの結晶に注いでアースに持っていくのよ。”
“ピュアソウルに進化する瞬間のエナジー。”
ちょっと待ってくれ。
“じゃあ、やっぱり今はピュアソウルじゃないんじゃないか。”
“今この瞬間はね。ピュアソウルに進化する課題を持った魂なのよ。貴重でしょ?”
“現世で進化できなかったら?”
“だからあなたを呼んだんじゃない。
ジルがおじいさんになるときに進化したんじゃ遅いのよ。
なるべく早くいろんなことに気づいてピュアソウルへの課題をクリアしないと。時間がないわ。”
テトは想った。ピュアソウルに進化する魂を見られるなんて光栄だ。
けれどそんな瞬間に上手いこと立ち会えるのは数百年に1度。なぜジルが選ばれたんだ。
“可能性が高い順から選んだのよ。
しっかりやんなさい。
アースが人間の滅亡を決めたらさびしいじゃないの。
問題児ほどかわいいっていうでしょ?魂の進化を応援するのは私の趣味よ。
全部が高尚な魂じゃ退屈だもの。”
と言ってペレは笑った。
人間に思い入れたっぷりの女神は妖艶な美しさに溢れている。
アース早まらないで。
テトはそう想わずにはいられない。
人間を愛している女神とぼくら妖精のために。
人間はそう悪い生き物じゃないんだって証明してみせるから。
“そういえばテト。あんたラカの水取りにいくんですって?”
“そうだよ。これが終わったら。女神様は何でもお見通しなんだな。”
“違うわ。興味があっただけよ。テト、簡単にラカの水なんて手に入らないわよ。いくら妖精でも無事には帰れないわ。”
“仕方ないさ。愛する人が望むから。
待っていれば会えるっていっても人って待つのが苦手だろ?
目の前から消えた瞬間にもうそれを恋しがっている。
セイラが泣いて頼むんだ。物事の理屈なんてふっとぶさ。ラカの水を取ってくればセイラはまたハッピーになるってわけ。”
“セイラ。”
ペレは少し遠い眼をする。
“人間と妖精の子供。タブーを犯した妖精の子供”
“ペレ、そんな風に言わないでくれ。セイラは俺の愛する人”
“セイラに罪はないわ。だから私も見逃している。けれど、妖精が悪魔と取引するなんてあってはならないこと。
一度清めなくてはと思っていたわ”
”清める?“
“そうよ。テト。ラカの水で、リリーとリアンを蘇らせなさい。あの聖水で悪魔もリリーの魂から離れるわ。”
“恋人と女神の命令じゃ、俺はなんとしてもやり遂げないといけないな。”
テトは覚悟を決めたように言った。
“そうだ、ジルを連れていきなさい。そうしたら助けになるわ。”
“人間が助けになるのか?”
テトが不思議そうにいった。
“魔物の思うツボじゃないか?”
“そんなことないわ。きっと助けになるから連れていきなさい”
ペレは命令口調でいった。妖精は女神に逆らわない。
“女神様のご忠告、胸に刻みます”
“ははは。なにかあったらヒイアカを呼びなさい。妖精ぐらいの助けならあの子でもできるはずよ”
“ありがとうございます。”
テトはうやうやしくお辞儀をする。
“あんたもやれば礼儀正しくできるんじゃない。女神に敬意を払うなら毎回その態度で来なさいよ。”
ペレが冗談めかしていう。
ヒイアカとはペレの妹。
奔放な姉の使いをさせられているこの従順な妹はペレとは対照的に穏やかで優しい気性の持ち主。
ペレの命令とあればテトが呼べば必ず助けてくれるだろう。
“ヒイアカに会えるだけで嬉しいよ”
とテトが言うとペレは
“私よりヒイアカのほうが美しいなんていったら溶岩の中に放り込むわよ”
と怒ってみせた。
“いいえ、あなたより美しいディーバは居ません。ペレ。最高の女神”
テトがうやうやしくお辞儀をするとそれでいいというようにうなずいてみせた。
まったくチャーミングな方だとテトは思う。
人間にあの冗談はきつすぎるけどね。
人間はペレの冗談を全部間に受けて恐れおののいてしまった。
だからペレは悪魔のように恐ろしい神として誤解されている。
悪魔が神?魂の違いすぎるこの二つを比べるなんてまったく人間の想像力って貧困だ。テトは笑ってしまう。