双子
ミスアロハフラは、幼い頃からフラを学んできたロコガールたちにとっては憧れのタイトルだ。
フラをやっている人で、ミスアロハフラにあこがれない人はいない。
年に一度、ハワイ島ヒロで行われるフラコンペティション、
メリーモナークフラフェスティバルで世界で一番の、たった一人のフラガールに贈られる称号がミスアロハフラだ。
コンペティションにはクムが認めたダンサーしか出られない熾烈なもので、
ラナは持ち前の気の強さでフラ漬けの日を送り、去年やっと努力が報われたばかりだった。
ミスアロハフラに輝いたあの日の踊りは今もジルの心に焼き付いている。
ラナのフラは圧巻だった。
世界中からフラダンサーが集まるメリーモナークは文字通りお祭り騒ぎで、
会場は人でごったがえしている。妹の晴れ姿を見ようとニューヨークから駆けつけていた僕は始めて見るフラダンサーたちの熱気に圧倒されていた。
どのハラウもフラダンサーも真剣にフラに取り組む姿勢が美しかった。
“ラナよ。ついに彼女よ”
と会場から声があがった。ジルも少し緊張してステージに注目する。
シンディークムよりも少し高く若々しい声でゆっくりとステージを歩きながらラナがチャントを唱える。
鮮やかなグリーンのティーリーフのスカート。
黄色いタパの布を胸に巻き、朝積みのマイレで作ったたっぷりとしたハクを頭に載せ、
ウェーブのかかった黒髪が腰まで伸びている。
伸びやかなラナのチャントは満場になっている会場に響き渡り、
ざわざわしていた観客はぴたっと息を呑んだように静まり返った。
ラナのチャントが終わり、イプヘヘケのリズムとともにラナがが激しく踊りだすと会場からうおーっと歓声が起きた。
ラナが座るたび、ラナが回るたび起きる歓声はどんどん大きくなり、ジルは熱気に鳥肌がたった。
激しく優しく、ラナは魅力的だった。激しい下半身の動きと裏腹に優雅な指先の動き、回るたび翻るスカートと長い黒髪。
会場が一体となってラナのフラに魅入る。やがて、曲の終わり
“タンタンタン!”
シーンとした会場にイプヘケの音が響きぴたっと止まると同時にラナもぴたっと動きを止める。
観客はうねるように立ち上がり、拍手と喝采をラナに送った。
まるでフラの神が乗り移ったようだ。
人々は口々にラナのフラを讃えた。
今でも鮮明に浮かび上がるラナの誇らしげな姿。自慢の妹だった。
“これからだったんだ。これからたくさんのステージで活躍し、
やがてシンディーのようにクムフラになるはずだったんだ。
”
ジルはたまらなかった。
“ラナのフラがもう少し見たいな”
テトが言ったのでラナが喜んで何曲か踊った。
ジルはフラを見ながらテトにいった。
“現世のゴールは通過点でしかない。
再び産まれてくるときにラナはもっと重要な役割を担うかもしれない。
今しかないんだよ。常に今しかない。
過去が何万回もあったように、未来もきりがないほど永遠だ。
だから考えて何になる?
今にすべてをかければ点が線になっていく。ラナは次、産まれてきてもフラが上手いと思うよ”
とテトがいった。来世でもラナはフラを踊っているのだろうか。
“ペレに愛されたフラだ。簡単にその能力を失ったりはしないさ。ずっとフラを踊っているさ”
テトがつぶやいた。ラナはフラを踊っているときが一番美しい。
ジルもずっとそう思ってきた。ラナ。僕の大切な妹。
1位のタイトルをとってもラナはいつもラナだった。
とてつもなく優しくて、それでいて負けず嫌いの頑張りやだった。
僕はまぶしい妹に追いつこうと自分も頑張ってきた気がする
。双子特有のテレパシーのように、不思議とわかりあえる自分の半身のような存在だった。
失いたくない。こんな風に死に執着する自分がピュアソウル?ジルはとても信じられない思いだった。
幼かった頃、ラナと僕はよく二人きりで遊んだ。
多くの双子がそうであるように僕らは二人でいることで満たされすぎて、
友達を作るのが苦手だった。一つのことを言って十わかりあえる相手が身近にいるのに、
簡単にはわかりあえない他の友達は少し面倒だった。
ある日、ラナが熱を出して幼稚園を休んだ。
僕はラナが居ない学校で初めて孤独を感じた。
産まれてからずっとラナがいた僕は一人ぼっちにとてつもなく弱くて打ちのめされた。
ラナがいなければ話す相手もいないんだと気づいた。
休み時間、それぞれ友達はわーと歓声を上げて校庭に走っていく、
取り残された僕は一人しゃがんで砂をいじっていた。誰も話しかけてはこない。
休み時間が永遠のように長く感じる。少しも楽しくはない。
やがて、体がほてってきて頭がガンガン痛みだし、ぼくはその場に倒れて起きられなくなってしまった。
“まったく双子っていうのはおかしなものね。”
ママは関心したように、ベッドに並んで寝ている僕たちをみて言った。
“ラナが熱を出すとジルも熱をだす。なんなのかしらねぇ。”
僕は再び欠けていたものを取り戻したかのような安心感で包まれていた。
ラナと僕はもともと一つだったんじゃないか?ラナが隣にいること、それは僕の不安や恐れをどれだけ消してくれただろう。
“ラナ、君が休むと僕は遊び相手がいなくなっちゃうんだ。だから同時によくなって同時に学校にいこうね”
ラナは熱にほてった顔を僕に向けていった。
“きっとそうなるわ。私たちいつも同じだったじゃない。”
いつも同じだったじゃない。
そう、いつもラナと同じだった。
食べるものもやることも思春期を迎えて男と女で少しずつ変わってきても、
根底に流れるものはシェアしあって生きてきた気がする。
ラナが失恋するとなぜか僕も数日後彼女に振られたりして、心の痛みも喜びもわかちあってきた。
ラナは次第にフラに熱中していった。僕は僕でフットボールに夢中になって、
少しずつ男女の差が出てきたけれど、双子独特のテレパシーのようなものは健在で、
僕らはいつも一緒だと家に帰るたび確信しあったものだ。
だから去年、ラナがミスアロハフラになったとき、僕は自分のことより嬉しかった。輝く妹を見て、僕も輝く気がしていた。
ラナ、僕の大切な妹。